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日本のドラマとアメリカのドラマの違い

最近はNetflix(ネットフリックス)Huluなどの普及で映画やドラマがオンラインでストリーミング再生視聴ができるようになったせいで、

TwitterやFacebookなどでアメリカのドラマにはまってる人の投稿を見るようになってきた。

そこで思うのは、日本のドラマとアメリカのドラマはめちゃくちゃ違う

日本とアメリカの文化が違うから違うのは当たり前なのだが、

では日本のドラマが日本の社会を映し出していて、

アメリカのドラマがアメリカの社会を映し出しているうえでの違いなのかといえばちょっと違う

私はどちらかというと海外かぶれしたオヤジなので日本のドラマをディスっちゃいますがご了承ください。

例えばアメリカで今、一番人気があるっていっても間違いなのは

モダンファミリー

とりあえず動画貼ってきましたが、見ておいてください。

日本とアメリカのドラマの違いはなんといっても登場人物の会話と行動の現実性にある。

乱暴に言うと、

日本のドラマは非現実的、アメリカのドラマは現実的。

例えば、スーパーのレジでのシーンがあるとする。

アメリカのドラマでは、

登場人物がスーパーのレジのちょっとキャラの濃い人と面白い会話をするというありがちなシーンを思い浮かべてほしい。

実際のアメリカの生活ではスパーのレジの人とハウアーユーから会話が始まり軽い世間話に発展することが多々ある。

やはり向こうではカスタマーサービスは日本みたいにお客さんの奴隷になることではなく、

お客さんに友達みたいに話しかけていい気持ちにさせるのをカスタマーサービスと思っているふしがある。

話はそれたが、そのようなシーンは現実の世界でもよくあることに脚色されていて言ってみれば現実味がある。

当然、スパイダーマンがビルをはって登ったり、スーパーマンが空を飛んだりは、

あくまでもSFであり、それは非現実的な世界をわざと描いている。

また、キャラの濃い人も現実にごろごろいてドラマに現実味がある。

いっぽうで、日本のドラマでは、

登場人物がスーパーのレジのちょっとキャラの濃い人と面白い会話をする場面を浮かべてほしい。

レジのおばさんはあき竹城あたりだろうか?

結構、おもしろい場面が想像されるが、

ちょっと考えてほしい。

日本ってスーパーのレジとかで会話しないでしょ。

たいがいの会社ではお客さんと個人的な会話したらダメと規則があったり暗黙の了解ようなものがある。

つまり、日本の場合スーパーに限らずたいがいのお店に行くと接客はロボットような接客。

イランことは言うな、するなと言われているか。

そういうお客さんと会話することがプログラムにインプットされてないかのようだ。

とどのつまりは、日本の社会が抑圧的で他人同士のヒューマンコミュ二ケーションが

稀薄(きはく)であるから、

そういったドラマをおもしろくするためのシーンが非現実的な脚色に見えてしょうがない。

つまり日本ではドラマをおもしろくするための脚色は現実の日本で起こらないような非現実シーンや、

普通日本人はこんな会話しないだろうがオンパレードなわけである。

あと、個人的には木村拓哉のキャラでよくありがちな、

女性に対して超上から目線、男尊女卑全開のキャラがどうしても受けつけられない。

言い出したらきりがないが、

いったん、僕みたいにアメリカのドラマにかぶれてしまうと日本のドラマを無性にディスりたくなるという話でした。


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