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いつかまた

〈いつかまた〉といったまま
遠くへ行ったひと
ぼくはまだきのうの場所にいる
移ろう薄明のなかで
ただ茫然と夕陽を浴びている

本のページをめくるように
追憶をひとつひとつ更新したかった
舌の先でさよならを転がす
言葉は
永遠に渡されることのない贈りもの
ちぎれた追憶は
風に運ばれて
忘却の凍土に埋もれるだろう

あいまいな藍色の領域におちてゆく時間よ
新しく忘れるために
あしたもまた東の空を焦がすのか
星を空に招く前にまだ
やっておくことはないか
優しさのすべを知らず
過酷さのすべを知らず
夢の見方を知らず
ぼくは身震いもせず
ただここに立ちつくしている
まるで
深い海の底に沈んでゆく船のように

〈いつかまた〉といったまま
遠くへいったひと
これがぼくの秋だ
黄昏と暁のあいだで
ぼくは夢のありかを捜した
叫びと沈黙のアーケードをくぐり
風は夜の方角へ吹いていった

夢のなかの電車に置き忘れた
あの鞄はどこへ行ったのか・・・
もしも
きのうを待つことができるのなら
夢の九番線ホームで
鞄の在処を尋ねてみたいと思う

(詩集『夕日と少年と樹木の挿話』第5章「秋の瞳」より)

(補足)
この『いつかまた』は、
2022年11月30日にnoteに投稿した『夢の見方』の原型となったものです。

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