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『きらぎら』 <短編・映像脚本>

<登場人物>
  森山 智子(さとこ) (49歳) 絵本画家
  木村 久美(くみ)  (49歳) 会議通訳者、智子の高校の同級生
  高山 香織(かおり) (49歳) 主婦、智子の高校の同級生



○レストラン・店内
   森山智子(49)、木村久美(49)、高山香織(49)メニューを
   見ている。
智子「うーん……」
久美「迷うね」
香織「どれもおいしそう」
智子「でも、結構お腹いっぱいかも。コーヒーだけにしようかな、私」
香織「だめ、智子! 抜け駆けなしだから」
智子「は? 抜け駆け?」
久美「みんなでとれば怖くない」
智子「ああ、カロリー!」
香織「なんせ、すべてを蓄えてしまうお年頃」
久美「それ。来年50だし。どうするよ?」
智子「出ちゃうよね、出したくない大物感、年齢言うだけで」
香織「ちょっと! まだ49だから! 40代最後の1年を味わい尽くすんだから、身も心も!」
智子「ん? なんかエロい発言……」
久美「香織、路線変更した?」
香織「ふふ。どうでしょ。って、そういえば、久美、どうした? マンション購入の件」
智子「え? 引越しするの?」
久美「あ、ううん」
香織「え、なんかもうちょっと広いとこがいいなぁって」
久美「ああ、あれ、やめたの。やっぱ今のところ便利だしさ」
香織「そっか。そりゃそうだよね、ミッドタウンに徒歩圏。さすがバリキャリの売れっ子通訳」
久美「言うて、どの駅にも遠いのよ、案外」
香織「どうせタクシーなんでしょ、いつも」
久美「それくらい贅沢させてよ。切り詰められるのは移動の時間ぐらいなんだもん」
智子「1人じゃなくて?」
久美「え?」
智子「広いところって」
久美「ああ、だから、しないし、引越し」
智子「ふーん……」
香織「あ、店員さん、見てる! 早く決めよ、スイーツ」 
    x  x  x  
   3人、コーヒーを飲んでいる。
   テーブルの上には、食べ終えたデザート皿。
久美「全然、ペロッといけたね」
智子「うん。甘いものは別腹って、この年になってもそうなのね」
香織「あ、そうだ。智子、あれ読んだよ『月刊絵本ジャーナル』のインタビュー。今大注目の絵本画家って表紙にも名前あったね」
智子「え、見てくれたの? 嬉しい!」
久美「時代が来たんだね、智子の。オファー次々と入ってるんでしょ」
智子「うん、ありがたいことに」
香織「私、『バクさまが行く』シリーズ、大好き。大人も楽しめるよ、絵が素敵だから」
智子「ありがとう」
久美「ああ、バクって感じする、智子」
智子「へ? どういう意味?」
久美「夢を食べて生きてるとこ」
香織「そ! 夢を叶えてるってとこ!」
智子「2人してばかにしてる」
香織「してないしてない。好きなことを仕事にできてるって最高じゃん!」
智子「……これしかないんだよね、私には。絵に全熱量注いじゃって、他とのバランスはとれなくなっちゃったんだから」
香織「あ……。ごめん」
智子「あ、全然、気にしないで。びっくりするほど淡々と判押してさ、『じゃ!』なんて感じで。子供いなかったからかなぁ」
香織「さばさば熟年離婚、か。その後、会ってないの? 誠司さんと?」
智子「会ってない。別れるちょっと前から、痩せちゃってたから、心配っちゃ心配だけどね。どうだろ……」
   智子、久美を見る。
久美「ん? てか、生き生きしてるよね、智子」
智子「わかる? 調子いいんだよね、体調もお肌も。離婚してからのほうが」
香織「そういえばなんかシュッてしてる、顔」
智子「嬉しい! 美顔器買ったのよ、なんとかローラー、話題のやつ。あと見て! ネイルも」
香織「うん、気づいた! サロンで?」
智子「そ。49にして初ネイルサロン。楽しいね、新しいことって」
香織「ふーん。なんか都会の人って感じ、2人とも。私なんか房総半島の先っぽで、病院と家を自転車で往復する毎日ですから」
智子「え? ネイルは香織を見習わなきゃって思ったんだよ」
久美「そうだよ。もともと一番女子力高いし、院長夫人のくせに」
香織「院長夫人ねぇ……。最近、ぐっと年寄り感増し増しになっちゃって、ダンナ。一緒にいると、私のキラキラ成分、ギュンギュン吸い取られる感じなのよね」
智子「あ、一回り上だったね、オット氏。てことは62、か……。そうかー……」
久美「ね、それ食べないの? もらってあげよか?」
   久美、智子のプレートにあるフルーツを指差す。
   智子、プレートを久美に差し出す。
久美「サンキュ!」
智子「欲しいんだね、久美って。私のものが」
久美「は? え、何?」
智子「ううん。何でもない」
香織「何? 智子。変なの」
   テーブルの上の久美のスマホに着信。
   智子、目をやる。「S」の表示が見える。
久美「あ……」
香織「あ、出れば? 仕事じゃない?」
久美「あ、うん、ちょっとごめんね。(電話に出て)はい、もしもし。あれ、病院から? あ、うん……」
   久美、話しながらスマホを持って席を外す。
   智子、目で追う。
香織「仕事じゃないみたいね、電話」
智子「ねぇ、香織」
香織「ん?」
智子「久美の……」
香織「うん、久美の? 何、どした?」
智子「電話がね。ああ、もう我慢できない。ごめん、香織」
香織「我慢って? 何なの、智子?」
智子「ちょっと話してきていい? 久美と」
   智子、席を立つ。
香織「あ、戻ってくるよ、久美」
久美「失礼しましたー」
   智子、力が抜けたように座る。
香織「で? あれ、智子?」
久美「ん? どした? 智子」
智子「誠司さんでしょ、今の電話」
久美「は?」
智子「言わないでおこうって思ったけど、だめだ。電話かかってきちゃうとか無理!」
久美「え……?」
香織「ちょっと待って。誠司さん? ちょっとどういうこと?」
   智子、バッグをごそごそ。
智子「久美、言ってたよね。プルーンとヨーグルト、いつも朝食べてるって」
久美「あ、うん。朝はプルーンとヨーグルトとコーヒー、だけど、それが?」
   智子、バッグから文庫本を取り出し、挟んであった紙切れを出す。
久美「ん? レシート? セブンマートシティータワー店……」
香織「え、これ、1階にあるやつじゃん、久美のマンションの」
智子「見て、買ったもの」
久美「プルーン、ヨーグルト。私の買物みたいだね。ん? これが何?」
智子「こうやって、本の間にはさまってたの。夫の本の間に」
   久美、動きが止まる。
   香織、2人を交互に見る。
智子「日付は1年前」
久美「……」
香織「ちょっとどうなってるの、これ。ここでやることか、おい……」 
智子「すぐ捨てちゃう人なんだけど、こういうの。なんでこれだけ、しかも本の間に。手帳見返したら、その日は出張に出てた日だった。会ってたんだね、久美。しかも買物なんか頼んだりしたのかな。来る前にちょっと買ってきてよって?」
久美「智子、あの」
智子「どこで、何でって。いつ出会ってたのかって、私の夫と。あ、元夫だけど。で、思い出したの。私たち3人で食事したことあったなって。2年ぐらい前」
久美「ね、聞いて、智子」
智子「何を? ……あ、すっごいきつい言い方しちゃった。自分でも引くわ。ごめん」
久美「ううん、あの」
智子「2人で話して離婚を決めた後だったんだよね、これ見つけたの。もし順番が違ってたら、こんなふうに冷静じゃないと思う。わかるよね、言ってる意味」
香織「あの、忘れてない? 私もいるんですけど、ここに」
智子「あ、ごめん、香織。なんか巻き込んじゃって」
香織「わかった。じゃ、ちょっと整理させて。えーと、元夫の誠司さんがいて、久美が」
智子「取ったの、私から」
久美「やめてよ、そんな言い方!」
智子「違うの?」
久美「取ってない。智子でしょ、手放したのは」
智子「もう終わり。もういい。ごめんね、香織」
香織「終わってないよ。智子が言い出したから、久美が説明させてって言ってんじゃん」
智子「だから聞きたくないって言ってんじゃん」
香織「ええ……」
   一瞬、沈黙。
   智子、テーブルに置いてある久美の携帯に目をやる。
智子「待ち受け画像」
香織「ん? 久美の?」
智子「あの人も待ち受けにしてた、その絵。絵画展に行ってきたって。一緒に行ってたんだね、久美。あれ、まだ離婚する前だから」
久美「……」
智子「どうせ知らないだろうからって。どうせ気づかないだろうって。電話だって平気で出て。そういうのがほんっと嫌! すごいよね、久美って」
久美「そんな言い方……」
香織「言い過ぎだよ、智子。とにかくちゃんと話しなよ、2人で」
智子「何で? 何で香織は最初っから久美側なの?」
香織「そういうわけじゃ……」
久美「バランス欠いてるからじゃない? 言ってることやってること。頑なで、頭ごなしに決めつけて。どうかしてるよ」
智子「どうかしてる? よく言うよね。だってわかるんだもん、その先が、全部!」
香織「その先って?」
智子「久美が全部話す、私が怒るだけ怒る。で、久美が謝る。謝り倒す。いやそこまでしないね。とにかくそうなったとして、その先は? 最終的には許すしかないんでしょ、私。なんか受け入れなきゃなって、ある程度そうなるよね、きっと」
香織「うーん、どうだろ。誠司さんの話聞かないと、わかんないこともあるでしょ」
智子「それ! わかんないじゃん、結局。だからいろいろわかんないままでいい! どうせもともとバランス悪いんだし、私なんか」
久美「言いすぎた。ごめん」

○(妄想)白い部屋
   複数のおもちゃがあり、その真ん中に5歳くらいの女の子。
   バクのぬいぐるみを抱き、下を向いて、いやいやをしたが、
   おもちゃを片付け始める。
   箱はあるが、どの箱もすでにおもちゃでいっぱい。
   女の子は、バクのぬいぐるみを片手に抱いたまま、
   もう一方の手にあるおもちゃのしまい先がないことに困って
   立ち尽くしている。

○レストラン・店内
智子「いいじゃん。仕分けできないものとか、箱に入らないものとかあっても。普通に、『ああ、これはどこにも入んないな』って済ませば。句読点打って整えるばかりが正解なの? 無理やり丸つけて『はい、終わり』ってやったって、片付かない気持ちは残るよね」
香織「ん? 何? わかんない」
   久美と香織、顔を見合わせる。
智子「私ね。彼が再婚するのは全然いいし、幸せになってもらいたいって思ってる。でもね、もし子どもができちゃったら、話は別だって。だって私にはもう無理だもん、子どものいる人生。だからね、今ホッとしてはいる。だってその心配ないから」
久美「何それ……」
香織「智子、あんた……」
智子「嫌なやつでしょ。でもこれが私。しょうがないじゃん」
久美「なるほどね。なんでこうなったか聞きたくないし、私の謝罪を受け入れるつもりがないってこと、わかった」
智子「それはよかった」
久美「だから謝罪はしない。その代わり、ちゃんと聞きなさい」
智子「は? 聞きなさいって言った? 今?」
香織「ちょっと、久美……?」
久美「(香織に)大丈夫。大きい声とか出したりしないから安心して」
智子「へぇ、開き直るんだ。わかった。言いなさい」
久美「彼が離婚に同意したのは、あんたのためだよ、智子」
智子「私のため? まったく……」
   久美、スマホを操作して、一枚の写真を出し、智子に見せる。
智子「何? え、誠司さん……?」
香織「見せて。え、これ病室? こんな痩せ細って……」
久美「3日前の写真。自撮りだからブレブレ。抗がん剤治療で入院中なの。ステージ4」
智子「え、がん……」
久美「彼が智子と離婚したのは、迷惑かけたくなかったからだよ。がんが見つかって、しかもかなり進行していて、それを智子に背負わせるわけにいかないって。せっかく乗ってきた絵の仕事を中断させるわけにはいかないって」
香織「そうなの?」
久美「智子の心が離れてるのもわかってたし」
智子「嘘……」
久美「で、何? 私にレシートを見せつけて。それに何? 電話があったから何? 明日病院に持ってきてほしいって連絡を受けたから何だって言うの?」
智子「……」
久美「感情をぶちまけるだけぶちまけて、かわいそうな私ってやってるだけじゃん。なんか笑っちゃう」
香織「ちょっと、久美」
久美「それに、そんなに悪いこと? 妻を思って離れた男のことを、全力で包んであげたい、支えたいって思うことが、そんなに悪いことなの? それともあれ? 倫理観とか持ち出すわけ? そうやってずっと裁く側に居続けたいわけ? 現実を見ることを放棄して」

○白い部屋(妄想シーン)
   智子、子どものようなパジャマを着て、バクのぬいぐるみを抱いている。
   そこに、久美が現れる。
智子「あ、久美!」
   智子、久美に近づこうとするが、久美は背を向けて歩き始める。   
智子「何で? 何で行っちゃうの?」
   久美、男性用のパジャマや本を持っている。
久美「病院に届けに行くの。あなたは夢でも食べてなさい」
   久美、智子を一瞥し、小さくなって消えていく。
   智子、白い大きな部屋にたった1人。

○レストラン・店内(現実)
智子「現実を見ていないのか、私」
香織「とにかく。いったん出よう、ここ。ちょっと歩こうよ、ね」
久美「そうだね」

○路上(夜)
   3人、歩いている。
   通りを車が行き交う。
   3人、コンビニの前で立ち止まり、香織だけ中に入っていく。
   2人、店の前に立つ。無言。
   香織、買物袋を下げて出てきて、袋からペットボトルを出し、2人に渡す。
   3人、無言で飲む。
香織「ふぅ。夜風は気持ちいいね。どう? 酔いは冷めた?」
久美「ありがとう。大丈夫」
智子「……」
香織「全然しゃべんない、さっきから、智子」
久美「もういいよ。言うだけ言えたから。ありがとう、香織。ま、私なりにやれることをやってくだけだから」
智子「……あの、聞けてよかった。ありがとう」
香織「お、聞く耳帰ってきた? よかったー。ワイン飲みすぎだよ」
智子「ワインのせいにはしたくないけど。香織には、大変ご迷惑を」
久美「ごめんね、巻き込んじゃって」
香織「ううん、全然。私1人蚊帳の外ってのより全然いい」
智子「でも、納得したわけじゃないから」
久美「それはわかる。いいよ、納得なんかしなくて。聞いてもらえたらそれで」
香織「ふーん……」
久美「何?」
香織「大人だなって。すっきりしないよね、大人って。いろいろ抱えたまま進むのよね。進むっていうか、生きていくしかないっていうか」
智子「面倒くさいな、大人。私はシンプルに絵だけ描いていたい」
久美「それでいいんだよ、智子は」
智子「バランス悪いからね、私」
久美「違うよ、そういう意味じゃ」
香織、スマホを出し、久美と智子の写真を撮る。
智子「ちょっと、盗撮はやめてください」
香織「だって、なんかいい感じだったから」
久美「ね、3人で撮ろうよ!」
香織「そうだね!」
   3人並んで香織が自撮りモードで撮影。
智子「見せて。お、なかなかいい感じ」
久美「勝手にSNSに上げないでよ。上げるならフィルターかけてからだよ」
香織「SNSには上げない。でも送っちゃお」
久美「誰に? え、まさかダンナに? ラブラブか!」
香織「違うよ、彼に送るの」
   久美と智子、立ち止まる。
久美・智子「は????」
智子「え、ちょ、待って待って待って。情報が整理できないんですけど……」
久美「ね、彼って言った? 今」
香織「ふふ。すっきりしないのはあんたたちだけじゃないのよ。いろいろあるよね、大人って」
智子「マジか……」
久美「香織までいろいろあるのか……」
香織「でもね、なんていうか、生きてるって感じ。だって末端冷え性改善したもん。千葉の港町でモラハラ夫におびえて生きてた私にも、微笑んでくれたのよ、神様は」
智子「え、モラハラ野郎だったの、ダンナ」
香織「そ。それに気づけたのは彼のおかげ」
久美「で、どこで知り合ったの? いつから? え、いくつ? って、どこまでいった?」
智子「ちょっと落ち着きなよ、久美。一個ずつ聞こう、ゆっくりゆっくり」
久美「あ、そっか。そうだね」
智子「ほら、香織」
香織「は? ほらって何……」
  智子、周囲をキョロキョロと見渡す。
智子「あ、カフェ! とりあえず入るか。ね、入ろう。コーヒーでも飲みながら、ね」
久美「だね、夜はまだまだ長いですし」
香織「怖いんですけど……。説教とかしないでよ」
智子「説教?」
香織「はしたないとか、だらしないとか、年考えろとか、性欲まみれだ、とか」
久美「嘘、性欲まみれなの?」
智子「ちょっと久美。絶対言わない。裁かないから。てか裁けないじゃん、うちら……」
   3人、なんかしんみり。
香織「まずい、またテンションが。えと、あのね、10コ下なのよ、彼」
智子「えーーーーー!!!」
久美「はー?」
智子「てことは39?? ね、広すぎない? ゾーン。オット、62でしょ!」
久美「いったいどこで知り合ったの? もしかして患者さん?」
智子「行こう、カフェ、早く。空いてそうだし。ね、ほら早く」
香織「行くから。ちょっと押さないで」
   カフェに向かいながらワチャワチャと。
久美「どこからでも、何からでもいいから」
智子「いや、いつからってのが一番気になる。この間3人で会った時は? つきあってた?」
香織「えーと、ああ、うん、だね」
智子・久美「えー、マジか…」
   3人カフェに入っていく。

             (了)

25分もの。
無断転載等、お断りいたします。


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