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自衛隊の宗教通達 愛国者学園物語175

 「愚行の総和みたいですけど、そういう感情や行動の積み重ねが日本人至上主義を強めるんじゃないでしょうか。だから、美鈴さんの意見に反対はしません。自衛隊や警察が日本人至上主義に染まったら日本はどうなるのか、という点ですね。そこで、貴女の意見に対する反論があります」

西田はそこで言葉を切り、美鈴を見た。

ついにその時が来たと、美鈴は悟った。嫌な時間が始まるかもしれない。

西田は身構えた美鈴に言った。

「反論と言っても、美鈴さんの意見を否定するわけじゃありませんよ、気楽に聞いてください」

「はい」

力無くそう返事しても、美鈴は安心出来なかった。


「私は、防衛省のWebページにある検索機能を使って、自衛隊の宗教活動を規制する命令書などがないか、ですよ。そうしたら、出てきました。

自衛隊と宗教活動に関する通達が、「宗教行為に関する通達」がありました。1964年のものです。


西田は美鈴に断ってから、それらを読み上げた。そして、それらの細かい数字や通達の名称などは一部省略して、読み終わるまで、数分かかった。美鈴にはその時間がとても長く感じられただけでなく、討論に弱い自分にいつ相手の矢が飛んでくるのか、それが気になって集中出来なかった。




 「この通達があっても、どこまで効果があるのか、私には見当がつきません。自衛隊や警察の関係者に、宗教から離れるように要請するとか、命令することは無理でしょうか?」

それが無理難題と知りつつ、美鈴は問うた。


 「自衛隊や警察から宗教を抜くことは出来ないでしょう。これは難しい問題ですよ。彼らだけでなく、公務員と宗教、あるいは人間と宗教を切り離すことは不可能でしょう。

 もし政府が公務員の宗教活動禁止令を出したとしても、憲法20条の『信教の自由』が優先するんじゃないですか? いかなる人間も組織も、内閣も最高裁判所も防衛省も警察庁も、日本国民である自衛官や警察官から信教の自由、宗教活動の自由を奪うことは無理だと思います」


 「では、公務員の宗教活動の禁止は無理ですね?」

 「無理でしょう。その理由には今言った20条があるから。それに、もうひとつ。彼らには公務員としての人生と、一人の人間としての人生があります。だから、もし公務員として働く時間の宗教活動を禁止出来るとしても、

一人の人間として生きている時に宗教と関わることはどうするのか

。新しい問題が出てきます。彼らの家族の葬式や新年の参拝を宗教的に行うことを禁止出来るのか。結婚式はどうか。寺院などで子供の成長を願うことを禁止するのか。地域の祭りでお神輿(おみこし)を担ぐ(かつぐ)こと、神社のお守りを買うことなどを、禁止するのは無理だと思いますよ」

美鈴はうなった。確かにそうだ。


 「公務員ではないが、靖国神社を参拝する政治家たちが

『公人ではなく私人としての立場で参拝』

と主張するのも、議員という公人の立場よりも、私人が優先するから参拝も可能だという論理でしょう。

 同様に、防衛大学校の学生たちが隊列を組んで上京し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑と靖国神社をめぐる東京行進なる行動を、防大や防衛省が止めることも出来ないんでしょうね。あれは個人の行動だという名目だから、それを止める方法がないはずだ。ああやって、学生のほとんどが参加しているにも関わらず、学校の行事ではない、個人の行動だと言い張る。まるで、赤信号みんなで渡れば怖くないの実践ですよ。それはともかく、私には法律の専門的なことはわかりませんが」


美鈴の顔に怒りがあふれたので、西田は聞き返した。

「なぜ、そんなに怒るんですか?」

「上手く言えませんが、怒りを感じます。防大生たちは集団で靖国参拝をしておきながら、個人の資格で行っていることだから、それに問題はないと主張するような、今の政府に、です」

「日本は軍隊を自衛隊だ、あれは軍隊ではないと主張する国、憲法で武力の行使を禁じているのに軍隊を持っている国ですよ。それが建前と本音か、二枚舌なのか、そういう、はっきりと言い切れない事柄をあいまいにする天才なのかもしれないな、私たち日本人は……。それはそうとして、どうすれば?」


美鈴は答えられなかった。

続く
これは小説です。

愚行の総和は以下を参照されたし。


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