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【連載小説】オトメシ! 13.メイルの手記とライブの日にあったもうひとつの出来事

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。






――2002年4月20日
 私は高校生になった。
 小学校高学年から不登校でろくに学校なんて行っていなかった。
 イジメとかグレてとか明確な理由はなかった。
 でもなんとなく人付き合いが苦手で友達と呼べる同性の人間はひとりもいなかった。
 それでも人並みの学生生活がしたくて、ろくに勉強もできなかったけれど、私立の高校に入学することができて一週間が過ぎた。
 
――2002年4月23日
 いわゆる高校デビューっぽい装いでキメた私にも数人の友達ができた。
 ギャルっぽい連中で仲良くできるか不安だけれど、必死に自分を取り繕って友達でいれるように食らい付いた。
 私は小中学校で過ごせなかった青春を取り戻すように彼女たちを真似る。
 
――2002年4月25日
 男子数名と共にカラオケに行くことになった。
 その中の五十嵐レンダという男子にバンドやるからボーカルをやってほしいとお願いされた。
 
――2002年4月26日
 学校で唯一昔の私を知る幼馴染のキョウシロウにもレンダと共にバンドをやろうと言われた。
 聞くとキョウシロウは軽音楽部があるからこの高校に来たと言っていた。そして五十嵐レンダという男は音楽のセンスが高いと評価する。
 私は軽音楽部に入部して、今在家キョウシロウ、五十嵐レンダ、高瀬川モリゾウとバンドを組むことになった。
 
――2004年5月11日
 高校卒業後キョウシロウと高瀬川はバンド活動ができるようにと、近くの大学に通いながら活動を続ける。
 私とレンダは同棲生活を始め、バイトで食いつなぎながらメジャーデビュー目指して音楽活動に明け暮れる日々。
 
――2006年7月
 私に妊娠が発覚するが、レンダはこの子をおろせと言う。
 人生で一番迷った。それでもこの命を諦めてまでメジャーデビューするという未来はやっぱり考えられなかった。
 本当に本当に申し訳ないと思うけれど、これが正しい選択だと考えている。
 人の命を諦めてまで達成したい夢に価値があるとは思えない。
 レンダ、キョウシロウ、高瀬川、ごめんなさい。
 私がこの罪を一生背負って生きていく覚悟はある。
 だからこの新しい命だけは奪わないで。
 
――2007年7月8日
 歌よりもソレラの世話をしてあげたかった。だけど家計的にも厳しいことは理解していたからこれもソレラのためと思って、レンダの勧めの通りソロ歌手デビューを了承した。
 
――2008年8月5日
 私はこのままで良いのだろうか。
 歌は嫌いじゃないのだけれど、レンダとソレラのことを考えると今私がステージで歌うことはただの仕事として割り切れるレベルを超えている気がする。
 
――2008年12月24日
 クリスマスだというのに、私はソレラの顔すら見ることができない。今日もライブ。
 ああ、私はこんな歌、歌いたくない。
 レンダの曲が歌いたいな。私の凍った心を溶かすようなレンダの曲が。
 
――2009年1月12日
 目を覚ますと病院のベッドに横たわっていた。
 久しぶりに見るレンダとソレラの顔に私は何をやっているのだろうと。
 あと少し頑張ろう。そう思って「大丈夫」とレンダに気遣った。
 
――2009年2月15日
 キョウシロウから何年振りかに連絡がきた。
 『お前のステージはつまらない。無理するな』と。
 
――2009年6月2日
 少し長めの休暇をもらった。
 私が見るたびに大きくなるソレラを見て、私は母親としての義務を果たせていないと感じた。
 レンダはいつも優しく私を見送ってくれていたのだけれど、ソレラはいつも無表情に私を送り出す。
 きっと私のことを母親じゃなくて親戚程度くらいにしか思ってないのだろう。
 この休暇を使ってソレラに私の愛情を注ぎこみたい。
 
――2009年6月8日
 過ぎてしまった時間はもう取り戻せないのか。
 ソレラがレンダばかりに懐いて私が抱っこしても怪訝な表情を浮かべてばかりいるように思える。
 こんなことならこの子なんて産まなければ良かったかもしれない。
 
――2009年8月15日
 ソレラが私に懐いてくれなかったのは、レンダがいつもソレラの面倒を見てくれていたから。そんなこと頭では理解しているのに、徐々にレンダに対して憎しみに近い感情を抱くようになり、ここ1か月くらいはずっと喧嘩ばかりだった。
 そしてレンダは離婚届を置いて出て行った。
 
――2009年8月20日
 離婚届けにサインして、私は五十嵐メイルから、天神てんじんメイルに戻った。この子も天神ソレラとなった。
 これから先絶望しかなかった。
 私の精神はとっくに限界を迎えている。
 ライブでは虚像を演じ、家に帰っても良き母を演じ。本物はどこにあるのか。
 
――2009年9月2日
 ソレラは父親がいなくなってしまってどう思っているのだろう。
 ソレラには本当に申し訳ないことをしてしまった。私の本音はレンダに帰ってきてほしい。
 でもそれではレンダが可哀そう。この子を産んだのも、レンダがメジャーデビューできなかったのも、子育てをレンダに投げっぱなしにしてしまったのも全部私の責任なのだから。私は取り返しのつかないことをしてしまった。時間は巻き戻らない。
 そんな私がレンダに戻ってきてほしいなんて言う権利はない。
 
――2010年3月4日
 睡眠薬なしではもはや眠れない。またあの時倒れてしまったように睡眠薬の過剰摂取は控える。
 その反動か時に荒ぶる感情に任して物にあたってしまいレンダが手作りしてくれた木製の椅子を壊してしまった。
 
――2011年11月4日
 ソレラを見ると、レンダの影がちらつく。
 ソレラは愛しているけれど、どうしても直視すると自分が焼かれるような感覚に目を逸らしたくなっていた。
 愛する娘と頭で理解していても、私の心はそれを許さないようだ。
 
――2013年9月15日
 頑張った。頑張ったけれど、これがきっと当たり前で普通のお母さんがやること。
 ソレラもずいぶん大きくなった。
 この子を産まなければよかっただなんて少しでも思った自分が恥ずかしい。
 レンダに恨まれようと、私はこの子のために残りの人生を捧げたい。
 だからまだ、私の歩く薄い氷が割れないように。
 
――2015年7月30日
 少しずつ、自分の歩く氷表面からピキピキと音が聞こえてきているように思えた。
 せめてソレラが成人するまでは、歌い続けないと。
 だからもう少しだけ耐えて、私の心の中の氷面。
 
――2019年4月12日
 ソレラが中学生になった。
 ついにここまできた。
 あと少しでいい。だから神様お願い。
 
――2020年5月4日
 現実は残酷だ。
 ついに私の歩く薄い氷が崩れ落ちた。
 ごめん、ソレラ。
 私はもう無理だ。
 
――2020年5月6日
 事務所の人に相談という相談ができるほどの話し合いではなかったと記憶している。
 ただ、もう今ここから消えてしまいたかった。
 活動休止宣言。
 
――2020年5月8日
 私の具合を心配そうに見にきてくれるソレラ。
 ソレラの前では泣かないようにしている。
 喋ってしまえば声と同時に涙が溢れてしまいそうで、ソレラの前では声が出ないほど弱っているフリをした。
 
――2020年10月5日
 もう何日もソレラの姿を見ていないと思った。
 ごめん。
 やはり私に母親は務まらなかった。
 
――2020年11月3日
 今日は体調が良かったのでリビングに行くと、ソレラの姿があった。
 学校が休みの日だったのか。曜日の感覚なんて当の昔に失っている。私に気を遣ってソレラはカーテンを開けてくれたけれど、ただただ眩しかった。
 
――2020年月12日9日
 通院の甲斐あってか、体調が少しずつ良くなっている。
 たまには母親らしいことをしないと。
 そう考えいつぶりだろう、キッチンでソレラのためにミートソースパスタを作る。
 久しぶりにソレラとも会話して、良い方向に向かっている実感があった。
 
――2020年12月20日
 今日は通院の日で、ソレラが部屋の外から病院行けないの? と悲しそうな声をかける。
 その声が余計に私の中で圧となって金縛りに合ったようにピクリとも動けなかった。
 
――2020年12月22日
 病院の先生が家まで来てくれた。
 でも私は応対することができなかった。

――2021年4月10日
 事務所から一方的にソレラをデビューさせると言われた。
 ソレラがデビューを望んでいると言っていたが、ソレラが歌手になりたいだなんて知らなかった。
 私に拒否する権利なんてない。
 
――2022年11月25日
 ソレラの歌手活動は上手くいっているようだった。
 本来やるべき私の役目を娘が代役してくれているのか。
 
――2022年12月1日
 今日は久しぶりに外へ出て散歩した。街を歩くとソレラと同じくらいの年頃の女の子たちがハンバーガーショップのガラス越しに談笑している姿が見えた。
 私はソレラのためにハンバーガーをテイクアウトして、リビングの机に置いておいた。
 
――2023年4月8日
 ソレラがパソコンに向かって楽しそうに話していた。
 ソレラは続けて歌いだして思わず後ろから抱きしめたくなった。その声は私、そしてレンダの息も混じっていたように聴こえたから。
 
――2023年5月4日
 ソレラには今まで父親のことは一切話してこなかった。
 そろそろ真実を告げても良い年ごろかもしれない。
 
――2023年7月23日
 今日はソレラが大きなステージに立つと事務所の人間から聞いていた。
 それは昔、私が立ったことのある大会場。
 でも今まで私が立ってきた大きなステージ上には、本来レンダが求めたモノがあって見ると辛い。
 だから見れない、ごめんねソレラ。
 
――2023年9月18日
 ソレラの音楽活動は順調なようで、テレビを見ていたら今話題の謎の歌姫としてジーダが紹介されていた。
 そこでソレラがステージ上で歌う姿を初めて見た。
 あれ、この子こんなに明るい性格だったっけと違和感を覚える。
 ソレラは私のように無理して歌っていないだろうかと感じる。
 だとしたら、私のように虚像に喰い殺されるかもしれない。
 
――2023年10月2日
 ソレラに音楽活動しんどかったらやめてもいいんだよと声をかけた。
 大丈夫とソレラは言った。
 この問いに対して、好きでやってる人間から大丈夫なんて言葉出てくるはずないことを私は知っている。
 
――2023年10月8日
 ここ最近は体調も良いし、部屋に籠る時間も少なくなった。
 
――2023年12月22日
 ソレラからライブに来てほしいと初めて言われた。
 どうして? と聞くと初めてユニットで出るからと言う。
 事務所には内緒で出るからと心配な部分もあったけれど、ソレラが私をライブに誘ったのは初めてだったからなんとしても行こうと強く誓う。
 
――2023年12月24日
 世間はクリスマスで浮かれているけれど、私はそんな世俗の対極にある病院にいた。
 いや、私も愛娘からの誘いに浮かれているからこそ今病院にいるのかもしれない。
 この病を少しでも良くして必ずライブを見に行くために。
 
――2024年1月15日
 明日はついにソレラのライブだ。
 姫原サクヨウというアーティストと共に『So You』というユニット名。
 レンダが私のために作った曲を思い出す。
 ――この曲はメイルにぴったりだと思うんだ。
 この言葉と共に贈られた私の一番好きな曲。
 『it's so you』
 ――どういう意味?
 ――お前にお似合いだって意味。
 

 
 そして今日2024年1月16日はやってきた。
 
 正直万全の体調とは言えない。
 
 それでもSoYouのライブだけは見ようと私はライブ会場に向かった。
 
 少し遅刻。

 一組目だとソレラは言っていたのでもうライブが始まっているかもしれない。
 
 急いで会場の入り口へ行くともう開演中で、一組目が終わるまで入室禁止ということだった。
 
 でも、そんなことで諦めない。
 
 係員の目を盗んで、こっそり会場に侵入すると、ちょうど曲が終わったタイミングで観客は拍手していた。
 
 この会場の熱気や客の前のめりの姿勢からわかる。
 
 これまでの曲で客の心をしっかりと掴めているということ。
 
 オーディエンスの最後方からステージを見るとソレラが私に気づいたか一瞬私に視線を向けたけれど、拍手が鳴り止んでMCするころには客席の一点を見つめて言う。
 
「最後の曲は私とサクヨウの大切な人の曲。そして、私が伝えたい人に向かって歌います。聞いてください。it's so you」
 
 その歌はレンダが私のために書いた曲だった。
 
 まさか実の娘がこの曲をカバーするなんて。
 
 ねえレンダ、あなたもいつか聴いてほしい。私たちの歌を、私たちの子が歌っている。
 
 こんな美しいことはないわ。
 
 ああ、生きてきて良かった。

 当時it's so youは歌ってばかりだったし、聴くのはとても新鮮だ。

 感動のバラードのはずなのに、歌詞にある『心をかんなで削って 薄っぺらな愛を 貼っては失って』という部分に、当時日曜大工が趣味で家の家具をせっせと手作りしていたレンダを思い出して会場のしんみりした空気に反して笑ってしまいそうになる。
 
 きっとレンダは金づち片手に同棲したてのお金もなかった頃、木材をトントンしているときにでもこの歌詞が思いついたのだろう。

 そう考えると私に送られたこの曲が、それこそ鉋で削った薄っぺらいモノのように思えて、レンダのやつ私に対して皮肉でも込めやがったなと考えもしたけれど、それも込みで私にお似合いit's so youだったのかもしれないと思った。

 ホント笑っちゃうよ。こんな薄っぺらい私とレンダの曲はソレラには似合わない。

 ソレラありがとう、私の大切な曲を歌ってくれて。
 
 私はこの曲を聴いて会場を出る。
 
 すると「メイル!」と背後から声がした。
 
 振り向くと、小太りのおっさん。
 
 私のファンかなと作り笑顔を向けると「僕だよ、高瀬川」と言う。
 
 久しぶりすぎて誰かわからなかったけれど、そっか、高瀬川はまだ音楽を愛しているのか。昔からバンドに対する熱量は誰よりも強かったよね。
 
 続けて「五十嵐も来てるよ」という言葉に反射的に「いい」とだけ返答した。
 
 レンダが来ている? それはつまり私の知らないところでソレラとレンダが繋がっているということ?
 
 ま、別にいっか。それよりレンダもソレラのit's so you聴いたんだね。
 
「用事あるから帰る。あとレンダに私がいたってのは黙っててね」
 
「ちょっと待って。メイル、またバンドやろうよ!」
 
「考えておく」
 
 そう言って私はレンダに鉢合わせないようにそそくさと帰ろうとすると、私の腕をガシッと高瀬川が掴む。
 
「待ってよ!」
 
「離して!」
 
「ダメだ! この手を離したら、あの時五十嵐がメイルの手を離してしまった時のように、失敗する。控えめに言ってきっとまた失敗するんだ!」
 
「いいから! いいから離し――」
 
 言うと会場の扉の方からレンダが出てきて視線が交わる。
 
 フッと高瀬川が掴む手の力は抜けていくけれど、私は逃げない。
 
 レンダと再会してしまった。
 
 別に会いたくなかったわけじゃない。むしろ私はずっと会いたかった、そして謝りたかった。

 いや、いっそのこと、あのit's so youの歌詞のことでも追及していじめてやろうか。
 
 
 

 



 

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