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さみしい叙情

*** 入社式のあった日の帰り 宝塚遊園地を車窓から眺めているうちに生      まれた抒情 ***

雨を降らせたあとの四月の夕空は
青いガラス張りの童話の空
虹色に輝く観覧車は
青磁色の空に回る巨大なネックレス

童話の国を取り囲み
するどくそびえたつ高層ビルディングの群は
不吉な月光に濡れそぼつ
白蝋はくろうの墓石林
沈もうとする夕陽に
オレンジ色に燃え染まったあとの
銀行の窓の列はいま
果てしのない徒労の貯蓄から
愛を引き出せなかったひとびとの
悲しい心を映す黒いフィルム

墓石は童話の国の地面に
影と影をつくり
影と影のあいだに水たまりができ
水たまりの底では
寂しい抒情が息をひそめている

白い回転扉を押して
童話の国を出ると
冬の方角から
風が吹いて
空気の骨を鳴らし
習慣のように繰り返された退却の
ひとつひとつがひしめき合って
追憶をかきたてる
退却の次には
儀式になった情欲があり
その次には
真新しい貨幣があり
終わりには さみしさがあった

今日の退却が明日には
想い出になり
想い出の果てに忘却がある
という保証などもう
どこにもありはしない
 * * *
照明が消え
四角い瞳になったショーウインドウに
ひとつの顔が映り
ふたつの顔が映り
それから 静かな狂気のように
数え切れない顔 顔 顔が
街中のショーウインドウを埋め尽くした

ひとびとの顔はみな
どこか似かよってはいないか
たとえば
はみ出してしまった距離や
昇り切れなかった高さや
置き忘れてきた
想い出の数において
 * * *
アスファルトの舗道に
ひとびとの靴跡ができ
靴跡に水がたまり
その水たまりの底で 生まれたばかりの抒情が
水に揺らいでいる

きょうからは
さみしさを紡ぐひとりの戦士として
墓石のそびえる街に
退却しなければならない

いつも見えない陥穽おとしあなばかり
用意していた
透明な風と光の通路よ
退却の果てに孤絶を
孤絶の果てに未来を
未来の果てに忘却を
忘却の果てに更新を
用意せよ

 (詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第2章「冬の告知」より)

<補足>
宝塚遊園地(宝塚ファミリーランド)は今はもうありません。

ヘッダー画像出典:
「平成ノスタルジー@阪神(4)ファミリーランドの残り香」
『神戸新聞 on Twitter』
https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/201902/0012088821.shtml







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