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TCGの未来 - AIとビッグデータはゲームデザインをどう変えるか

トレーディングカードゲーム(TCG)のデジタル化は、ゲームデザインに大きな影響を与えています。この影響は今後さらに大きくなり、デジタルゲーム全般と連動した変化につながる可能性があります。

この記事では、AIなどの技術がTCGのデザインに与える影響を分析し、TCGの未来像を予測します。

TCGのデジタル革命は始まったばかり

これまで筆者のnoteでは、TCGのデジタル化がゲームデザインに与えた影響を論じてきた。

これらはデジタル化によって起こり得る変化のうち、ごく一部に過ぎない。

最も大きな影響をもたらす変化はAIの参入だ。デジタル化によってプレイヤーの行動ログが収集可能になり、AIに学習させるデータの調達が容易になった。また、ゲームを仮想的に実行するシミュレータを作ることで、AIによる高速かつ大量のプレイが可能になった。

このことはHearthstoneShadowverseなどのデジタルカードゲーム(DCG)だけでなく、デジタル版を持つMagic: the Gatheringや、デジタル端末に対応したマイナーチェンジ版を持つ遊戯王デュエルマスターズなどのアナログTCGにも当てはまる。

ゲームデザインにおけるAIの活用は近年、急速に研究が進んでいる。まずはゲームデザインの現場でどのようにAIが活用されているか見ていこう。

AIのデジタルゲームへの参入

AIによるデジタルゲームの攻略は、2010年代から盛んになった。有名なものはBlizzardとDeepMindの提携だ。Blizzardは、囲碁のプロを倒したAI「AlphaGo」の開発会社DeepMindと提携を結び、自社ゲームStarCraft IIの仮想プレイツールとリプレイデータを公開した。

この結果、DeepMindのAI「AlphaStar」は操作速度に人間並みの制限を加えたうえでプロプレイヤーに勝利し、最上位ランクのGrandmasterに昇格する成果を挙げた。ゲームを攻略する力を持つAIの作成は、多くのオンラインゲームにおいて実現可能と言えるだろう。

ゲームを攻略するAIは複数の用途で利用されている。Hearthstoneはデッキ構築のサポート機能に機械学習を用い、ドラゴンクエストライバルズ強化学習によって構築したAIをCPU戦に導入しようとしている。

また、AIとDCGの組み合わせに着目したタイトルにゼノンザード(サービス終了予定)がある。ゼノンザードは人間とAIがチームになって戦うDCGで、自分は対戦相手のAIと、味方AIは対戦相手の人間と対戦を行う。また、対戦中やデッキ構築時にAIに助言を求めることもできる。

まとめるとDCGにおいて、

・高度な対戦AI
・デッキ構築の支援
・プレイのサジェスト

が実用化されている。これらは実際のプレイヤーの行動ログや試合結果をAIに学習させる教師あり学習によって実現できる。

AIによるゲームバランスの事前検証

教師あり学習は教師データとしてプレイヤーの行動ログを必要とするため、ライブサーバーにリリースされていない要素に対応できない。リリース前の要素の対応には、AIが試行錯誤することで学習を進める強化学習が必要だ。

強化学習AIをゲームバランスの事前検証に用いている対人ゲームには、逆転オセロニアがある。逆転オセロニアはTCGではないが、異なる能力を持つ数千種類のキャラクターを組み合わせるため、バランス調整の困難さはTCGに類似している。

リリース前のキャラクターの適切な組み合わせやプレイの方法を強化学習によってAIに学習させる。学習したAIに自動対戦を行わせ、その結果を見ることで勝率などのゲームバランスをリリース前に予測・検証することが可能になる。

全くの新規戦術に対応可能な完全強化学習はまだ実用化に至っていないとのことだが、同様の需要はTCGにおいても指摘されており、ここ数年で実用化される可能性が高い。

リリース前のカードセットのバランスが事前に明らかになる。常日頃ゲームバランスに頭を悩ますゲームデザイナーにとっては夢のような時代(一部の調整者にとっては悪夢のような時代)が目前まで迫っている。しかしTCGのデジタル革命はここで終わらない。ここから始まるのだ。

AI時代の課題1:正しいゲームバランスとは何か

ゲームバランスを事前に検証することで、ゲームデザイナーが意図したバランスを容易に実現できる。このとき重要になるのが「どのようなバランスを目指すか」だ。

元来TCGのバランス調整(カードゲーム・ボードゲームでは伝統的にデベロップメントと呼ばれている工程)は、望ましいバランスを実現するためではなく、望ましくないバランスを回避するために行われていた。
一部の国内TCG開発者は「デバッグ」と呼ぶこともあるが、この呼称には「面白さの実現」ではなく「つまらなさの排除」さらに言えば「ゲームの破綻を防ぐ」目的意識が強く反映されている。

この目的意識はカードゲームのデジタル化によって揺らいでいる。アナログTCGではリリース済みカードの変更は原則的に不可能だ。製品に問題があった際は大会でカードを使用禁止にしたり、カードテキストの解釈を変えるなど運用面の対処が必要になる。

運用面の対処はコストが高く、プレイヤーにとっても分かりにくい。またアナログTCGはカードの二次流通市場が大きく、プレイヤーやカードショップが所有するカードの価値を毀損する運用対処は、流通網やタイトルの信用にダメージを与える。

一方、DCGではリリース済みのカードも容易に変更できる。

カードの事後調整は望ましくないかもしれないが、アナログカードの禁止処置よりは遥かにマシで、プレイヤーは補償を受けることもできる。そのためDCGは事後調整のコストが低く、事前に「ゲームの破綻を防ぐ」バランス検証・調整の重要性が低い。

積極的なバランス調整は目標設定が重要

DCGで重視されるのは、より積極的なバランス調整だ。アナログTCGではゲームの破綻に対処するために禁止処置などの事後調整が行われていたが、DCGではゲームを面白くするために事後調整が行われている。

この傾向は、開発会社が全ての行動ログと統計情報にアクセス可能になったことによって強まっている。多くのDCGは事後調整の根拠に勝率や使用率などの統計情報を挙げる。Legends of Runeterraは積極的なバランス調整の最右翼で、調整の基準値や代表的なデッキの勝率を公開している。

大まかに言うと「使用率15%以上」および「勝率55%以上」が修正対象の基準となっていますが、もちろんこれ以外にも様々なデータを加味して判断しています。

パッチノート 1.14
https://playruneterra.com/ja-jp/news/patch-1-14-notes/

元祖アナログTCGのMagic: the Gatheringもデジタル版シフトを強め、統計情報を根拠とした積極的なバランスの事後調整に舵を切った。

このような積極的バランス調整の究極の形が、AIによる事前予測である。事前予測が実用化されれば、事後調整の根拠となっているデータをリリース前に入手できる。ゲームデザイナーは意図したとおりのバランスを確実に実現可能だ。

このとき「どのようなバランスを意図するか」が重要になる。旧来の「ゲームの破綻を防ぐ」バランス調整であれば極端に強すぎるカードやデッキを排除すればよかったが、「面白くする」バランス調整はゴールや基準が明らかになっていない。

一般的に「バランスが良い」状態はカードやデッキの強さが拮抗している状態とイメージされるが、それはカードやデッキの強さが極端に偏っている状態の「バランスが悪い」ため逆説的にイメージされているだけだ。強さの拮抗度がゲームの面白さと直結する根拠は全くない。(このことを「バランスが悪い方が面白い」と表現する人がいるが、この表現も拮抗度と面白さを単純に結び付けている点で正しくない)

積極的な事後調整やAIを利用した事前調整が普及したとき、この問題は深刻になる。ゲームデザイナーの関心はバランスを拮抗させる技法から、バランスがどの程度・どのように偏っているのが面白いのか、バランスの偏りにはどのような効果があるのかに移っていくだろう。
現在においても一部のタイトルには「盲目的なバランス調整」の兆候が見られる。「バランス調整手法」「バランス調整の目標設定」のうち前者が急速に発達したことによる悪影響を筆者は危惧している。

AI時代の課題2:どのようなカードを作るべきか

ここまではバランス調整、つまりカードやカードセットの案を具体化する手法に関する話だったが、「面白くする」ことを考えたとき、そもそもどのようなカードやデッキが面白いのか?という疑問が浮かぶ。

カードやカードセットの案を考える工程はバランス調整工程の上流にあり、カードゲーム・ボードゲームではデザインと呼ばれている。この工程はバランス調整・デベロップメントと比較してゲームデザイナーの経験知に依存する度合いが強く、より言語化・定量化されていない。

人間の創造性の象徴のようなカードデザイン工程を技術で支援・代替することは可能だろうか。糸口の一つとしてプレイヤーのクラスタリングがある。

Magic: The Gatheringの開発会社Wizards of the Coastはプレイヤーの心理特性をTimmy、Johnny、Spikeの3タイプに分類しており、それぞれを対象にしたカードを開発するよう努めている。
このペルソナ設定は心理学をゲームデザイナーの経験知に基いて応用した仮説だが、プレイヤーをカードやデッキの選択履歴に基づいてクラスタリングすることで、この仮説を検証・拡張できる可能性がある。

プレイヤーのクラスタリング・ペルソナ設定の事例にはTENTUPLAYによるMARVEL Future Fightのものがある。

また調査会社Quantic Foundryは、プレイしているゲームや重視する要素のアンケート調査からゲームをプレイする動機を抽出し、アンケート回答者やゲームタイトルをクラスタリングしている(Quantic Foundryやゲームのプレイ動機抽出・要素分解については筆者も取り扱ったことがあるので、興味があれば参照して欲しい)。

パーソナリティと「面白さ」の紐づけ

さらにQuantic Foundryは、プレイヤーのパーソナリティ特性とゲームの動機の相関を指摘している。

ゲームの要素とパーソナリティ特性の相関を指摘する発表は他にもある。パーソナリティ特性は脳の特定の機能や部位と関連しており、ゲームの要素分解・パーソナリティ・神経科学 / 進化心理学などを結び付けることで「ゲームの面白さ」の解明に近づくことが期待される。

それではTCGにおいて、カードやデッキの好みとパーソナリティの関連性を検証するには、どうすればいいだろうか。アンケートによるパーソナリティの推定が考えられる。

パーソナリティ特性のモデルとして代表的なOCEANモデルは簡易なアンケートで診断できる。所属チームを選択するタイプのゲーム内イベントがいくつかのタイトルに見られるが、その際「大勢の友達とパーティに行くことは好きですか?」などの質問がされるものがある。この質問はOCEANモデルの診断によく似ている。

アーリの存在感、イブリンのスタイル、カイ=サの躍動感、アカリのフロウ、そして新たに加わったセラフィーンの歌声…。新メンバーが加わったことで、選ぶのがさらに大変になってしまったかもしれません。そこでこのイベントでは、まず最初にあなたと相性の良いメンバーを診断します。

ワイルドリフト - K/DA ALL OUT
https://support-wildrift.riotgames.com/hc/ja/articles/360056267654

このようなイベントにOCEANモデルの診断を紛れ込ませることによって、パーソナリティとユーザーIDを紐づけられる。行動ログや所属クラスタとパーソナリティを対照すれば、Timmy、Johnny、Spikeなどの心理特性の仮説が検証可能になる(パーソナリティの調査と紐づけが法的、倫理的に問題ないかは別途検討する必要がある)。

パーソナリティやプレイヤークラスタ、カード・デッキ選択、行動傾向の相関が明らかになれば追加アンケートなどを行い、選択や行動の傾向を心理学やゲームデザインの面から解釈することで、多様なプレイヤー層がどのようなカード・デッキ・体験を好むのかを解き明かすことができる。
データマイニングによって得られる情報、ゲームデザイナーの既存の知見、人間の認知や心理に関する研究、これらを結び付けることは今後大きな意味を持つだろう。

AI時代の課題3:カードの自動生成は可能か

プレイヤー・カード・デッキをクラスタリングし、プレイヤーの行動と心理を追跡することで、カード・デッキ・メタゲーム環境と「プレイヤーの快・不快」の関係について、従来の経験知を越えた具体的・定量的な情報にアクセスできる可能性がある。

さて、これまで抽象的に理解されていたゲームデザインの目標が具体的に示されたとき、AI技術によって可能になるのがパラメータの自動調整だ。定められた範囲内のバランスになるパラメータを探索するAIを利用することで、バランス調整のコストは完全に0になる。

また、カード・デッキに含まれる特徴要素やゲーム中に起こった出来事を抽出・定量化し、プレイヤーの快・不快と結びつければ、多くのプレイヤーが望むメタゲーム環境も導けるかもしれない。これはカードやカードセット全体の自動生成が可能になることを意味する(ストーリーやアートなどの要素は除外して考えている。ちなみにゲーム用イラストの自動生成はモンスターストライクなどの研究事例がある)。

ゲーム要素の自動生成はゲームAI研究の代表的な応用分野で、Witcher 3など多くの事例がある。自動生成の対象は地形などの単純なものから、ダンジョン、サブイベントなど複雑なものに移行しつつあり、カードセットなどの非常に複雑なものも対象になり得る。

未来のTCGとデジタルゲームを考える

カードセットの自動生成が可能になった時代、TCGの形は今と大きく異なっているだろう。

これまでカードセットの開発には複雑な工程、数か月以上の期間、経験ある複数の専門家が必要だったが、このコストが劇的に下がれば開発会社は多くのカードセットやメタゲーム環境を同時にリリースできる。複数のメタゲーム環境を併置し人気やプレイ動向、環境の推移を比較することで、どのような環境が望ましいのか、さらに詳しい知見が手に入る。

また、プレイヤーの動向に対応してリアルタイムで環境を変化させたり、新しいカードをリリースすることも可能だ。シールドなどのリミテッド戦にリアルタイム生成された新カードが出現するかもしれない(対戦相手の使用カードを予測可能にする必要があるため、シリーズごとに共通の新カードを生成するなどの工夫が必要だが)。

環境の内容や変化するスパンは嗜好に個人差があるため、嗜好のクラスタに合わせた環境が各々の速度で自律的に変化することで、より多くのプレイヤーに訴求できる。メタゲーム環境はコミュニティとセットになり、ゲームタイトルは複数のコミュニティが絡み合うプラットフォームのような存在になるだろう。

このようなデータセットの自動生成やパーソナライズはデジタルゲーム全般に広がる余地がある。将来、ゲームデザイナーが形成するのは土台となるルールのみで、データセットは汎用的なエンジンから出力されるようになるかもしれない。

ゲーム開発においてデータセットの制作はコストも難易度も高いため、自動化されればゲーム開発は劇的に促進されるだろう。Robloxのようなメタバースとデータセット生成エンジンが組み合わされば、おびただしいゲームやコンテンツが生み出されるに違いない。

まとめ

・ゲームデザインAIは急速に実用化されており、プレイやデッキ構築のサジェスト、高度なCPU戦、リリース前要素の事前検証などに用いられている

・DCGはアナログTCGと比べ事後調整のコストが低いため、ゲームを面白くするための積極的なバランス調整が行われている

・AIによる事前検証が普及すると、望ましいバランスやゲームの面白さの定義がより重要になる

・ゲームデザイナーの経験知、データマイニング、心理学や認知科学などの連携によって、面白さの具体的かつ定量的な分析が可能になる

・面白さを定義することでデータセットの自動生成への道が開ける。データセットの自動生成はビジネスモデルを一変させ、ゲーム開発を民主化する

データセットの自動生成や、自動生成の普及に伴う開発の民主化は実現性に乏しいSFチックな話に見えるかもしれない。しかし、ゲームデザインAIが対象とする領域はいずれにせよ拡大し続けるし、具体的・定量的な領域から抽象的・定性的な領域へ進行していくことも間違いない。

これまで技術の進歩はゲームプロジェクトの大規模化と分業化をもたらしてきたが、AIの発達と普及によりこの流れは反転する可能性がある。技術や学術研究がゲームとゲームデザインの在り方をどのように変えるのか。ゲームのデジタル革命は今まさに始まったばかりと言える。

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・参考文献

(2021年5月3日追記:バランス調整とゲーム体験について書きました)


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