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介護施設の殺人は夜に起きる

介護施設に勤める介護職員による、入居者の殺人・障害事件が報道されることが後を絶たない。
死に至らしめる殺人事件・虐待による傷害事件、とても許されることではない。ただ、報道されるのは介護職員の残虐性や精神状態の異常さばかりがクローズアップされすぎて、そのような事件に至る背景にある介護現場での問題はさほど取り上げられることはない。

ここ2年程は、テレビやネットのニュース記事を見ることをやめてしまっているのでどのような報道があったのかわからないが、記憶に新しいところでは、障害者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件や「Sアミーユ川崎幸町」での3名の高齢の入居者を転落死させた事件がある。どちらもとても痛ましい事件であり、到底許されるものではなく、相応の処罰が下されて然るべき犯罪である。

当然、そのような事件を起こした者を正当化するつもりはない。

ただ、ぼくはそのような事件のニュースを耳にするたび、いつぼく自身が報道される側に名前を連ねてもおかしくないと思ってしまっていた。

介護職員による殺人事件のほとんどは夜勤中の夜中に行われることがほとんどだと思う。実際に調べて検証したわけではないので、あくまでもぼくの記憶に残っている範囲の話しになってしまうのだが。

介護施設の夜勤は、施設の規模にもよるが、介護保険施設では10〜20名の入居者に対し介護職員1名で対応することが多い。ユニット型であれば入居者9〜10名で1ユニットになるので、夜勤者は1〜2名配置される(施設形態によって人員配置で定められる人数は変わってくる)。介護保険施設ではない有料老人ホームであれば、30〜40名の入居者を夜勤者1名で対応しなくてはいけない施設もある。
どこの施設でも、定められた人員配置数の最低限の職員しか配置しないのが通常である。プラスして配置している施設もあるだろうが、そのことによる介護報酬の上乗せ額はその夜勤者にかかる人件費(夜間の割り増しの賃金が発生する)に見合う額ではない。

規模の大きい施設では、夜勤中の休憩をその日の夜勤者が交代で取れるところもあるが、1フロアを1人の夜勤者しか配置されない場合には、1〜2時間の休憩時間は決められているが、まるまる休憩できることはない。休憩時間にナースコールが鳴れば対応をしなくてはならないし、夜勤時間にやらねばならない業務(洗濯・掃除・翌朝の食事の準備・施設行事の準備・記録や計画書などの書類作成など)が多くあり、まともに休める状況ではない。しかし、給料からは休憩時間としてその時間の賃金は支払われることはない。

認知症高齢者は、昼夜逆転している人もおり、眠らずにフロアを歩き回る人もいる。そのフロア内で歩き回っているにはいいのだが、そのフロアから出て行ってしまう人もいる。そうなれば施設中を探し回らなくてはならなくなる。
夜間に2〜3回以上トイレに起きる人もいる。その人たちに転倒するリスクがあればそれなりの対応をとらなくてはならないし、トイレ介助が必要ならその都度介助をしに行かねばならない。
おねしょをする人がいれば、着替えと身体清拭(便で汚れている場合にはシャワーで洗う場合も)を行い、濡れたシーツや掛け布団の交換を行う。
「ご飯はまだか」と言ってくる人もいれば、「帰らなくてはいけない」と言ってくる人もいる。居室のタンスの中の物を全部出して何かを探している人もいれば、トイレへ行った帰りに他の人の部屋へ入って行く人もいる。

夜勤のタイムスケジュールは、そのようなイレギュラーなことは考慮されて作られていない。あくまでも最低限やるべき業務で決められている。早番が出勤してくるまでに終えていなければならない業務があれば、それまでに終えていなくてはいけない。終えられなかった場合、手伝ってくれる早番もいれば、見て見ぬ振りで自分の業務を始める職員もいれば、露骨に嫌味を言う職員もいる。退勤時間になっても終わっていない業務があれば、残業をすることになるが、残業代が出る施設もあれば出ない施設もある。

それが仕事なのだからやって当たり前。そう言われれば返す言葉もない。それを承知で働いているのだから、嫌なら他の仕事を探せ。ごもっともな意見だと思う。

これを月に数回から10数回。毎月、毎年やって行くことになる。何年か経って役職が付いて夜勤をしなくても良い立場になれることもあるが、それは何人もいる介護職の中でもほんの一人か二人。ほとんどの職員は辞めるまでこれが続くことになる。

夜勤の仕事量は、勤めている施設にもよるし、担当するフロアによっても様々だ。自立度の高い入居者が多い場合であれば、夜勤は楽であろう。逆に介護度が高い場合であれば、ほとんどの入居者が寝たきりになるので、イレギュラーなことがあるとしたら容体が急変する場合くらいなので、こちらも夜勤はそれほど大変ではないであろう。だが、ほとんどの施設は、そんな両極端な入居者ばかりではない。

ぼくは30歳から49歳までの約20年間介護職をやってきて、転職を繰り返してきたので、いろんな形態の介護施設で働いてきたし、いろんなタイプの夜勤を経験してきたが、楽だった夜勤は「今日は平和だったわ」と言える日が何日かはあったが、大体が夜勤が終わる頃にはヘトヘトに疲れ切っているか、逆に変にテンションが上がりきってしまっている場合がほとんどだった。
そして、できれば夜勤なんてやりたくないと思いながら仕事をしてきた。走り回ってろくに夜食を食べるどころか、椅子に座って一息つく暇さえないことだって少なくはない。
夜勤中に、暴言を吐かれたり殴る蹴る引っ掻かれる噛みつかれるの暴力を受けたことも数えきれない。相手は認知症の高齢者なので、何をされてもこちらは何も言えないのが介護の世界だ。

なので、極端な行動に出てしまった介護職員がいることは、とても残念なことではあるが、自分がいつその立場になってしまうのか、そうならずにいられるという自信は全くなかった。そうなる前に辞めてしまっただけなのかもしれない。

今この時にも、紙一重の状態で耐え忍んでいる介護職員は何人もいるのだろうと思う。

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