電波戦隊スイハンジャー#8
第一章・こうして若者たちは戦隊になる
勝沼悟熱血教室
勝沼酒造本社ビル離れのガラス張りの温室。
中央には勝沼家のモニュメントツリーである古びた葡萄樹が小さな実をつけ始めている。
昨日悟が破壊したガラスはすっかり修理されていた。
酒豪のレッド&ブルーも、さすがに「二日酔い」という生理現象には逆らえない…
葡萄樹下の白いガーデンテーブルに二人突っ伏し、ぎゅうぎゅう脳味噌を締め付けるような頭痛に隆文と悟は耐えていた。
「10歳と8歳だよ!戦国時代の政略結婚かっ!!」
折り畳んだノートパソコンを枕にしていた悟が、やおらに叫んだ。
「うわっ、びっくりしたあ!!いてて…」
隆文はこめかみを押さえた。頭痛薬飲んだけど、あまり効かないべ…
今日の明け方近くまで悟のやけ酒と、下手くそなカラオケに付き合った結果の頭痛である。
「うう…醜態だよ…隆文くん、ゆうべは付き合わせてすまない…痛い、痛いよ…」
細く白い指で、悟はテーブルの表面をがじがじ引っ掻いた。
「いんやあ、なんか、勝沼さんの荒れ方がまんま『地方都市のヤンキー』だから好感持てたべ…あだだだ…」
ヤンキーって言葉に悟は情けなさそうな顔をした。
「二日酔いは脳の水分不足だからさ…しっかり水飲む事だよ。なんか冷たい飲み物頼もう…ま…」
自然に真理子くんと呼ぼうとして、悟は慌てて口をつぐんだ。
「いいよ、自分で取りに行くっ」
「はい、サトルさま」
氷水の入ったピッチャーにグラスが二つ乗ったトレイを持って、
悟の研究助手及び親が勝手に決めた婚約者、西園寺真理子がすでにテーブルの横に付いていた。
27歳という年齢にしては、愛くるしい顔をしている。
「サトルさま…あのう、昨日の事はお気になさらないで下さい…子供の頃のたわいもない約束ですわ…」
グラスに氷水を注ぎながら真理子の顔がどんどん真っ赤になっていく。
「でも、気持ちは本物ですから…」
きゃっ!と顔をトレイで隠しながら、真理子はそそくさと去って行った。
「…問題は、家族が完全に本気にしていることなんだよ…」
真理子の顔をあまり見ないようにしていた悟がグラスの水を一気に飲み干した。
「真理子さん、あんなにシャイな性格でよく助手務まるなあ」
「プレゼンや研究発表では彼女、人が変わったようにキリッとしてるんだよ…
直前までがたがた震えて手のひらに『人』の字書いてるのに、だよ。あれでも、生物学の博士号持ってるんだよ」
「す、すげえ!」
「考えてみれば、幼稚園から大学までずっと彼女と一緒だったよ…っていうか、僕を追いかけてた?まさか…」
彼女の想いに19年間気付かなかった勝沼さん。
鈍い、鈍すぎるべ。
白い綺麗な手で覆われた悟の顔は、ほんのり蒸気している…
昨日まで当たり前のように一緒にいた助手を、初めて「異性」として意識しているのだろう。
遅れてきた中2病に加えて、まさか「遅れてきた思春期」かあ!?
「なあ、隆文くん。僕は生まれてこのかた、誰かを恋しいなんて思った事ないんだよ。君は彼女持ちっていうじゃないか。
…そのう、どんな気分なんだい?」
みよちゃん、(隆文の彼女)衝撃です。
アラサーの男に、真顔で「恋ってなあに?」って聞かれました。
隆文はどう答えていいか分からず、悟と同じように、グラスの水を一気に飲み干した。
ぴちちちちっ!!温室の中で飼われている鳥が鳴いた。
それが合図かのように、「アラサー男の恋バナ」は中断した…
「さてと」
気まずい雰囲気をわざと変えるように悟はぱん!!と大きく手を叩き、ノートパソコンを開いた。
インターネットのブラウザを開き、あるホームページを隆文に示して見せた。
「君の仕事先なんだがね。僕の系列の会社で新しくオープン予定の所があるんだよ。君は人懐こいから、適性だと思うよ」
ホームページを覗き込んだ隆文は、思わず叫んだ。
「ええっ?ここぉ?」
東京の下町の風情残るエリア、根津。
昔懐かしい古民家を買い取ってオープンした。バックパッカー向けの安宿があります。
その名も「したまち@パッカーズ」
レトロな雰囲気に、最近増えた外国人観光客も大喜び。
実直な人柄の支配人、紫垣さん(56)と従業員魚沼さん(28)は、共に東北出身。
頑張れ東北。負けるな東北。
アットホームな宿屋は、金曜の夜になると、オシャレなカクテルバーに変身。
ワインと日本酒のソムリエの資格を持つ、ちょっとクールなイケメンマスターが、貴方を迎えてくれます。
素泊まり一泊2800円。(食事別途)月泊まり28000円。
根津に来た折には「したまち@パッカーズ」をぜひ!!
「…っていう事を、『アド○ック天国』のナレーション風に書いてみたんだが…」
葡萄柄のかりゆしウェア姿の悟は、ホームページ紹介に載せる文章を書いた作文用紙を隆文に渡した。
ここは東京、根津にあるオープン前の宿屋「したまち@パッカーズ」の2階、従業員休憩室「いなほの間」。
悟と同じく葡萄柄のかりゆしウェアを着た隆文と
新しく採用された支配人の紫垣光男が経営者である悟とちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいる。
「…マスターって勝沼さん自身の事だろ?『ちょっとクールなイケメンマスター』に、大いにアンダーラインだなあ!」
「隆文くん、今はメガネ男子がキテるんだよ。それに、もうオープン前研修始まってるんだから、僕の事は『マスター』と呼びたまえ!」
「え、ええっ?もう始まってるべか?それに勝沼さん、その裁縫用竹定規はなんだべ?」
裁縫用竹製定規(75センチ)を手でもてあそびながら、悟は宣言した。
「いまから、僕があなたたちに接客指導します!」
鬼教官よろしく、悟はちゃぶ台をぴしゃり!と叩いた。
「ん、んだども!!」
抵抗する隆文に悟は片頬に冷笑を浮かべた。
「おやおや、僕の事を『甘やかされた坊っちゃん』と思っておいでかい?
勝沼の家の子供は、高校の夏休みから系列のホテルと農場で働かされるんだよ…
勝沼家家訓、その一、『労働を身を持って知れ』!!
僕もホテルのベルボーイから、フロント、農場の草刈りまでみっちり仕込まれました…はい!まずは挨拶の仕方から!!いらっしゃいませー!!」
「い、いらっしゃいませー…」
「もっとにこやかに!商売はスマイルで!!」ぴしっ!
いま気がついた事だけんど…勝沼さん、ビジネスをわざわざ「商売」って言うんだよなー。昔の商家みたいだべなー。
「魚沼くん、頭の下げかた足りまへんなあ」ぐいっ。
ぐわあ、アタマ押さえつけられたっ!!裁縫定規(75センチ)はこのためにあったか!
「魚沼くん、ここは辛抱だべ…」
一緒に頭を下げている紫垣さんと隆文は目が合った。そういや紫垣さんも同じ東北人だと聞いた。
「おらは故郷の岩手の宿屋つぶしちまってよお…女房娘と別居して心機一転、東京に働きに来たべ…ここで頑張って、自分の店持つべ!」
「紫垣さん…おら頑張るべ!!」
東北の男は辛抱だべ!!
「はい、紫垣さん、ちゃんと出来ています!即戦力で採用しただけある」
「いらっしゃいませー!!」
「ありがとうございましたあー!」
みよちゃん、おらは、東京の空の下、学生時代のコンビニバイト以来の接客業にチャレンジします…。
「はい、もういっかーい!!(ぴしっ)」
「イエス、マスター!!」
「そんなんじゃリピーター来まへんなあ…」
勝沼さん、なんで関西弁なんだ!?
悟の熱血指導は、夕方まで続く…。
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