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『煮汁』を読みました。

※2019年4月14日に書いた、閉鎖される他ブログの記事を移行してきました。なるべく当時のままにしましたが、あまりにもあまりにもな箇所だけ訂正しました。

『煮汁』
戸田響子
[書肆侃侃房]



戸田さんとは、ひょんなきっかけでご縁があり、Twitterで知り合いました。(お会いしたことはありません。)(2022年追記:その後出版イベントでお会いしました。1ファンとして。)
まさか歌集を出すほどの方だとは思っていませんでした。当初は。
なぜか同じようなタイミングで同じものを口にする(言葉ではなく、食べるほう)こと多々。勝手に親近感を抱いております。

小坂井さんの短歌が割と泥臭いのに対し、戸田さんのtweetから流れてくる短歌はなかなかシュールで、さらっと美しい言葉なのに、簡単に流せないものがありました。
こちらも気に入った歌を全部引用したらきりがないので、なんとか少しでおさめます。


レーズンパンのレーズンすべてほじりだしおまえをただのパンにしてやる

とか、どうですか。
怖いの?怖くないの?どっちなの?
むしろかわいいの?
って思いません?
レーズン嫌いの人なら、わかる!と頷きそう。私も昔そういうことをする子でした。レーズンが嫌いで。保育園の給食で、レーズンパンからほじったレーズンを机に並べていたら、クラスの子に「そんなことしちゃダメなんだよー」みたいなことを言われました。転園してすぐの園で。
今は大丈夫です。レーズンパン。
…話がそれました。

と、つい自分に引き寄せて考えてしまう歌って、いい歌なんじゃないですかね。よくわからないけれど。

レーズンパン側にしてみたら、「ひどい。レーズンパンとしてのアイデンティティを奪わないで!」と思いつつ、カタカナとひらがなだけでまとめられたこの歌は、字面で見るとぜんぜん怖くないんですよね。


同じようなところで、

クリップをクリップとして使えない針金に伸ばす残虐なやつ

もあります。
これも、クリップを伸ばすという行為に「残虐」という強い言葉。
そんなことで?と一瞬思うのですが、よく考えてみてください。クリップは伸ばしたら何の役にも立たないんですよ。
レーズンパンはレーズンがなくても食べられるけれど、クリップはクリップとしての存在価値ゼロなわけですよ。
すごいところに目をつけましたよね。


もう一首、ちょっと怖い歌。


朝顔のつるが庭から出ちゃってさ何かつもうとしてるのよ 切る?

あ、これ「つかもうと」と読んでいました。「つもうと」なのですね。さらに怖いわ。
最後の「切る?」の容赦なさ。生命力の無視。

小坂井さんの短歌が、主人公の立場になる短歌だとしたら、戸田さんの短歌は逆。
とても客観的。
だからこその距離感が怖い。冷静なんですよ、視点があくまで。
冷たくさえ感じる冷静さ。だからこその怖さ。他人事なの?みたいな。

ちょっときりがないのであんまり引用しませんが、読んでみてください。
きっとわかっていただけると思います。この感覚。

「多重露光」からもわかるように、ファインダーを覗いている感覚なんですよ。
または液晶画面を見ている。
そう思うと、ものすごく納得します。


縁石に置かれたままの瓶を撮るヘッドライトが当たる瞬間

写真を撮る人なら、「わかるー!」と思うと思います。
「瓶を置いて」ではなく(字数の問題には目をつぶって)「置かれたままの瓶」。
そこに当たる光は太陽の光ではなくて、ヘッドライト。
つまり夜。暗闇に置かれっぱなしなわけですよ。その瓶は。
孤独な瓶にたまに当たるヘッドライト。たまりません。


好きな歌はまだたんとあるのですが、『平和園に帰ろうよ』に出てきたモチーフと同じモチーフがいくつかあったことが気になって気になって。
題詠とはまた違うような。同じ場所に行ったときに作った歌なのか、たまたまなのか。
「いくら」(小坂井さんのは表記が「イクラ」になっていて、これがまた凄い効果を生んでいるのですよ。書き忘れましたが。)と「ルマンド」。
ルマンド、歌会のおやつだったんですかね。とか邪推してごめんなさい。

あとね。
なによりビックリしたのが


やばいもの見ちゃったよと思ったらばかにリアルな案山子じゃないか

もう1首おそらく同じ案山子を詠んだと思われる歌があるのですが、その案山子、多分私、知っています。
去年の夏に写真を撮りました。
ボツになった写真だし、無粋なのでここには載せませんが。
でも、間違いないと思います。

同じものに目を奪われてた!わかる!
あの案山子ですよね?!と戸田さんの手を取って語り合いたい気持ちです。←大迷惑。
(ほんとうは場所が特定できる固有名詞を出したいけれど我慢しています。)

もう無理。
あれもこれも、書きたい。
でもやめておきます。読んでみてください。ぜひ。せっかく頭を悩ませて順番も考えられていると思うので。

書き忘れました。
こちらも解説は加藤治郎さん。解説によって明かされた戸田さんのお姿。そうだったのか。
言葉遣いがすてきなのも納得。

こちらもまた、くり返し大切に読みたいと思います。


お気持ち嬉しいです。ありがとうございます。