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貨幣以外の価値が欲しい

世の中にあるほとんどのものが、貨幣でやりとりされている。生活に必要なもの、娯楽、サービス、トラブルの解決まで、すべてが貨幣でやりとりされている。しかし、貨幣でやりとりできるものがすべてにわたってしまうからこそ、幸せの基準がばかりに集まってしまい、貧富の差、カネにより狂ってしまう人が増えるのではなかろうか。

以下は単なる思い付きに過ぎないが、生活必需品と、その他娯楽やサービス用に、貨幣を分け隔てるのはどうだろうか。貨幣とは別に、衣・食・住のみをやり取りできるチケットを用意し、最低限必要、と認められる衣・食・住の製品は、貨幣はいらず、チケットのみで入手できる。また、付加価値のある製品(高級ブランド・高級食品・より高価な住宅など)は、チケットと合わせて、その付加価値の分だけ貨幣を払う。サービスを提供する側は、チケットを入手することで、政府から報酬がもらえるという仕組みである。基本的にチケットは本人しか使用できないという決まりも必要になるかもしれない。また、サービスや製品をやり取りしたと認められない限りは、換金できない決まりも必要だろう。こうすることで、物価変動にも対応しやすくなるし、働く人ほど損になることもなく、また、どれだけ金銭的に難しい状況になっても、生活ができなくはならない。

あるいは、精神的・心理的な価値を可視化することも、貨幣以外の価値を見えるようにできるかもしれない。これは人とやり取りする、というのは難しいところではあるが、他の人やその環境・仕事などによって、本人の心理にいい影響、または心理的に悪い痛みなどを伴った場合には、それを可視化することである。アニメ「サイコパス」のような世界の話である。これにより、職場や人間関係の適合・あるいは、チャレンジングな環境を求めたり、刺激の少ない環境を求めたり、間違った選択になる確率を減らせるだろう。ただし、これはある意味危険な思想になったり、問題も多く発生するだろう。精神的な部分が可視化されれば、周囲の人の精神状態に悪影響を与えまくっている人を特定できてしまう。心理学・精神学で様々に言われている、他人の活力を奪う存在、周囲を心理的に痛めつけて快楽を得ているような存在である。しかし、その特定した人を、「悪」と断じきれるかどうかは難しいところではないだろうか。

私は全く専門家ではないので、上記の案に問題点は多くあると思う。しかし、「生きていく」ためモノ・サービスと、「豊かにする」ためのモノ・サービス、あるいは心理的・精神的な価値など、貨幣では表せない重要な価値に、注目が少しずつ集まっているからこそ、それをより分かりやすく可視化していく取り組みは必要ではないかと思う。

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