美容師ギャンブル①

私には、3ヶ月に一度ほど髪の毛の限界が来た頃に通っている行きつけの美容室がある。

しかし、そこの美容室にはある一つの問題があった。

美容師の三人のうち二人が外れなのである。
大体私が行く時間帯は休日の夕方頃なのだが、特に指名をせず店内に赴くと大体いつもいる三人の美容師の中から選ばれる。そして3分の2の確率で外れだ。

では何故指名をしないのかと言われると、お金が追加でかかるからだ。散髪代は意外にする。だからなるべく髪を切る頻度を減らしたい。どうにかやりくりして3ヶ月に一度のペースを保っている私からすれば、指名料などといったダークホースに自分のペースを乱される訳にはいかない。

それに、わざわざ指名料を払うほどのこだわりがない。こだわりがないから、毎回美容室に行って「今日どんな感じにしましょうか?」と聞かれても「短めでお願いします」としか言えない。

今行ってる美容室ではない床屋に幼い頃行ったが、「今日はどんな感じ」と聞かれ「短くしてください」と答えると「じゃあ坊主でいいのね」と言われた。「いや、すいません、坊主くらい短いのは嫌です」と言うと、「わかんないから。短くしてだけだと。それで坊主になっても文句言えないよね。」とキレられた。

早くない?キレるの。会話が何ターンかあって徐々にイライラして爆発。なら分かる。なんで1ターン目で爆発してるの?確実に前の客でイライラがつのって私のジャブで爆発したに違いない。というか客と一緒に考えてくれるんじゃないの、美容室って。この考えは甘えなのだろうか。私は、美容師に甘えていたのだろうか。少しだけ反省したが、思い直した。値段が同じで甘えられる美容室か、怒られる美容室か。どちらを選ぶかなんて決まっている。私はぬるま湯にチョコレートを溶かして浸かることにした。

話を本題に戻そう。
その甘えられる美容室にいる外れの2人なのだが、一人はその店のマネージャークラスのおじさんである。髪は白髪が八割で、肩にかからないくらいの長髪で眼鏡を掛けている。見た目はワンピースのレイリーだ。そして若干指が震えている。何故震えているのか、私は後日知った。

私は美容室から一駅ほど離れたコンビニでアルバイトをしていたが、そこにレイリーは訪れる。カップラーメンを抱えた手先は微かに震えている。そしてレジにて告げる。

「83番一つ」

彼はニコチン依存症なのだ。煙草が足らなくて手先が震えてしまうのだ。私が美容室に向かうのは休日のお昼から夕方にかけてなのだが、おそらく休日というのもあってお客さんも多い。休む暇が無いのだろう。丁度ニコチンが切れてきたころに店内に現れる伸びきった髪を備えた若者。めんどくさそう。タバコ吸いたい。その思いが手先の震えに現れたに違いない。

そんなレイリーだが別にそれが嫌なわけではない。私の髪をかき上げるときに肌も一緒にえぐり取って痛いこと、これもそんなに嫌ではない。髪を切るときに髪の毛を引っ張る力が強すぎて痛いこと。これもそんなに嫌ではない。私が決定的に嫌なこと、それは

「B'zの稲葉を知らない事」だ。

私は先ほど髪型にこだわりがないとは言ったが、やはりカッコイイものに憧れている時期はあった。髪型のことは詳しくないのでその当時憧れていた稲葉の、長髪でパーマをかけていた頃の写真を持って行くことにした。美容室で軽い雑談を挟んだ後、レイリーに「今日はどうしますか」と言われたので、少し緊張しながら「こんな髪型にしてみたいんですけど・・・」と稲葉の写真を出した。するとレイリーはふむふむといった様子でしばらく写真を眺めた後、言った。

「うーん、君は太くて硬いタイプの髪質だからなあ。パーマかけてもこんな風にはならないと思うよ。この人は細くて柔らかいタイプでしょ?このモデルさんが誰かは知らないけど。」

このモデルさんが誰かは知らないけど

このモデルさんが誰かは知らないけど

このモデルさんが誰かは知らないけど!!!!


衝撃だった。B'zの稲葉を知らない美容師がいるのか。私は世の中には3種類の人間しかいないと思っていた。B'zを知っている一般人と、B'zを知らない一般人、そしてB'zを知っている美容師だ。それなのに、私はこれからB'zを知らない美容師に髪を切られる。この事実は私を恐怖させた。B'zの稲葉のカッコよさをこの人は知らない。私はかっこよくなりたくて写真を見せたが、この人はB'zの稲葉を知らない。生まれてから一度もB'zの稲葉のカッコよさに触れていない人に、この人のカッコよさ基準で髪を切られる。B'zを知らない人間にカッコよさが分かるのか。怖くなって視線を前にやると鏡越しの自分と目が合った。その背後では美容師が真剣に髪を眺め髪型を考えている。私はB'zを通して鏡の中の私を見ている。だが、この美容師はB'zを通さず鏡の私を見ている。私と彼が見ている鏡の中の私は本当に同一人物だろうか。私は大いに不安であった。

本当にB'zを知らないのだろうか。いや、B'zを知らないのではない。B'zの稲葉を知らないだけなのではないか。そう、つまりB'zの曲は知っているしカラオケでも歌う。ただB'zの稲葉がどんな顔をしてるかはちょっと分からない、こういうことだ。そんな奴はいない。

これが乃木坂46だったら分かる。人数多すぎて誰が誰かは分からない、そういうことなら分かる。だがB'zは二人だ。そんな奴はいない。

これがDA PUMPだったら分かる。グループ名は一緒だけどメンバーが入れ替わってるからあの頃とは変わっていて分からない、そういうことなら分かる。だがB'zはメンバーが入れ替わってない、そして二人だ。そんな奴はいない。

これがMAN WITH A MISSIONだったら分かる。メンバー全員が被り物していて素顔が分からない、そういうことなら分かる。だがB'zは被り物をしていない、そして二人だ。そんな奴はいない。

そこからの記憶はない。家に帰るとB'zを知っている母親が言った。「いい感じじゃん」

B'zを知っている父親が言った。「パーマかけたんだ。カッコイイじゃん」

後日、B'zを知っている同期から言われた。「似合ってるじゃん」

ーえ、B'zを知らない美容師でも、カッコイイ髪型に出来るんだー

そんな出来事があってから数日後、私はふと気づいた。

この美容師はB'zの話をせずに今まで生きてきた。ということは、彼の周りではB'zの話が出なかったことになる。専門学校でも、一度もB'zいいねとか、カッコイイねとかの話が出なかった、つまりB'zを知らない美容師は個人として存在している訳ではなく、集団で存在しているということ。そしてその事実を私は知らなかった。私はB'zを知らぬ人間が人の髪など切れるのかと馬鹿にした。しかし、B'zを知らない美容師と、B'zを知らない美容師がいることを知らない私。これは全く同じことじゃないだろうか。むしろ、B'zを知っているくせにB'zを知らない人を馬鹿にする私は、彼らよりB'zを知らないのではないか。B'zのカッコよさから何を学んだのだ。私は恥ずかしくなった。B'zを知らないこの美容師は、B'zという大通りを通らずとも、B'zを知っている我々を納得させるカッコよさにたどり着いた。彼の方が私よりよっぽどB'zじゃないか。

そして何よりも嫌なのが、私はそんなにB'zを知らないということだ。有名な曲は知っているが、ライブに行ったことは無いし、マイナーな曲なぞ全く知らない。ましてや、稲葉のルックスばかりに気を取られ、曲や歌詞を純粋に楽しめない、メマイ・・・

B'zに触れてしまった人間がカッコよくなるには、よりB'zを知るしかない。なぜか。あなたのことを好きな人が二人いるとしよう。あなたの内面をより深く理解している人と、あなたの外見的な魅力にしか気づいていない人、どちらがカッコよく見えるだろうか。

「アナタは私のほんのイチブしか知らない」

そう言われているような気がした。もうB'zを知らなかったあの頃には戻れない。私はあの美容師が羨ましく思えてきた。すべて知るのは到底無理なのに、僕らはどうして、あくまでなんでも征服したがるのだろう。カンペキを追い求めて。

「愛し抜けるポイントが、一つありゃいのに」

そう簡単には、いかないんだよ。

私は、それから指名をするようになった。

いつまでも手をつないでいられるような気がしていた。

何もかもがきらめいてがむしゃらに夢を追いかけた。

喜びも悲しみも、全部。分かち合う日が来ること。

想って微笑みあっている。

色褪せたいつかのメリークリスマス。

B'zを知っている一般人とB'zを知らない美容師が仲良く手をつなぐ世界なんてない。私はB'zと向き合うことをやめたのだ。

私は、美容師ギャンブルに勝った。おそらく金額の元を取れるカッコ良い髪型にはなった。しかし、私はB'zを失った。私の中のB'zは、B'zを知らない美容師によって、負けたのだ。

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