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平成初期の空気を感じる名作【AIR/エア】

1984年の物語ですが、当時はアメリカのカルチャーが日本に定着するまで5年以上かかっていたので、日本では1989年以降の雰囲気によく似ていると思います。90年代にティーンだった私には、多感だったあの頃のカルチャーを思い出させてくれて、とてもエモーショナルになりました。

また映画としても、私はベン・アフレック監督作品なら『ザ・タウン』も『アルゴ』も好きですが、本作も監督の演出が非常に巧みで、映画ならではのロジカルな楽しさも同時に味わえました。

劇場で観覧して良かったなーと思える映画でした

▼フェアプレイで批評:

ただしスポーツマンシップに則り、フェアプレイの精神で批評すると、良くも悪くも「普通に面白い」の域は出ない作品ではあるかなとは思いました。

いや、そもそも「普通に面白い」を作るだけでも相当すごいことです。誰でも出来ることではありません。しかし、如何せんアフレックの場合は『アルゴ』とか、デイモン+アフレックのコンビなら『グッド、ウィル・ハンティング』とか『最後の決闘裁判』とか、オスカー像がこちらを見つめるような超名作が連なっているだけに期待値が上がってしまいます。

最新作『エア』は「良い意味で想像通りの良質で面白いムービーだったが、シネマとして傑出しているとまでは言い難い」って感じでした。(でも好きな作品です!)

私が「エアにはコクが足りない」と感じた点は主に2つありました。

1つ目の不満は、ジョーダンの凄さがあまり語られないことです。本来は企業としてリスクヘッジで複数人と契約するのがセオリーなのに、マット・デイモン演じるソニー・ヴァッカロは「あえて全予算を1人のプレイヤー(しかも当時は重要だと見られていなかったガードポジション)に注ぎ込む」という奇策に出ました。さらにベン・アフレック演じるフィル・ナイトCEOは「選手へのロイヤリティの分配」という業界のタブーを破りました。

ナイキがこの決断に至ったプロセスとは何だったのか。ヴァッカロとナイトはジョーダンに何を見出していたのか。特にヴァッカロについては、実際にはVHSで1つのシュートだけ見て気づいたというわけではなかったはずなので、そこはもう少し描いてほしかったです。ナイトが取締役会をどう説得したのかも語られず終いだったのもビジネス映画として弱い(重厚さに欠ける)と感じる点でした。

2つ目の不満は、ジョーダン以前のNBAではスター選手でも生活があまり豊かにならなかったという背景事情をあまり掘り下げてくれなかったことです。米国では搾取と人種差別の歴史認識があるから不要でも、日本だといまだに対価や報酬への意識が低いから母親が銭ゲバのように見えてしまうのではないかと心配になりました。(笑)

ただ、これらは2点ともアメリカでは一般常識すぎるので、語ると野暮になってしまうのかな、とも思います。映画の作りがノスタルジーを大事にしつつも、あくまでヒップであっさりクールに抑えているので、アフレックはあまり説明過多でシリアスにしたくなかったのでしょう。このバランス感覚は非常に良くて、実際に物語はとても巧かったし、安心して楽しく観られる良作なので、まあ所詮は私の「無い物ねだり」かもしれませんね。

▼世間での高評価について:

米国での大絶賛は「黒人アスリートが権利を獲得した物語」というのが大きいと思います。そもそも米国人は誰かが権利を守る作品が好きです。

あとはマイケル・ジョーダンの認知度ですよね。私は映画の描写を少し物足りなく感じましたが、米国なら「バスケの神様にそんな説明いらんやろ」で済まされそうな気がします。神様の存在にいち早く気づいて行動した人間がナイキ社に存在した。それだけで十分なのだと思います。

一方で日本で絶賛の声が目立つのは、少し不思議ではあります。黒人の権利の問題や、スポーツ選手の権利の問題を語られても、深く感動できる日本人は少数派だと思います。

日本での公開規模は小さくそこまで観客動員数が大きいわけでもなさそうなので、つまり他の映画に比べて「ヒットしている」とは言い難いです。それでも日本で絶賛の声が目立つということは、つまり一部の人達に刺さりまくっていると考えるのが自然でしょう。

ここから、日本では1990年代(平成初期)にティーンだった30代40代のノスタルジーによくブッ刺さったのが大きいと考えられます。かく言う私もその世代に当てはまるのですが、私を含む当時バスケに詳しくない子でさえエアジョーダンはファッションとして関心の的でした。

加えて、この世代は漫画版スラムダンクを多感な時期に体験した世代でもあります。ほぼ同時期に『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されたのも、好条件として作用したと思われます。

▼日本版ポスターの謎:

アメリカ版ポスターを見て気づいたのですが、日本版の異なり基調色がホワイトです。まるでホームとアウェイで仕様を変えているように見えたので、もしやと思いフランスやドイツや韓国などのポスターも検索してみましたが、どうやらレッドに変更されたのは日本だけでした。

1984年当時、シカゴブルズのユニホームはホームが白で、アウェイが赤でした。もし日本配給の広報担当者が意図的に赤を採用していたなら、かなり気の利いたアレンジだと思います。SNSではよく批判されて、私も大嫌いな日本オリジナルのポスター文化ですが、本件に関しては良い方に作用したと認めます。(笑)

ただし日本版ポスターにも一つだけ不満があります。キャッチコピーだけは「完全な間違い」であり、ここだけは0点です。

米国版:
Some icons are meant to fly
本当に才能のある者は飛び立つのが相応しい

日本版:
伝説のシューズを誕生させた負け犬チーム、一発逆転の実話

米国版は「空を飛んでいる」と形容されたジョーダンのジャンプと、才能があるアスリートが相応の報酬を受け取って「金銭的に成功する」というのを掛けた、社会的メッセージを込めた深い意味のあるキャッチコピーになっています。これは映画クライマックスでの母親との電話や、CEOの決断にフォーカスした的確なキャッチコピーです。

対して、日本版はそういうアメリカンドリームや社会的意義の意味合いは弱まり、まるで池井戸潤(下町ロケット;半沢直樹)のような1企業や1工場に絞っての1つの成功体験まで矮小化しています。実話だと豪語する日本版キャッチコピーが実は一番映画の実態から離れているというのは、どんなギャグなのか、自虐ジョークなのか、と呆れます。

しかも、ナイキ社がマイケル・ジョーダンの契約を勝ち取ったのは決して「一発逆転」ではなくて、営業担当者の「長年の努力」の結晶だったからです。負け犬チームというのも的外れです。

逆転劇と宣伝した方が集客が見込めるというのが日本配給の魂胆だとは思いますが、このような品のない虚偽広告は止めてほしいです。

了。

監督:ベン・アフレック
脚本:アレックス・コンベリー
主演:マット・デイモン
制作:Amazon Studio; Skydance Sports

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