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西伊豆古道を歩く〜小下田ー八木沢ー土肥編〜

2022年7月12日。晴れ。土肥金山からバスに乗り、本日のスタート地点へ向かう。今日は西伊豆歩道の廻り崎(めぐりさき)コース、丸山コース、通り崎(とおりざき)コースを歩く。伊豆半島を一周する修験の道・伊豆峯次第のチェックポイントとなる神社仏閣がほぼ同ルートに点在するので、まとめて調査することにした。

続けて読むと伊豆半島一周する。前回の道、大洞峠はこちら↓

8時 小峰バス停で降車。廻り崎コースの案内板から道なりに下っていく。

廻り崎コースは、良く整備された西伊豆歩道の一つ。大旱山経由で恋人岬へと向かい、小下田漁港からは駿河湾を見ながら国道へと続く比較的歩きやすいコースだ。

伊豆半島を歩いているとサワガニに良く出会う。燃えるように真っ赤なサワガニだったので、遠目からも目立つのですぐに気づいた。

舗装された道路を道なりに下ると、早速一つ目の東屋が現れた。

廻り崎コースの終始点が始まる。

歩きやすいアップダウンが続く。腐葉土がふかふかで歩きやすいのも西伊豆歩道の特徴だ。まさに海と山を、辺路を往く修験道に相応しい道だ。

長めの階段、こういう時こそ、ナンバ歩きで一歩ずつ。

大早山の頂上に到着。三角測量の経度・緯度・標高の基準になる三等三角点が目印だ。熱いお茶を一口含ませたら、休憩は挟まず先を目指す。

登れば下る、しばらくは下り坂。セミの合唱が激しくなってきた。

T字を左折すると恋人岬だ。キレイに遊歩道が整備されているので多くの人が訪れやすそう。

良き眺め!ボードウォークが岬へ続いてる。

恋人岬は、廻り崎に伝わる恋愛の民話にあやかって、1983年に地名を恋人岬と改称。以降、展望台にある愛の鐘を3回鳴らすと恋が叶うとして、若いカップルを中心に人気となった観光スポットだ。新しい文化や建物を作らなくても、タイトルと物語で魅力的になる好例。

彫刻家・重岡建治先生の恋人像「アモーレ」が目に飛び込んできた。

そして、富士山の姿がうっすらと見える!西伊豆は空気の澄んだ冬にまた歩きたい。

少し戻り、ボードウォークをくぐるのが西伊豆歩道だ。

道なりに下ると、やがて舗装道路となり集落に出る。

伊豆峯次第の184番目のチェックポイント・米崎三島神社へ。鳥居には嘉永二年とあるので、黒船がやってくる4年前。年季の入った鳥居であることがわかる。御社殿はこじんまりと、一見してもわかりずらい。中に可愛らしい本殿が鎮座していた。

集落では大胆にテングサを干している家を多く見かける。車で通り過ぎたら出会えない、人の営みを肌で感じることができるのが歩くことの魅力の一つだ。

米崎港。駿河湾を挟んで日本平がうっすらと見える。

伊豆峯次第の185番目のチェックポイント・不動滝。「瀧之不動尊」とあるのでここで間違いない。滝で荒業していたのだろう。

登って滝へと近づいてみると、滝の右手に洞の穴を見つけた。龍穴なのだろうか。当時の修験者の様子を想像してみる。中に入ろうとしたら大量の虫が待っていたので、今回は入るのを止めておくことにした。

次の伊豆峯次第の目的地に行くには、廻り崎歩道では辿り着かない。明治19年大日本帝国測量部の地図によるとこの辺りに道があるはず、、あった。

滝の裏の竹藪を通る道。はじめは歩きやすかったが、進むほどに倒れた竹が道を塞ぐ。歩いているうちに道を見失うも、GPSを頼りに歩くと次第に道が見えてきた。

薮道を脱出して舗装道路へ。次のチェックポイントを目指すが入り口が見つからない。GPSによるとこの石段を登るのが正解。民家のようだ。基、民家の敷地かもしれない。

伊豆峯次第の186番目のチェックポイント・坂ノ上八幡神社。

次のチェックポイントは、廻り崎コースを遥かに逸れて、国道を越えて山の上にある浅間山浅間神社。国土地理院の道では、伊豆峯次第ルートから大きく外れ、回り道となってしまう。しかし、明治の地図と照らし合わせると、また、沢沿いの道を見つけてしまった。仕方ないので薮の道を進むことにした。

舗装道路に出ては、また薮の中へ。天気雨が降ってきたが、にわか雨なので火照った身体に心地よい。薮から霧深き藤沢区に出てきた。しばらく平和な道を歩く。

明治の地図によると、本堤池まで登る道があるのだけど見つけられない。それでも、沢沿いに道らしき藪を見つけた。方角はあってる、ここまで来たら行くしかない。GPSを確認しながら谷沿いに山を登ることした。目指すは浅間神社。

池の近くまで行くと、Googleマップにはないけど舗装道路になっていた。

本堤池へ。

ここまで来たのに浅間神社までの道が見当たらない。どこから登るのだろうか。一帯を探すけど見つからないので、斜面を登ることにした。

本当にこんな山の上に神社があるのだろうか。最後の崖を登ると、、あった!

伊豆峯次第の188番目のチェックポイント・浅間神社。鳥居には寛政九年と彫られている。鳥居をくぐり奥へ進むと、思わず声をあげてしまう。水底土石流に囲まれた特別感ある場所が現れた。本殿の横の岩石には穴が空いていて、後で聞いた話によると富士山まで繋がっていると云われがあるそうだ。

物質文明から解放され、山に登り、たっぷりと深呼吸する。自然と一体となり、自然の懐に抱かれる時、山に生きる動物や虫、樹木、草花と同じく、人間も神の創造物であり、大自然の中に生かされていることを体得できる。

戦争や、きな臭い噂を聞くようになったけれど、まだ世の終わりではない。やがて、民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。

しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まり。地球の息吹を感じながら、大いなる方が語られる声に耳を傾けたい。登る苦しさがなければ、山の頂に立つ喜びは味わえないのだ。

下界に下りると霧雨だった。

道なりで国道を歩き、最福寺に立ち寄る。浅間神社由緒が彫られた石板にその名が刻まれていたのだ。この地区について詳しくお話が聞けるかもしれない。

訪ねると住職がいらして快く迎え入れてくれた。まず参道が分からなかった浅間神社への道についてお話を聞く。本堤池の行き止まりに参道があるそうだ。しかも、先日草刈りをしたばかりだそう。

また、駿河の今川家のお家騒動に介入した北条早雲(伊勢新九郎)の伊豆侵攻、1498年の明応地震など、土肥町(現・伊豆市)に伝わる中世のエピソードを丹念に教えていただいた。

それにしても西伊豆には、なぜ神社仏閣が集中しているのだろうか。神社と集落の関係を考えても多すぎるように感じる。また一つ、新たな疑問が生まれた。

最福寺から歩いてすぐにある伊豆峯次第の189番目のチェックポイント・中村神明神社へ。先程、住職からお話聞いた通り、宮には繊細な彫り物が施してあった。

続いて、伊豆峯次第の190番目のチェックポイント・三島神社へ。

下り神社と言って、鳥居をくぐると宮が下にある。タブーとされている神様を見下す国内でも非常に珍しい神社だ。

1498年の明応地震で津波が一帯を襲ったが、神社は昔のままの位置に、人家は上の方に移ったからだと考えられているそうだ。

Uターンするように登りを歩く。

ここまで歩いて小下田は湧水が豊富な印象だ。ようやく丸山歩道に繋がった。

続いて、伊豆峯次第の191番目のチェックポイント・熊野神社へ。

神社を出て左折したら丸山歩道だ。しかし、伊豆峯次第はT字を右折する。

伊豆峯次第の192番目のチェックポイント・白山神社。簡易的な御社殿スタイル。伊豆峯遍路のチェックポイントは、三島系(来宮含む)、八幡系を最も多用されているが、今回のルートだけでも、神明、熊野、白山、滝、山頂、浅間(溶岩)など。特定の信仰対象を重視して拝所を設定していた訳ではない。修験道は習合しているから禁止令が発令されたのだと思う。

続いて道なりに。八木沢郵便局を左折。

伊豆峯次第の194番目のチェックポイント・御三島神社へ。名称的に愛媛の大三島を連想するので気になっていたのだが、やっぱり簡易的な御社殿スタイル。

ところが、覗いてみると社殿は空。どこかに奉遷されたのだろうか。集落のお墓があったりする不思議な空間。元・神社というのが正解かもしれない。

しばらく国道を歩く。ぱちんこ亭はうどん屋なのか。看板の先を左折する。

区画整備されている新しい一直線の道を歩く。完全に古道は消えている。

津波避難タワーを横目に、川を越えたら再び国道方面へ歩き、伊豆峯次第の195番目のチェックポイント・三島神社へ。

再び国道を跨いで、八木沢トンネルをさけるように旧道を歩く。

伊豆峯次第の196番目のチェックポイント・天神社へ。

八木沢トンネルを抜けてきた国道と再び合流すると通り崎コースへと続く。明治の地図とぴったり合う、旧道コースだ。しかし、伊豆峯次第の神社を回ることができないので今回は国道を歩くことにした。

土肥金山まで残り1.8km。

伊豆峯次第の197番目のチェックポイント・神明神社へ。国道から一本外れ、一段降った少しわかりずらい場所に建立された海に向かいあった神社。

再び、国道を歩く。通り崎歩道の終始点を確認。

歩道が十分に確保されてないので注意して歩く。

伊豆峯次第の198番目のチェックポイント・稲宮神社で本日のゴール。

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