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今注目の植物分子農業って何?

はじめに

アメリカのNPO法人・Good Food Institute(GFI)が,植物分子農業(Plant Molecular Farming)についてのファクトシートを発表しました。「植物分子農業」と聞いてもいまひとつピンとこない人が多いのではないでしょうか?この記事では,「植物分子農業」とは一体どのような技術なのかを説明していきます。


植物分子農業とは?

植物分子農業は,有用物質を植物につくらせる農業技術!

全ての生き物は,DNAに書かれた遺伝情報をもとに様々な物質を作っています。その遺伝情報を書き換えると,本来は作られるはずの物質が作られなくなったり,逆に作られない物質が作られるようになったりします。遺伝情報をうまく書き換えることで私たちの役に立つ物質を作ろうとする技術は,主に遺伝子工学という学術分野で研究されてきました。

この遺伝子工学の技術を応用して,植物のDNAに対し,特定の微生物のある遺伝情報を組み込むことで,本来はその微生物が合成するはずであった物質を,より扱いやすい植物に合成させることができます。これが植物分子農業のイメージです。すなわち,植物分子農業とは,植物を化学工場として,光合成によって作ったエネルギーでタンパク質などの有用物質を作る技術なのです。

なお,遺伝子組換え技術を使っていることに不安を覚える方もいるでしょう。しかしながら,この植物分子農業では,植物に自然の遺伝子を入れて,植物を工場として物質を生産する技術ですので,植物自体は遺伝子組換え製品であっても,原理上抽出するタンパク質は遺伝子組換えでない製品なのです。

今までは医薬品や高分子の合成に使われていた

植物に有用物質をつくらせる技術は,特に新しいものではありません。実は,元々は医薬品に用いられる機能性成分や,生分解性ポリマーのような機能性高分子の合成に用いられた歴史のある技術なのです。

植物分子農業の歴史(Young Hun Chung, Derek Church et al. 2021 Nature Reviews Materials
  • 遺伝子組換え(GM)イチゴで生産したイヌインターフェロンαを用いた動物用医薬品

  • ニンジンの培養細胞を用いたゴーシュ病治療薬

  • タバコを用いたHSN1インフルエンザワクチンの大量生産

遺伝子組換え技術を用いる上では,植物以外にも微生物や昆虫などを工場とすることもできますが,植物を使うメリットはどこにあるのでしょうか。

各生産方法の比較(農林水産省資料より作成)

この図からわかる通り,植物を用いると低コストでの量産が期待できるというメリットがあります。

植物にタンパク質をつくらせるメリットは?

GFIは,ファクトシートで以下の5つのメリットを指摘しています。

  1. 既存の農業に近い技術で,バイオリアクターとは違い大規模化が容易

  2. 植物の遺伝子組換え技術は成熟しており,企業はその技術を利用可能

  3. 植物細胞の遺伝子発現制御は,他の真核多細胞生物と同じくらい複雑

  4. 植物は,タンパク質生産可能な多様な組織を持つ

  5. 植物分子農業技術は,既存の農作物生産の改良にも役立つ

先ほど,遺伝子を入れるとそれに対応した物質がつくられると述べましたが,実際には,遺伝子だけでは物質は合成されず,遺伝子を活性化して物質の生産に繋げる機構(遺伝子発現制御)が必要となります。この遺伝子発現制御は,生物種によって複雑さが大きく異なり,どのような生物でも複雑な物質を合成できるわけではないのです。
しかし,植物は生物種としては比較的高等で,かつその遺伝子操作はすでに何度も行われてきている実績から,遺伝子操作により目的の物質を合成する反応経路を構築しやすいとされています。
また,植物は比較的大規模な生育を行いやすいため,本来は繊細な培養操作が求められる物質合成が大規模化しやすいという利点があります。


植物分子農業の企業動向

ジャガイモで卵タンパク質をつくる PoLoPo

参考:Molecular farming start-up grows egg protein in potato, but ‘ovalbumin is only the beginning’

PoLoPoは2022年にイスラエルで設立された。ジャガイモを工場として卵に含まれる卵白アルブミンを合成する独自技術で,すでに175万USDを調達しています。卵白アルブミンは卵の卵白の主要なタンパク質成分であり,需要も大きく,2018年には世界市場が42.9億USDであったのが,2026年には67.7億USDにまで成長すると見込まれています。

ジャガイモは,安価で高耐久な作物であり,かつタンパク質を貯蔵するのに向いているとのこと。また,合成したタンパク質の抽出においても,葉や種に貯蔵した時と違って,葉緑体やポリフェノールなどの含有成分を除去する必要がないことも大きな利点となります。

大豆でAnimal-free チーズをつくる Nobell Foods

参考:大豆を使ってチーズを開発するNobell Foodsが約82億円を調達
THE WORLD'S FIRST PLANT GROWN CHEESE

アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコのスタートアップ。同社は、植物由来の食品を開発・製造することで、持続可能で健康的な食生活を実現しようとしています。特にチーズ製品に焦点を当てており、植物由来のチーズの品質と味を向上させることを目指しています。2021年に7500万USDを調達しています。

Nobell Foodsは,植物からタンパク質と脂質を抽出し,チーズの特性を再現する技術を開発しています。その中でも,特に大豆ベースのカゼインタンパク質が注目されています。カゼインは,乳製品に豊富に含まれるタンパク質であり,チーズの独特の食感や「伸び」,風味を生み出す重要な要素です。同社は、大豆由来のカゼインを使用して、従来の乳製品に匹敵するチーズを開発し,植物ベースのチーズ市場に革新をもたらすことを目指しています。

また、Nobell Foodsは環境への配慮も重視しており,植物ベースのチーズ製品は環境負荷の低減や地球温暖化の抑制に貢献できるとしています。同社の取り組みは,持続可能な食の未来を実現するための重要な一歩となっています。

大豆でAnimal-free チーズをつくるMozza Foods

参考:Mozza Foods HP

こちらもロサンゼルスのスタートアップで,植物由来のチーズをつくることを目標にしています。既存のチーズと全く同じタンパク質により構成されるチーズをつくることで,既存のチーズと味・食感共に同等な製品をつくることを目指しています。

植物由来乳製品をつくる Miruku

参考:Funding for New Zealand animal-free dairy Miruku

ニュージーランドを拠点とするスタートアップで,植物由来の乳製品の開発に焦点を当てています。同社は、動物由来の成分を植物由来の成分で置き換える技術を開発しており,遺伝子組換え技術や細胞工学を活用し,特にカゼインとホエイという乳製品に豊富に含まれるタンパク質を抽出・生産する技術に注目しています。これにより,従来の乳製品に味・風味のみならず,栄養価でも匹敵する品質の植物ベースの乳製品を開発することが期待されています。2022年3月にはシリーズAラウンドで24万USDを調達しました。

ベニバナ,豆類でタンパク質をつくる Moolec Science

参考:分子農業パイオニアの英Moolec Science、SPAC経由の上場を計画

Moolec Scienceはイギリスを拠点とするスタートアップ企業で,植物分子農業のパイオニアとも評される重要な企業です。2022年にはLightJump Acquisition Corpという企業と合併し,Nasdaqに上場しています。

同社は,ベニバナを用いて,チーズの製造で必要な牛のキモシンとγリノレン酸(GLA)を合成しているほか,豆類などを用いた植物分子農業により,豚のトリプシン,羊のラクトフェリンなどのタンパク質を生産している。すでに共同凝固剤としてチーズ生産に使用されるキモシン製品であるProCHY-MOSを市場に投入している。また,卵タンパク質の開発も行なっている。

タバコでタンパク質をつくるBioBetter


参考:BioBetter HP
Israel’s BioBetter Gets Funding for its Tobacco Plant Protein Technology

BioBetterは,イスラエルを拠点とするスタートアップ企業で,タバコ植物を利用して高付加価値のプロテインを生産することに焦点を当てています。タバコ植物は,生産性が高く,病気に強いため,多くのタンパク質を効率的に生産することができます。同社は,タバコ植物の細胞を遺伝子操作することによって,必要なタンパク質を生産できるようにしています。これにより,食品や医薬品,化粧品業界で使用される高品質のプロテインが得られます。

食品以外へのタンパク質生産も行うTiamat Science

参考:Tiamat Science HP
Female-owned biotech startup, Tiamat Sciences raise an extension of $2M to accelerate product validation and strategic partnerships

Tiamat Sciencesは,女性が設立したバイオテクノロジーのスタートアップ企業で,300万USDの資金調達を行いました。同社は,植物を利用して医薬品,栄養補助食品,化粧品などの産業において利用されるタンパク質を開発することを目指しています。

食品以外へのタンパク質生産も行うBright Biotech

参考:Bright Bioech HP
Molecular farming start-up Bright Biotech raises $3.2 million to grow and scale

Bright Biotechはイギリスを拠点とする植物分子農業のスタートアップ企業で,遺伝子組換え植物を利用して,高品質な成長因子や生物製品を生産することを目指しています。これにより,植物由来の食品や医薬品の開発が可能となり,特に成長因子は,培養肉産業において重要な役割を果たしているため,培養肉産業への貢献が期待されています。また,医薬品などに使われるタンパク質も生産しています。
Bright Biotechは,独自のプラットフォーム技術を利用して,成長因子や他の生物製品の開発プロセスを効率化しています。この技術により,従来の動物由来の原料や化学合成法に依存することなく、高品質な成長因子を生産することができます。

Bright Biotechは,320万USDの資金調達を行い,事業の成長と拡大を目指しています。

おわりに

いかがでしたでしょうか?まだまだ新しい産業のため,今後の飛躍が未知数です!企業がアメリカ・イギリス・イスラエルに偏っているのですが,ぜひ日本からもスタートアップが出てきてほしいと切に願っています!

今後も様々なフードテックに関する記事を書いていきますので,よろしくお願いします!

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