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 ある夏、私は横浜に出かけて数日過ごすという贅沢をした。賑やかな繁華街を出て、ある丘の上の公園から見た街や海の様子はなかなか素敵だった。

 私が汗を拭きつつ公園内を歩いていると、ある水飲み場の蛇口の前に猫が立っているのが見えた。私は今までそういう光景を見たことがなかったので、驚き、静かに近づいて蛇口をひねった。そして、猫が出てきた水を飲み、静かに去ってゆく様子を見届けた。

 
 あの猫は、あの炎天下でどれくらいの時間、ああやって人間を待っていたのだろうか。ここは公園だから、繁華街のようにたくさんの人はいない。だから、蛇口をひねる人間がいつ来るのか、わかるはずないだろう。粘り強く待っていたら人間が自分のそばを通りかかったが、水を出してはくれなかった。そういうことも少なからずあったにちがいない。


 のどが渇いた。水は人間の水飲み場に豊富にあるが、自分たちの柔らかい肉球では、その蛇口をひねって水を出せない。だから、人間に、代わりにそれをやってもらおう。自分たちと人間は言葉でコミュニケーションは出来ないから、蛇口の前で立っているだけだ。運が良ければ、自分が水を飲みたいからそうして待っている。それを理解して、行動を起こしてくれる人間が通りかかるだろう……。

 それにしても、あの猫はどんな体験をして、こんな方法を知ったのだろうか。真相を知りたい気がした。

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あの出来事の真相は、わかるかもしれないし、わからないかもしれない。
だから、書いた。
好奇心の塊である私が知った真相とは?
さあ、みなさんも真相エッセイを楽しんでください。

これは「創作大賞2023」の応募作です。
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夏の思い出

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