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【旅と美術館】目的地は展覧会、という旅で京都へ

 私が参加させていただいているコミュニティ「オトナの美術館研究会」の月イチお題執筆企画、第2弾のテーマ「旅と美術館」について書きます。
 ちょうどタイムリーなことに、先月1泊京都に行ってきたので、そのことについて。

旅行先の決め手は展覧会

 旅行は好きですが、行きたいところがたくさんあって行き先を決められないのが常です。

 そんなとき、ひとつの企画展が目的地になって行き先が定まることがたまにあります。単館開催だったり、東京近辺に巡回しなかったり。自然や建築はそこにいてくれますが、展覧会はいっときだけのもの。方位磁針がすっと方向を示してくれる感覚です。

 今回の目的地は京都国立近代美術館で開催中の「甲斐荘かいのしょう楠音ただおとの全貌」展。
 甲斐荘(甲斐庄)楠音は京都で活動した鬼才ともいえる日本画家ですが、今回は画壇と距離を取ったあとの、映画の衣装デザインや風俗考証といった多彩な活動を含め彼を再評価しようという展示内容となっています。
 特別楠音が好き!というわけではないのですが、関東でまとまって作品が出る機会はないのと、近代日本美術史に確かに名を残した画家なので、一度はしっかり観ておきたい。そんなわけで京都行きを決めました。

 こんなときはまず目的の展示だけはっきり決めて、あとから周辺の地図を見てざっくり行きたいところを決めていきます。

いざ夜行バスに乗って

 休日前のため夜行バスは満席でした。この日ばかりは溜まっている仕事と先輩たちを残して早めに帰宅、すぐに準備をして東京駅に向かいました。
 夜行を使うのは、単に節約のためと、翌日朝から時間を使えるため。身体はバキバキで寝不足にもなりますが、あの静かな空間のちょっとしたわくわく感が好きでもあります。

 夜明け前の京都に着いたら、まず始発に乗って伏見稲荷大社へ。2年前同じく早朝に訪れてその静かさと薄暗い中に浮かぶ千本鳥居に感激した記憶があり、再びそれを味わうべく今回も同じルートを辿りました。

 頂上までは時々足を止めながら1時間程度でしょうか。そこそこ足を使いますが、冷たい空気やカラスの鳴き声を感じながら歩くのはなんとも気持ちがいいものです。

 下りてくるころには本殿付近には人がたくさんいましたので、この空気を味わえるのは5時~7時くらいのあいだ(あるいは深夜も?)でしょうか。24時間出入りのできる神社ならではの体験です。夜行バスを使わずとも、京都駅付近で宿泊をする際に少し早起きしての伏見稲荷大社、おすすめです。

 余談ですが、ここは稲荷ですが野良猫がたくさんいます。猫好きな人はもっと楽しめるでしょう。この日はあいにくの小雨であまり猫の姿は見えませんでしたが、あとから写真を見返してみると、2年前に出会った子に再び会えていました。なんだか得した気分です。

←2年前 →今年  ちょっと恰幅がよくおなりに…?

京都国立近代美術館「甲斐荘楠音の全貌」へ

 前段が長くなりましたが、ここからは旅程を割愛しつつ本題の「旅と美術館」へ。京都国立近代美術館は地下鉄東西線の東山駅から徒歩10分ほど。リニューアルしたばかりの京都市京セラ美術館と道を挟んで向かい合っています。(京都市美、興味はありながらスルーしてしまいました…次の機会にきっと。)

 さて、本展は「絵画、演劇、映画を越境する個性」のサブタイトルどおり、単に年代順に絵画を並べていく回顧展にはなっていません。
 楠音の作品としてよく紹介される《横櫛》や《春宵(花びら)》といった作品の多くは「序章」にまとめられています。私は数年前に、本展でも出ている《幻覚(踊る女)》という作品に強烈な印象を受けたのですが、この人の絵画は本当に「綺麗だね」「上手だね」で終わることがありません。
 この人の描く女性の視線は観る人を捉えていつまでも離さないような微かな恐ろしさのようなものがあります。画中の人物の内面だけでなく、こちらも見透かされているような感じになります。かつて楠音は自身の作品を「きたない」と言われ土田麦僊から出品拒否を食らったことがあるのですが、まあ麦僊の《舞妓林泉》と楠音《春宵》を並べてみればさもありなん……でしょうか。
 個人的に今回特に印象に残ったのは、図録の表紙にもなっている《春》というニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵の作品。日本では初公開とのことです。金地の背景にキセルを持って横たわる女性を描くのですが、着物の色使いと伏し目がちな女性の表情、そして姿態が、華やかさ・爽やかさと妖艶さの絶妙な均衡を保っています。「穢い絵」から一歩進んだ、他の楠音の女性像に対するこだわりと色彩のセンスがいかんなく発揮された作品だと思います。

 第2章からは、画壇を離れた彼の映画や舞台芸術への関わりについて深く触れています。楠音は風俗考証、衣装デザインで活躍し、特に今回は映画『旗本退屈男』シリーズなどで彼がデザインした着物が一挙展示されています。ひとつひとつを記憶にとどめるのが難しいくらいの量の豪華さでした。

 全くの無関係ではないとはいえ、絵画とは別の世界でも縦横無尽に活躍した甲斐荘楠音という人物に引き込まれる充実の展示です。画号を用いている画家は号で呼ぶのが通例かと思うのですが、本展では一貫して彼を「甲斐荘」と記載しており、そこにも画家だけではない彼の全貌を見せようという企画者の意図があったのかもしれません。

 さて、ここまで読んで気付いている方もいるかもしれませんが、本展は夏に東京ステーションギャラリーに巡回します。実は私、現地でこれに気付き、待てばわざわざ京都に来る必要がなかったというオチがこの旅についてしまいました。しかし、楠音が生まれ育った京都の地で彼の作品を観たということに意味があるかなとは思います(笑)。

 常設の方はまたガラリと雰囲気が変わり、「リュイユ―フィンランドのテキスタイル」の企画展示や、京近美が多く所蔵する工芸作品などを楽しむことができます。楠音の絵画はなんとなく見ていて体力を使う気がするので、こちらでちょっとひと息といった感じです。

京都文化博物館のマニアックな展示へ

 京近美を出たあと何か所を周り、足が本格的に疲労を訴えはじめてから京都文化博物館に向かいました。ここは先の京近美と京都市美、そして京都国立博物館とともに「京都ミュージアムズ・フォー」という連携事業を行っている施設です。(アメコミみたいな名前といつも思います。)
 現在は「知の大冒険―東洋文庫 名品の煌めき―」という特別展を開催しています。東京に東洋文庫ミュージアムがあるにもかかわらず、本家に行くより先にこちらでコレクションを拝むことになりました。世界各地で残されてきた古典籍の貴重なコレクションを見ることができるのですが、結構足にきてしまっていてじっくり楽しむまではいけず……。実は私のメインの目的は常設(総合展)で開催されていた企画展「原派、ここに在り―京の典雅―」の方でした。

 原派は江戸時代から近代にかけて、宮中や春日大社からの信を受けて作品を制作していた画派ですが、現在ではあまり名前を聞くことがありません。私も名前程度で作品を思い出すことはできない程度の知識だったため、まさかまとまって作品を観る機会があるとは思わず、いいタイミングということでこちらを訪れました。
 原派の祖である在中は絵師の家系ではなく、それゆえに狩野派ややまと絵などあらゆる筆法を研究し吸収していったようです。その甲斐あって宮中からの注文を得られるほどの実力をつけ、その地位を守るべく息子の在正、在明にも絵師としての教育を施しました。
 原派の強みは、有職故実といわれる朝廷や公家の儀式文化等の研究に基づく、正確な描写とのこと。繊細な筆遣いの花鳥画や祭礼図が目を引きます。京都に百花繚乱の絵師が活躍した時代ということもあり、今では顧みられることも少ない原派ですが、会場内の解説によれば、あえて鮮烈な個性を出さずに正確な描写を心掛けたことが、高貴な注文主の信頼を得たゆえんだったのではないか、ということでした。事実、その後原派は明治時代、京都の美術学校で教鞭をとった原在泉など、活躍を続けることになります。

 大きく取り上げられることのない展示だと思いますが、京都という土地だからこそ実現したであろう、実力派絵師たちの再評価企画です。こういうものにタイミングよく出合えたのもこの旅の収穫でした。

2日目、以前から行きたかった場所

 旅は2日目、旅程の終盤に訪れたのが、河井寛次郎記念館です。近代陶芸の第一人者であった河井寛次郎の住居兼仕事場だった建物を、彼の作品とともに公開している施設。私は寛次郎の作品が好きで、知り合いからも薦められており、以前から来たいと思っていた場所でした。
 ここは寛次郎自身が設計した建物で、家具なども自身がデザインまたは収集したもの。そんな中で彼の作品を鑑賞することができます。奥の方では寛次郎が近所の人たちと共同で使用していた登窯の見学もできます。

 美術館というよりは古民家を解放しているといった趣で、時間の流れがゆっくりに感じます。都内にある日本民藝館にも似た部分がありますが、生活空間そのままな分、より私的で内省的な雰囲気です。
 寛次郎の作品は、特に後期のものは奇抜ともいえる力強いフォルムと色遣いがされているのですが、一方で人の日常の空間にも溶け込むような温かみと居心地のよさを感じさせてくれるものが多いと思っています。その源泉がこの家での生活にあったのかと思うと、何か納得できる部分があったのでした。

 当館の看板猫・えきちゃんの姿もちらりと見ることができたのですが、そもそも到着が遅かったため、存分に堪能しきるまえに閉館時間に。また余裕を持ってゆっくりと訪れようと思えた場所でした。

帰路につく

 今回は甲斐荘楠音を目当てとして、1泊2日のあいだにばたばたと3か所の美術館を巡ることができました。京都といえば寺社なのですが、魅力的な美術館もたくさんあり、ついつい高名な寺社も後回しにしてしまってもいます。
 ただ、あまり綿密な計画も立てずに展示を目掛けて行った結果、ついでの目的地でむしろ記憶に残る体験があることもしばしばです。それが私にとっては、美術館目当ての旅の楽しみでもあります。
 今回も書ききっていない部分も含め、期待以上に充実の時間が過ごせました。

 帰りは流石に夜行バスは辛いので、各駅停車のこだまで帰宅。時間はかかりますが、いまここを走ってるんだなぁなんてぼんやり頭に地図を描きながら帰ります。
 帰宅後にスマホを確認すると、2日間で7万歩弱。できるだけ長くこの体力を維持してこれからも旅を楽しみたいと思ったのでした。

企画展の半券ってなんとなく取っておいてしまいますよね…

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