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DXプロジェクトの始め方 〜小さく始めて、早く終える〜 【これからの医療とDX #5】

「自院でDXを進めようと思っているが、どこから手を付けたらいいか」という相談をよくお受けします。その際は「バックオフィス領域のDX」をお勧めすることが多いです。

労務管理や採用管理などの人事業務、経費精算や仕訳などの経理業務は一般企業でも同様に発生する業務です。この領域では従来からIT開発が進められており、多くの便利なツールがすでに存在しています。細かい業務内容の違いはあるかもしれませんが、医療機関でも十分に活用できます。

ただし、「DXは現場の業務改善の一つである」とも申し添えています。「DXありき・ツールが先」ではなく、「経営課題ありき・目的が先」で進めるほうがプロジェクトとしてよい結果につながりやすいです。目的と目標の大切さについてはシリーズ第2回でもお伝えしています。一方、「DXをやってみたい」「DXで自院を変えたい」という気持ちも経営改善の好機です。組織や経営者に “変革の風” が吹いていれば乗らない手はありません。

そこで本稿は、どのようなキッカケであっても、成功させるための「DXプロジェクトの始め方」について組織行動とプロジェクトマネジメントの観点からお伝えします。


スモールスタート・クイックウィン

DXプロジェクトを始めるにあたっては「小さく始めて、早く成功させる」のが最善手です。これを「スモールスタート・クイックウィン(Small start, Quick win)」と呼びます。

新しい取り組み、とくに ”DX” のようなバズワードをつかったプロジェクトでは、プロジェクト推進者や経営者が「最初からプロジェクトを過度に大きく、目標を過度に高く」してしまいがちです。その結果、予算や想定されたスケジュールに収まらなくなったり、形だけ整えた改革となり現場での利用が全く進まなかったりすることも少なくありません。これらを予防するための考え方が「スモールスタート・クイックウィン」です。

DXプロジェクトの規模と目標


スモールスタート・クイックウィン実践のポイントは3つあります。

1)具体的な課題があるところから開始
2)単一部署でのプロジェクトから開始(ただし、他部署を巻き込む)
3)経営指標に結びつくように設計

まず、具体的な課題があれば、そこから取り掛かるのがいいです。DXは「デジタルやデータを活用した最適な業務フローへの転換」なので、「この課題は業務フローをどのように変えれば最適になるだろうか」を徹底的に考えることがプロジェクト成功の活路となります。

DXプロジェクトとして始めると、「どのようなデジタルツールを使うか」の議論に多くの時間を費やしてしまうことがあります。確かに、導入するツールによって、その後の使い勝手が大きく異なるので重要な要素の一つです。しかし、DXプロジェクトにおいては、「ツール選定」はあくまで1つの工程であって最終到達点ではありません。

最も大切なのは「プロジェクトの目的・目標を達成する」ことです。既存の課題から検討を始めることで、ツールに求められる機能は明確になります。「目的に合った機能を有しているか」を重視してツールを選べば、不要な議論とそれによる時間のロスを防ぐことができます。

また、DX推進の初期には単一部署で行っている業務を対象にしたプロジェクトから始めましょう。プロジェクトは関係者・関係部署の数が増えるほど複雑化します。情報共有や意識統一、利害関係の調整などの間接業務が増えて、難易度がかけ算で上がっていきます。

単一部署のプロジェクトでは打ち合わせも調整しやすく、前提となる知識や考え方もすでに共有され、合意形成もしやすいため、調整にかかる時間や労力を抑えることができます。ただし、組織全体のDX推進の観点では、一部署のみの改革は他部署の「自分には関係ない」意識をつくることにもつながるため、プロジェクトメンバーに他部署の人を数人加え、第三者視点を取り入れる役割を与えるのがいいでしょう。改善対象にしている業務の前または後ろの工程を受け持つ部署から選出し、役割を明示してプロジェクトにコミットしてもらえるようにします。

スモールスタート・クイックウィンのプロジェクトであっても、プロジェクト運営の基本は変わりません。プロジェクトが終了したときに、どの経営指標を改善するか、どのくらい改善するかをきちんと確認しましょう。経営改善に寄与しないプロジェクトは時間が経つにつれて予算や人員を削られてしまいます。プロジェクトで取り組んだ施策の持続可能性を高めるためにも、経営的メリットを説明するのもプロジェクトチームの責務です。


スモールスタート・クイックウィンの効果

最初のプロジェクトをスモールスタート・クイックウィンの考え方で完遂することにより、組織全体の改善に向けた動きを大きく推進させることができます。

プロジェクト失敗の代表的なパターンとして、「入念な計画を立てたものの、実行されない」というものがあります。時間とコストをかけていかに素晴らしい計画を作ろうとも、実行されなければ無意味です。このパターンに陥る主な原因は「時間切れ」と「メンバーのモチベーション低下」です。計画に注力しすぎて実行や検証をするには時間がなくなっていた、メンバーが費やした労力の対価を感じられない期間が長期化し実行するころには燃え尽きている、といったケースが散見されます。

スモールスタート・クイックウィンの考え方に沿って、「小さく始めて早く終わらせる」ことを意識すれば、自ずと時間切れは回避されます。また、小さくてもプロジェクトを無事終えたという経験はメンバーに達成感と満足感を与え、モチベーションを向上させ、メンバー個人としても組織としても次のDXプロジェクトへの活力を生みます。

組織的にDXを進める上で大事なのが、協力者・理解者を増やしていくことです。組織レベルで業務改善を行うということは、多くの関係者やその業務に変化を起こすことと同義です。変化の方向性や活動自体に対する賛否両論が起こりやすく、プロジェクトチームへの風当たりが強くなることすらあります。しかし、組織的な取り組みとするためには、各部署で新しい業務フローを受け入れてもらわなければなりません。

最初のDXプロジェクトを、あえて小さく絞り、スピード感をもって達成させることで、活動の成果やプロセスを、組織内に早期かつ具体的に示すことができます。これにより、これから改善活動に巻き込んでいく人たちに「こういう風に変わるのね」「これだったらやれそう」と思ってもらうのです。直接関与していない職員が自院の先行事例を見ることで、各自の部署におけるDXをイメージしやすくなり、組織全体のDXに向けた大きな推進力になってくれるのです。

DX人材やプロジェクトチームを育てるためにもスモールスタート・クイックウィンで行うプロジェクトは有用です。プロジェクトメンバーの経験値が乏しい段階で複雑性の高い難事業に取り組もうとするのは、レベル1でラスボス(※)に挑むようなものです。最終的なビジョンを見据えつつも、初期のプロジェクトではあえて短期間で終えられる形に留めることで、メンバーの成長を促し、組織的にDX推進の土壌をつくることにつながります。


振り返りで経験をノウハウに変換

プロジェクトの終了時には必ずチームでの振り返りをしましょう。とくに最初のDXプロジェクトは改革の第一歩であると同時に、組織の貴重な経験です。プロジェクトメンバーが集まり、個々の頭の中にある経験を共有して、次につながる組織のノウハウに転換させていきます。

振り返り実施の際は、ファシリテーションの技法を用いておこなってみるのがお勧めです。ファシリテーションとは「会議で参加者の意見を引き出し、論点を整理してまとめる働きかけ」のことです。感想を言い合うだけで終わらせず、経験から学びを抽出するには、ファシリテーションの考え方に沿った振り返り会は有益でしょう。

また、できなかった反省点ばかりに終始しないように、できたことにもしっかり目を向けることが大事です。個人のことだけでなく、チームがどのように機能したか、なぜ機能したかなども議論すると振り返りとして深まります。それらを踏まえて、今後どのようにしていくのがいいかを話し合い、具体的なアクションに落とし込んでいきます。振り返りの内容を議事録として残し、次のプロジェクト関係者が使える場所に保存しておきましょう。こうして、次のプロジェクトではこのノウハウを使える状態から始めることができます。

今回は、DXプロジェクトの始め方を焦点に、スモールスタート・クイックウィンの重要性をお伝えしました。実際にはケース・バイ・ケースであることは言うまでもありませんが、最初のプロジェクトは短期的な成功だけでなく、その後のDX推進に弾みをつけることも念頭に置いて進めていくのがいいでしょう。

本シリーズでは、これからの医療とDXをテーマに、論点ごとに押さえるべきポイントや方法論をお伝えしています。

次回の記事では、「診療所・クリニックのDX」の実践例を紹介します。

※ラスボスとは、ロールプレイングゲームの終盤で立ちはだかる最強のモンスターのこと。通常、レベル50〜80まで上げないとラスボスには勝てない。

※本記事は、倉敷中央病院医事企画課係長 犬飼貴壮さんとデジタルハリウッド大学院大学特任助教 木野瀬友人さんにアドバイスを得て執筆しております。

<筆者プロフィール>
岩本修一(いわもと・しゅういち)
株式会社DTG代表取締役CEO、医師、経営学修士。
広島大学医学部医学科卒業後、福岡和白病院、東京都立墨東病院で勤務。2014年より広島大学病院総合内科・総合診療科助教。2016年よりハイズ株式会社にて病院経営およびヘルスケアビジネスのコンサルティングに従事。2020年より株式会社omniheal・おうちの診療所目黒でCXO・医師として、経営戦略、採用・人事、オペレーション構築、マーケティング、財務会計と在宅診療業務に従事。2021年10月株式会社DTGを創業、代表取締役CEOに就任。

<関連情報>
株式会社DTGホームページ

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