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【連載小説】オトメシ! 15.ライジングディストーション

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。






 SoYouのライブから数日後のこと、今日は私の家に珍しく客人が来ていた。
 
 今在家キョウシロウが話したいことがあると訪ねてきたのである。
 
「よおメイル、元気してたか?」
 
 私の家のリビングで、ソファの背もたれ上部へ大きく腕をまわしかけ、まるで自分家のソファでくつろぐかのように自然体なキョウシロウ。
 
 私は対面でその大きい態度に飲み込まれないように気を強く持って座る。
 
「元気あるように見える?」
 
「そうだな、ステージに立っていた時よりは活動休止してからマシになったんじゃねぇか」
 
 こうやって少しきつい言葉をかけるキョウシロウだが、今日こうやって来てくれているのも、たまに連絡をしてきてくれるのも私を気遣ってのことだということはわかっている。
 
 キョウシロウは昔からこうだ。
 
 優しすぎるがあまり、あえてこういう言い回しをしている。
 
 真っすぐ自分が心配していると伝えようもんなら私のことだ。すぐに大丈夫と返答してしまうということをわかってこんな調子で話すのだ。
 
 そういえばレンダも私に対してこんな風に先日も話していたっけか。
 
 ああ、私はみんなの助けでここまでやってこられたのか。
 
 そんなことに今さら気づくなんて我ながら遅すぎ。
 
「で、今日はなんの用で来たのキョウシロウ」
 
 キョウシロウはだらんと腕を伸ばした姿勢から、自分の両肘を膝の上に乗せて前傾姿勢に。
 
「レンダと高瀬川がもう一度バンドやりたいって言ってる。特に高瀬川が」
 
「知ってる」
 
「は? もしかしてお前も声かけられた? 知らないと思って今日来たのに」

「この間たまたま高瀬川とレンダに会ってその時誘われた」
 
「それでなんてぇ返答したんだ?」
 
「じゃあまたやろっか、ってレンダには言った」
 
「は、まじ?」
 
「まじ」
 
 私は淡々とキョウシロウの質問に答えていく。
 
「なんだ、やっぱり元気そうだなメイル」
 
「一時期よりはマシになったけど、今でも強く落ち込んで動けなくなることはあるよ」
 
「それってやっぱりライディスが原因だよな」
 
「……」
 
 それはそうなのだが、元はといえば私の心の弱さに起因するものでライディスのせいにするつもりはないし、キョウシロウの責任の割合でいったらほんのわずかなものだ。ほとんどが私とレンダの問題。
 
「わかった。じゃあ原因の根本から刈り取りに行こうぜ」
 
 どういうことかと問うと、後日高瀬川邸にて元ライディスメンバー、それにSoYouのふたりで集まって今後の展開を検討するということで、そこに私も来てみてはどうかという提案だった。
 
 そして高瀬川邸の中にはスタジオがある。そこでもう一度ライディスとして歌ってみないかと言われたが、レンダは現在ギターを弾く手が震えて弾くことができないと。きっとそのレンダの問題は私とソレラ、あるいはライディスに原因があるということ。
 
「オレァ思うんだよ、これで万事解決。とはいかないかもしれないけどな、メイルだってこのままじゃダメだってわかっているんだろ? それは五十嵐も同じこと思ってるよどーせ。それと高瀬川もなぁ、あいつはあいつでずっとライディスやりたいって言ってる。多分そのために自宅にスタジオまで作ってあの日の続きを夢見てんだ。オレァどっちでもいいけどよ、メイルがまたやりたいってんなら協力したいと思うぜ」
 
 キョウシロウのどっちでもいいという言葉には引っかかる部分がある。キョウシロウだって本当はまたドラムを叩きたい気持ちがあるんじゃないのか。そうも思ったけれど、キョウシロウの本心ばかりは今でもわからない。
 
 ただひとつ言えるのは昔からキョウシロウは仲間を誰よりも大切にする人間ということだけだ。
 
 もう一度だけやってみようか。
 
 昔のように楽しい音楽を。
 
 そうすればキョウシロウの言ったように私の中の何かが変わるかもしれない。
 

 後日、高瀬川邸リビングにて、私も含めた元ライディスメンバー全員とSoYouの二人が集結していた。
 
「おい高瀬川! また図ったなお前」
 
 レンダは私と顔を突き合わせるなり高瀬川の方に顔を転換して問い詰めた。
 
「いやいや僕は控えめに言って何も知らないよ。これは今在家の差し金だって」
 
 レンダと高瀬川はそろってキョウシロウに顔を向けて、キョウシロウを問い詰めるように鋭いまなざしを向ける。
 
「まあまあいいじゃん。オレァやっぱりライディスやるならメイルがいなきゃ始まらないと思ってよ。それで連れてきた」
 
「うわぁ、ライディス大集合じゃないですか! 歴史的快挙!」

 姫原さんは言い合いする男連中の声なんて聞こえていないかのようにそう言った。

 そして私に向かって大ファンですと握手を求める。
 
「あなたが姫原さんね、ライブでは聴きそびれちゃったけど動画では見させてもらったわよ」
 
「メイルが私の歌聴いてくれたとか金色の鼻血出そう!」
 
 言っていることはよくわからないけれど、とても面白い子のようだ。
 
「ささ、せっかく集まったことだし久しぶりに、バンドやろう!」
 
 高瀬川が提案した。
 
「オレァいいけどよ、レンダお前弾けるのか?」
 
「あー、それなら大丈夫だから。ささ、みんなでスタジオに行くよ」
 
 高瀬川は言い、そのままキョウシロウの背中を押して全員をスタジオへいざなう。
 
「へぇすごいね、自宅にこんなん作るって高瀬川やっぱ変態だわ」
 
「ありがとうメイル」
 
 そう高瀬川が言うと、涙を流し始めた。
 
 ホント高瀬川はいくつになっても泣き虫。私に変態と罵倒されてあまりの嬉しさに涙するなんて。そんな冗談言えるほど今の私の心はとても晴れやか。
 
 まさかもう一度ライディスとしてマイクの前に立てる日が来るなんて思ってもみなかった。きっと高瀬川もこうやってまたライディス全員が集まっている姿に感極まっているのであろう。少なからず私も同じ気持ちだ。
 
 レンダもあの時と同じ、青のストラトキャスターを肩にかけていた。
 
「五十嵐お前それ!」
 
 キョウシロウがレンダの肩に向かって指差し驚きながら言ったが、私にはよくわからない。何をそんなに驚くことがあるのだろうか。
 
 そう思ってレンダの方を注意深く見ていると気づく。
 
 構えが逆。
 
 つまり、そのストラトキャスターはレフティ仕様のものでピックを右手ではなく左手に持っているのだ。
 
「俺は左手の震えで弾けなかったから高瀬川がレフティ用のストラトまで買ってくるんだから、そりゃ試しに弾いてやらないと悪いだろ。それで弾いてみたらそれなりにはできたからさ。それでも全然下手くそだから勘弁してな」
 
 とレンダは言った。

 なんだよレンダも前に向かって頑張ってるんだな。それにあの時言っていたようにレンダもまた今日この時を待ち望んでいたんだよね。

 ああ、今まで私は何をしていたんだろう。これでいいんじゃん。これで。

 難しいことじゃなかった。すごくシンプルに気取らず自然体でいられたなら、もっと今日という日が早く訪れていただろうに。
 
「よし、みんな楽器のスタンバイできたかな、じゃあ五十嵐、久々に頼むよ。いつものアレ」
 
「は? ライブでもないのにやるのか?」
 
「ほら、観客がふたりいるでしょ」
 
 私のマイクスタンドの前で地べたにチョコンと座る姫原さんとソレラ。
 
「ったく、じゃあやるか」
 
 私は観客のふたりに背を向けて、マイクスタンドとドラムの間に四者集まる。左にレンダ、右に高瀬川、前にはキョウシロウ。
 
 四人でひし形に囲み、私は彼らの顔を見渡す。
 

 なんて懐かしいのだろう。ステージに立つ直前にはいつもこうやって四人で集まってレンダが全員を鼓舞するのが定例だった。
 
 私たち四人は中央に右手を差し出し重ねる。一番上にレンダの手が乗っかるとレンダは、
 
「俺たちは今日たったふたりの観客だけど、こいつらをライジングして、会場をディストーションするくらいに最高のステージにする。よし、いくぞ!」
 
「おー!」
 
 と、気合を入れて全員がスタジオの浅い天井に向かってその手を突き上げる。
 
 なんだか笑ってしまう。
 
 こんな体育会系みたいな掛け声で、しかも絶妙にダサい感じ。
 
「おいメイル、何笑ってんだよ」
 
 とレンダが私の表情に気づいて声をかける。
 
「別に、なんかダサいなと思って」
 
「うるせえな」
 
 言うレンダも笑顔だった。
 
「おい、お前ら、本物の『it's so you』聴かせてやるよ」
 
 とレンダは観客のふたりに向かって指差し言った。
 
 ソレラは三角座りでレンダの勢いに圧倒されて小さくまるまっている。
 
 姫原さんはこんなに目が輝くことがあるのかってほど期待に胸膨らませているようで、今にも立ち上がりそうなほど前のめり。
 
「よし、じゃあ今在家! たのむ」
 
 レンダが言うと、私の背にいる今在家は手に持つバチを合わせカチっという乾いた音と共にワン、ツーと声が聞こえる。
 
「あー、ごめ、ごめん待って」
 
 と高瀬川がスタートの合図を遮って止める。
 
 高瀬川を見ると、服の袖で流れる涙をグスグスと拭っていた。
 
「いい、構わないから始めよう今在家!」
 
 とレンダは高瀬川の涙に動じることなくキョウシロウに指示した。
 
「ったく、控えめに言ってもう少し待ってくれてもいいじゃないか、グスッ」
 
「どーせお前歌わないんだからベース弾くくらい泣きながらでもできるだろ」
 
 こんな強引なレンダを見たもの久しぶりで、きっと私の居場所はここにあるのだと故郷に帰ってきた気分だ。
 
 仕切り直し背後からカチっと音がまた聞こえ、ワン、ツー、ワンツーとキョウシロウの掛け声で演奏は始まる。
 
 it's so you――この曲は私のためにレンダが書いたバラード。私とレンダのツインボーカルであるライディスでも珍しい終始私のソロ曲。
 
 この原曲を初めてレンダから聴いた時、この曲でレンダは唄わないのかと訊いたことがあった。
 
 その時レンダが言っていたのはメイルのことを想って書いたら自分ではとても唄えない曲に仕上がってしまったと言っていた。
 
 それにきっとこの曲はメイルにお似合いだから。と。
 
 SoYouでソレラがこの曲をカバーしていた時に思うところはあったけれど、それでも私の中ですごく大切にしていた曲ということに変わりはない。
 
 歌うよ、心を込めて――。
 
 胸に手を当て目を閉じれば、この曲の中に自分自身が沈み入る。当時レンダと出会った日のことがぼんやりと、スライドショーのように私の中を駆け巡る。
 
 高校に入ってレンダが私の歌を初めて聴いた後、レンダは私の歌に心底惚れたと言っていた。世界中のどんな歌手よりもすごい歌声だと絶賛していた。
 
 人生で誰かに認められたこと自体が初めてだったかもしれない。

 今まで上手く人付き合いできなかった私、たいして勉強もできないし運動もむり。空っぽだった私に存在意義を与えてくれたのはレンダだった。

 そしてライディスという最高の居場所は私のふるさと。何物にも代え難い、一度は捨ててしまったこの地で待っていてくれた高瀬川。ずっと心配してくれていたキョウシロウ。

 ありがとう、最高の仲間だよ。
 
 私はレンダのおかげで自分の歌の才能に気づくことができた。こうやって歌うことができた。

 今だってそう。

 私を変えてくれた。
 
 ありがとう、レンダ、高瀬川、キョウシロウ――――。



 

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