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『トラベラー』は後味の悪さを楽しむ映画。

イランのアッバス・キアロスタミ監督の『トラベラー』という映画は、ひとことでいえば、なんとも後味の悪い映画だ。

片田舎で暮らす少年、ガッセムの生きがいは、サッカーである。学校はつまらないし勉強も嫌いだし、なんせ家が貧しい。両親もぱっとしないし自分が親と同じような人生を送る可能性が高いこともなんとなく分かっていて、憂鬱だ。

彼はテヘランで行われるサッカー、イラン代表の試合をどうしても観たいと思う。サッカーボールがゴールをめがけて飛ぶ、その行方を追いかけている瞬間だけ、つまらない日常を忘れられる。

しかし、旅費と競技場の入場料は、貧しい少年にとって、とてつもなく高いハードルだ。でも、どうしても試合を観たい。そのためなら退屈な日常なんてどうなってもいいじゃないか。

ガッセムは、親の金を盗む。ガラクタ同然のカメラで学校の児童を騙して金を巻き上げる。さらに、自分がリーダーをつとめるサッカーチームの備品を売っぱらってしまう。やりたい放題だ。大変悪いことをしているのだが、心情的にはわからなくもない。

サッカーの試合を観るために悪いことをして金を得るのは、退屈すぎる日々を壊したいからなんだ。たとえ悪い方に転ぶ確率が高くても、この底辺のような現状がずっと、死ぬまで続くよりはマシだ。それほどまでに退屈で陰気な世界のなかにいるなら、ガッセムでなくても日常の転覆を企てるだろう。

残念ながら、悪事で得た金は、往々にして良い結果をもたらさない。夜行バスに乗ってテヘランに出かけたガッセムにも、絶妙に後味の悪い結末が待っているのだが、因果応報だといって彼を責める気にはならない。この健気に悪事をはたらく少年と一緒に、陰鬱な日常を心ゆくまで堪能する。『トラベラー』はそういう映画。

『トラベラー』 アッバス・キアロスタミ監督 1973 イラン

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