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ファンタジーRPGについて小考 その1 種族とか冒険者とか

私は子供の頃からファンタジー作品に触れてきました。様々な作品の影響を受けて現在に至るのですが、その中でも『Wizardry』(ウィザードリィ)シリーズというコンピューターゲームは3本の指に入る私の源流です。

これは1人〜6人の冒険者が迷宮に挑むRPG(ロールプレイングゲーム)なのですが、現在主流のRPGとは大きく雰囲気が異なります。

昨今はゲーム風のライトノベルやアニメが多く、当たり前の日常風景になっていますが、少なくない若者が、ファンタジー世界観のバックボーンをあまり知らないと聞きました。

『葬送のフリーレン』や『ダンジョン飯』といったファンタジー作品に登場するエルフやドワーフなどがピンとこないという話に、まさかと笑いそうになりましたが、よくよく考えてみれば『指輪物語』のような作品はもはや古典文学そのものなわけです。

エルフやドワーフが冒険者として活躍する物語は現在では日本におけるファンタジーの本流ではないため、『Wizardry』や、その元となった『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に触れていなければ、その大元にアクセスできないというわけです。

『指輪物語』を映画化した『ロード・オブ・ザ・リング』が20年前なのですから、さもありなん。十代の若者は肌感覚として“昔の”ファンタジーをおそらくは知らないのです。

外国での事情はわかりませんが、少なくとも日本では、このようにファンタジーの変質が起こっているようです。今の若者のイメージするファンタジーと、一定以上の年齢の人がイメージするファンタジーには断絶があるようなのです。

そこで、その断絶を埋める一助になればと思い筆を執り、この文章を書くことにしました。ひとりのゲームシナリオライターの個人的雑感のため、解釈違いや私の思い込みなどがあるかとは思いますが、どうぞお付き合いください。


まずは冒頭の『Wizardry』の話から始めます。

『Wizardry』はTRPG(テーブルトークRPG)の『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を1人で遊ぶイメージで作られたようです。

プレイヤーはまず、キャラクターを作成します。種族、性別、年齢、属性を選択し、ステータスを割り振り、職業を選択します。おそらく属性の部分で若い読者とは認識の齟齬が生じるでしょう。少し脱線して属性について語ります。

ここで言う属性とはアラインメントと呼ばれるもので、性格と言った方が認識しやすいかもしれません。善と悪、秩序と混沌、2つの軸のどの位置にそのキャラクターが属しているかを示すものです。聞き慣れない人でも『Fate』シリーズを知っていれば、サーヴァントに設定されている善とか混沌と言えば、あれかとピンとくるかもしれません。

以下、各属性についての私の解釈です。人によっては全く異なる解釈をしているでしょう。なので、ひとつの例と思ってください。いずれもステレオタイプであり、グラデーション上の中間というものを省いています。

【秩序にして善 ― Lawful Good】
ルールを守り、悪を憎む心を持った人物です。保守的で伝統に則った善悪観を持ち、統制された社会を好みます。規則や社会規範から外れたモノを悪と断じたり、潔癖症気味に罪を憎むかもしれません。リベラルな現代社会では言うほど善の存在に見えない可能性もあります。

【中立にして善 ― Neutral Good】
いい人です。誰に対しても優しく、困っている人を見捨てられませんが、白黒つけるのは苦手です。とはいえ、非道を見逃すほど鈍感ではありません。正義感をどの程度発揮するかは個人差がありますが、助けを求められれば手を差し伸べるでしょう。

【混沌にして善 ― Chaotic Good】
おおらかな善人です。大抵のことは笑って許しますが、明確な悪、特に自由を奪おうとする行いには強く立ち向かいます。その際に既存のルールを破ることにためらいは無く、悪法があればそれを正そうとするでしょう。自由主義の現代においてはこの属性が最も善らしく見えるかもしれません。

【秩序にして中立 ― Lawful Neutral】
規則を遵守する人です。例えそれが悪法であると本人が感じても、決まり事なのだから従うべきだと考えます。もちろん、正規の手順であれば改善も考えるでしょう。とはいえ、それが伝統的なルールとなると話は別で、明確かつ重大な問題が無い限り、変えるべきではないという立場を取ります。

【真なる中立 ― True Neutral】
この属性には2つの類型があります。ひとつは善にも悪にも秩序にも混沌にも容易に傾く信念の薄い人、風見鶏のように状況に流される日和見主義者です。もうひとつは調和、中庸というものに頑固なまでの信念を持ち、調停者たろうとするバランサーです。

【混沌にして中立 ― Chaotic Neutral】
悪く言えばいい加減な人です。自由を愛し束縛を嫌います。新しいことを好む傾向にあり、倫理や正義といったものにもさほど縛られないため、パイオニアやイノベーターとなるかもしれません。そうした性質から安易な道や夢物語に流されやすい側面も持っています。

【秩序にして悪 ― Lawful Evil】
ルールを他者に押し付け利用し、支配するタイプです。法律や権威を悪用したり、機能的な組織を作って私利私欲を満たします。こう書くと極悪人ですが、成功者とは案外こういった人物なのかもしれません。逆に、命令だからと悪事を平然とこなす仕える側もいるでしょう。

【中立にして悪 ― Neutral Evil】
程度の差こそあれ、悪事を働くことに抵抗のないタイプです。流されやすく、他人の悪事にまぁいいかと加担してしまったり、これぐらいならいいだろう、みんなやってるし、などと無自覚に悪を為すケースもあるでしょう。

【混沌にして悪 ― Chaotic Evil】
ルール無用の自分さえ良ければ構わないというタイプです。筋金入りの悪党もいれば、自業自得で破滅した時に、なんで自分だけと情けないことを言う小悪党もいます。力こそすべての世界ではこの属性が幅を利かせます。

『Wizardry』では善のキャラクターと悪のキャラクターは表立って仲良くすることがありません。というのも、同じパーティに組み込めないのです。ただ、街の外で合流することはできます。窮地に陥った際に一時的に共闘するようなアツい展開とも取れますし、人目につかない所でひっそりと取引しているようにも見えます。

続いて、種族についてです。現実の地球では社会を形成する知的生命体は人間、ヒューマン、ホモ・サピエンス、つまり我々だけですが、多くのファンタジー作品には生物種として異なる他のニンゲンが存在します。

『Wizardry』における基本的な種族は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ひいては『指輪物語』を踏襲しており、一般的なファンタジーにおける異種族のステレオタイプそのものと言えます。エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビットに人間を加えたものが基本的な種族です。他にも登場しますが、まずはこの4種族について説明したいと思います。

【エルフ ― Elf】
元はヨーロッパの神話や伝承に登場する妖精や妖怪の類いを意味する言葉ですが、『指輪物語』において、美しく不老不死の半神的存在として描かれました。後続のファンタジーではその設定を踏襲しつつ、より人間臭くしているものが多いように思います。大元がかっちりとした形の無い存在であり、『指輪物語』の設定からも変遷が激しいため、エルフとはどんな種族か定義しようとすると多くの議論が勃発するでしょう。ただし、少なくとも日本においては、人間に似ていて耳が長く、人間の美的基準で美形しかおらず、非常に長命で老化しない種族、という点は概ね共通と言って良いでしょう。聡明とされることが多く、長く生きることから、魔法使いとして優秀であることが少なくありません。『Wizardry』でも魔術師に高い適性があります。なお、エルフとドワーフは仲が悪いというステレオタイプがありますが、この話も通じなくなりつつあるのかもしれません。

【ドワーフ ― Dwarf】
北欧神話の小人族に源流を持つ種族です。器用で金属加工技術に優れた彼らは神話に登場する数々の武具や装飾品の作者とされています。本来の小人という認識が強い言葉のため、小型のウサギ、ネザーランドドワーフのように小さいという形容詞としても使われます。鉱山の妖精の伝承とも混ざり合っており、『白雪姫』の七人の小人もドワーフです。対してファンタジー世界におけるドワーフは、やはり『指輪物語』で描かれた姿を踏襲しています。すなわち、背は低いものの無骨で筋肉質、長いヒゲを持ち、頑固で、鉱山と鍛冶と結び付けられている地下に住む大酒飲みの種族です。『Wizardry』では信仰心にも篤く戦士と神官に適性があります。作品によって設定に違いがあるのはエルフと同じですが、イメージのズレは少ないようです。もっとも、女性でもヒゲがある設定は日本では受けが悪かったようです。

【ノーム ― Gnome】
鉱山の妖精を源流に持つ種族です。ドワーフと同じ系譜であり、『靴屋の小人』に登場する職人の妖精でもあります。ガーデニンググッズの小人の置物が一般的に想像されるノームの姿です。錬金術師パラケルススが四大元素の土の精霊としたことから大地の精霊のイメージも強く、日本のファンタジー作品では人間に近い種族ではなく精霊として登場するケースが多いようです。ドワーフとのキャラ被りも意識されているかもしれません。『Wizardry』ではドワーフより信仰心が強く、知恵もあるが肉体的に貧弱とすることで差別化されています。小人要素の薄れたドワーフに対して、本当に小柄な種族という表現なのでしょう。

【ホビット ― Hobbit】
ここまでの3種族と異なり、ホビットは『指輪物語』の作者が創造した存在です。ドワーフより小柄で、陽気ですばしっこく、精神性も肉体も人間の子供に見える種族となっています。神話や伝承由来ではないため、ホビットという名前には著作権が絡み、自由に使うことができません。昔は色々と緩かったのでホビット表記でしたが、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ではハーフリング、『Wizardry』ではホブと名前を変え、後続のファンタジー作品では独自設定に味を変えつつ似た種族を設けています。『ソード・ワールド』のグラスランナーなどがその例です。『指輪物語』に源流を持つファンタジーでは、このホビットに類似した種族を登場させることが重視されていますが、日本のメインストリームの作品からは失われつつある存在かもしれません。

他にもファンタジー作品でお馴染みの種族は多く存在しますが、それらについては後述することにします。まずは『Wizardry』の話に戻りましょう。

種族や属性を決めたら職業を決めます。ファイター、メイジ、プリースト、シーフといったクラスのことです。これは冒険における役割(ロール)であり、RPG(ロールプレイングゲーム)とは元々この役割(ロール)を演じる(プレイする)ゲームのことを指していました。TRPGにおけるRP(ロールプレイ)とは本来は各クラスの役割を遂行することであり、キャラクタープレイとも呼ばれる演技や演出のことではなかったのです。

さて、昨今の国産RPGではキャラクターにはあらかじめ固有のヴィジュアルや性格や来歴があり、このキャラクターたちの物語、シナリオを追っていくものが普通となっています。しかし、『Wizardry』にはバックボーンとなる世界観と迷宮に冒険者が挑む理由以外はあまり設定されていません。プレイヤーは自由にキャラクターを創造し、その姿や個性を想像し、自分だけの物語を紡いでいました。

国産コンピューターRPGが、あらかじめ設定されたキャラクターの物語を描く方向に舵を切り、源流であるTRPGと離れていった時期や経緯は専門の研究者に任せることにします。敢えて言うなら、私個人としては『ドラゴンクエストⅣ』や『ファイナルファンタジーⅣ』が強い影響を与えたと思っています。Ⅲまではどちらも1人用TRPGの雰囲気が残されているように感じるので。

『ドラゴンクエスト』シリーズと『ファイナルファンタジー』シリーズの影響力は、こと日本国内では絶大です。ファンタジー世界に機械が登場するのは国産RPGではお馴染みですが、『ファイナルファンタジー』シリーズを源流としているであろうことは想像に難くありません。いずれにせよ、このふたつのシリーズが長らく日本のファンタジーを牽引してきたと言っても間違いではないでしょう。

逆に言えば、この2作品が以前ほどの影響力を失ったからこそ、ファンタジー世界観についての共通認識が断絶したのかもしれません。もっとも、どちらのシリーズも独自路線を取り、“昔の”ファンタジーから離れていった経緯があるため、影響力を維持していたとしても断絶は発生していたでしょう。

ではTRPGではどうかというと、最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』よりも国産の『ソード・ワールド』の人気が高かったようです。『ソード・ワールド』には日本のメインストリームを吸収したのか、魔導機という機械が登場します。あ、いえ、この辺りの前後関係に詳しくないので、もしかしたら逆かもしれません。『ソード・ワールド』から『ファイナルファンタジー』に取り入れられたのかもしれません。詳しい人に聞いてください。

どうして先程からファンタジー世界における機械にこだわっているかというと、機械を登場させるかどうかで作品のカラーが大きく変わるためです。時代考証や『指輪物語』をどれだけ踏襲するかという話にもなります。時代考証は大事です。時代考証をないがしろにしてはいけません。時代考証こそ……という私個人の信念は置いておきましょう。

よく誤解されるのですが、『Wizardry』は剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジーではありません。Ⅲまでや外伝は確かにそういった雰囲気なのですが、機械や銃は出てくるし、宇宙船で別の惑星に行ったりします。元となった『ダンジョンズ&ドラゴンズ』も同じです。様々な種族の集まる冒険者の酒場は『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』の異なる惑星出身者の集まる酒場のイメージなのだと思います。

ところで、冒険者とはなんでしょうか。おそらく、これもファンタジーに馴染みがない人にとっては謎の存在なのではないでしょうか。

歴史的に、定住せず様々な場所を巡る旅人というものは奇異な存在でした。ファンタジーではなく現実の話です。昔、多くの人々は生まれた土地からほとんど出ず、そこで育って死んでいきました。なので、よその土地のことを知っているというのは大きな知識的財産であり、どこそこへ行ってきたという旅の話は心躍る冒険譚たり得たのです。

冒険とは危険を冒すと書きます。昔の旅はそれはもう危険なものでした。一度共同体を出れば、それまで自分を守ってくれていたルールは通用しません。異国に行けばその土地のルールがあり、言葉すら通じません。人の住まない地域には危険な野生動物の脅威があり、賊に襲われても守ってくれる存在はいません。風土病にかかるかもしれませんし、信仰が違うだけで迫害されるかもしれません。顔立ちや肌の色が違えば、別の生き物であるかのように扱われるおそれもあります。

必然的に、旅を続ける人物は強さと、多くの知識を持つ特別な存在となります。村人の知識では対処できない問題を解決する救世主になるかもしれません。旅人が事件を解決する物語や伝承、神話を数え上げればきりが無いでしょう。つまり、ファンタジーにおける冒険者とは、そういう存在です。旅をして、問題を解決し、報酬を受け取り、また別の土地へ行く。

定住しない人々というのは権力者にとって頭の痛い存在です。土地を基本とした税は取れないし、よそから問題を持ち込むし、敵対勢力のスパイかもしれないからです。権力者でなくとも、人さらいや殺人鬼だったらどうしよう、流行り病を持ってきたのではないか、人外の存在かもしれない、などなど、素性の知れないよそ者は恐ろしいものなのです。ですから旅人は身分を証明できるものを持っていた方が安全です。貴族の印章や商人の手形、軍事組織の徽章や宗教組織の聖印がそれに当たります。つまるところ、何かしらの権力を後ろ盾に、目的があって旅をしているのが普通なのです。

さて、ファンタジーRPGの冒険者に話を戻します。身も蓋もない話、キャラクター全員が紐付き、つまり後ろ盾となる権力者の意向に逆らえないというのは冒険の自由度が下がります。もちろん、そういう設定で遊ぶのも楽しいのですが、汎用性が下がってしまいます。なので、冒険者という身分が一般に受け入れられている世界観が都合が良いのです。あちらこちらを行き来して、護衛をしたり魔物を討伐したり、定住者には難しい依頼をこなしてくれる存在が認知されていれば、これはなかなかに便利なことです。冒険者同士の互助組織が広範囲に設置されていれば、冒険者の素性をはっきりさせることができ、定住者も安心です。困ったことがあれば、その組織に冒険者を斡旋してもらうこともできます。この互助組織こそが、国産ファンタジーによく出てくる冒険者ギルドというわけです。そんな組織ができるなんて現実的ではないという人もいるでしょう。おっしゃる通り、現実世界の歴史に冒険者ギルドは存在しません。もちろん魔法も魔物も存在しません。逆に言えば、魔法や魔物が実在していたら、冒険者ギルドも成立していたかもしれませんね。おっと、藁人形を燃やしてしまいました。

ひとまず「よく聞くエルフやドワーフって何なの?」「冒険者とかギルドって何?」という疑問には軽い答えが出せたかと思います。私はゲームシナリオライターなのでゲームを基軸に説明してみました。十分とは言えないでしょうが、あまり専門的な話をしてもライトな層にとっては読み難いだけなのは明白です。そして、これはライトな層に向けて書いています。うん、よし。

せっかくなので、その2も書こうと思ってます。「エルフとかドワーフはわかったけど、ゴブリンとかオークって何なの?」というように、まだまだ謎は多いでしょうから。

泉井夏風

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