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中国の少林寺で武術修行した思い出

私は大学生の時に中国武術サークルに入っていました。もともと格闘技が好きで、カンフー映画やグラップラー刃牙の烈海王への憧れもあり、せっかく中国語を習っているので中国の国粋と呼ばれる文化、武術の世界を体験してみたいという興味からでした。

そんなこともあって、留学時には上海の魯迅公園で太極拳をやったりもしてたのですが、やはり武術といえば真っ先に思い浮かぶ聖地、少林寺に行ってみたいという思いを強く持っていました。

中国河南省鄭州市登封にある嵩山少林寺、おそらく皆さんも一度や二度はテレビ等で見たことはあるかと思いますが、日本の少林寺拳法とは別物で、修行僧たちが「少林拳」という武術を伝えています。私はジェット・リーの映画「少林寺」を見て憧れていたこともあり、夏休みの期間を使って行ってみよう!と決意しました。

「地球の歩き方 中国編」だけを頼りに、まずは三国志にも出てくる歴史ある都「洛陽」に列車で行き、龍門石窟などの史跡を観光した後に、現地の旅行社に予約して高速バスで嵩山へ。最初は少林寺のカンフーパフォーマンスを見学できればいいくらいに思っていたのですが、少林寺近くの駐車場に行くとおばあちゃんが話しかけてきました。
「君、少林寺の武僧に武術を習ってみたくない?私が老師(先生)につないであげるよ」と。1週間の朝晩訓練コースで1500元(当時のレートで2万円くらい)と言われ、まあどうせ暇だしせっかくだから体験してみようと弟子入りを即決。後々、この金額はだいぶぼったくりだったことが判明するのですが…

嵩山少林寺はその一帯にたくさんの武術学校や訓練所があり壮観でしたが、私が案内された宿泊所はボロっちいゲストハウス。一抹の不安を感じながらも待機していると、10代の修行僧2人がやってきて、少林寺周辺を色々と案内してくれました。

歴代僧侶のお墓「塔林」や、修行僧が指で穴を開けたとされる大木、踏み抜かれた石畳、禅を伝えたとされる達磨大師の石像など歴史好きにとっては心踊るスポットをガイドしてもらい、気功などの武術表演を見て初日は終了。「明日は朝6時集合で」と告げられて若い僧は宿泊所を後にしました。

翌日、老師と初対面した後に、まずはランニングに始まり、柔軟体操→歩型の練習→武術の基本功(蹴り技を中心とした中国武術の基本技)、その後はひたすら少林連環拳といういわゆる少林拳の初心者用の型をひたすら繰り返すという流れ。この練習内容で朝と夕方、老師と昨日案内してくれた2人の若い修行僧が毎日ビシバシ指導してくれました。

少林連環拳練習の様子

2、3日してからだったと思いますが、その練習にドイツ人とイギリス人も加わりました。彼らは友人同士だったようですが、中国語が喋れず、若い僧は1人だけ英語がしゃべれましたが、メインでコーチしていたもう1人は話せなかったので、僕もその僧に聞いた中国語を下手くそな英語で彼らに通訳するという感じで、謎の絆が芽生えていきました。

朝晩のハードな練習の合間での楽しみはなんといっても食事。少林寺の僧は肉と魚を食べることは禁じられていて基本菜食の薬膳料理を食べているのですが、ゲストは別のようで普通に肉料理も食堂では出ていました。宿泊所の食堂には一ヶ月くらいここに滞在して主と化している香港人のおじさんがいて、どうやらバックパッカーらしい彼はチベット高原や内モンゴルなど中国各地の旅談義を英語混じりの中国語でいつも話してくれて、彼に会うのが1日の楽しみになっていました。僕を教えている若い僧とも顔見知りで「そろそろ練習に参加するか?」と言われるといつも「明日気が向いたらね〜」と返していました。この香港人のおじさんが勧めてくれた旅先で、私は後に雲南省の少数民族自治区を訪れるのですが、それも忘れられない思い出になりました。

そんなこんなで武術修行5日目ぐらいのこと、事件が起きました。練習仲間のドイツ人が熱中症で倒れたのです。というか熱中症かどうかも判別がつかなかったのですが、真夏のハードな練習で倒れてしまったので、しっかり水分補給して休憩をとった後、イギリス人の友人と一緒に下山することに。私はなんだかんだで素人に毛が生えたレベルですが一応武術の心得もあり、当時は体力が有り余っていたのでそこまで苦ではなかったのですが、イギリス人の方に聞いたら朝練がどうも辛かったようで・・

下山前、記念写真だけは撮った


1週間コース修了の日、コーチしてくれた若い修行僧二人と飯を食ったのですが、そこで「市川はやる気なさそうな顔してるからすぐバテると思ったけど最後までよく頑張ったなぁ」とお褒めの言葉をいただき、「今都会で流行ってる歌教えてくれよ」と言われました。中国人が日本人に中国の流行歌を聞くのはなかなか不思議な状況ですが、あんまりテレビを見たりすることもないみたいで、当時流行していた光良の「童話」や、梁静茹の「勇気」など、持ち歩いていたCDをあげました。プレイヤーで聴いたあと、一人は「勇気」を気に入ってくれたようで「いつか一緒にカラオケに行こう」と微妙な約束して、私は少林寺を後にしました。

ボッタクリのおばあちゃん、老師とコーチの若い僧、謎の香港人、志半ばで倒れたドイツ人とイギリス人の練習仲間・・中国各地、色々な場所を旅しましたが、登場人物がやたらとカオスだった少林寺修行は妙に印象に残っています。

今ならインターネットでちゃんと下調べしてもっと充実した行程が組めるかとは思いますが、スマホもない時代「地球の歩き方」片手に無謀に飛び込んだからこそ、忘れられない思い出になってるのかもしれませんね。


社会人になってからも武術は続け安徽省の武術大会にも刀術・酔拳で出場
(ここ5年くらい仕事の都合でお休みしていますが・・・) 

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