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ニルヴァーナの赤ちゃんの訴訟のきっかけは性的搾取でなくて金銭面のトラブルだった件

報道された国内外のニュースを見比べながら、この問題を考えてみる。すると訴えを起こした青年の心の葛藤が浮かび上がってきた。また性的搾取という訴えの裏側には、その手の案件を専門分野とする法律事務所の存在があった。

▼まず事案の概要を整理(BBC):

まず重要な情報が端的にまとまっていたBBC日本語版を参考にまとめる。

エルデンさんは、両親はこの写真の使用許諾を与えていなかったと主張。また、裸の写真が児童ポルノに当たると主張した。

エルデンさんは今回、ニルヴァーナのデイヴ・グロール氏とクリスト・ノヴォセリック氏、故カート・コベイン氏の財産管理人コベイン氏の元妻コートニー・ラヴ氏、そしてこの写真を撮影したカーク・ウェドル氏など合わせて15人を提訴。それぞれに15万ドル(約1650万円)の損害賠償を求めている。

ニュースの見出しこそ性的搾取だが、そもそもの写真の使用許可も主張に含まれるらしい。普通なら負けそうな主張を、児童ポルノの話を交えて話題性を出して展開してきたのが、巧いというべきか汚いというべきか。

児童ポルノは重大な社会問題なので議論になるのは良いことだが、BBCも書いているように「アメリカの法律では、性的ではない乳児の写真は通常、児童ポルノとは見なされていない」ので、このアルバムの「生まれた時から人間は金に踊らされる」というメッセージを込めた写真をネタに騒ぐのはちょっと無理があると思う。生まれた直後であること表現するために、被写体は裸になる必要があるからだ。性的な表現が目的で裸にしたのではない。

15人 x 15万ドル = 約2億5000万円。すごい金額だ。

しかし、仮に一般人として普通に就職していた場合の生涯年収としても、またそれぞれの個人や団体が払えそうな金額としても、割と現実的な金額を請求しているのは興味深い。アメリカの裁判なんて判決までに減額されることを見越して多めに請求している側面もあるだろうし。

なおBBCの記事で一点だけ、シールで性器を隠すと約束したという件はメディアによって言ってることが食い違っているので、噂話やエピソードに尾ヒレがついてしまった類だと思われる。

▼CNNの印象操作:

CNNニュースは更に要点を絞って短くまとめているが、最後の段落だけは残念。これは短くまとめすぎた弊害かも。

ネヴァーマインドとそこに収録されたシングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」はヒット作となり、米国でグランジロックの人気に火がつく一因となった。このアルバムは内容もデザインも称賛されたが、アルバム発表から3年後にバンドリーダーだったカート・コバーンさんが米シアトルで自殺。その後、残りのメンバーは解散した。

この太字部分を一つの文にしてしまったのは、コバーン氏に対して悪意のある印象操作だと思われても仕方がない。ここだけを取り出すと何とも思わないかもしれないが、この記事はずっと写真の赤ちゃんことスペンサー・エルデン氏が30年近く密かに悩んできたことを綴っているので、まるでコバーン氏がアルバムの写真について葛藤しながら自殺したことをほのめかすような印象になっている。

▼Yahoo!ニュース(夕刊フジ)の場合:

Yahooなら日本のネットの反応なども載っている。しかし記事本文にも有象無象のネット住民たちが憶測で語るコメントから都合の良いものを記者が選んでいるので、こちらは話半分に読むのが良いだろう。なお元記事は夕刊フジだがYahooコメントが見られるのでこちらを貼った。

しかし、なぜ日本のマスコミってネットの反応を載せる物ばかりなんだろうね。情報ソースに取材することで得た「真実」を伝えるのが本来のニュースメディアの役割でありジャーナリズムだと思うのだが。執筆してて恥ずかしい気持ちにならないのか。こんなのでは井戸端会議や噂話にいそしむオバチャンや居酒屋のオッサンと変わらないぞ。プロの仕事としてはダサい。

▼タイムズの場合:

ほとんどのメディアが配慮して問題の写真はトリミングしているが、技ありの一本で全体を掲載してしまったのがニューヨークタイムズ。この手法ならあくまでアルバムを抱えている男性のバストショットなので裸の赤ちゃんが写ってしまっても性的な目的ではないと言い張れる(そのアルバムで使われた写真が性的表現に該当するか否かという今回の争点とは別の話なので)。どうやらタイムズ自身が2016年に公開した記事から流用した写真らしい。つまりこの写真は2021年のものではない。リンク先は原文となるが、やはり日本語メディアと比べて圧倒的に情報が多い。弁護士の名前まで出ている。

さて、ここからは主にタイムズの記事の要約と考察になる。

▼ニルヴァーナの赤ちゃんとは何者なのか:

スペンサー・エルデン氏。1991年生まれ。30歳。男性。

生後4ヶ月にプールで撮影した写真がニルヴァーナの大ヒットアルバムのカバーアートに使われた、自称、世界で一番ちんこを見られた男。(世界の総人口の4人に1人はこの写真を見たことがあるだろうと本人もインタビューで述べている。テレビにチラッと映ったなども考慮すればあながち間違いではないだろう。音楽やロックに興味がなくても、そもそもこの写真そのものが水中に浮かんだ赤ちゃんの浮遊感や光の加減が美しく構図もバッチリ決まっているので一見した時のインパクトが抜群で、パッと出されたら目が行ってしまう人は多いと思う。)なお当該アルバム『Nevermind』は少なくとも世界で3000万枚を売り上げている。当時は盛んだったCDレンタルや最近のデジタル配信、違法コピーも含めればその何十倍何百倍が出回ってきたと見て良いだろう。

タイムズによると、彼は現在アーティストとして活動しているらしく、10歳や20歳など節目の時点にこのジャケット写真を再現した写真を公開しているくらいにはノリノリで、この写真が彼の可能性やキャリアの扉を拓くきっかけになったという発言も残している。しかし25周年にあたる2016年に彼はあることをきっかけに例の写真の利用をめぐってニルヴァーナ側の運営に不満を持つようになった。

▼エルデン氏の不満(2016年版):

タイムズの記事から更にリンクで飛べるオーストラリア版のGQに彼がメディアに語った不満が記録されている。以下、該当する部分を引用して日本語訳する。

When did you realise being the Nirvana baby was such a big deal?

I’ve been going through it my whole life. But recently I’ve been thinking, ‘What if I wasn’t OK with my freaking penis being shown to everybody?’
I didn’t really have a choice.

いつ頃からニルヴァーナの赤ちゃんになったことの重大さに気づいたのですか?

これまでの人生ずっとだよ。でも最近になってこう考えるようになったんだ。もし僕があの時OKを出してなかったらどうなっていただろうかってね。みんなが僕のペニスを見たことがあるんだぜ。でも撮影された時は僕にはチョイスがなかったんだ。

まあ生後4ヶ月の赤ちゃんなら当然だわな。笑

In the past you’ve said it was cool. When did that change?

Just a few months ago, when
I was reaching out to Nirvana to see if they wanted to be part of my art show. I was getting referred to their managers and their lawyers. Why am I still on their cover if
 I’m not that big of a deal?

過去にはクールだと仰っていましたね。いつ頃から考えが変わりましたか?

この数ヶ月くらいさ。ニルヴァーナの事務所に連絡を取ったんだ、あの写真を僕の個展に使っても良いかってね。というのも事務所と弁護士に相談しろって言われてたんだ。なぜいまだに彼らは僕の写真を使っているんだい、僕のことなんかどうでもいいと思ってるくせに。

ん?ちょっと待って。何を言っているのかな?と思ったら…

Why’d you reach out to them?

I was trying to do an art show with the photographer who took the picture. I was asking if they wanted to put a piece of art in the fucking thing.

どうして事務所に連絡を取ったのか教えていただけますか?

あの写真を撮ってくれた写真家と個展を開こうという話になったんだ。それであの写真を使いたいと思ったから連絡したんだよ。

話が急展開すぎてインタビュアーが聞き直してるのがちょっと笑える。

At least it was a Nirvana album and not, say, Nickelback?

Yeah but the guy’s dead and they’re still selling his music.
 It’s like some giant corporation now. But yeah, it’s awesome not 
to be part of something like the Backstreet Boys.

少なくともあれはニルヴァーナのアルバムですよね?(だから彼らに連絡を取ることは当然なのではないでしょうか)

そうだよ。でもカート・コバーンはもう死んでて、それでも事務所は彼の音楽を売ってるんだ。もはや大企業だよ。でもまあ、僕はバックストリートボーイズみたいなものにならなくて良かったと思ってるけどね。

何というか質問の答えを通り越してただ言いたいことを言ってるだけのようにも見えるが。1991年の撮影時点で両親は200ドルの報酬を受け取っている訳で、エルデン氏は正論では立ち向かえず、コバーン氏はもう死んでるからというよく分からないロジックで「大企業」への批判に話をすり替えている。

2016年といえばまだK-POPが世界を席巻する前。当時に日本を含めて世界中で流行っていたスーパー男性アイドルグループの名前を出して精一杯の強がる姿がいじらしい。

Being the Nevermind kid must be a good conversation starter.

I don’t even bring it up. Friends used to bring it up more than I did because it’s not like you want to brag about your embarrassing naked photo. It’s never really been a huge bragging right because I don’t have much to show for it.

ネヴァーマインドの赤ちゃんというのは会話のネタには良さそうですが?

全然そんなことないよ。僕よりもむしろ友達が使ってたね。だって恥ずかしい裸の写真を自慢したがる人なんているかい?全くもって自慢になんかならないよ、僕はあの写真でほとんど何も貰ってないのに。

富や名声のために自分の意思でヌードになる人たちとは話が違う、と言いたいのだろう。

So it’s not like you’re getting royalties or anything?

No way. Not at all.

ということは、あの写真で使用料などが発生するようなことは?

ないね。全く。

ああ、これで分かってきた。アーティストである自分が貧乏でも地道に頑張ってこんなに苦労しているのに、彼の写真を使ったカート・コバーンが遺した作品で今もコバーンの関係者や遺族が儲かり続けていることに不満があるのね。

Has it affected your relationships at all?

Totally. Everyone thinks you’re making money from it. You’ll hook up with a hot chick, and then they figure out you’re not making any money from it and they’ll dump you. You have these people who think you’re cool because you’re the Nirvana baby. But it’s fucking weird, man. It’s like that dream where you go to school without your clothes on.

この写真はあなたの人間関係に影響を与えましたか?

そりゃあもう。みんなあの写真のおかげで僕は億万長者になったと思ってるんだ。エッチな写真で一発当てたねって具合に。だけどあれで僕が手にしたお金が全く無いと分かると、次の瞬間には僕のことを馬鹿にするんだ。みんな「ニルヴァーナの赤ちゃん」だから僕のことをクールだと思ってるのさ。こんなのっておかしいよね。まるで全裸で学校に行く夢を見てるような気分だよ。

コイツはタダ同然で世界中にヌードを公開したんだぜ!

あんなにヒットするって分かってればもっと高く売れたのにバカな親だ!

ホットな写真の男じゃんと思ったけど今は何も持ってない貧乏なのね!

ってイジってきた友達や見切りをつけてきた女は結構いたと思う。そこはお気の毒でしたね、と同情する。そしてそれを発端にしたのか分からないが、少なくとも現状でエルデン氏はかなり心を病んでおられるように見えてきた。全裸で学校に行く夢を見るというのは、妙にリアルでありそうな話だ。

さすがに気の毒に思ってかインタビュアーが話題を変えようとする。

OK, enough about Nirvana. What else are you up to these days?

I’ve been doing a few art shows and paintings. I don’t know if I’m ever going to be able to do a piece of work better than that in my entire life. But I’m just trying to get it out of my head – this image of a baby chasing a dollar – and not worry about making millions of dollars. It’s a complicated thing.

オーケー。じゃあニルヴァーナの話はここまでにしましょう。他に最近はどんなことをしておられるんですか?

個展を開いたり絵を描いたりしてるよ。どうだろう、一生かかったってあの作品よりいいものが作れるって保証はないけどね。ただ、いつも努力してるんだ、頭から追い出そうと、その、1ドル札を追いかけている赤ん坊をだ。いつも頭のどこかでドカンと一発当てたいという邪念が湧いてしまう。つまり、複雑なんだよ。

あらら、せっかくインタビュアーが話題を変えようとしてくれたのに、自分でニルヴァーナに話を戻してしまった。これはアカンですわ。笑

ここまでの会話の流れを読むと見えてくるのは、つまりエルデン氏は一種のコンプレックスを抱いていると思われる。バンドが遺した伝説のアルバムの写真は彼にとって、彼自身を一般人でなくアーティストになることを掻き立てた原因(彼が幼少期から青年期にかけてニルヴァーナの赤ちゃんとチヤホヤされたことは皆無ではないだろう;それは悲しいことに勘違いだったかもしれないが)であり、彼が自身の創作活動で未だに越えられない壁であり、どうしても比較されてしまう解けない呪いであり、2016年の個展の際には彼が無意識に甘えようとしたが著作権を理由に拒絶された隣人の庭なのだ。まさに原罪。エルデン氏にとって件の写真は、アダムとイヴが食べた林檎(禁断の果実)だったと言えるだろう。

GQは5年前の記事なのでサムネにしっかり写ってますね。笑

▼2021年に追加された性的搾取の要素:

さてエルデン氏の不穏な発言から5年が経過して今回の訴訟が起きた。

2016年時点と比べて最大の変化は性的搾取や児童ポルノというショッキングな要素が加わったことだ。

アルバム発売から30年を経ってからの訴訟には日本でも「今更かよ?」という声が上がっているが、この疑問にはアメリカの専門家(Mary Graw Leary, 米カトリック大学コロンバス法科大学院教授)もタイムズの取材に答えている。

「エルデン氏の過去の写真についてのコメントや行動をもって、現在の彼の訴え(児童ポルノの被害者であるという主張)を退けるようなことがあってはなりません。法律は、虐待を受けてすぐに訴えを起こした子供たちと、当初は押し黙っていた子供たちの間で分け隔てなく適用されるものです。」

「私たちは、ある事件を扱う一方で、当初は子供が大した問題だと認識していなかった事件を無視するような立場を取りたくありません。私たちは特定の子供たちを保護するだけではありません。」

これは確かに一理ある。私たちだって自分の気持ちを押し殺して、とりあえず周囲(の期待)に合わせて行動してしまうことはある。エルデン氏の過去の言動から彼に安易なレッテル貼りをしないように注意する必要があるだろう。彼にも彼の事情があったかもしれない。

さて、私がわざわざ原文を参照したのには理由がある。それは訴訟を起こした原告はエルデン氏だが、必ず弁護士が絡んでいて、何かそこに重要な政治的または商業的な意図や思惑が隠れていると睨んだからだ。

▼児童ポルノというショッキングな言葉に騙されるな:

弁護士の正体を論じる前にまずは訴訟内容を確認する。

“Defendants knowingly produced, possessed, and advertised commercial child pornography depicting Spencer, and they knowingly received value in exchange for doing so,” according to the lawsuit, which was filed on Tuesday in federal court in California.

「被告は、スペンサーを描いた商業的な児童ポルノを故意に作成、所持、宣伝し、これによって故意に利益を得た」というのが、カリフォルニア州連邦裁判所に火曜日に提起された訴訟の内容である。

これだけを見る限り「エルデン氏の意図を無視して、児童ポルノを作ってお金を儲けた」ということで児童ポルノを前面に押し出している。そして、さらに続く。

Mr. Elden suffered “permanent harm” because of his association with the album, including emotional distress and a “lifelong loss of income-earning capacity.” The lawsuit did not provide details about the losses and said they would be disclosed at trial.

エルデン氏は「永続的な危害」に苦しんでいる。それはアルバムに関わったことで感情的な苦痛や「生涯にわたる収入獲得能力の喪失」を被ったためだ。この訴訟は損失についての詳細を現在は公表していないが、裁判で開示されると述べた。

感情的な苦痛=児童ポルノの被害者になったこと。

生涯にわたる収入獲得能力の喪失=アルバムの売り上げに対して見返りがない。

ということかな。

続いて担当弁護士の発言を見る。

Mr. Elden, an artist living in Los Angeles County, has gone to therapy for years to work through how the album cover affected him, said Maggie Mabie, one of his lawyers.

“He hasn’t met anyone who hasn’t seen his genitalia,” she said. “It's a constant reminder that he has no privacy. His privacy is worthless to the world.”

「ロサンゼルス在住のアーティストのエルデン氏は何年もセラピーを受けています。アルバムカバーが彼にどのような影響を与えたかを調べるためです。」彼の弁護士の1人であるマギー・マビーは述べた

「彼は、彼の性器を見たことがない人に会ったことがありません。それは彼のプライバシーがないことを常に思い出させるものになっています。 彼のプライバシーは世界にとって無意味です。」

仮に有罪判決が出た場合にセラピーのための治療費は支払いが認められそうな気はする。ただしさすがに何千万円という額にはならないだろう。

プライバシーが無意味であることを常に思い出させるというのはなかなか強い表現だが、当のエルデン氏がアーティスト志望だったので、そんなものは有名税のうちに入るのではないかと私は思ってしまう。自分が内側に持っているものを表現するのがアーティストだし、売名行為でもなんでもアーティストはまずは名前が知られないことには成立しない職業だ。

Mr. Weddle paid Mr. Elden’s parents $200 for the picture, which was later altered to show the baby chasing a dollar, dangling from a fishhook.

They were trying to create controversy because controversy sells,” Ms. Mabie said. “The point was not just to create a menacing image but to cross the line and they did so in a way that exposed Spencer so that they could profit off of it.

ウェドル氏(写真家)はエルデン氏の両親に写真の代金として200ドルを支払った。そしてこの写真は後で、赤ちゃんが釣り針にぶら下がる1ドル紙幣を追いかけているように加工された

彼らは炎上商法を狙っていました。なぜなら炎上した方が売れるからです」とマビー氏は言及した。「要点は、彼らはエルデン氏のプライバシーを脅かすイメージを作成するだけに止まらず、境界線を越えてしまったことです。彼らはエルデン氏のプライバシーを白日のもとに晒すことを通じて、利益を得ようとしたのです。

このパートは、なんというか弁護士の怒りと正義感に満ちた発言とも取れるが、やはり巧妙に話を混ぜようとしている意図が見えてくるような気がする。

・写真の加工を両親が把握していなかったこと
・写真が児童ポルノに該当するか否か
・写真がエルデン氏のプライバシーを侵害するか否か
・アルバムのカバーが物議を醸す表現であったこと

これらは分けて考えるべきで、それを混ぜこぜにして大衆の感情を煽ろうとしているように私には見える。

写真が後から加工されたことは、お金をチェイスするアートに使われると分かっていたら200ドルぽっきりで手を打たないよ、ということが言いたいのだろうか。どうやら当時にも正式な契約書を書いていた訳ではなく、口約束の日当の取っ払いのような感じだったらしい。だからこそ今回の訴訟が可能になった訳だが。

赤ちゃんモデルの相場というのは分からないが、数時間プールで撮影しただけで2万円以上というのは結構多額の報酬なのではないか。両親としては一度素材を提供してしまったら後はどんな使われ方をされようと気にしないつもりだったのではないかと思ってしまう。

そしてアルバムが発表されたのは1991年である。これは先日の小山田圭吾氏や小林賢太郎氏の件でも感じたことだが、当時と2021年ではあまりにも時代背景が違いすぎるのに、遡及して現代の社会通念を適用するのはやりすぎだと私は思う。もちろん当時の基準で見ても悪いことをしていたなら、その部分の誤りは正すべきだと思うが、まるで現在の社会に現在の立場年齢でそういう振る舞いをしたかのように成敗するのは違うと思う。(※ただし彼らの場合はオリンピック反対派によって炎上目的で炎上させられた側面もあるとは思うが。)

もし現在に赤ちゃんモデルの写真を撮ろうとしたら、両親だって素材がどのように拡散・消費されるかという心構えができるし、最終的にどんな表現に加工されるのか気にかけて確認するかもしれない。何より2021年ではある程度ちゃんとした企業や個人であれば契約書(提供した写真の使われ方については異議を申し立てません)を書くのが当たり前になっているだろう。しかし1991年というのはまだインターネットも普及する前だし、現在のモラルと比べれば社会ははるかに未成熟だった。しかもニルヴァーナは当時はまだ「シアトルの勢いがあるバンド」であり、現在のような大手ユニバーサルに所属するビッグネームとは事情が異なったはずだ。

ここまで読んでなんとなく感じ取られた方もいるかもしれないが、この弁護士(と法律事務所)は、センセーショナルな話題としてアピールすることで自らの売名行為を働いている疑いさえあるように私には見える。30年前の出来事を掘り起こして、あなたが受けたのは性的搾取ですわあなたのプライバシーが侵害されているわと言い寄って、大企業から取れるだけお金をぶんどりましょうと説得する。

そして、この件で勝利すれば担当弁護士には賠償金の何割という多額の報酬が入り、今後は「あのニルヴァーナを相手に勝利した法律事務所」「私たちは過去の虐待であっても諦めません」という名声が得られる。個人のプライバシーを白日に晒すことで利益を得ようとしているのはどちらですか?

▼エルデン氏の弁護士の正体:

さて、それではどんな弁護士なのか調べてみよう。

タイムズから得られた情報は名前だけ。

Maggie Mabie で検索をかけてみると、、、見つけた。

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これが担当弁護士マギー・マビー氏の写真だ。

なんというか日本の弁護士のイメージとは、違うかも。笑

Margaret E. Mabie
Managing Associate
Protecting the rights of sex abuse survivors in federal and state court

と書いてあるので間違い無いだろう。

こちらが彼女の写真と肩書きが見られる所属事務所のホームページ。

見ていただけるとわかるが、所長のジェームズ・マルシェ氏を除き、所属する11名のエージェントのうち10名が女性で、全員が女性の性被害または児童虐待に関する案件を専門としている。つまり、そういう事務所だ。そしてページ全体から感じるこの雰囲気は、なんというか、全員の顔写真がバッチリ掲載されているのでぜひご自身でご覧いただきたい。私がうまく言葉には表せられないが感じられるものが分かっていただけると思う。

被害者の大半が女性か児童なので女性エージェントの方が適任という部分はあるにはあると思うが、ここまでスタッフを女性で固めているのはよくあることなのだろうか。

この法律事務所はペンシルベニアにあるので東海岸ではあるが、マビー氏の肩書きにはFederal(連邦)に対応できると書いてあるので西海岸のロサンゼルの在住のエルデン氏の案件に携わっているのも説明がつく。

そして逆に、ロサンゼルスの平凡な芸術家がわざわざアメリカ大陸を横断して東海岸の事務所まで尋ねるだろうか、ということを考えると、この事務所がいかにやり手であるのか(過去に大企業から大金を勝ち取った実績があるのか)ということが想像できるし、この案件は事務所側からエルデン氏に持ちかけた可能性さえあるのではないか、ということが思えてくる。(日本に置き換えるなら、鹿児島在住の虐待被害者が北海道在住の弁護士を雇っているようなものだと言ったら分かりやすいか)

まあ最初に不満を表明した2016年から、数年かけてエルデン氏が勝てそうな弁護士を求めて次から次に事務所を渡り歩いた結果なのかもしれないけどね。

ということで、この事務所がこれまで担当してきた案件の内容や規模を知りたいところだが、私は法律の専門家ではないので、ちょっとこれ以上調べるのはまだ出来ていない。得意な方がいらっしゃったら見るコツを教えていただければ幸いだ。

▼まとめ:

長くなったので要点をまとめる。

タイムズの記事を読むことで、過去にエルデン氏が性的搾取の文脈ではなくて、金銭的な不満からニルヴァーナの関係者によくない思いを抱いていたことがわかった。

また担当する弁護士と法律事務所は性被害を専門としており、エルデン氏とは大陸の反対側にある事務所であることがわかった。

性的搾取というのはネットでバズるにはもってこいのセンセーショナルなワードだが、訴訟の本質的なポイントは写真を無断利用したことによる不正な利益搾取であり、それに性的搾取のエピソードを混ぜこぜにすることで社会の注目を集めようとした意図が感じられた。

なんというか人騒がせというべきか、人間の業が見えると言うべきか。

タイムズに書かれていたコバーン氏の発言がこの問題の本質を一番端的に表していると感じたので最後に追加で引用しておく。

She noted that Mr. Cobain once suggested putting a sticker over the baby’s genitals after there was pushback to the idea for the cover.

The performer, who died in 1994, said the sticker should read: “If you’re offended by this, you must be a closet pedophile.”

マビー氏は当時にも反対意見を受けてコバーン氏が赤ん坊の性器をシールで隠すことを提案していたことを言及した。

そのアーティスト(1994年に死去)はシールにはこう書くべきだと主張した。「もしこれを見てムラムラしたなら、あなたは小児愛者です」

最高の返しじゃん。笑

コバーン氏の発言の本質は「これを見て欲情するのは本当にごく一部の変態だけなんだから騒ぐ奴らなんて放っておけ」という皮肉だと私は思うのだが、マビー氏はどんな意図でこの発言を引っ張り出したのだろうか。

この論理だとこの写真を見て訴えを起こしたヤツも、この写真を見て欲情するヤツも深いところでは根は同じ。どっちもどっちという話になるわな。

了。

あとがき:

⚠️ 本noteを執筆時点(2021年8月27日)で入手できていた情報は主に2016年のものなので、2021年現在はエルデン氏の考えが変わっている可能性はあります。

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