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わたしの認識革命(2)

なんでわざわざ、これを書いているかと言うと、

もう

『考えてばかりの世界にさよならしたいから。』


人は答えを求めているようで、
答えなんて実は求めていない。


求めているのは、共感だ。
感覚だ。


愛されているという感覚。
認めてもらったという感覚。
伝わったという感覚。


「それをいっちゃ、おしまいよ。」

ってずっと思ってたけど、

それが私が最後まで言いたいけど言えない、
最後のひとかけらだったけど、


もういいや。


後悔しないように言いたいことは言っておこう。



自分の中にあるイメージを一旦、まっさらにするために。

まずは、人に対するイメージ改革から始めた。


とりあえず、神経質だったものですから、
人のあれやこれやが気になって仕方ない。


この人は、自分のことばっかりしゃべる人。
だから、
聞いてあげよう。
聞いたら喜ぶだろう。


この人は、自慢したい人。
だから、
褒めてあげよう。
褒められたら気分良いだろう。


この人は…


そんなんばっかやってたから、
「自分」の意見なんてあったもんじゃない。


理想の話し相手になる能力は抜群。
相手に合わせて変幻自在。


そんな状態から、気になる所をチェックし始めた。

・自分の意見に異議を唱える人に反発したくなる
・自分の過去を悲劇的に話す人は疲れる。
・機嫌悪い人は楽しませなきゃ。
・さみしそうな人は、話しかけなきゃ。


自分で自分を観察。

自分が気になる所を探っていくと、
大抵、なにか隠れてる。


・私の意見は正しいのに、余計なこと言うなよ。
・わたしも、過去辛かったのに。
・機嫌悪い人めんどくさい。
・さみしそうな自分を救ってほしかったのに。


だから、そこが気になって仕方なかったんだね。


「自分がやりたいのにできていなかった系」は、
そこを認めて、自分も主張してみるようにすると、
不思議と相手がそれをやっていても気にならなくなる。


そういう気持ちわかるよ。
わたしもしたいもん(笑)


自分を許すと、相手も許せるってこういうことか。


「反発したくなる、正したくなる、教えたくなる系」は、
自分のこだわり、正しいと思っていること、こうでなきゃダメだと思ってることを探り当てて、

「正しさなんて人の数ほどあるわ。」

っていう捉え方でクリア。

これで、だいたい一番浅い層は整理整頓完了。


今までこだわってた自分の正しさの外を、
受け入れられるようになると、
人と話すのが楽しくなる。


意見が違っても良いわけだし、
私の思った通り思ってもらわなくても良いし、


今お互いが伝えたことが、
少なからず、影響を与え合っていて、
それぞれ新しい材料を得て、
また次考える時には、
違う自分で考えられる。


そんな交流ができる。


と思ってたけど、
そうはうまく行かなかった。


そこで邪魔してたのが、


「存在意義」という壁と、過去に成仏できなかった感情。

広大な仮想空間の中でこんにちは。サポートもらった分また実験して新しい景色を作ります。