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【2024年美術館初め・後】異色の実力派浮世絵師・鳥文斎栄之

 先日、今年の展覧会第1弾として千葉に行った。
 午前中に千葉県立美術館でテオ・ヤンセン展を楽しんだあとハシゴしたのが、千葉市美術館。お目当ては1/6に始まったばかりの「サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展」である。(前編はこちら…。)

異色の転身を果たした絵師

 鳥文斎ちょうぶんさい栄之えいしは、今ではあまり知名度が高くないが、生前はかの喜多川歌麿と人気を二分したという浮世絵師。「武士に生まれ、浮世に生きる」のキャッチコピーのとおり、旗本の家に生まれ、十代将軍家治に仕えながらも、浮世絵の道を選んだ異色の絵師である。

 江戸時代、徳川家に重用された絵師集団と言えば狩野派。
 栄之は、その狩野派の中でもトップの「奥絵師」であった狩野栄川院えいせんいん典信みちのぶに画技を習ったという。

 将軍家治の逝去、老中田沼意次の失脚後に隠居し浮世絵師として活動を始めた栄之は、隅田川周辺の情景や吉原で人気の遊女を描いた版画で人気絵師となった。

華麗で豪華、でもそればかりじゃない

 同時期には《婦女人相十品》などでおなじみの喜多川歌麿というビッグネームがいたが、栄之の描く女性の特徴はスラリとしたしなやかな肢体と品のある表情、そして着物の繊細な描き込みにある。
 栄之はデビュー当初からいきなり三枚続・五枚続など、複数枚セットでひとつの作品となる形式を刊行しているのだが、これは新人としては異例の待遇とのこと。そして、栄之のその後の作品においても他の絵師たちと比較して高価で手の込んだ摺りの作品が多いという。一般的な浮世絵は今の価値で数百円程度で手に入ったそうだが、栄之の作品はより高級なラインとしての位置づけをされていたようだ。野球でいえばドライチの大型新人といった存在だったのだろう。

 作品を刊行する版元の狙いとして、
・名家の出身であり、かつ正統な狩野派を学んだという素養を活かし、「いい生活」に対する庶民の憧れを喚起する
・歌麿が得意とした「大首絵」(首から上をアップで捉えた肖像)と対比的な全身を描いた作品を多く出しライバルとの棲み分けをする
といった戦略があったのでは、という分析がされていた。作品から当時の版元のマーケティングも読み取れると考えながら見るというのも面白い。

《青楼美人六花仙 角玉屋小紫》


 会場内にある作品は、遊女の肖像も、日常の場面を切り取った作品もどれも卑俗さを感じさせない優美なものばかりだ。「黄潰し」という背景を黄色で擦った作品からは、清時代の黄釉の磁器を思い出したりした。複数枚からなる続絵も、1枚単体で観ても独立の作品として完成するような構図を企図したのでは、と感じさせる安定感がある。

《隅田川船遊び》(一部)


 ただし、栄之の作品がどれも煌びやかで華麗かといえばそうではない。
 「紅嫌い」という、あえて赤色を使わず、墨、茶、紫、緑といった色で落ち着いた雰囲気の画面の版画も多く制作している。カラフルな「錦絵」と比べると一瞬の違和感はあるのだが、抑えめの色調により彼のしなやかな描線がより際立って魅力的だ。

《風流やつし源氏 松風》


肉筆画でさらに際立つ美しさ

 錦絵で好評を博した栄之はその後肉筆画に転向する。
 肉筆画となるとより画面の鮮やかさが増し見ごたえがある。国芳や北斎といった絵師と比べると奇抜さや新奇さで引けを取るが、栄之の清新な女性像は肉筆画でより一層際立っている。

 今回新発見の《和漢美人競艶図屏風》という、日本・中国の著名な女性計6人の肖像を屏風装に仕立てた作品などは、思わず見とれるような優雅さ。「栄之藤原時富」などというかしこまった落款があったので、おそらく相応に身分の高い人からの注文だったのだろう。

 《三福神吉原通い図巻》は、恵比寿・大黒・福禄寿が吉原で宴に興じる様子を描いた画巻。幅の限られた形式は繊細な筆致の見せどころとなっている。この3人(3神?)が通うお店が「大黒屋」というのも面白い。

浮世絵人気を下支えするひとりに…

 この実力派があまり知られてこなかった大きな原因として、海外への作品流出があるそうだ。展覧会のプロローグでは「外国人から愛された栄之」という資料展示もあったが、そもそも栄之の回顧展自体が世界初とのこと。

 2020年に東京都美術館であった「The UKIYO-E 2020」でも実感したが、浮世絵は時期や絵師によってまさに百花繚乱、見飽きるということがない。栄之を特集すること自体が難しいというのは残念ではあるが、浮世絵好きの方はぜひこの展示に足を運んで、その作品をたくさん味わってみてほしい。

 自分にとっては、なんとなく遠いなと思っていた千葉市美術館の初めての訪問だった。今までも面白そうな企画やってるな…と思いつつ指を咥えているだけだったが、今回満足の内容だったのでまた機会を捉えて来てみたいと思う。

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