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電波戦隊スイハンジャー#144 メメント・モリ

中つ章 メメント・モリ

あれはもう、3000年以上前のことでございます。

旗艦、天鳥舟あめのとりふねの窓一面に浮かんだ小さな青い惑星を見つけた時、船内中歓声に包まれました。

あれが、太陽系第三惑星の地球ちだま…我々高天原族が唯一生存できる星か!と。

ユミヒコ王子ばんざい!オトヒコ王子ばんざい!の合唱が誰からともなく沸き上がり、

玉座の周りにいた女官たちも元老たちも、その場で泣き伏したり惑星をじっと見つめたりと…皆それぞれの感慨に耽っておりました。

ただお一人を除いて。

「うむ。まだ若い星であるな」と玉座から立ち上がった陛下はそう呟いただけでした。

陛下が感情を表にお出しにならないのは今に始まった事ではありません。

陛下が急に立ち上がると羽根の刺繍を施した金色のドレスの裾がさっと翻り、陛下御自身の美しさも相まってそこに日が差したように見る者の目を奪うのです。


寧ろこのような場面においても王としての威厳を損なわない、立派な態度である。

と元老たちは年若い女王を畏敬の念で見ておりました。

「この惑星を発見した弟ユミヒコに『ツクヨミ』の称号を与え、出奔時に本人が返上した高天原族王子の位に戻すものとする。

続いて、地球上でのオトヒコ王子の支配地域には左騎将軍、武御雷タケミカヅチを交渉の使者として派遣する。

…以上!」

と朗々とした声でみことのりを出された女王陛下は

「タケミカヅチから報告が来るまで休む」と私だけを伴い、旗艦奥の私室に籠もると寝椅子に体を横たえてから、

独り言のように私に話しかけて来られたのです。

「オトヒコは…自分を追放した私を許してくれるだろうか?」

「陛下の寛大なご処置によりオトヒコ様は命長らえたのです」

「私が弟の立場であったら、自分が苦労してまとめた王国まで姉上は奪いに来るのか?と怒るであろうな」

「ですから陛下は、王子の親友であられたタケミカヅチ将軍を使者に派遣されたのでしょう?」

「和平交渉のための懐柔策だ。私はお前たちと我が民の移住計画のためなら何でもする」

そう宣言なされた陛下でしたが…豊かな銀髪を床に垂らして寝椅子の上で膝を抱えてうなだれるご様子は、不安に駆られる少女そのものでした。

「天照さま…」当然のように私は女王陛下を包み込むように抱きしめました。

女王の精神的ケアは、もちろん宮廷女官長である私の務めだからです。

私の名は渦女(ウズメ)。

創造された当初から「高天原族の王への母性」をプログラムされたヒューマノイドでございます。

「交渉次第で滞りなく移住か、もしくは反対されて制圧するか…どちらにしても、だ。

宇宙創造神の子孫と言われて栄華を誇った我々も、もう終わりを受け入れる時が来たのかもしれない…」

そう言って陛下は私の懐に女性の手のひらほどの大きさの円盤を懐からお出しになり、両手に持って見つめておいででした…


ここは、豊臣秀吉の正室おねが晩年を過ごした高台寺圓徳院の北書院。

10月に入った日の真夜中、黒い着流し姿の男が書院に入った。

聡介の祖父で今は幽霊の野上鉄太郎は、呼び出された書院の中央に置かれた輝く小さな円盤を前に興奮を禁じ得ないでいた。

「これが…高天原族の正当な王の証である八咫鏡やたのかがみなのか?」

と、円盤の右側に正座するウズメに尋ねた。

ウズメは胸元が大きく開いた白いドレスを着用しており、胸の谷間には銀河の渦の形をした痣が、胸骨から両乳房に向けて広がっている。

ウズメは鉄太郎に顔を向けて、こくりと深く肯いた。

「はい、天照さまご不在の今はわたくしがこうしてお預かりしております。
この鏡は天照さまの『心』そのもの。
私めにメッセージがある時はこうやって光を放つのです」

桐の箱に入った凸レンズの形をした八咫鏡は、女性の両手のひらにすぽりと入る程の大きさである。

「わしもたまげたでよ!まさかこうして本物の八咫鏡を拝めるとはよ…」

鉄太郎の向かって左側にはこの寺院の真の主、高台院おねが尼僧の装束を身にまとって片膝を付いて座っている。

「で。こうしておれが呼ばれた訳は、鏡に女王天照のメッセージが刻まれているけどその意味が釈然としないから、ってこと?」

「その通りです」

ウズメはけっこう悔しそうに畳に目線を落として、認めた。

ふーむ…と鉄太郎はしばらく鏡を見つめると「触ってもいいかい?」とウズメに許可を取る。

「どうぞ。あなたなら多分大丈夫です」

多分、って言葉が引っかかったが、鉄太郎は息を整えて心を鎮めてから素手で鏡を手に取った。

この部屋中を照らす程光り輝いているが、全然熱くはない。

まるで鏡餅の形をした水晶みてえだな、と鉄太郎は思った。鏡の中央に刻まれた文字は…

memennto mori

とだけあった。

「メメント・モリ…ラテン語だな。直訳すると『死を思え』、自分が死ぬ存在だってーことを忘れるな。ってぇ意味だ」

「はい、いつもなら天照さまが転生なさる前触れを高天原語でお知らせになるのが慣例なのですが、

まさかラテン語で、そのような不吉な言葉をこの鏡にお記しになることは今までありませんでした…なので、西洋哲学に詳しい貴方をこうしてお呼びしたのです」

「要するに『めめんともり』の講釈をたれて欲しいんだとよ。プライド高い女官長の頼みを聞いたってちょーよ、鉄太郎ちゃん」

ああいいぜ、と鉄太郎はおねに向かって鷹揚に肯いてみせた。

「10分以内で済む講釈だ。古代ローマの時代では、将軍が凱旋パレードを行う際に後ろに使用人を置いてこの言葉を

『今日は将軍さまは絶頂ですけれども、明日はそうとも限らない』という意味の戒めで囁かせていたんだ」

「そりゃ『調子こくんじゃねえぞ』とか『月夜の晩ばかりじゃねえぞ』って意味か?」

時代劇では慈愛の塊のような高台院おねの口から、そんな物騒なセリフが出るので鉄太郎は内心大いに驚いたが、

この人も、血みどろの戦国末期を生き抜いて従一位にまで昇りつめた「女王」だったな…と思い至るとすごく納得して講義を続けた。

「しかしメメント・モリを戒めに使ったのは特権階級のみで庶民階級は『今を楽しめ!食べ、飲め、陽気になろう。明日死ぬかもしれないんだから』
とお気楽に受け取って毎夜宴会を愉しんだ。

しかし時代は下り、キリスト教社会では現世の生よりも天国、地獄、魂の救済が重要視されることにる。

メメント・モリ…『現世で手に入れた享楽、富、地位なんて虚しい』って来世に思いを馳せるようになった。

俺は腐敗し切った教会が社会を改める気も無く

『現世なんてクソだ!だから来世を夢見ろ』と大衆を意図的に誘導したんじゃねえか?

って解釈してるんだけどね。さて今回の女王さまのメッセージなんだがね…

おね様もウズメ様も、今の世界情勢見てたら想像つくんじゃないかい?」


「特に中東とヨーロッパで起こっていることだでよ…人ひとりがいつ憎しみで自爆するか分からん『爆弾』と化しちまった」

「まさに和平協定をする気の無い戦争状態だものね」

と突き放すようにウズメが言った。

「天照さまはだから転生を遅らせているのかしら…これは失望のメッセージ?」

「おいおい、おれの講義を最初っから聞いときながらそんな暗い顔すんのかい?

古代ローマじゃ戒め、あるいは享楽。中世では現実から目を反らせるため。

つまりメメント・モリは、時代と受け取る側の気分によって都合よく意味がコロコロ変わってきた言葉なんだぜ!

この天照さまのメッセージは、まさしく『今を生きる者たち』に向けられた言葉だとおれは思うんだ」

「ではどう解釈するか?野上鉄太郎」

高天原族宮廷女官長アメノウズメと高台院おねが同時に問うた。

「これからは何が起こってもおかしくない時代だ。

メメント・モリ…『いざ、覚悟するのだ』」

鉄太郎が鏡に向かって囁くと、文字は次第に薄くなり、鏡の光と共に消えた。

「どうやら正解らしい」書院の闇の中で鉄太郎は恭しく鏡を桐箱に戻した。

「肚を括れ、という事なのね…天照さま」

桐箱ごと鏡を抱きしめた天照の巫女、ウズメの呟きだけが夜の闇の中に溶けて行った…

後記
大事なことだから言うの二回目。これ書いたの8年前です。

ちなみに作者は5年保存防災食セット注文した。

そばにある缶詰すぐ食っちまう自分はローリングストック無理。と気づいたから。

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