準備中

閉まっている店には「準備中」と書かれた札が掛かっていることがある。本当に準備をしているのだろうかと思う。何か別なことをしているんじゃないのか。準備していないのなら、準備してないで良いと思うので、素直に別な札を出しておいてもいいと思う。

不味いと評判だったカレー屋が、最近急に美味しくなった。そんな店に掛かっているのは「インドの秘術中」の札。扉の隙間から聞こえる怪しげな音楽と笑い声。中で行われているインドの神秘。

米屋の店先に掛かった「パン中」の札。米屋だけど、パンも好き。いや、むしろどちらかというとパンの方が好きかもしれない、という米屋の葛藤が生み出した札だ。奥の座敷で米屋の歯がカリカリのフランスパンを齧り、フワフワの食パンを噛み砕く。そして腹の中で栄養へと変化する。米屋の生きる喜びがそこにある。

微妙なお年頃の娘の部屋のドアにに掛かった「乙女中」。そんなドアの前でうろうろするお父さん。娘は中で何をしているのだろうと心悩ませる。「あなた、あの子もそんな歳なのよ」とお母さんの声に、「もうあの娘もそんな年頃になったのか」と寂しくも嬉しい父親の心。
詩を書いたり、星を見て涙を流したり、味噌を練ってみたり。年頃の娘は「乙女中」だ。

父親の書斎の前に掛かった「プルサーマル中」。書斎の中で父親に何が起こっているのだろう。

マーシャル博士の新発明の箱。この箱の中に猿を閉じ込め、「進化中」の札を掛けて一晩待つ。次の日、その箱を開けると猿が人になって出てくる。マーシャル博士の自信作だ。

意外に便利な札。これから生活に入り込んでくるのは間違いなさそうだ。

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