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僕は安心して、君を、忘れる

日記は4日しか続かなかった。書くことは変わらず好きだし、やめたことはないけれど、日記ほど続かないものはないかもしれない。潔く諦めます。

1月から飛躍して今は、4月。最愛の春。愛しい季節。ああ、どんな言葉で、この3ヶ月を、話そうか。

1月から初めて手がける演劇プロジェクト「aizu」の準備を本格的に始めた。やろうと思ったのは2022年の6月。ワークショップを毎週末に役者のみんなとやりながら、平日は脚本を夜な夜な書く日々。脚本が大体できてからは稽古を始めて、稽古場を借りたり、小道具大道具を集めたり。作・演出に加えて、制作も1人でやっていたし、デザインの確認やSNSの運営もあってやることが常にあったのだけれど、それでもすべてが楽しくて。あっという間に3月になって。台詞量が多い台本だったから、なかなか覚えられなかったり、ずっと稽古を見ながら、これをお客さんは良いと思ってくれるのだろうかと不安になったりして、予定より多い数、稽古を重ねていった。自主練をしてくれたり、わたしが行けない日も動画を撮って送ってくれたり。
4月1日、通しで稽古を見たとき、これならお客さんに見せても大丈夫だ、という気持ちになって。3人のことを、早く見てほしい、と心から思った。
そこからすぐに小屋入りをして、6日にはリハーサル、写真撮影とイラストを描いてもらう作業、そして7日の夜は初演。11日まで、一度も止まることなく、駆け抜けた。5日間7回公演で来てくださった方は175人。100人来てくれたら良いよね、と言っていたのに。新宿眼科画廊のフルキャパでした。初めての作品で、3人全員が初舞台という、未知な状況にも関わらず。演劇、というわからない世界に。踏み入れてくださって。物語にいっしょに迷い込んでくれたあなたの眼差しが、わたしにとっての光でした。
5回来てくださった方、北海道から来てくれたずっと会いたかった女の子、一番伝えたかった女の子が来てくれたこと、溢れる思いを伝えてくれる男性、泣きましたと言ってくれる女の子たち、星屑に気がついてくれたこと、飾れないほどの花束たち、甘いお菓子、5個食べた苺大福。
5日間缶詰だった、真っ白な、わたしだけの空間。演出家の席が、まるで家のようになっていた。昼間、耐えられなくて劇場で数時間眠った日もあった。
正直、プレッシャーと不安で、身体はぼろぼろだった。鼻の瘡蓋は、舞台が終わってから病院に行ったら疲れからくるヘルペスだった。胃がずっと寒かった。ごはんはあんまり食べられなかった。眠たくても眠れなかった。それでも、やらなきゃよかったなんて、一度も、一ミリも、思っていない。
初めての作品は「あいくるしい」だった。どうしてその題名になったのか、定かではないのだけれど、何もかもすべてが愛おしい時間だった。何度も、この2023年の春を思い出して、わたしは生きていける。

舞台を終えて10日経って、東京から遥か遠くの、長崎県にいる。ホテル暮らしを東京で余儀なくされてしまう事情があり、どうせ同じホテルならと実家の大分に帰ったり、生まれ育った長崎に帰っていた。無事に初舞台を遂げたことで、両親に報告したかったのもある。顔を見て、安心したかった。こんなに晴れやかな気持ちで、実家に帰ったのは、初めてかもしれない。
今は、空港に向かうバスのなかでこれを書いている。旅も終わりだ。でも、また旅も、物語も、始まってゆく。わたしはずっと、物語を書いて、生きていく。舞台の3日目あたりから、次の脚本やテーマが浮かんで、早く構想を考えたい気持ちでいっぱいだった。今は、早く帰って、その作業をしたいと思っている。

あなたがいたから、わたしは生きていられたし、ずっと書くことができました。わたしのことを、アーティストだと言い続けてくれた。才能があると、信じてくれていた。書くものを、良いと言ってくれた。あなたの言葉が、わたしに書く力と、自信を与えてくださいました。ありがとう。
もう見ていなくても、どこかでこっそり見ていても、わたしは変わらず書いています。あなたが遠くで、しあわせで、笑って、生きているなら。わたしのことを、愛してくれたことも、光だと言ってくれたことも、ずっと、憶えています。何にも変えられない、わたしの愛する、あなたが、今もわたしは。

読んでくださって、ありがとうございました。
永く、永く、生きていきましょう。わたしも、あなたも。

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