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クリスマス・ツリーの街々

フランス・アルザス地方

クリスマス・ツリーは宗教改革者のマルティン・ルターが考えた、と聞いたことがある。
清貧を重んじるプロテスタンティズムの創始者ルターは、クリスマスになると子どもたちを集めてツリーを囲み、聖歌を歌って主の聖誕を祝ったという。いかにも質素倹約を重んじる森の国ドイツで誕生したような話だ。
しかし近年では、クリスマス・マーケットがドイツやフランスの各地で開催されるようになり、その街自慢の、各種各様のクリスマス・ツリーが見られるようになった。

クリスマス・ツリーは、フランスとドイツの国境地域、フランス東北部、ドイツの黒い森地方で15世紀頃に聖史劇を演じていたのが由来とされる。昔の聖史劇〔神秘劇(Mystère)ともいう〕は、旧約聖書冒頭のアダムとイヴの誕生から始まり、舞台の上にはりんごの木が置かれていた。ドイツ南西部、フランス東北部のツリーの飾りに使う林檎をイメージした赤いボール「御聖誕のボール(Boules de Noël)」はその名残り。近年は、色とりどりのクリスマス・ボール、金銀、さらにはボールに絵を描いたものも増えてきた。

フランス北東部(Grand Est)最大の都市、ストラスブール(Strassbourg)では、毎年アドヴェントの前の金曜日(2022年は11月25日)から旧市街全市を会場にしてクリスマス・マーケット「マルシェ・ド・ノエル(Marchés de Noël)」が開催される。
なかでも、街の中心地のクレベール広場に、世界最古かつ最大を標榜するクリスマス・ツリーが立ち、サンタクロースも出現しクリスマス情緒満点のマルシェ(Marché:市)だ。
毎年、開催期間1か月の間に、ストラスブールの人口の約8倍にあたる200万人近くがマルシェを訪れるという。

ストラスブールのクリスマス・ツリーは、11月中旬に立てられる。
毎年、環境破壊防止団体がツリーに反対するのもこの時期だ。
近くのヴォ―ジュ(Vosge)山地から切り出される30メートル以上の樹木は輸送も難しく諸処問題もある。

アルザス地方の地理的中心地コルマール(Colmar)は、アルザス地方のグルメと文化の中心地。アルザス地方特有の慣習、民族色が色濃く残る。

クリスマス・マーケットは旧市街の中心地、聖マルタン教会を中心に拡がる。スタンドの看板に教会の聖画を掲げているのも文化都市コルマールのマルシェらしい。

コルマール周辺にはアルザス・ワインの名産地が多い。アルザス地方の地質が南北で異なることから、コルマールでは各種味わいが違うワインが楽しめる。コルマール西部に広がるヴォ―ジュ山地は、さくらんぼ、ミラベル、梨などの果実酒、「生命の水(Eau de vie)」と呼ばれる蒸留酒の産地としても知られ、酒屋に行くと色々なフルーツの果実酒を見かける。

マルシェではワインに香料を加え、燗をしたヴァン・ショ(Vin Chaud:ホット・ワイン)が売られ、寒い中、ヴァン・ショを飲みながらマルシェを巡るのも楽しみの一つ。アルザスの民族衣装を着た娘たちが名物シュクルート(choucroute)をスタンドで販売していて思わず購入したくなる。少し酸っぱいシュクルートと風味豊かなヴァン・ショのハーモニーは抜群。

クリスマス・ツリーの発祥を裏付ける文献が、コルマールから約10キロメートル北のセレスタ(Sélestat)にある。セレスタの聖堂に保存されている1521年の町の会計簿に、クリスマス・ツリーの件が記載されている。クリスマス・ツリーが記載されている最古の文献とされる。毎年クリスマスの時期には、1521年からのクリスマス・ツリーを記念するマルシェが立つ。

最も早くクリスマス・ツリーについて言及した記載。
「聖トーマスの日、森林警備隊員に木を管理するため4シリングを払った」
1517年〜1522年頃のセレスタで登録された。

セレスタは、神聖ローマ帝国の時代の中世に起源を遡る、歴史ある街だ。ドイツとの国境になっているライン河にも近く、旧市街の街造りなどに、ドイツ文化の影響が見てとれる。

聖堂前広場のクリスマス・ツリーの飾りは、ドイツ南部、フランス北東部のパンの一種「プレッツェル(Brezel)」と、香料と生姜の焼き菓子「レープクーヘン(Lebkuchen)」。人がいないときにアルザス名物のコウノトリが食べに来ないか? と心配したが、トリ越し苦労というべきか?

旧市街には、クリスマス用のドライ・フルーツのケーキ、フランス風クリスマス・ケーキ「ビュッシュ・ド・ノエル(bûche de Noël)」、この地方のクリスマス・ケーキでチョコを主体にした「サパン(Sapin:樅の木)」などのさまざまなパティスリー(pâtisserie)が並び、クリスマスの食材のシャルキュトリー(charcuterie:食肉加工品)では、アルザス特産のフォワ・グラ(foie gras)、パテのパイ包みなどの 鄙(ひな)には稀な名店が軒を連ねる。

サパン
ビッシュ・ド・ノエル
パテのパイ包み
ドライフルーツのケーキ

夜になると、聖堂のファッサード(正面部)をスクリーン代わりに、ソン・エ・リュミエール(son et lumiere:光と音のショー)が開催される。音楽に合わせた色鮮やかな光のショーは、時間を忘れさせるほど観客を魅了する。セレスタはツリー発祥地というだけではなく、アルザス地方の魅力あるクリスマス・ヴィレッジといえる。

アルザス地方北部、もうすぐドイツという、国境に近いアグノー(Haguenau)の市役所で毎年子どもたちのクリスマス・ツリー飾りのコンテストが開催される。

子どもたちのクリスマス・ツリー・コンテスト
出品作品の数々。
どれも手作りで、個性にあふれた作品

アグノーでは、樅の木やツリー飾り、シュトレン(ドイツのクリスマス・ケーキ)レープクーヘンを販売するドイツ風のスタンドが立つ、クリスマス・マーケットが開催されている。

ところせましと並ぶパン・ド・エピース(Pain d' Epices:ジンジャーブレッド)

どの街々も魅力的なクリスマスの装いで、聖誕を祝う日まで目も口福も心も、満たしてくれること間違いなしだ。

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