フィクション日記『達也』
A.M.1:43、荒いノックが聞こえる。
ドアを開けると、いつものように赤い顔をした先輩がいる。
「またですか。」
「なによう、タッちゃんつれないねえ。」
先輩は、ビールと乾き物の詰まったコンビニ袋をぶら下げ、当然のように玄関に入ってくる。
先輩の脱ぎ捨てた靴を揃える。
「また飲むんすか。」
「んー?」
我が家のように僕のソファーに座った先輩は、答えにならない返事をしながら、カシュっと缶ビールを開けた。
「ほい。」
先ほど開けた缶を僕に渡す。
「僕も飲むんすか。」
「当たり前でしょ。」
もう蓋は開けられている。拒否権はないようだ。
カシュ。
先輩は徐に自分の分のビールも開け、乾杯もそこそこにグビグビと流し込んだ。
「先輩。」
「んー?」
「なんかあったんすか。」
「んー。」
なにかあったんだろうな。
何回目だと思っているのか。先輩がこの顔で僕の家に来る時は、決まって何かあった日だった。
「先輩。」
「いいじゃんなんだって。飲もうよ。ほら、おいで。」
隣の席をポンポンと叩く。僕んちのソファーの。
黙って先輩の隣でビールを飲む。
「ビールはうまいね。」
「そうすね。」
僕にはまだ苦いんだけどな。
「世間はまずいね。」
「そうすか。」
「なんか冷たぁい。」
先輩は膨れっ面をしてみせる。
「なにがすか。」
少し間が開く。ただ苦いビールを飲む。
先輩には美味しいんだろうか。
「ねえ、なんかあったんでしょ。」
「んー?」
「彼氏ですか?」
「んー。」
「彼氏じゃん。」
「いいじゃんそんなこと。」
そう言うと先輩は、一気に残りのビールをあおり、次の缶に手を伸ばす。
「タッちゃんも早く飲みなよ。」
カシュ
先輩の目がだんだんと緩んでくる。
大丈夫。いつものことだ。
「外でどんだけ飲んできたんすか。」
「んー?」
「もう。」
カシュ
先輩が3缶目のビールを開けた頃、僕の肩に肩にだんだん重みがかかってきた。
じわりと感じる先輩の体温。
「先輩、飲み過ぎです。」
「いいの。」
チラリと横を向くと、紅く染まった横顔。
目が合う。
ふふ、と笑う先輩。
大丈夫。いつものことだ。
「ね。」
こうなると言葉なんて受け付けてくれない。
僕はじっと先輩を見つめる。
紅い顔が近づいて、僕の唇に触れた。
大丈夫。いつものことだ。
明日の朝には何事もなかったかのように
僕の部屋から出てゆくだろう。
だけど、A.M.1:43。この時間だけは僕の隣だ。
先輩がまたビールを飲んで、そのまま僕にさっきよりも深いキスをする。
僕にはまだ苦いんだけどな。
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