古井由吉『陽気な夜まわり』記憶というものを文体化する「運」
映画や小説のなかに描かれる「運」というものに惹かれだしてもう何十年かになります。古希になってすこし人生がわかったような爺がここにひとりいるんですが、それでもまだまだ映画や小説のなかの「運」はわからないことだらけ。そうか、ならば、思索の夜まわりでもしてみますかね。
長ったらしい標題になりました。
古井由吉の文体も、ゆるゆるゆるりと、ある緊張感をもったまま、えんえんと、句読点で繋げられ、作家の息遣いのようなリズムを読み手にもたらしながら、「けっしてだらだらではない」文体が続いていきます。文体じたいが美しい音韻なのです。
少なくとも、20年ぶりか、あるいはそれ以上経過した時間をおいて後、わたし(爺)はその文体のリズムにまた再度付き合ってみたのです。
再読のきっかけは古井さんの死。新聞の文化欄が特集していたのをたまたま見たからです。また出逢ったのですね。そして無性に読みたくなったのです。
作品はなんでもよかった。とにかく古井由吉が残してくれたかれ独特の文体にまた寄り添いたかったのです。本棚にあったこの本を引っ張り出してパラパラめくってみました。
あります、あります、わたし(爺)の若いころの読書痕跡。書き込みと傍線が。寄り添いの痕跡。文体に魅了された証。世の中コロナ禍で、店は暇だし、開けてみても閉店しても、爺の生き方は変わらないままなので、逆に読書三昧哲学瞑想三昧できて、中身の濃い人生モードとなっている時季です。
好きなことで時間を満たそうと思いました。歳はとって、煩悩は生きているけどからだはついていかない域にきているのを自覚しているので、やはり、僕(爺)の恋するものは、小説や映画の世界、あるいは、思考思索という迷宮。ところが、そうそうこのごろは映画館も「非常事態宣言」を受け「自粛閉館」なので、アマゾンや蔦屋のネット配信、最近のお気に入り東北新社が始めたミニシアター系ばかりのネット配信を毎晩楽しんでいます。
話は横道にそれますが、そのミニシアター系の配信があのヌーベルバーグが生んだ映画評論誌「カイエ・デ・シネマ」の編集長でもあったエリックロメール監督のいまやなかなか手にはいらない作品群の「特集」をやってくれてるので、映画至福の日々でもあるわけです。
エリックロメール、先月(去年の3月)のKBCシネマでの「アニエスヴァルダ」特集、それからTSUTAYA DISCUS使っての「フランソワ・オゾン」監督。これはわたしだけのマイ特集マイブームです。フランスづいている日々。読書はフランスだけでなくあたらしい作家たちのをいろんな国の情報をインスタなどでもらって、キュレーションする。イマジネーションだけなら、狭い日本を飛び出して、爺らしく「自由」に。
そんななか「古井由吉」。
長田弘、川本三郎、保坂和志、井伏鱒二、若松英輔。むかしからの定番。おじいちゃんが似合う作家たち。散歩することが好きな作家たちが好きなんです。
古井由吉は夢のあわいを散歩します。
古井さんのは「散歩」も目の前のものだけではなく、現在と過去のあわいをゆるゆると「境」も超えて「混在」しつつもそこに過去の「記憶」がからんで、「小説」に「記憶という運」を入れ込んでいくのです。
それもなにかふいに浮かんでくる記憶を楽しみながら。
ゆらゆらと。
時間の順序もまったくのランダムに。
浮遊してくるものに任せ、「記憶」どおしが「溶解」する時間に入っていく。
好きな散歩の形です。
歳をとってきた「いまここの」私(爺)が、じぶんの「老耄」(ロウモウ)を自然にうけいれることで、古井由吉の文体をまた若いころ持った印象よりもっとふかくかつ自由に楽しめているようです
言葉が「詩」のようだ、とも思える作家だったことをあらためて確認しているのでした。
この作品集におさめられている作品の根底には、この「老耄」と「境界」の「ゆるみ」がじつにたのしく自由に描かれています。
記憶がそれぞれに動きだして実際散歩している作者の脳内を散歩し始め、「文体」も「ゆるゆる」と流れてゆくのです。
おさめられている「木犀の日」という作品では顕著に「記憶たち」が目の前に立ち現れては消えてゆきます。
《雲は垂れて風のない日だった。部屋の内にも木犀の香がしていた。妻は病気の母親の世話のために帰省し、娘たちはそれぞれ勤めに出かけて、家には誰もいなかった。》
そんな日の午後の二時半すぎ、主人公わたしは、「ふと」《白さを増したような窓へ目が行った。》すると《木犀の香がまたふくらんで》なぜか「記憶」が溶解し《どんよりと曇りながら明けていく朝の空を》思い《立ち上がり出支度を始めた》のだった。
さてさて、そこから作家独特の魅力の文体で、「混濁」の記憶と「印象」の散歩がはじまります。「曇天」からの連想のようなものが作家を満たします。
《そんな曇天の夜明けに寝床からむっくり起きあがり、親しい家の祝いに呼ばれていたことを思い出して、閑散とした早朝の路をたどる》
文はここで「、」句読点で繋がれ、一拍置いて【という】という言葉で繋がれ、
《という夢は幾度か見たことがある。》
と書かれます。
不思議な文章です。
書かれてますます文体は「朦朧」となり「老耄」の心地よき域へ入りだします。作家古井由吉の文体に「ゆるゆるとしたもの」がまといついてくる。続けて作家はこう書きます。
《なにやら苦痛のなごりと、そして恍惚に堪えるため、ひっそりと足を運んでいる。》ますます不思議な「文体」ですね。作家はああ、夢だったと気づきつつ、その朝の路をたどっている自分の行き先もあいまいになったまま、その作家の頭のなかは、その時点の動作ではない、あとで観ている夢の中のじぶんの「足」を観る、でもなく、「動作」の記憶だけが満たし始めているのです。
作家は続けてこう書きます。「ひっそりと足を」運ぶ動作を取りながら、頭のなかでは《親しい家とはどこの家なのか、何の祝いか、なぜ朝早くにか、知るまでには至らない。》と。
読み手は作家のいる位置を見失わないように、その音韻の心地よさのなかに、これは謎解きでもなんでもなく、ミステリーというジャンルでもなく、われらのなかに誰でも持っているはずの「老耄」という「自然」を使って「文体」を読み続けていきます。
「文体」の中では
いきなり、主人公は「停留所」に立っているシーン。朝のことなのに時間も「曖昧」「朦朧」となっています。
《傘を杖にひいて停留所に立つと同時に、むこうの角をゆらりと折れてバスの大きな図体が近づいてきた。》
映画の手法のごとく、場面転換を唐突に入れてあるシーンです。それが小説的に唐突であっても、映画に慣れた読者はすんなりとその情景を容認するのです。
そしてそこから地下鉄の駅のほうへ、主人公はもう出ている。幻視というかむかしの記憶からくるところの光景は現前としてそこにあって、その感覚は「確か」にいまそこで起こっていることなのです。
《見馴れたはずの両側の家々の輪郭が暗くひきしまり、その先に知らぬ界隈でもありそうな奥行を帯びてつらなった。》それなのに「振り返ると」《そんな古屋はどこにも見あたらない。》のです。《どこもかしこもセメントの壁》ばかりなのだった。それでいて、《古い写真の雰囲気のなかを行くような明視の感覚が続いた。雨の降りだす直前の薄い光の緊張のせいだろうかと考えた》とあるので、やはりじぶんでも、あれこれは「おかしな時間のなかへ来てるな」と自問する余裕も片方では残っているのです。
そこから「地下鉄の中」で《傘の、柄ばかりを見ていた》という記述になります。
見ていると、《眠気が差し》、もうひとつの側のじぶんが《机の上へうつむきこんでいるはずの自分の顔を横からのぞき込むようにした》というのだから、不思議なことが起こっているのだが、読み手も語り手も理路整然となる必要はなく、主人公の文体のなかでなら「その場面はそのままありうること」であって《難渋するうちに半日が経ってしまう。》し、すぐ次の文章はもう、映画の世界、に似て《何年かが過ぎてしまう。》と書かれるのです。
これは映画なら観客側からだけしかわからない世界が画像の中に籠められているということです。もう不思議な「文」が音楽のように続きます。
古井由吉という「文体を持つ運」がそこにあるのです。
《しかし、静かじゃないか、といたわった。》
《ようやく眠るのを見まもるようでもあった。》
そうなのだ、なにか乖離が起きているのだがそれもこの「文体」が繋いでいってくれるから読者はゆるゆるとそれに付いていけるのです。しかもひとつの文節のなかでそれは改行なしに続けられるのです。時間はじつはほんのわずかな時間しか経過していないのに、何年かが過ぎた世界を【文体】に【内包】してしまっているのです。
文はまだまだ続きます。
《こうして傘の柄などを見つめている間に傘だけのこして蒸発した男もあるそうだ、と妙なことを口走った。》よくかんがえるとすごいシュールなことが起こっている。だから、【書き手である古井由吉らしきわたし】は《さすがに自分で苦笑して打ち払ったが、右手が傘の柄をじわじわと握りしめていた。》と書くのです。
凄い。びっくりするような戦慄の「文体」。
【苦笑する自分】とはべつに人格もなき主体となった【右手】という主格がそこに顕現しているのでした。こういうことが、ゆるゆると、えんえんと、その後も続いていくのです。
古井由吉。
おそるべし。
読書メモ じいむっしゅ 拝
爺のインスタも貼り付けておきます。
https://www.instagram.com/shigetakaishikawa/
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