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最近の記事

振り返る大人

我が家のマンションの通路はひどく狭く、長く、暗い。歩いていると後ろから誰か付いてきているのではとおっかない。幼い頃は夜にその通路を歩くことが非常に怖く、三歩進んでは後ろを振り返り、自分の足音に自分で耐えられなくなって、部屋番号まで走っていくということが何度もあった。 さすがに成人してから何年も過ぎ、階段の登りで地球の酸素濃度を数パーセント下げるほど息が切れるようになってからは、振り返ることはなくなった。 先日、仕事が終わり件の通路を歩いていると、少し前に小学生程の男の子が

    • ゴミ拾い

       深夜二時過ぎ、満月かもしれない夜だった。コンビニでのアルバイトを終えて帰路の途中、道なりの先、私は歩道と車道の隙間に何か白い点々が浮いているのを見た。歩き進めると輪郭がぼんやりと浮かんできて、それは猫のようだった。白い点々はおそらく目で、こちらを捉えている。さらに近づいても猫は一才顔を動かすことはなく、鳴き声を上げることもなく、走り去ることもなかった。珍しいと思いながら対象までの距離が数メートルというところまで来た時、それが黒猫の死骸であると分かった。雲は無く、月は明るかっ

      • ちぇ、多様性

        教室に入ると、佐藤と鈴木が何やら言い争いをしていた。 「おはよう、何しているんだ。」 佐藤はいらだった表情で首を傾けると、眉毛を八の字に曲げ、さらに首をかしげた。 「いや、別に大したことないんだ。」 煮え切らない返事だった。 僕が学級委員長だから事を荒立てたくないのかもしれない。 首折れちゃうよ、と思いながら鈴木のほうに顔を向けると、鈴木は逆八の字の眉毛を蓄え、鼻息荒く言った。 「蜆さんが死んでしまったんだけど、佐藤のやつがそれを俺のせいだっていうんだよ」 「蜆さん

        • 寄席

          文化の日。ということで出向いた新宿三丁目。 どこに行ったかというと、末廣亭、つまりは寄席に行ってきた。 落語というと風情があるように感じるが、今までの私にとってはそんなものどこ吹く風、ただの子守唄に過ぎなかった。ただ文化の日という事もあるから、それっぽい娯楽がないかと考えて思い付いた。 学生の頃に課外活動的なので落語だったか歌舞伎だったかを見たことはあるが、落語だったか歌舞伎だったかも思い出せない程度の記憶だ。高校生にとっての落語は魅力的には映らない。高貴な、貴族の娯楽、

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        • 脳内日記
          7本

        記事

          時は金なりクリームソーダ

          暇なので三軒茶屋のセブンという喫茶店に行った。やりたいことはなかったが、むしろやりたいことがないから喫茶店に行った。 レトロな雰囲気は私にはとてもお洒落に感じた。 なので、お洒落な雰囲気に合わせて私もお洒落な態度で椅子に座った。ズボンはスウェットだった。 メニューを開くと最初のページに、電子機器を使用して長時間居座わらないようにとの注意書きがあった。私はクリームソーダを頼み、なるべくスマホを触らないようにしようと思った。 しかし、スマホがないとやることがない。手持ち無沙

          時は金なりクリームソーダ

          ホテルイカ

          時刻は深夜12時。 洒落たバーのカウンター席で一人、私はしっぽりと、右の奥歯に挟まったホタルイカの燻製を剥ぎ取ろうとしていた。 癖のあるカクテルを口に含むと、干からびたホタルイカの体内に水分が駆け巡る。味付けの塩分がホタルイカの体外へ染み出すと、たちまち口内は海となった。私は頬を吸い込み人工的に荒波を作り出し、ホタルイカの救出を試みた。 海外の大学は入るより出る方が難しいとよく聞くが、わざわざ海を渡らなくとも、私の口海で、いや口内でそれは起こっていた。 隣の客は経営の話

          ホテルイカ

          「全ての元凶は親が私を生んだから」という理屈にも頼れない年齢になってきた

          何か自分に不都合な出来事が起きた時、表題の理論を言い訳に使って生きてきた。当時(恥ずかしいことについ最近まで)言い訳とも思っておらず、むしろ正論だと思っていた。周りは本当のことを言わず気を遣っているだけだ、生きることに意味もないのに親に感謝する意味が分からない。 そう思っていた私も、さすがに人のせいに出来る年齢でもなくなってきた。とは言いつつ未だにそう考えてしまっていることもある。 生きることが辛い、将来が不安だという話をすると親はこう言った。 「人生そんなものだし、私

          「全ての元凶は親が私を生んだから」という理屈にも頼れない年齢になってきた

          付きまとう不安

          就職してから二年が経った。一年目に比べると仕事も覚えてきて、最近では新入社員の研修のサポートなど行っている。このまま着実に仕事をこなしていけば無事に人生を終えられるのではないか、そう思っている。 しかし、不安が消えない。 何に対しての不安か分からないまま過ごしていたが、漠然とした不安は心を締め付けるようで、二年目になってからPCの前に座ると嗚咽するようになってしまった。 仕事に対しての不安、もちろんそれもあると思う。よく分からない事も多いし、それに対してのモチベーション

          付きまとう不安

          犬の散歩ではなく散歩について行く犬

          家までの帰り道、たまには歩くかと一駅手前で降りた。信号を待っていると老夫婦が穏やかに会話をしていた。おじいちゃんは腕を後ろに組み、その手に握られたリードの先には子犬が信号を見つめていた。 なんとなく子犬を見ていると、信号が青になったので、老夫婦の後ろをゆっくり歩き出した。するとなんとなく違和感があって、これはなんだろうとしばらく子犬を見て、気づいた。 犬がずっと老夫婦の後ろを歩いている。 自分の中で犬の散歩といえば、率先して犬が前を歩いているイメージだった。なんなら犬の

          犬の散歩ではなく散歩について行く犬

          蕎麦屋とカウンター

          三連休の最終日が終わろうとしている。1月10日の13時、昼過ぎに起きた私は絶望していた。私が働いている会社は週一で出社があるのだが、生活リズムが崩れないよう、平日は6時過ぎに起きるようにしている。休日は日曜日、つまり最終日はなるべく早く起きたい。それが今回の三連休では失敗で、全日程で昼過ぎに起きてしまった。 何もしないのが休日である。 そんな戯言を信じて休日はベッドでだらだらするのだが、さすがに3日寝て過ごすのは時間を無駄に使っているような気がする。損しているのではないか

          蕎麦屋とカウンター

          美容師ギャンブル①

          私には、3ヶ月に一度ほど髪の毛の限界が来た頃に通っている行きつけの美容室がある。 しかし、そこの美容室にはある一つの問題があった。 美容師の三人のうち二人が外れなのである。 大体私が行く時間帯は休日の夕方頃なのだが、特に指名をせず店内に赴くと大体いつもいる三人の美容師の中から選ばれる。そして3分の2の確率で外れだ。 では何故指名をしないのかと言われると、お金が追加でかかるからだ。散髪代は意外にする。だからなるべく髪を切る頻度を減らしたい。どうにかやりくりして3ヶ月に一度

          美容師ギャンブル①

          チーカマ精神

          私の家は時々チーカマを食べる。 父親がたまに買ってきて、別に特別好きなわけでもないが、小腹が空いた時にあると嬉しくて食べる。 魚肉ソーセージが置いてあると「・・・魚肉ソーセージかぁ」となるが、チーカマが置いてあると「おっ、チーカマか」となる。 先日も、夕飯前にお腹が空いたので冷蔵庫を開けると袋にチーカマが3本ほど残っているのを見つけた。丁度いいやと思い少し気分が上がった状態で食べようとしたのだが。 「・・・開かねぇ」 チーカマを覆うビニールが全然破れないのだ。 「・

          チーカマ精神

          青春

          目が覚めた。8時だ。 目が覚めた。10時だ。 目を閉じて、これ以上時計の針を進ませてはいけないと思い、再び目を開ける。 13時。進んでる。めっちゃ進んでる。今日は無理だ。貞にLINEする。 「すまん寝坊した。」既読が付かない。普段スマホしか見てない癖に。 「飛んだ?」既読が付く。 「んん。どうせこないだろうと思ってバイトしてた。」 「2人で死のうって約束した日にバイト入れんなよ。明日にしろよ。」 「結局かっちゃんこなかったじゃん。毎回すっぽかすせいでさ、遺書の日付が斜線

          これを読んでいるということは。

          最近、腹が立つことがある。何に腹が立つか、それは蜘蛛である。 私の三大嫌いなものは虫、飛ぶもの、めんどくさいことだ。ちなみに飛ぶものとは、鳥とか、飛行機とか、輝いた瞳をしたこれから羽ばたかんとする人とかである。まあそれは置いといて私は虫が嫌いである。 中学受験の際、第一志望を決めるために父親と色々な学校をめぐっており、野球の強い気に入った学校を見に行ったが(私は野球が好きだった)通学途中の並木道に数多の毛虫がひしめいているのを目撃し、即座に受験を諦めた。野球<虫だった。

          これを読んでいるということは。

          火曜日の田山くん⑥

          僕は毎日田山君に出会う。別に約束している訳ではないけれど、必ず毎日田山君に出会う。でも今日は、僕は田山を探していた。詳しくは「月曜日の田山くん」を読んで欲しいのだけれど、僕は激怒していた。 僕は田山の自宅を知らない。なんでも聞いた話によると二十年以上同じアパートに住み続けているらしい。東京都杉並区阿佐ヶ谷によく出現するとのことだが、こんなことならちゃんと住所を確認しとくべきだった。 昇る太陽よりも速く走る。己の影ですらおいて行かんとする両の足が踏みしめるその衝撃が大地を揺

          火曜日の田山くん⑥

          月曜日の田山くん⑤

          僕は毎日田山君に会う。別に約束している訳ではないけれど、必ず毎日田山君に出会う。今日も、トイレで大便をしたらそれが田山君だった。 今日の僕はお腹がちょっと痛くて、トイレに行きたいなと思っていたんだけれど、僕の好きな女、レイカちゃんと電話してたから、なんとか我慢していた。 レイカちゃんは習い事が忙しい。普段は全然会えないし、会ったとしてもすれ違うくらいでお話が出来ない。でも学校ではみんなに優しくて、とっても可愛い。そこらへんの女と違って、友達から高嶺の花って言われている最高

          月曜日の田山くん⑤