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デンマーク企業の人材育成から見つけるイノベーション力育成のヒント - その2

その2: 社員教育がソリューションなのか?!

文責:内田真生

企業の社員教育および能力開発研究について、5名の企業およびソーシャル・パートナーへのインタビューを行った。その結果から、デンマークの専門家からみた、クリエイティブでイノベーションを起こせる人材の育てるヒントを確認していく。

はじめに

デンマーク企業は、クリエイティブで、イノベーションを起こせる人材を、どのように育成しているのか?
ー筆者は、「デンマーク企業内の社員教育や研修の方法」に、そのヒントが隠されているのではないかと思い、デンマークの労働市場と人材育成および能力開発について概要調査を行った。

事前調査により、デンマークの労働市場は、「フレキシキュリティ(Flexicurity)」と呼ばれる、ソーシャルセキュリティにより個人が保護され、転職の多い流動的な市場であった。人材育成また能力開発の方法は、企業内の社員教育だけではなく、国やソーシャル・パートナー(雇用主団体と労働組合)との協力により、社会的な人材育成システムが構築されていることが分かった(「その1」参照)。

それらの能力開発を含む人材育成方法が、個人のクリエイティビティや企業のイノベーションにどのように影響しているのか、そのヒントを得るため、企業およびソーシャル・パートナーである5名の民間の人材育成関係者にインタビューを行った。その結果、デンマーク企業が社員教育や研修を行う上で、クリエイティブでイノベーションを起こせる人材育成を主目的としていないことが分かった。また、研修方法においても、特別な即効性のある特効薬に該当する方法を取り入れてはいなかった。
しかし、企業の在り方、社会に対する人々の考え方、社会システムや教育が、個人のクリエイティビティや企業のイノベーションに、大きく関係していることが分かった。

デンマークの専門家への質問

クリエイティブやイノベーションという言葉の解釈は複数ある。ここでは、「クリエイティブ」を「ある程度の実用性または受容性を有する、新しいアイディアまたは製品を、生み出すもしくは開発すること」と定義する[1]。また、「イノベーション」の定義を、「共通のタスクやゴールを持つ複数人により構成されるグループのチームワークにより、斬新で有用なアイディアの創造、開発、評価、推進を行うグループの創造性(group creativity)から始まる、新たな成果」とする[1][2]。

「なぜ、デンマーク企業が、クリエイティビティをもち、イノベーションを起こせる人材を育成できるのか」のヒントを見つけるため、次の4組織全5名の専門家にインタビューを行った。大企業(エンジニアリング)の責任者、前期中等教育修了者以上および高等教育修了者以上を対象とした2種類の労働組合と、雇用主団体の民間部門の人材育成担当者に協力いただいた(匿名を希望されたため、個人の詳細は省略する)。企業責任者には自社の現状を中心に、ソーシャル・パートナーには、デンマークの一般社会について回答を得た。
デンマーク企業における人材育成・能力開発方法について教示いただくと共に(前章「その1」参照)、次の3つについて質問した。

質問①:なぜ、企業は自社の人材育成を行うのか?
質問②:デンマーク企業は、クリエイティブでイノベーティブな人材を育成できていると思うか?
質問③:なぜ、そのような人材を育成できると思うか?何が重要なポイントか?

全ての質問において、人材育成について責任を持つ企業の立場は、その支援を行うソーシャル・パートナーとは視点が異なった。質問②、③については、組織としての回答を得ることはできなかったため、個人としての見解を得た。次章では、この3つの質問から得られた、クリエイティブでイノベーティブな人材育成のためのヒントをまとめる。

クリエイティブでイノベーティブな人材育成ができる理由

インタビューに協力してくれた5名の人材育成の専門家は、デンマークの労働市場で働く当事者でもある。1名の「まあ、そう言われてはいるけど、私には分からない」という意見を除き、彼らは自国が、世界的にみてクリエイティブでイノベーティブな国であることを自負していた。

インタビュー結果を総括すると、デンマークの柔軟性が高く移動の多い労働市場では、個人の好みや専門性、継続した能力向上が社会的に重要視されいた。そして、企業は従業員の人材育成に対する責任があり、組織が優秀な人材を獲得し、長期確保するためには、給与や休暇などの条件と同様に不可欠なものであると認識されていた。

そして本題である「企業におけるクリエイティブでイノベーティブな人材を育成するためのソリューション」について、「即効性のある特別なトレーニング方法はない」という回答を得た。その上で、「デンマークにクリエイティブでイノベーティブな人材や組織が多い理由」として、「組織において、異なるバックグラウンドやスキルセットを持つ多様な人材が協働していることで、新たな価値観やアイディアを生み出し、クリエイティブでイノベーティブな個人の能力開発と組織の育成につながっている」という共通の認識を得た。

この共通認識には、次のデンマークの社会システムと学校教育を含む文化的特徴が含まれていた。
 ・労働市場における個人の転職回数の多さ
 ・雇用と従業員教育のバランス
 ・社会における教育環境・資源の豊かさ
 ・幼少期からの自分の頭で考え、協働する教育
 ・企業の積極的な外部能力の導入やイノベーティブな活動環境の構築

各要素について、代表的な意見と共に見ていく(末尾の括弧は、回答者の所属組織である)。

労働市場における個人の転職回数の多さ

近年は、日本でも当たり前になっている転職。デンマーク人の専門家は、社会保障の充実があるという前提ではあるが、転職を個人と組織のイノベーションへつながる重要な要素だと捉えている。

個人が専門性を高めたり、職業人生(working life)を充実させたりするために転職をし、職場を変えることが多い。

(労働組合)

労働市場の柔軟性の高さにより、「多様な人々のコラボレーション」が起こることで、クリエイティブでイノベーティブな組織づくりにつながっているという。

流動性や柔軟性が高いデンマークの労働市場では、異なるキャリアを歩む人が、他者からインスピレーションを得る機会が多い。

(労働組合)

個人の1つの場所に留まらず、多様な経験をすることで、スキルや知識が向上し、アイディアが増える。そして、そのアイディアを実際に活かせる新たな場があることが、更に新たなアイディアを生み、組織としてイノベーションを起こすことにつながる。

(労働組合)

雇用と従業員教育のバランス

フレキシキュリティな労働市場であるデンマークは、採用も解雇も容易にできるため、「雇用」の方が重視されているように思われるが、組織における人材育成のためのトレーニングなども同等に重要であるという。

企業がトレーニングより雇用を重視している訳ではない。雇用と共に、組織や個人の競争力を強化するためには、トレーニングが重要だと考えている。

(労働組合他、複数)

実際、企業側の意見も両者が同等に重要だとしている。

雇用と従業員教育は、両輪で、必要に応じて適切な人材を雇用すると共に、従業員教育は自社の「責任」として取り組んでいる。トレーニングの目的は、個人の専門性を高め、組織の競争力を向上するだけではなく、従業員が「自社のマインドやフィロソフィー」の理解をし、仕事をする上での判断基準とできるようになることも重視している。

(企業)

社会における教育環境・資源の豊かさ

デンマークでは、社会のシステムとして、異なるスキルや知識のレベルに合わせた多様な教育機会や場所が提供されている。また、教育資源も豊富である。EU内でみても、成人学習や職業訓練へ参加する人が比較的多く[3]、非熟練労働者(un-skilled workers)も教育機会を得ることができるし、熟練労働者であっても職業変更をする環境が整っている。詳細は、「その1」を参照。

若い人の場合、インターンシップを含め、積極的に企業活動に参加できる場が多数ある。

(労働組合)

非熟練労働者を対象とした職業教育の場合、「実習科目中心」の教育を行っている。自分の手で何かを創造しながら学ぶことが、クリエイティビティやイノベーションスキルの育成に役立っているのではないだろうか。

(雇用主団体)

国全体として、デジタル化が進んでいると共に、フリースペースが多く作られている。

(雇用主団体)

居住者としての筆者の一意見であるが、この教育システムと資源の充実ぶりは、専門知識を持つことを証明する学位や資格が重視される「学歴社会」でもあることを示唆しているともいえる。

幼少期からの自分の頭で考え、協働する教育

クリエイティビティやイノベーションのためのスキルが、「従業員教育やトレーニングによって培われる訳ではない」というのが、全回答者の一致した意見である。

一般に、デンマークでは「教育」を重視している人が多い。そして、教育の特徴として、質問ベース(Inquiry-Based Learning)、プロジェクト学習、課題解決型学習(Problem/Project-Based Learning)など、質問とプロジェクトワークを重視したアクティブラーニングが初等教育から大学、また職業教育に至るまで、積極的に取り入れられている。

人々のクリエイティビティやイノベーションスキルの高さは、従業員教育によるものではなく、初等教育から積み重ねられてきた「知的な質問(intelligent questions)」による、自分で考える学習やプロジェクトワークによるものだと思う。デンマークでは、小学生の頃から教員が生徒に知識を詰め込むのではなく、「なぜ、この現象は起きるのか?」「なぜ、そう思うのか?」といった、自分の力で考えさせる教育を行っている。また、他者と協力し合うプロジェクトワークやアクティブラーニングを積極的に行っている。プロジェクトワークは、従業員教育でも継続して取り入れられている。

(労働組合)

企業の積極的な外部能力の導入やイノベーティブな活動環境の構築

5番目のこの要素は、企業規模や経済状況により異なる。
今回インタビューに協力してくれた企業は、日本を含む世界50ヵ国以上に拠点を持つグローバルなエンジニアリング企業で、デンマークにも重要な拠点を持つ。高等教育を修了したもののみを採用し、従業員教育を充実させている企業である。この企業の話を中心にまとめる。

企業がイノベーティブな企業文化を育てるためには、「新たな挑戦のために自由に使える予算の確保」、「必要な人材の雇用」、「スタートアップ企業を含む、適切な企業買収」が必要だとしている。

企業買収の後、我々が最重要視している自社のカルチャーやフィロソフィーを理解、体現してもらうための研修を、必要な回数だけ行っている。同時に、買収企業のユニークさを失ってもらわないよう、彼ららしく自由に活動してもらうことにしている。そのため、書面上の合併となることが多い。ただし、必要に応じて、業務改善などを行う場合もある。

(企業)

この他、様々な大手企業が様々な形で、スタートアップ企業や個人のクリエイティブでイノベーティブな活動を支援している。その際、ファンド[4]という金銭的な支援だけではなく、開発や研究場所などの環境の提供も行っている。

自社のイノベーションハウスでは、同業のスタートアップ企業を誘致している。スタートアップ企業が陥りがちな「孤立(isolation)」を防止し、開発環境を安価に提供している。また、彼らに対し、アドバイスやちょっとした評価も行っている。この活動は、自社内部のイノベーションを目的とはしておらず、自社不動産の有効活用の一環であるため、双方の自由度が高い関係である。この他、大学にあるインキュベーションセンターなどにおいて、様々な支援を行っている。

(企業)

以上の結果から、データ数が少なく、その正確性は担保されないものの、デンマークにクリエイティブでイノベーティブな人材や組織が多い理由として、人々が安心して挑戦できる社会システムと教育および活動環境が整っていることが考えられる。また、組織内外における人々の活動の自由度が高いことも関連していると言えるだろう。

組織がイノベーションを起こすためのヒント

デンマークに、クリエイティブでイノベーティブな人材や組織が多い理由として、社会保障が整った柔軟性の高い労働市場であること、幼いころからの考える教育が行われ、プロジェクトワークという他者との協働に慣れている人が多いこと、専門性に焦点を当てた教育が重視されていること、その一方で経験も同様に重視されていることなど、長期的かつ専門性重視の人材育成が大きく影響していることが分かった。また、企業が競争力を強化するために、自社内の人材育成“だけ”に拘らず、必要な人材や技術を外部から取り入れていき、その組み合わせを活かしていることも大きな要因であった。

インタビューをした企業関係者の言葉が非常に印象に残っている。そして、ここに、最大のヒントがあると考えている。

イノベーションを起こすには、何よりも「自由(Freedom)」が重要である。チームのリーダーは、メンバーに対し、命令するのではなく、ファシリテート(facilitate)すべきだと思う。人間は、一人一人が異なり、クリエイティブは多様なアングルでやってくる。自由を提供して励ましていくため、個人に合わせた異なるアプローチをしていくことが、リーダーとしての役割だと考えている。そのため、メンバーには、彼ら自身で問題を見つけてもらい、そのソリューションを自ら見つけてもらうよう、ファシリテートしている。

(企業)

日本とは労働市場や文化の異なるデンマークが、長期的に人材育成を行っていることから、直ぐに実行できる直接的な方法論を見つけることはできなかった。しかし、そこには多くのヒントがあった。
「自組織の中で、多様な人々がその能力を発揮するためには、働き学ぶための自由度の高さをどのように確保していけば良いのか?」と考えて行くことで、できることが増えていくのではないだろうか。
社会人のための学びの方法が増えている現在、ファシリテーションやチームビルディングなどのスキルを身に着けていく上で、多様性と自由を意識し、何事も「答えはひとつではない」ことを念頭に置くことで、個人も組織も、その能力を最大限に発揮できるようになるかもしれない。リーダーたちは、その環境を構築するために、自社だけでなく、社会への貢献も意識した活動のための決断が必要になってくると思われる。

まとめ

デンマークにクリエイティブでイノベーティブな個人や組織が多い理由は、労働市場の特性や長期にわたる教育に基づいていることに起因する。特に、協働や自発的な問題発見と解決方法の策定を行うアクティブラーニングの影響は無視できない。また、個人の自由度の高さと選択肢の多さ、経験を積みやすい社会的環境は重要だろう。

個人が好きなことや得意なことを自認し、他者と協働することで、他者もその個人の特性を認識し、適材適所な個人が輝ける居場所ができ、お互いを認め合える余裕ができる。それが新たな何かを生み出す活動につながっているのではないだろうか。

では、日本でそれらを実現することは難しいのだろうか?
この国に住んでいると頻繁に言われる言葉であるが「ステップ・バイ・ステップ」で可能だと筆者は考える。認識した人や組織から、諦めずに始めていけば良いと思う。何より、答えは一つではないから。

今回の調査、インタビューを通じて実感したのは、年齢を重ねていくほど、学ぶことが増えるということ。我々はいつまでも学び、変化し続けられることを教えてもらった。「学びなおし」ではなく、「学びつづける」ということである。大人が学び続ける姿を見せることは、子どもにも学びへのポジティブな影響を与えることになるだろう。子どもの教育や学びを考える前に、まず自分自身の学びを考えることが大切なのではないだろうか。

参考文献

[1] Paulus, P. B., & Coskun, H. (2013). Creativity. In J. M. Levine (Ed.), Group processes (pp.215-239). Psychology Press.
[2] Zhou, C., Nielsen, J. F. D., Kolmos, A., & Du, X. (2009). Group Creativity Development in Engineering Students in a Problem and Project Based Learning Environment. In R. Gabb (Ed.), Proceedings of the 2nd International Research Symposium on PBL Victoria University, Melbourne, Australia.
[3] 2021年は、EU内でスウェーデン、フィンランド、オランダにつぎ、4番目に参加率が高かった。
Eurostat. (2023). ‘Participation in lifelong learning increases in 2021.’ 30 January 2023. https://ec.europa.eu/eurostat/web/products-eurostat-news/w/edn-20230130-1
[4] 例えば、Novo Nordisk FoundationのLIFE Fonden(https://life.dk/もしくはhttps://novonordiskfonden.dk/en/projects/life/)がある。

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