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短編小説「僕はくしゃみを。」

秋にくしゃみを。

センター分けメガネ上司は僕を理由もなく怒っていた。今日も僕は意味もなく謝まっていた。それだけで仕事は終わった、気がした。
無人のレジ機でスーパーの割引アジフライ弁当と発泡酒の支払いを慣れた作業で済ませ、日が変わる前にと、構造上1人しか住む事が出来ないボロいアパートへの帰路を急ぐ。酷暑は夜も続き汗が止まらない。金木犀の香りが今日はすごく甘ったるくうっとしい。

早くクーラーで涼しさを浴びたい。

でも、急いでる時にこそ絶対って言うほど起こる。アクシデントなのか、サプライズなのか。猫達が争いをしている。いつも動画の中ではあんな可愛いらしい猫達が闘争心剥き出しで鳴き合って引っ掻き合っている。表舞台では可愛らしく裏では悪事を行なっている。

よく見ると猫は1体1のタイマンではなく2体1で一匹の猫を虐めているように思える。まるでその1匹側の猫は僕に似ていた。いつも僕は1人で誰にも守られる事はなく。常に大勢に丸め込まれ、主張すらも出来なかった。このままではいけないと思い近づき2匹側の方へと鞄を振りかざし、おいと声を荒げた。すぐさま2匹は1匹の猫から離れてこっちを睨んでいる。追いかける素振りを見せると逃げ出していった。1匹の猫は助けられたのが分かったのか、僕のとこへ顔を擦り付けてくる。

茶トラの猫は地元の友達が飼ってた猫と同じ毛色で愛着が湧いた。少し弱っていたのを見て
何かないかと考えたところ、さっき買った弁当が手提の袋に。蓋を開け、アジフライを手で取り出し猫に与えた。1匹の猫はお礼をするかのようにニャーと鳴き2匹とは違う方向へと去っていった。それからすぐクシャミが止まらなくなった。27年目にして初めて気が付いた。猫アレルギーって事に。



金木犀越えの香りを。


何かを救うって事はこんなに清々しい物なのか。理不尽に叱られ理不尽に罵られ、誰かのせいでしか僕は生きていなかった。誰かのため何かのために、行動をするとここまで気持ちがすこぶる綺麗になる気がする、ドロドロの汚い僕の心は猫1匹を助ける事により自分比ではあるが透明に浄化されていくのが分かる。

意気揚々帰り道を歩く、自分がした行動で気持ちが高揚した事はきっと初めてで、後悔と反省の連続できっとこのまま終わるかと思っていた。
0が1に変わるのは難しいけど、1が2や3になるのは案外楽だったりする。
前向きな気持ちのまま前を向く。長い髪が風になびいたまま颯爽と走る異性がすぐ隣を駆けていく。金木犀よりも甘ったるい香りが通りすぎると同時にハンカチが空中に1秒浮かび落ちていく。間違いなく落とし物だ。さっきの流れでいい事を行うと思う僕は落ちたハンカチを拾い走る異性を追いかける。

「あ、すいませーん、すいませーん」

何度呼びかけても聞く耳を待たずに何かに追われているように急ぐ異性。
いやいや待てよ。周りから見たら僕が追いかけてるだけで正直まずい状況じゃないのか。異性が急にスピードを緩めた

「あ、すいませーん」
「え、何か?」
2人とも息が荒れたまま、会話を交わす。きっと相手は疑いつつ話を聞いてくれた。
落としたハンカチを渡すと繋がった点が線になり、理解した異性は、

「わざわざ?」
「あ、はい、追いつくのがやっとでした。」
「すみません、ありがとうございました」

笑顔が眩しくて髪は長くて心地よい風に靡いて天使に見えて目も合わせず、「あ、あのー、それだけなんで」
異性はお礼をし足早にアパートへと入っていた。
ちょうど走った分家はもう目の前にあった。階段をあがって2階の201が僕の部屋。今思えばあの人何故か僕のアパートの方へ入っていったな。
階段を上るとさっきの異性が鞄を漁っていた。きっと鍵を探しているのだろう。

「あ、。ここ住まれてるんですか?」
「え?あ、はい、鍵無くしてしまってて。もしかしてお隣さんですか?」
「そのもしかしてなんです。よろしくお願いします。」
「最近引っ越して来たばっかしなのでよろしくお願いします。」

仕事への憂鬱で隣の引っ越しすらも知らず家の中と会社での情報しかなかった自分が情けない。
「あ、そういえばなんでそんなに急いでいたんですか?」
「ドラマ!見たいドラマがあって、『SOSの警察官が地球を回す』ってのにハマってて今日録画の容量足りなくなって走っちゃいました。」

そのドラマは僕が今季唯一見ているドラマであり、視聴率は高くなくむしろ1桁それでも何故か一部のファンからは根強い人気があるものだった。
内容は助けを求められる警官が何故かたくさんの人に助けを求めてるうちに繋がりが増え街を大事件から救うっていうきっと1話見逃したら付いてはいけるけど見逃し配信を見てまで追いかけるかって言われたらそこまでのドラマ。有名俳優が出てるわけではないのでひっそりと始まってひっそりと終わるちょうどいいドラマ。

まさかこのドラマにそこまでハマってる人がいると思えなかった僕は仲良くなりたいと思った。

「僕もそのドラマ見てます。先週の回も面白いかったですね。主人公は逃げてるだけなのに、事件解決してしまってましたもんね。」
「前回も最高でしたね。あ、そろそろ始まるのでこれで、今後ともよろしくです。」

笑顔が素晴らしかった。とても。美しく可愛らしく。きっと恋をしたらその人のことはなんでも可愛く美しく見えるんだろうなと自分が今起こっている現象に考察をした。ただこれは、恋では無いと言い聞かせた。連絡先を聞かなかった後悔は隣人である事実で消した。もう一度恋では無いと言い聞かせた。
また会える。
猫アレルギーで発生したくしゃみが隣に響かないように音を殺した。

他愛のない質問に実りのない回答を。

目覚まし代わりに使っているスマホが鳴り出す。二度寝できるように本当に起きる十分前ぐらいに一度鳴るようにしているので僕はスヌーズ機能に変更してすぐ眠りにつこうとするが、あの隣の異性に迷惑をかけてはいけないと本能的に起きた。そう起きてる、どうにか生きてる。スヌーズ機能を消しいつもの支度をしいつもより十分ほど早く出掛ける準備をした。少しドアを開けるのに緊張した。もしいたらなんて淡い期待は甘い香りがする現実に変わった。

「おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「昨日はありがとうございました。」
「あ、いえいえ大したことしてないですよ」
微笑を交え、簡単な挨拶で終わった、というよりも僕はそれ以上の会話を広げる事は出来なかった。単純明快に力不足。
「今日はお仕事ですか?」
「あー、はい。」
そこから異性の止まることのない質問責めに合った。名前は?仕事は?昨日のドラマの感想は?全部に答えるが僕には話を風船のように膨らます能力はなかった。

「お酒とか飲みます?」
「あ、はい、仕事終わりにヤケ酒を。」
「えーヤケ酒なんですか?仕事辛いですよね〜。なら今度ヤケ酒じゃなくて美味しいお酒飲み行きましょう。」
酒なんて美味しいと思った事はなく、飲む事によってストレス発散出来ればという感覚に対して美味しいお酒って言葉はなかなか斬新だった。
でもここまで、ぐいぐい来られると壺を買わされたりネットビジネスに誘われるのではないかと少し疑うようにもなったが、単純に一緒に過ごした時間は僕の中では仕事をする何千倍も居心地が良くあっという間だった。他愛もない質問に実りのない回答を繰り返していたら駅に着き、異性の方から次飲み会をするために連絡先を交換させられた、それはそれで嬉しかった。ただこれは恋では無いと言い聞かせた。


実りのない日々に美味しいお酒を。



ただ僕の人生はすぐ地獄に落ちる。というよりもいつもの日常へと戻る。
いつの間にか、生活をするための仕事が仕事のための生活になり、ただ単調に信号の赤が青に変わるようにその日々を過ごす。有名でも無名でもない大学を出ては有名でも無名でもない会社に入り、友人もいなく無事今日も叱られるのだ。
この上司は間違いなく僕の事が嫌いだ。ミスを全て僕のせいにはするは、仕事は疎かにしお気に入りの女性社員にばかり話をしに行く。上の役職に行けば行くほど働くなる、今、日本が経済的成長が出来ないのは仕事ができない無能上司が威張るだけの会社になっているからだ。無能上司にとって僕は有能では無いから怒られているが絶対にこの無能よりは仕事は出来ているとは思っている。彼が僕を嫌いなように僕も彼が嫌いである。そして他の従業員も彼が嫌いである。

「いきなりなんですが今日飲みに行きませんか?金曜日ですし。」

昼休憩終わり間近、交換した連絡先からきたメッセージに心が昂ぶった。
いいですよと返信をし最寄駅に18時集合と決められた、いや決めて頂いた。

18時なら退社してギリギリ間に合う。何を話そうと不安にはなったがきっとあの異性が話を振ってくれるだろう。

少し叱られながらも僕は気にせず、18時数分前最寄駅に着いた僕。着いた瞬間壁に張り付いた異性を見つけてどうにか間に合った感を荒めの吐息と肩で息をしているような形で表す。



壺売りの少女を。


「遅刻です。」
「え?」
「女性を待たせるなんて遅刻です。」
少し拗ねた様子異性に僕はすぐ、
「あ、ごめんなさい。」価値のない頭を下げた。
「冗談ですよ。冗談!この近くに行きたい、焼き鳥屋あったんですけどどうですか?」

目の前の異性が言うままに僕は引っ張られていく、でもそれは嫌じゃなかった。むしろ心が小躍りしているようだ。今なら壺でも土地でもネットワークビジネスでも保険でもなんでも買わされてもいいような気持ちでいる事ができる、目の前にいる異性と同じ空間にいると。



鳥を焼く煙が天井を這っている。威勢の良い店員の挨拶は奇声にも聞こえて。でもそれに元気良く反応する僕の隣の異性は眩かった。
席に着き、目の前の異性は焼き鳥のお任せをまず頼み、生でいいですね?と言葉だけ残し勝手に頼んでいった。頼んで頂いた。

話は目の前の火照った顔の異性が振ってくれる。
「そういえば最近感動する事とかってあります?」
あれこれ感動出来る様になる壺売られるんじゃないかと頭をよぎった。
「あー。最近感動全然しないですね。」
「でも昔はしてたんですよね?」
「あーまーそうですね。10年前、好きな選手が逆転ホームラン打った時は感動したなー。」
「だからですよ、今感動出来ないのは昔もっといい経験があったから感動しないだけですよ。これからそれよりもすごい事が起きたら感動しますよ。きっと。」

壺を売られると身構えてる必要はなかった。
「てか野球好きなんですか?私も好きなんですよ。その好きな選手誰ですか?」
「あ、川本って選手です。多分知らないと思うんですけど、守備は上手いんだけどたまにしか打たないんですよ。でも打った時はどれも大事な場面で印象的なんですよね。本当たまにしか打たないんですけど」

「知ってますよ。東京ガイナレーズの川本和徳選手ですよね、キャッチャーですよね、舐めないでください。今度行きましょう」

壺は売られないまま目の前の異性と次回の約束が決まった。あの時見た、あのホームランを越えた感動を今味わった。共有はせず僕の中でだけの感動にした。


返信の難しさを。

「どの日に行きます?」
画面の向こう側にいる異性への質問に、「お任せします!」僕は平常運転の返信をする。
「どの球団好きでしたっけ?」
「ガイナレーズです。」
「ならガイナレーズの試合を見に行くとして、相手はどこがいいですか。」
「お任せで」
そんな言葉を返すと、もういいです。とだけ来たので僕は返さなかった。
それから1週間異性からは連絡は返ってこなかった。

単調な日々にはベースボールを。


進む未来は高速で思い出す過去は鈍足で逃げれぬの約束で急に来るの反則で。
「明日のチケット取ったんできますよね?ね?ね?」
僕は行きますとしか言えなかった。
連絡が来たのは自分でもびっくりだが嬉しいという感情がいち早く動いた。

試合当日奇しくも川本選手の引退試合という事を隣で喋りまくる異性から聞いた。
僕は大好きな選手の引退試合すらも知ることが出来ないほどの多忙に苛立ちを感じたが、隣の異性を笑顔を見るとしょうもない事は弾け飛んだ。
斜め前の異性に引っ張られるように外野行きのゲートを潜り抜けた。
抜けた先はベースボールパーク天井なんかない、夜空に照明が一段と輝き、芝生は気持ちよさそうに緑が映える、大勢の大声の応援にドヤされる。
なんで外野にしたのか僕が質問する遥か前に隣の席の異性は語り出す、ていうかぽつっと答えた。
「外野ってホームランボール取れるんですよ、最高じゃないですか」
ホームランボールなんて取れる確率なんて0.026%らしいってことは言わないようしておこう。
川本のユニフォームを着た人やタオルを持った人でいっぱいだ。さすが引退試合、川本が打てない心配よりも打てる信頼をして集まってきてる人ばかり、今日は。

優勝争いしてる中でスタメン出場はなかった終盤の守備起用はありそうだ。
トイレも行く気もしないほど見逃せない接戦。本当は行きたいけど隣の異性の前を通るのがなんか申し訳ないだけでもある。
「行けー打てー」
叫ぶ隣の異性の声の大きさは外野席の周りを味方につける。

7対6、川本選手が在籍する東京ガイナレーズの1点ビハインドで迎えた8回裏2アウト1塁打順はピッチャー、ここで監督がベンチを歩き出し、代打を告げる。

アナウンスを聞くために球場全体が静まり返る。
「、、に変わりましてバッター川本!!」

熱狂は感情を最高速にあげた。

審判がプレイと叫び、その数秒後に大きく空振り、2球目もボール球を空振り。
呆れる乾いたおっさんのため息が後ろ聞こえた。
怒りが芽生えたがそれを力に変えぶつける方法を知らなかった。
ただただ両手を合わせて祈る。
そういえば親父に6才ぐらいの時、面白いドラマ見たいと伝えたところ、熱闘甲子園を見させられ、1番面白いドラマは人生だと豪語されたことがある。
そんなしょうもない事を考えた瞬間に歓声と悲鳴が聞こえる。一瞬どうなったか分からなかったが隣の異性がはしゃぎ、後ろからおっさんが喜びを爆発していた。
全てを理解した。
引退試合であの川本はホームランを打ったのだ。引退試合という大舞台で。
歓声が響く響く。
彼は今日野球人を引退する、特大のホームランを打ちながらも引退する、でも彼の人生はホームインをしたとしてもまだまだ続いていく、僕の人生はどうだホームランなんかも打たずともずっと続いている。クソッタレな世界だ。

あのーっと隣の異性が僕に問いを発する。

「法定速度ってほとんどが60キロなのにそれ以上出せる車を作る方がダメだと思いません?」

全く関係ない質問につい笑ってしまった。なんで笑ってるんですかの問いに対して僕は笑って答えるしかなかった。

隣の異性の疑問は間違いなく疑問である。疑問が僕の歓喜も憂鬱な気持ちも混ぜて消してくれた。川本のホームランと同じくらい綺麗にどかーんと打ち込まれた。

試合はホームランの勢いそのまま、東京ガイナレーズが勝った。
引退セレモニーで彼は語った。

「足を引っ張ってしがみついてでも誰かでいたい。そうずっと思って今日までやってきました。でも、もう限界でした。今日のホームランは皆さんへの最後の恩返しです。僕の選手としての証明でした。今まですいませんでした、そして応援ありがとうございました」

彼の言葉に球場中が泣いてる、相手も仲間もファンもアンチも。
勝ち負け関係なしにみんなが泣いている。
引退セレモニーをみんなが見てたため帰るタイミングが一緒だった。
ごった返す帰り道、隣の異性がいなくならないか少し心配だった。
誰かが僕の手を握った。
異性の声で「私について来てください」
心の奥がキューっと締め付けられた。この気持ちはきっと頼もしく見えたからに違いない。




生活には計画を、契約に贅沢さを、政策は政客が明確さを。

いつもはスヌーズ機能に切り替えて10分後に起きる生活。朝、会社に行くという計画というよりは契約。憂鬱なあの時には考えれない程、気分は贅沢。国の政策も駅前に立ってる政客も目に写らない。明確な答えは一つしかない。
そんな事を考えてると隣人の彼女が改札口にいた。
「待たずにいつの間にか改札に行ってしまいました、忘れてたってよりは寝ぼけてただけですから」
隣人の彼女の笑顔に僕は心の奥がキューっと締め付けられた。あれから色々教わったがこれは恋らしい。これは明白であり、激アツなんだってさ。


「断捨離で1番捨てるのが大変な物は本当に捨てても大丈夫かなって心らしいですよ」
いつもの突拍子もない会話にも驚くよりも笑いのが先に来るようになった。

僕らの関係も突拍子もない事だった。
あのまま球場を出ても山手線から中央線に乗り換えても最寄りの西荻窪駅に降りても、僕らは手を繋いでいた。繋いでくれていた、

家の近くで彼女は急に立ち止まった。僕が1歩を進んだせいで手が解けそうになったがお互いが力強く結んで握っていたから離れる事はなかった。
目の前の彼女は珍しく目を逸らした話始めていた
「あの、付き合いますかあたし達、いや付き合いましょう決定!!はい決定です!!今から彼氏彼女です!!」

驚きと困惑が交差し、頭の中は真っ白に染まった。顔が焼けるように熱くなった。
真っ白が目の前の彼女色に染められた。それは真っ赤だった。

あの日から僕の日々は変わった。

考えて描いた希望が、期待が、理想が、現実では想像以上に溢れて溢れて押し潰されそうになっている。僕は幸せで息をするのがやっとである。.

これは恋らしい。これは明白であり、激アツなんだってさ。


センター分けメガネ男を。


ICカードを翳す《かざす 》と開く扉を今日もハイテクさを感じず、日常の一環として潜り入る。今日もセンター分けメガネは嫌いであろう社員を詰めていた。この流れは僕も後で奴が来るだろう。

あいつの事は誰もが嫌いなはずだ。そんな言動を言えないのはあいつが部長という肩書きを持っているからだ。日本の社会はどうかと思う、年功序列で上下を決め若者の実力差の芽を出さないように積みまくる。自分達が上で入れるために立場を上手く使う。罵声を浴びせて居座れるように。

僕は若者の実力者ではないが、現状激アツ息が出来ないほどの自信に満ち溢れた幸せ者である。

センター分けメガネ男が僕を下卑《げび 》た笑顔で呼びつけた。
「お前なんでそんな数字取れないの馬鹿なの、給料泥棒だよね。やめたら」
罵声を浴びるのはもう慣れている。日常の返事と非日常の録音をした。


肩書きこだわり上司が1番嫌な事は、自分より上の肩書き上司への密告である。
僕は録音データを部長より上の肩書き上司へ差し出した。

その翌日にはセンター分けメガネ男と会社唯一肩書き男性と議事録若手女性と激アツ自信幸福者が会合した。


当事者の僕達を除いた二人が重い空気をわざと作り出してるのがすごく気持ち悪かった。

センター分けメガネ男は始まる前から涙を浮かべていた。今日は彼が罵声を浴びていた。権力者を味方につけるのは最高だと感じた瞬間ハシゴは外された。

「君はまず成績をあげなさい」
圧倒的真っ当な言葉だった。

後日、センター分け男は減給と降格が決まったらしい。
激アツ自信幸福者は給料も肩書きも変わらず、
只、会社の中での好感度が上がっていたらしい。


僕はくしゃみを。


帰宅途中、イヤホンを耳に入れ曲を流す。
今まで聴かない曲を聴くようになった。今までのだらしなっかた僕だったらしない行動だった。
良い曲と出会うの夜中だって動画サイトのコメントに書いてあった。その通りで帰り道、何曲も出会ってきた。
仕事で成果が出た事、自分に自信を持てた事、靴の汚れにきづかないほど、前を向いて生きている事、全部隣室の彼女が教えてくれた変えてくれた。毎日夜会えるのが楽しみとそう思えるようになれたのも全て隣室の彼女のおかげだ。

「あ、ただいま」と隣室の合鍵を差し部屋に入る。
同室の彼女は笑顔を満面に浮かべ「おかえり」と嬉しそうに返してくれた。

非日常が日常に入れ替わった。今日もベットが揺れた。
軋んだベットと歪んだバネと愛を育んだ2人。部屋は薄暗く光る。



「おはよう」と僕とは違う綺麗な横顔が振り向いている。
「今日は出かけるんだから早く準備して下さいね。公園行きますよ」
そんな予定なかったじゃんと言おうと思ったがもう準備を進めているのでやめた。

準備をしドアを開けると春の匂いが飛び込んできた。なんでも出来ちゃう気になれる春の匂いだ。
天気も飛びっきりに晴れていた。公園でベンチに座るただそれだけも僕は非日常だ。

日当たりの良さからの春時雨。それでも隣人の彼女は笑って「わたし晴れ女でありながら雨も滴る良い女なんですよ」髪の毛はツヤツヤですぐ現れた太陽の光が反射し僕を照らしつけ、手で目を隠す。そしたら君は指を差しながらまた笑っている。

太陽よりも眩しい笑顔にまた目を隠しかけた。

「あ、あの僕と結婚しませんか?いや、して下さい」
突発さは君に学んだ。勇気は君につけてもらった。言葉は学校の先生が教えてくれた。セリフはドラマが教えてくれた。自信は君が付けてくれた。

「分かりました、、でも1日待って下さいこんな濡れた髪で返事はしたくないですから」

そこからの出来事は真っ白で真っ赤だった。

「危ない!!」

僕を突き飛ばす彼女が見えた。
公園の中を暴走する白の乗用車が見えた。
僕は頭を打ちそこからの記憶は無くなった。



頭がガンガンと突き刺さる痛み、真っ白な天井で目が覚めた。

看護師さんが話すには公園で暴走する車を避け頭を打ち気絶したらしい。3日もすれば退院出来る事
お巡りさんが話すには車の運転手はセンター分け男だった事、車は公園の遊具にぶつかり僕以外の犠牲者は出なかったと言う事。
「僕の近くにいた彼女は大丈夫でしたか?」
それに関しては2人とも口裏を合わせたかのように君しかいなかったという。

スマホは潰れてる為連絡も取れない。

3日経ち、ボロアパートへ急ぐ。
僕の隣室は鍵を使わずとも空いていた。
そこには何も置いてなかった。靴も冷蔵庫もテレビもベットも。

ベランダからか弱い鳴き声がする。窓を開けると猫がいた。

茶トラの猫は少し足を痛めてそうだった。
よく見ればこの部屋、猫の毛だらけで僕はくしゃみが止まらなかった。

僕の所へ擦り寄ってくる。
頭では理解出来てはいない。ただ、心が察したのか涙が止まらなくなった。

僕は今、心がやけるように痛い。
溢れていた現実がとなりにいないだけでこんなにも息苦しい

何を差し出せばいい?何を失えばいい?
となりにいるだけでそれだけで良かった。



思い出すと寂しい事も
思い出せないともっと寂しくなってしまうんじゃないかと思い忘れないようにした。そして、僕はくしゃみをした。

終わり

スキがやる気になり 寄付が猫のエサになります