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文化人物録30(トマス・コニエチュニーほか)

トマス・コニエチュニー(バス・バリトン歌手、2016年)
→バス・バリトン歌手としては当代屈指の存在で、世界中の歌劇場からのオファーが引きも切らない。特にワーグナー作品には不可欠な歌手であり、日本にもたびたび来日している。ポーランド出身でもとは演劇や映画の世界に身を置いていたが、オペラの世界に転身。その経験が、多様な歌と演技に結びついているのは間違いない。 

ウィーン国立歌劇場「ワルキューレ」、東京・春・音楽祭について
・ウィーン国立歌劇場の日本公演は雰囲気が普通でなかった。特にワーグナーのオペラはそうなのだが、まさにこれこそ劇場で体験すべきことだ。カタルシス、浄化ですね。浄化された形を感じ取って劇場を後にしてもらうことがわたしたちの目的なのです。
・最近思い出したことがある。ポーランドで私が子どものころ、不思議の国のアリスを観たのだが、その時の最後の音楽がワルキューレのヴォータンのハーモニーと同じだったのだ。私自身が感じてきたのは、ワルキューレに出演することが、自分の物語を表現するためのミッションだということ。舞台人としてギリシャの古代劇を年に1回、観るような感じだろうか。年に1回の特別な世界がオペラだと言える。
・私がよく演じるのは、ヴォータンの他に「ニーベルングの指環」に出てくるアルベリヒがある。アルベリヒというのはリングに登場する人物の中で最も人間臭い人物だろう。神谷小人、巨人族などのうち人間らしい特徴を備えている。人間は全員を善悪で分けることはできない。人間は善であり、悪でもあるという思いは、特にワーグナーのオペラを通じ観客に最も問いかけたかったことだろう。ワーグナーの世界は哲学的だが、人間的な偉大さは少ない。すべて犠牲にしてきた大きな姿勢をとることだ。ヴォータンとアルベリヒの2役を演じることで見えてくることもある。2人の緊張関係は興味深い。
・ワーグナーのライトモチーフは素晴らしいワーグナーの発明だ。なぜワーグナーのオペラはセリフ・歌詞が長いのか。それは反復があるからだ。同モチーフがどのように歌われるかに注目すると面白い。人や出来事に合わせてモチーフが表現されているのだから。
・今後は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックスをやりたい。これまでオファーを断ってきた。あとはボロディン「イーゴリ公」、ラフマニノフの「アレコ」、20世紀前半のバス歌手、フョードル・シャリアピンが演じた舞台作品、特にムソルグスキー「ボリス・ゴドゥノフ」でのモノローグは素晴らしい。舞台とは役者として立つ場所であり、過去へのセンチメンタルジャーニーなのです。

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