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文化的損失を取り戻す夜 | 菊地成孔@ブルーノート東京

彷徨えるジャズミュージシャンである菊地成孔さんのTBSラジオ「粋な夜電波」が終了し、もう1年半も経ってしまった(ちなみに私は夜電波的に言うと「ミドル級」くらいだ)。好事家の間では伝説となっているこの番組の終了は、菊地さん自身が仰った通り「文化的損失」だと強く感じる。私自身にとっては音楽に関するインプットがすっかり乏しくなり、精神的な豊かさが確実に失われてしまった。それだけ心のよりどころになっていたのだ。
代わりにライブにでも行けばいいのだが、幾度となく菊池さんはライブをやっていたはずだが、毎回タイミングを逃していた。

http://www.bluenote.co.jp/jp/sp/artists/naruyoshi-kikuchi/

ブルーノート東京、満を持しての復活。こけら落としは小曽根真先生だったがもうさんざんオンラインで見ていたものだから食指は伸びなかった。
でも、ショートノーティスで菊地さんが登場するとメールが来た時はなんとしても行かないと、と思った。有料会員(Jam Session会員)になっていて良かった。受付開始時刻共に予約することができたけど、すぐにほとんどの席が売り切れていたようだ。皆、菊地さんのステージを待ち遠しく思っていたのだろう。ピアノの林さんや、パーカッションの田中さんはペペトルメントアスカラールでお馴染みですね。

最前列はさすがに緊張する。おひとりさまで前方を予約すると最前列が確保できるようだ。座席は60%減とのことだが、そこそこ密な気がして落ち着かない。マスクは外すべきなのか迷う。

Facebookのビューロー菊池チャンネルで告知はされていたけど、今回は歌い、演奏し、スキャットする、と。しかもよく見たらオーニソロジー辻村君も出てくると。菊池さんいわく、今回のテーマは〈花〉。以下、菊池さんのメッセージを引用しておく。

 ジャズマニアの方々になら言うまでもなく、「sings&plays&scats」と云うのは、バンド名ではありませんで、「弾き語りライブ」とか「アンプラグド」とかと同じ、演奏のフォームの名前です。私が、歌い、演奏し、スキャットする。という、シンプルにそういう事で、今までガッチリと組織化された、軍のようなオーケストラを率いてきた私にとって、ひょっとしたら、今までで一番リラクシンなステージかも知りません。ただ好きな曲を、気の置けない仲間と、好きなように楽しみたいと思います。

 今回も、飲食のセクションの皆様と、ライブを楽しむ相談をしまして、時節柄、がっつりお料理を、というよりも、楽しく気楽にお聴き頂けるよう、第一には「今回のライブのテーマが<花>である事」をお伝えした上で、「ワインセレクトより、オリジナルカクテルの充実を、そして、ブランデーと、出来たらオリジナルのショコラをお出しして頂きたい」とワガママを言わせて頂きました。ブランデーとショコラに合う、花のような音楽をお届けする所存であります。ごゆっくりお楽しみください。

 (中略)

 「花」と云うのは、特に大人にとって、思っているより簡単なものではありません。

この言葉の意味を考えているうちにステージが始まった。
菊地さんはラジオの時もどんな話をするのか相当準備して臨んでいると感じていたが、今回のライブでもそうだったのだろう。
ジーンズのヒップポケットには花を挿している菊地さん。
(The Smithのモリッシーを真似たとのこと。ファンなら菊地さんが重度の花粉症ということは有名だが、今日は薬を五倍飲んでて眠いと笑)

最初はワインの話。日本のワインも甲府とかすごいと言いながら、国産ワインのCM曲の話になる。84年の某CMでは安全地帯の「ワインレッドの心」が使われていたと。

1曲目:  G.o.a.P(ムーンライダーズ)

その同じ84年の某CM向けに納品されて、落選してしまった曲。
"Go on a Picnic"のこと。
マネのあのimmoralな「草上の昼食」とワインがモチーフになっている。
「君の体、皮膚一枚で地獄」。38歳の男と19歳の女の話。
ギターのみ伴奏でボサノヴァのリズムで。いきなりエロい。何だこの歌詞。

2曲目 Mr.Summertime(サーカス)

続けて、ギターのみ伴奏でボサノヴァのリズムで。
最後に「アヴェ・マリア」のメロディーになり、ピアノ、ベース、パーカッションが入ってくる。本当によく計算されている。鳥肌が立つ。

3曲目 ヴェルベット・イースター(荒井由実)

本日のテーマである「花」について。花ほど、グロテスクで、怖く、エロいものはない。あの荒木先生でさえ、花を撮らせてもそれほどエロくなかったほど。
「ユーミンって松任谷じゃなくて荒井だよねっていう人いるでしょ?荒井由実やります」
今度はピアノだけを伴奏にして。
菊地さんいわく、これが一番好きな曲なんだけど、発表された当時イースターの意味を知っている日本人はほとんどいなかった。その大衆をぶち抜いていこうという「貴族性」に感動すると。

4曲目 <把握できず>(Charlie Parker)

さて、ここからジャズへ。菊地さんはひたすらスキャットで。ピアノ→ギター→ベース→パーカッションでソロ回して、いい感じに盛り上がってくる。ほんと何やらしてもかっこいい。エロい。

5曲目 All the things you are

「これ、できっかなー」と菊地さん。次はジャズスタンダードから一曲。
もう僕はノリノリになる。ほんと気持ちいい(もうボキャ貧ですいませんと思うくらい無心で楽しむ)
Mr.Summertimeと最初の8小節が一緒だと。そしてプッチーニのアヴェマリと同じだと。なるほど!

6曲目 古いルンバの曲(カルロス・ミヤーレス)

林さんが「ブラームス」にそっくりという、夜電波的に言うと「ロレックス」ネタをぶっこみつつ、林さんがピアノではなく、クラベを叩くというサプライズ。菊地さんはテナーで。
菊地さん曰く、林さんを見てしまうと笑ってしまうから見ないようにしたと。ロレックスですねー。ブラームスがクラベ叩いたらそりゃ笑えますもの。

さて、菊地さんがタブーレーベルの話を紹介。「ソニーもTBSもクビになった」とファンならうなずいてしまう話。そして、ここでオーニソロジー辻村君登場。お待ちかね。

7曲目 キャンディ(原田真二)

辻村君と菊地さんのツインボーカル。生の辻村君の声、やっぱりエロイなあ(もうそれしか言葉がなかった)。ほんと幸せ。ブランデーを頼まなかったことを後悔する。

8曲目 ただの夏(けもの)

間髪入れず。菊地さんプロデュースの「けもの」の歌。
これから夏ですね。本当に素敵な曲です。辻村君が歌い、菊地さんがソプラノサックスで追いかける。至福。本当に好きな歌なので。
原曲のリンク張っときます。https://youtu.be/Ib2afnI8MtM

9曲目 Amoreena(エルトン・ジョン)

「一曲だけ英語の曲を」と。エルトン・ジョンとバーニー・トーピンが蜜月だった時の曲。菊地さんは自著の「ユングのサウンドトラック」を片手にこの曲の和訳を朗読。菊地さんが絶賛する映画「狼たちの午後」の歌。これ、昔夜電波でも紹介されてましたね。懐かしい。

「この頃よく考えるのは 僕はいったい 何回恋人を失ったかって」

本当にすごい詩。一応英語ができる身としては原曲をもう一度聞かなくてはと思う。

10曲目 花は必ず剪つて瓶裏に眺むべきもの(Lilla Flicka)

漱石の「三四郎」の一節から、菊地さんの学校の生徒であるLilla Flickaさんが作った曲。本人も現地にいらっしゃっていた。とても綺麗な方。
「素晴らしい女性は自分のものにしてじっくり眺めるのがいい」という意味。「歌詞は文芸や他の歌詞の批評になりうる」と。
ちゃんと歌詞を読んでみたい。

11曲目 Mirror Ball(DCPRG)

ラストへ。もうおなじみのDCPRG。ツインボーカルで盛り上がる。もうかっこよすぎて、エロすぎて。改めて今日来て本当によかったと噛み締める。

アンコール
12曲目 Rebecca(リー・コニッツ)

コロナはジャズやヒップホップでは多くの犠牲者を出した。「ジャズやヒップホップでは何かのリアルがあったと」。そして、やはり一番の衝撃だったであろうリーコニッツに捧ぐと。好事家が喜ぶ「Subconscious Lee」から。菊地さん曰く、花の美しさに似た、一生研究する曲だと。Rebeccaをライブでやるのは日本のステージでは史上初ではないかと。

最後、菊地さんは「とにかくいい調子で、免疫を高めていきましょう」と。観客には笑っている人もいたけど、菊地さんがラジオで昔から言ってたことだ。僕はまじめにただただ頷いていた。

ありがとう。菊地さん。また頑張れそうです。

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