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幻の新国立競技場

東京五輪まであと数日らしい。
遠い未来だと思っていた2020年は予想外にあっさりとやってきて、混乱のまま通り過ぎ、2021年も後半に突入した。

斬新すぎるといわれた、故ザハ・ハディド氏の新国立競技場デザイン案をあらためて見てみると…

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デザインそのものは美しいし、もし東京にこれが建っていても、周囲の森や風景に馴染んで、さほど違和感はなかったのではないか。
私は、こちらの競技場も(現行のデザインを否定しているわけではなく)実際にこの目で眺めてみたかった。このドローイングのように、夕刻の光に照らされた魅惑的な建物を、訪れてみたかった。


しかし、それはもう幻の風景、幻の未来でしかない。


ザハ・ハディド氏の名前は、国立競技場の一件以前から知っていた。彼女は建築家でありながら、家具やテーブルウェア、かばん、靴など数多くのプロダクトデザインを手がけていた。
そして…ジュエリーデザインも!

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有名なものが、ブルガリのB-zero1(ビー・ゼロワン)だ。
2000年代の前半、私はまだジュエリーについて学び始めたばかりだったが、このシリーズの指輪をつけた人をよく見かけたものだ。


しかし、当時の日本にはまだ、ブランド品を持つことがステイタス…という空気感が残っていた。あえてデザイナー名やコンセプトを意識して、あの指輪を選んでいた人は、そう多くなかったかもしれない。


https://www.zaha-hadid.com/


彼女のデザインは、どんなプロダクトであれラインの美しさが一貫していて、斬新に見えるのに実際に生活において使うことができる。
日常に馴染むアートだ。
こういった活動を見ていると、模倣やコピーだらけといわれるジュエリーデザインにも、まだまだ無限の可能性があるのだな、と感じる。


ジュエリーの世界って、デザインがとても大事な要素であるのに、デザインに重点を置いて考え抜かれた製品となると、意外と少ない。だから、どこで買っても似た製品ばかり、となってしまう。勿体ないことだ。
それよりも、「身につけるアート」という目線で選んでみては、どうだろう。
たとえば…

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ザハ・ハディド氏デザイン、デンマークの銀細工ブランド・ジョージジェンセンとのコラボで作られた、シルバー925製のバングルと、

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ツーフィンガーリング、つまり二本の指を通して装着する指輪。
18金イエローゴールドの製品もあって、

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(ギザギザのポテトチップスみたい、なんていう声が聞こえてきそうな…??)
アーティスティックに見えるけれど、人体の曲線にも美しく馴染む。何よりも、手の届かない芸術作品ではなく、誰でも購入ができる製品だ。だから、日常でアートを感じたいときや、いつもより自分を表現したいときに、デザイナーズジュエリーは最適だと思う。


ザハ・ハディド氏はすでに故人であるが、作品はこの世界で半永久的に生き続ける。実現しなかった国立競技場は、残念ながら私たちが選び取らなかった未来の風景だけれど、デザイン自体は記憶や記録として残り続ける。
彼女の高いデザイン能力があるからこそだが、こういうところに、私はデザインが持つ力を感じる。
デザインを通して、「どんな世界を選ぶのか」…というような。


私たちの、もっと身近なところでも、同じようなことは毎日起きている。
どんなデザインの衣服を、靴を、住居を選ぶのか。どんな指輪を選ぶのか。
それは、「どんな自分になりたいのか」である。



画像引用元
https://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNSJ/first.html
↓ジョージジェンセンとのコラボについての記事(英文)
https://www.designboom.com/design/zaha-hadid-georg-jensen-installation-jewelry-collection-03-17-2016/


※この記事は過去にShortNoteにて公開した記事に加筆訂正したものです。



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