見出し画像

【音楽雑記/レビュー】L.A.M.F.: The Found '77 Masters/1977年のジョニー・サンダースがそこにいる。

 初期パンクの重鎮、ジョニー・サンダース。彼がニューヨーク・ドールズを脱退して結成したハートブレイカーズが唯一残したアルバムが"L.A.M.F."だ。パンク・ロックの黎明期において非常に重要なアルバムでありながら、残念なことに知名度がそんなに高くない。が、ロックが好きならば一度聴けば、絶対に死ぬまで聴き続けるアルバムになるのは間違いない。

 "L.A.M.F."は、1977年にザ・フーのマネージャー、キット・ランバートとクリス・スタンプが運営していたレーベル、トラック・レコードからリリース。当時のレビュアーからは概ね高評価を得たものの、マスタリングからレコードのプレスまでの過程で何かしらのトラブルが発生し、レコードから聴こえたのは音がこもったような「泥をかぶった音」だった。

 元々、順調にリリースされたアルバムではなかった。プロデュースを務めたスピーディー・キーン(元サンダークラップ・ニューマン)の仕事ぶりに不安と不満を抱えていたドラムのジェリー・ノーラン執拗にミックスのやり直しを要求、メンバー間で軋轢が生じるほど検討を重ねた。結局、締め切りをズルズルと延ばし続けるバンドにトラック・レコード側が激怒圧力とも言える期限の提示にジョニーが同意し、リリース。彼の盟友であるはずのジェリーはこれに失望し、バンドを去ってしまったセックス・ピストルズやザ・クラッシュのアルバムに比べて貧弱な音であることにバンドの面々は大いに落胆。ミックスをし直して新たにリリースすることは早い段階からジョニーの頭の中にあったようだが、オリジナル・ミックスのマスターテープがトラック・レコード倒産のドタバタの中で行方不明になってしまった。しかし、レコーディングのマルチトラックのマスターテープと多くのミックス違い音源の救出には成功した。
 ジェリーを失ったハートブレイカーズは、ドラマーを適宜変えながらライヴを行うもすぐに行き詰まり、1978年に早々と解散してしまう

 混乱してしまった人のために説明。マルチトラックのマスターテープとは各パートの音を1本のテープにまとめて録音したテープのことで、料理で言うなら手を付けていない生の材料。これをもとに製品用に仕上げた音源がオリジナル・ミックスのマスターテープ。いろんな材料からつくられるラーメンみたいなものだと思って下さって結構でございます。

 1982年"L.A.M.F."の権利がジャングル・レコードに移行。マネージャーや取り巻きの薦めもあり、ジョニーはマルチトラックから新たなマスターの作成に取り掛かる。そしてリリースされたのが"L.A.M.F. Revisited"。

確かに音はクリアになった。しかし、バンドとしてのダイナミズムはどこか抜け落ちたような仕上がりであるのは否定できない。しかし、当時のジョニーにとってのベストであり、オリジナルミックスが見つからない状況は解消されなかったため、”Revisited”は長らく本命盤となった

 その後、ハートブレイカーズの集合離散を繰り返し、時にはバンドを組むこともままならずアコギ1本でツアーを行うこともあったジョニー・サンダース。80年代末はかなり行き詰っていた様子だったが、来日公演を皮切りに新しいスタートを切ろうとしていた。その矢先の1991年、ジョニー・サンダースは急逝。翌年、盟友ジェリー・ノーランも後を追ってしまった。

 "L.A.M.F."を巡る探求は彼らの死後も止まらない。ジャングル・レコードは300テイク近く残されたミックス違い音源を検証。その中には当時のバンドの最高の瞬間を記録しているものが多々見つかる。1994年にオリジナル・アルバムと同じ曲順にまとめられ、"L.A.M.F.  The Lost '77 Mixes"と題されてリリースされ新たな本命盤となった。

 それから30年近く経った2020年、行方不明だった"L.A.M.F."オリジナル・ミックスのマスターテープが見つかったというニュースが流れた

https://www.jungle-records.net/index.php/156-heartbreakers-l-a-m-f-the-found-77-masters

 「スピーディー・キーンとアルバムの共同プロデューサーを務めたダニエル・セクンダのアーカイヴで見つかった」という簡潔かつ雑な情報に、この40年近い今までのゴタゴタの中でいったいお前は何をやっていたのかとセクンダの首根っこを掴んでブンブン振り回したい気持ちになるが、ともあれ、晴れてジャングル・レコードから今年無事にリリース。タイトルは”L.A.M.F. - the FOUND '77 masters”。
 各ストリーミングでも配信されている。

 ”Born to Lose”の一発目のギターの音ですぐわかる音の明瞭さ。とにかくジョニーが近い。まるでハートブレイカーズのリハスタに入って目の前で演奏を聴いているかのような生々しさ。いままでと比べてドラムとベースがよく聴こえる。

 試しに、オリジナルのアナログ盤をCD-Rに落とした音源を引っ張り出して聴いた。古いレコードの収集家ではないので、比べる対象がないが、以前から聴いた印象は確かにモコモコはしてるけど言うほど酷くないと思っている。そして、いますぐに聴ける音源をそろえて比較してみた

 個人的には今回のリリース音源の圧勝と言える。とにかく1977年のバンドの姿をとてもリアルに捉えていると思う。一聴の価値あり本当のロックに触れられる名盤であるという認識を新たにした。

聴くべし!

 草葉の陰のジョニーとジェリーの無念がこれで晴れるのかはわからない。しかし、"L.A.M.F."の真の姿がやっと現れたのは素直に嬉しいし、これでパンクというジャンルに大きな足跡を残しながら、意図的に過小評価されているようにさえ感じられるジョニー・サンダースの音が世界の終わりまで響き続けることを願ってやまない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?