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感じのいい人になるためには?

おはようございます。事務局の桜井です。

前回は、自分の考えを端的完結に伝えるフレームワークのお話をしました。その中で、ビジネス空間においては、まずは人として好感を持ってもらうことが大前提。そして、会話していて楽しい人だと思ってもらうこと…つまり、聴き上手になること。その上で、人としての厚みや深みを感じてもらえるだけの知性とか教養とかを身につけること。最後に、実際に問題解決をこの人に頼みたいと思ってもらえるだけの専門性をもっていること…。そんなことをしたためたつもりです。

私(受付・事務・秘書業務)の場合は、はじめの三つ(人間的魅力、対話技術、インテリジェンス)を意識的にブラッシュアップしてください…と、入社の際に告げられました。

今回の記事では、本来の順序からすれば前回の『伝え方』よりも先に書くべきだった『人間的魅力』について綴っていきます。別の表現としては、『好感度』とか『人望』ということもできますね。

当時の私が研修で最初に認識を改めたのが、『好感度や人望というのは、人が持って生まれた先天的な資質ではなく、技術である』ということでした。それは水泳や自転車や英会話とまったく同じで、トレーニングによって身につくものだというのです。私自身、「自分など人望がないから…」と決めつけていましたが、それはまちがい。必要なトレーニングさえ行えば、だれであれ、こんな私であっても人間的魅力を高めることが可能だと聞いて、「だったら早速チャレンジしてみよう」と心で叫んだものでした。

それでは、人間的魅力を磨く方法です。「感じのいい人ね」と思ってもらえるためには、具体的には『ヒューマン・ベーシック・ナイン』という九つのことを習慣づけるようにします。

①呼吸……腹式呼吸
②姿勢……背筋を伸ばし、やや顎を引く
③表情……口角をやや上げた柔和な顔
④態度……人としての基本
(嘘をつかない、約束を守る、金銭を借りない、声を荒げない、手をあげない…)
⑤身繕い……清潔感があって、TPOに配慮したもの
⑥挨拶……自分から率先して、相手の名を呼びながら
⑦言葉……丁寧かつ綺麗に、相手の自尊心を傷つけないように
⑧所作……エチケットやマナー
⑨精神……ホスピタリティマインド(相手を大切な家族や友人だと思って接する)

そして、これらを日々意識的に実践することで、人は少しずつ『感じのいい人』になっていく…。つまり、好感度とか人望とかいうものは技術なのだと。この話を聴いた瞬間、私は無性に「すごい話を聴いた!」と感じたものでした。

研修では、精神を真ん中において、上から時計回りに①~⑧を曼荼羅に書いた『人格曼荼羅』という資料を渡されました。

Human Basic 9

よくよく聞いてみると、これは禅を起源とする人心掌握術で、欧米人の間で日本ブームや禅ブームが巻き起こっていた1980年代後半に、ボスがオーストラリア人の上司から教えてもらったそうです。で、Human Basic 9 …。なるほど!

ヒューマン・ベーシック・ナイン(人格曼荼羅)が教えていることはふたつ。ひとつは、『精神』とまわりにある8つがシンクロしていること。『健全なる精神(肉体)は…』ですね。そして、もうひとつは、①~⑧のうちのどのふたつを選んだとしても、そこには正の相関関係があることです。このヒューマン・ベーシック・ナインは、現在の私の宝物です。

実はボス、若き日にこれわ教えてもらった時は、ちゃんちゃらおかしいと思っていたようで、「はぁ?人格曼荼羅?そんなことより、とにかく数字をあげればいいんでしょ!」という感じで右から左へと抜けていたと。

でも、経験を積んで、齢を重ねて40歳を過ぎた頃になると、人格曼荼羅というものが心に染み入るようになったとおっしゃっていました。今では、これこそが仕事をうまく回していくための真理であると確信しているそうです。

ロールプレイでは、採用面接に臨むときのような非の打ちどころのない姿勢を取って、汚い言葉、不躾な言葉を言ってみたり、思いっきりだらしのない姿勢で、他者を称賛したり感謝したりする言葉を言ってみたり。満面の笑顔で辛辣な言葉を吐いたり、眉間にしわを寄せて気難しそうな顔をして、ポジティブな言葉を言ってみたり…。

実際にやってみると、いずれもむずかしいことがわかります。それは、人格曼荼羅を構成する9つの要素が、みな相互に密接に関連し影響をもたらしているからなのです。

あと、個人的には『挨拶』と『言葉』の解説に感銘を受けました。挨拶は、禅の教えである『和顔愛語』のことなのですが、これはまた、別の機会に記事にしようと思います。

言葉についてですが…。私たちは、日本語であれば「あ」から「ん」までの48文字を紡ぐことで、ありとあらゆる理屈や感情を話しています。これは凄いことです。この文字たちの配列についてですが、かつての万葉仮名(いろはにほへどちりぬるを……)も現代仮名も「愛」から始まっているということです。「いろ」というのは儚さ(はかなさ)の象徴であり、人間界でもっとも儚いものとされたのが男女間の恋情、つまり、愛です。

だとすれば、話すという行為の原点は愛。ならば、私たちが誰かに何かを話すとき、そこには愛が込められていなければならない。「あなたのために善かれと思って、だから今、あえてこの話をしているんだよ」という信念のようなもの。それが聴く者のこころに届くのだと教えていただきました。

また、愛を「I」と考えれば、話すという行為は自分自身の映し鏡。そこには、私たちの生きざまや人生観のようなものが込められているということです。私たちの口から発せられる一言一句によって、相手はそれを口にした人のすべてを感知してしまうかもしれないということです。だからこそ、軽率に、中枢神経で言葉を吐くようなことはしないことです。

さらに、愛を「eye」と解釈すれば、それは心眼。目には見えないものを感じ、気づき、見抜くこと。心の目で見たものを伝えることが、私たちの仕事や職場に大きな影響をもたらすということを学びました。だからこそ、他者を傷つけたり、貶めたりするような言葉は決して吐いてはなりません。何かしら困った問題を抱えている人が相手であれば、なおさらのことです。

あと、余談ですが、研修を受講した5人は全員が独身女性だったのですが、ボスが真顔でこういうです。「でもね。プライベートでは、ヒューマン・ベーシック・ナインをそこまで意識しないほうがいいかもね。あなたたちみたいな若い女性があんまり感じよさげに見えてしまうと、いろんな男から声をかけられて面倒なことになりかねないからね」ですって。

出会ってまだ日が浅かった私は、ボスがどこまで本気で言っていて、どこから冗談なのか、つかみかねているところがありました。あれから丸5年が経過して、今ではだいたいのことは理解できているつもりですが…(笑)

いかがでしたか?
少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

それではまた。ごきげんよう。

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