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みえないブランドを捉えたい

この記事はinHouseDesigners Advent Calendar 2020の記事です🗓

事業会社でデザインチームリーダーをしています。ブランドを設計する機会があったので、どのような事前整理をしたか、これまでの経験も含めて書いてみました。

本記事でロゴなどデザインやアートディレクションのHOWTOは解説しませんが、ブランド設計のプロセスを経て、非デザイナーを中心とした関係者全体のデザイン方針に対する納得感やプロジェクト自体のクオリティが高まることを意図しています。

もしご興味あれば、お時間あるときに少々長いですががんばって書いたのでご覧ください。ナレッジは共有するだけ得なので、自由にシェアしていただけたら嬉しいです。

## こんな内容です
ブランド浸透の浅い企業やサービスを対象に、ロゴなどブランド関連物を作るようなプロジェクトの立案から要求整理〜デザイン要件定義の手前まで、一連で取り組んだプロセスや思考を抽象化して書いています。

## こんな人に読んでほしいです
* 自社らしさ / ブランドを捉えたい(非デザイナー歓迎)
* ブランディングにつながる提案がしたい
* ロゴやVI、アートディレクションの根拠を持ちたい
* デザインの合意形成や納得感を上げたい

## ご了解いただきたいこと
* ブランド施策として必ずしも正しいわけではありません
* ビジュアルに関する検討は主旨を考えて省いています
* 個人/組織的な解釈は多く含みます

本記事では、ちょっとだけ見えづらく、価値のありそうな「ブランドを捉える取り組み」について書いてみます。

1.WHYを捉えるところから

「古くなったからロゴを変えましょう。」
「新しいホームページや自社メディアを作りましょう。」

こんな話が自然とデザイナーに舞い込んできます。私たちは考えます。「重要なそれを、どんな理由でどのようにデザインしたらいい?」と。スキルセットや経験をお持ちの方であるほど、いきなり作業姿勢にならず理由を確かめたくなります。

いただいた要望はもちろん、施策の目的、変化した組織、経営、外部環境、トレンドから、作るための体制、手段、実現性、予算、時間などなど…デザインを実施するうえで踏まえる理由(WHY)はたくさんあります。

なかでも“ブランド”は最も重要なWHYかもしれません。かの有名なコトラーさんによると

「ブランドとは、個別の売り手または売り手集団の財やサービスを識別させ、競合する売り手の製品やサービスと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはこれらの組み合わせ」

と言われました。ブランドは識別・区別すること。シンボルやデザインだけでなく、名称、記号もその構成要素である。それらの組み合わせによってオリジナリティが表現される、と。オリジナリティなくして、ブランドを識別・区別はできません。

デザイナーだけで分からず、決められるものではなさそうですね。と同時に、デザイナーや表現に志向性のあるほど、その価値を知れる、知っているように思えます。表現領域はもちろんデザイナーが担うものの、表現対象はさらに大きなものだと考えます。

「ロゴ」とか「ブランド」と聞いた途端に自分たちのHOWTOで考えがちですが、デザイナー以外のステークホルダとデザイナーが協力しながら、その表現対象としてブランド検討していくことが求められます。そのためにできることを考えてやっていきましょう。

※本記事でも、その前提でできるだけ協力して進めていく部分を記載しています。デザイナー実務寄りの話(デザインやアンケート設計)に関するメソッドは省いていますのでご了承ください。

2.確かめたいものは何か?

「ブランド」と聞いて何を思い浮かべますか?

・ロゴや製品といった特定のモノ
・「キレイにする」「格好をつける」「装飾する」といったデザイン成果
・そのものの醸し出す雰囲気、世界観
・事業内容、便益、文化、歴史、培ってきたノウハウ、存在感

様々に想起されます。釈迦に説法をするつもりもありませんが、これらはいずれもブランドを構成する要素です。

前提(1)それは「表現の結果」ではない

何の下準備もなく、ある会社やサービスのブランドを表現することは難しく、ブレが生じます。多くの人が、既にあるスローガンやビジネスモデル、分かりやすい記号、ポジティブな評価を用いてそれを表現しようとします。

目立つそれは表現された結果であって、新たな表現の根拠になる保障はありません。かたや根底にあるものを客観的、多面的、かつ、構造的に、その本質まで捉えようとする機会は多くありません。
これらはブランドに限らず、表現の内部構造として裏付けされます。
(図は私の勝手な整理です)

新たにブランドを捉えようとするなら、既にある結果(企業ロゴやデザイン成果物)に惑わされず、表現の根底にあるものが何か探る必要があると考えます。

前提(2)それは「見えないもの」も含む「資産」である

ブランドは企業やサービスの資産です。企業やサービスといったブランドの対象に帰属するものです。何がブランドであるかは定義があります。

これらはわかりやすいところで、ブランドガイドラインや商標といった仕組みによって守られます。守っている対象も、もちろん資産として定義する必要があります。

この定義には上記記事にもあります「ブランドエクイティピラミッド」というフレームを使っています。以下のようなもので、どの枠にどのような意味があるかは記事等をご参照ください。

上記は独自の形にしていまして、企業とその上のサービス、それら全体のエクイティという定義に変更しています。(もし需要があればフレームテンプレートデータも用意します。)

自分たちはブランドをこの上に要素を並べて定義しています。つまり “このフレームに乗る要素が何か” を調査・分析・精査していくことが、プロジェクトの大半と言ってもおかしくないです。

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これらの前提からブランドと言うものが

・デザイン成果だけではない
・既にあるものにイメージされやすい
・今はみえていないものも含む

と認識しています。
「先入観を持たず、見えないもの、今ないものを確かめていく必要がある」プロジェクトを始めるにあたって、なんとなくデザイナーに任せていそうなステークホルダがいらっしゃればそんな目的意識を投げかけていただき、スタートすることをオススメします。

3.誰がリードするの?

価値のありそうなブランドの整理ですが、これを誰が担うのか?
人によって<依頼したクライアント>や社内であれば<経営層>じゃないの?と思われるかもしれません。

自分としては(あくまで個人的な考えですが)このようなプロジェクトは、デザイナーやアートディレクター、PR、ブランドディレクターなど表現に関係する人が率先する必要があると考えます。

なぜか?プロジェクトのオーナーシップは依頼者にありますが、前述の通りその価値を知っているとは限りません。価値がみえていない段階でROI(費用対効果)は不確かです。

この段階で、「このようにすればこんな効果が期待できる」とよく知っているのは、おそらく前者。我々デザイナーや表現に詳しい人間が率先する必要があります。「ステキさ」「ダサさ」の要因を分解して科学でき、より狙いをもって施策をファシリテートできるのは、課題意識をもって対象をみている自分たちだと考えます。(少人数な場合ひとりでできればいいですが、私の意見としては客観性が担保できないためオススメしません。)

実務を担うデザイナーやブランドディレクターの方は、体制図のなかで上記の責任を任せてもらえるよう先にご承諾いただきましょう。そして、企画を考えていきます。デザイン要件まで途方もない距離を感じますが、はたして無事たどり着けるのでしょうか(笑)

4.「何が必要か?」仮説してみる

皆さんは企画を提案していますか?受ける側でしょうか。「企画なんて知らん!」という人もきっといるでしょう。

どんな企画でも言い出すのは勝手です。でも何をやるにせよ、事業として活動する以上「必要性」が求められます。理由は言わずもがな、大切な時間や費用を投じるだけの価値があるか見極めるためです。

ただ、肝心の“価値”が、みえていないことがあります。ブランディングのような施策ではむしろ、最初から明確な価値がみえていることは稀かもしれません。多くの企業がブランドではなく、商売に必要なロゴを先に考えてきたことでしょう。

「必要集め」のプロセス

しかし、ここで語るまでもなくブランドは、ロゴをはじめとしたあらゆる企業活動に必要なものです。ゆえに「必要集め」が必要になります。

必要だから作る

必要から作る

への変化です。一字違いで何が言いたいの?というと、その意味の違いです。ロゴのような成果物が目に見えると「デザイナーよろしく!」と考えがちです。でも前述の通り、作るための「必要集め」が必要です。それは要求整理といったフェーズで実施されます。

概ね、こんなようなプロセスです。

図左「必要だから作る」プロセスは、制作要件に従って制作する単純なプロセスです。グレー部分で様々な事情を考慮したうえで、制作要件に落とされていると信じたいところ。しかし、グレーから専門知識や制作側の担当理解のない人が落とした制作要件で、要求に叶うクオリティでデザインできる保障はありません。

一方、図右「必要から作る」プロセスでは、与件、顧客やビジネス上の要望をあわせて、要求にし、その要求からプロジェクト達成要件、制作要件へと落としています。制作要件がビジネスサイドの要求に叶うよう導けたら、価値を得る可能性は一段と高まり、かつクオリティも担保できます。
さて、あなたは「必要から作る」ことができるでしょうか?

要望(各所のニーズ)から要求を見極める

もう少し詳しくみてみましょう。先の図のはじまりにおいて、あなたが対象を捉えつつデザイン実務を担う立場にあるとしたら、おそらく「要求」を求めるでしょう。

でもいきなり要求は作れません。大概要求は整理されておらず、ステークホルダが各々の必要から「要望」を望まれている状態だからです。しかも他者のことは分かりません。もちろん調査として聞けばいいのですが、闇雲に聞くのではなく狙いを定めて聞いたほうが、成果を得やすいのです。
(仮説思考は成果を得るための重要な習慣です)

こんなふうにステークホルダマップで関係性と要望を仮説します。

ブランドに関係するどのような人がいるのか。そして、社内外(あるいはサービス内外)の関係性の中で、どのような「要望」を求めているか。その必要は誰のどういった視点からくるものか。検索や想像、見聞きできる限りを仮説します。その価値が事実かどうかは次の段階で確かめにいきましょう。

これが確かそうであれば、それはすなわち『必要なプロジェクトとして起案できる』ということです。(軽く暴論で、もう少し綿密に計画やリソース等考える必要はありますが)

ようやく起案?という感じですが「これだけ求められているからやりましょうよ!」そう言える根拠を、集めるだけ集めて、起案できなかったら泣きますよ😭

5.視点を集めて仮説を確かめる

無事OnGo(やってよし)となれば、いよいよここから仮説した価値を確かめにいきます。ここではアンケートやインタビューを実施し、ステークホルダの視点を集めた経験を述べます。

調査設計の重要性とプロセス

調査は被験者に大切な時間をいただく以上、闇雲にはやりません。事前に出した必要と、目的に従ってどのような質の調査結果を求めるか、そのために必要な問いはどうあるべきか考えます。
(調査設計の詳細は省いて要点だけ書きます)

自分たちは以下のような流れで設計しています。

(1)価値のありそうな因子の特定
(2)問いの設計
(3)手法の設計

このあたりも書くことは多く、被験者へのリクルーティングや設計に関する詳細は省きますが、今回のようなブランド施策で意識したポイントだけ書きます。(別の記事化の機会でもあれば書きますね。)

回答を期待する対象:今回は「ブランド定義」という目標から逆算して「ブランドを構成する要素」を対象に問うてみます。(「ブランドを構成する要素」は以降で出てきます。)その中でそれぞれの視点、それぞれにとっての「価値」が出てくることを期待します。
できるだけバイアスが生じないよう、直接的に回答を聞くより、被験者が大切にしていることやその背景から探ります。

回答を期待する視点:ここまで「価値」だの「必要」だのいろいろと言ってきましたが、それは時間軸で言うとどこからやってくるものでしょうか?反省や学びといった経験を活かすなら「過去」だし、目の前の業務の課題であれば「現在」、先の展望やリスクであれば「未来」でしょう。新たなブランドにおいては「これから(その対象が)何を求めるか」でしかありません。対象のAS-IS(現状)/TO-BE(理想)を問うてみます。

対象者:ステークホルダはブランドを常に背負っている人であったり、影響を受ける人にします。組織であれば、その所属員でしょう。
しかし人数が多い場合に全員の声を拾うと、分析の精度が落ちたり偏りが生じる可能性があります。社歴のような関わりの長短で分けても、導きたい答えには「単純接触効果」や「現状維持バイアス」といったフィルターがかかるかもしれません。そういったことも鑑みつつ、ここでは現状と理想を持つ方、経営層やマネジメント層、会社の中でリーダーシップを持つ方を対象としました。ここは組織によって考慮する部分です。

以上を踏まえて、ブランドの検討に必要な調査を実施しました。

6.現状と理想からブランドの「要素」を抽出する

単純なグルーピング

社内での大量の回答が集まりました。
集まった回答を分析したり、グルーピングし、AS-IS(現状)/TO-BE(理想)それぞれの構造を明らかにします。以下はスプレッドシートの集計からmiroにプロットした様子です。

多くの意見が出ると当然矛盾も発生します。組織では、役割や志向性が異なる人々が働いています。当然ながら目的や観ている範囲、関わる人、取りうる行動、思考が違うため、回答結果もすべて同じにはなりません。端的に言えば以下のようなものも出るでしょう。

これをまとめるのではなく、構造の中に落として矛盾を許容し、組織のありのままの状態としてプロットします。

AS-ISとTO-BEの相関性分析

AS-ISとTO-BEの変化が整理しやすく、捉えやすくなるよう構造(赤付箋のグルーピングラベル)のみを並べて、どういう相関性があるか線でつないでみます。
※実際の成果なので少しボカしています。

現状と理想をつなぐことで、どうなっていくよいか=何を求めているか(あるいは求めていないか)がみえてきます。

例えば..
■どういった問題であったりリスクが潜んでいるのか?(「企業価値が低く見積もられる」「実際と異なる印象を持たれる」「スタッフの企業認識がまとまらない」等)
→課題は何か?リスクヘッジできることはあるか?
■理想起点であれば、自分たちがどんな理想を求めているか?(「時代に合ったロゴである」「ビジネス上望ましくブレない認知を与える」「ある程度誰がみてもその会社らしいロゴである」等)
→組織視点で取り組むだけの価値はあるか?実現可能性はあるか?etc

で、この相関性を保った状態で、冒頭紹介したブランドエクイティピラミッドのエリア要素ごとに分解します。もともとエリアの要素が導き出されるよう設問設計している(ここ重要)ため、それっぽく分解できます。

で、構造が整理できたのでグルーピングされた内容を戻して再構成します。miro上の付箋はもう小さくて見えません(笑)

この大変な作業も価値あるアウトプットのため。ここまできたら、ブランド構成要素を「ブランドエクイティピラミッド」のフレームに載せる準備は整いました。

7.「要素」でブランドを構成する

ブランド定義としてはクライマックス、仕上げです。

抽出した「要素」をブランドのフレーム上に貼り付けて、設計します。全容を眺めながら、重要なキーワードを抽出し、フレーム上に置いていきます。フレームでは以下を意識し、図として正しく、把握しやすくなるよう気をつけます。

・構成(ブランドエクイティの種類)の意味に準じていること
・構成間の関係性があれば線等でつなぐこと

具体的な内容はボカシを入れさせていただきますが、こんな感じで、複数の枠・たくさんある付箋の要素間に“流れ”や“囲み”をつけて、全体に整合するよう整えていきます。くれぐれも恣意性の高い編集や脚色がないよう気をつけましょう。

整理ができたのち関係者の合意を経て、ブランド定義が完了しました。構成要素の整理はここまでです。

8.ブランドをデザインに反映する(要件化)

やっとの想いで合意したブランド定義ですが、ここから直接的にロゴやあらゆる表現を考えることはできません。なにせ、そこには「真紅に塗りたくれ」「フォントは勘亭流を使おう」などと書いてあるわけではありません!(この例は本当に書いてあってもヤだな。。)

以降はデザイナーやアートディレクターの仕事になるため本記事では書きませんが、例えば「寄り添ってくれる」といった情緒価値に対して、暖かい色味や柔らかなシェイプで表現する。といったブランド定義からデザイン要件に変換していく必要があります。力の見せ所であると同時に、ここまで非デザイナーと一緒に作ってきた定義を意匠に変える“がんばりどころです。(これはこれでおもしろいので、記事を書くかもしれません)

丁寧に探り、意匠が設計できれば、きっと冒頭書いたデザインのWHYとしてのブランドを達成し、それを期待するステークホルダの納得も得ることでしょう。作るもののデザイン要件を見極めつつ、クオリティ向上に試行錯誤しながら制作を進めていきましょう。

最後に注意したいこととしては、言葉で整理されたブランドを大げさに誇張したり、脚色しないようにしましょう。
どれだけ良いブランドが定義できたとしても、定義が評価されるわけでなく、成果物が最終的に評価されるものです。そして、そのものの解釈は受け手に委ねられるものです。調査した人たちの総意を無碍にしないためにも、誇張や脚色は不要。解釈は受け手の自由。今回ご紹介した取り組みも、成果を狙った動きにするためのプロセスです。無駄な手間や時間、ストレスを高めるためのプロセスではありません。

まとめ

さて、ここまでを総合して、ブランドを捉えるプロセスをおさらいします。

1.WHYを捉えるところから
2.確かめたいものは何か?
3.誰がリードするの?
4.「何が必要か?」仮説してみる
5.視点を集めて仮説を確かめる
6.現状と理想からブランドの「要素」を抽出する
7.「要素」でブランドを構成する
8.ブランドをデザインに反映する(要件化)

各プロセスが何を目的として、どんなことをするか、想像できたでしょうか?そして「8.要件化」から先のものづくりで“何を期待するか”ニヤニヤと想像できそうでしょうか?あまり具体的に語っていたわけではないので、難しい印象があるかもしれません。

でも、これだけは言えるはず。

みえないブランドを捉えることは
<時間も手間もかかるけど、相応の価値のある成果が導ける>
です。

自分の経験談ですが、以降のデザインプロセスにおいてもブランド定義に立ち返りデザインを進めたことで、ごく最近も周囲の納得感をもって、ひとつの成果を作ることができました。「○○○らしいものができたね」とご好評です。お披露目され、浸透していくことが楽しみです。

おわりに

ここまで読んでいただいた方法論が全てではなく、組織や対象によって、きっと最適なアプローチがあるはず。一方で、こんな取り組みをしていない企業さんは少なくないようです。皆さんなりのやりかたで価値を伝え、ブランドを捉えてもらえたらよいですね。

長文のご拝読ありがとうございました!☺️
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