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妖精を父と見た話

「新しい家を見に行かないか?」

ある日曜の朝、父にそう話しかけられました。

(なんでそんなこと言うのかな?そもそも父も引っ越しには賛成じゃなかったのに......)

僕は不満げに父の顔を見ました。

・・・・・

引っ越しを言い出したのは、母です。父と僕、妹の3人は今の家にそれほど不満はありませんでした。まあ、少し駅から遠くて交通量の多い道が近いのは不満でしたが。

母は「いい物件がある」と言い、その隣町にある新居のことをこれでもかというほど持ち上げて僕らに説明してきました。僕らは「今引っ越ししなくても」「ローンはどうする」などと反対理由を挙げていましたが、母は全て説得し、どうだといわんばかりの態度です。

でも、特にそのときに引っ越しをする理由が見当たりません。当時僕は仮面浪人中で、後期からZ会を申込んでいたのでそこで引っ越すと住所変更が大変です。

まあ、そんな話はそこでは出せずに、結局全員母に押されて何となく引っ越す、ということになりました。

その後は、今の家を売るので次の顧客の家族が僕たちの団らん中に家に入ってきたりということがありながら新しい家の建設が進んでいるようでした。

そして、賛成でなかった父や妹もいつの間にか態度を変え、僕以外の家族はすでに建築中の家を見に行ったようです。

ここで冒頭につながるわけですが、僕はその時点でも乗り気ではなかったので、新居を見に行くつもりはありませんでした。しかし「あと見に行っていないのはお前だけだから」という父の言葉に車の助手席に座りました。

日曜の朝だったはずですが、なぜか母も妹もその場におらず、父と僕だけで新居に向かいます。この年頃の父と息子が二人だけで車に乗る、というのは大変珍しいです。多分後にも先にもこの時だけだったと思います。

隣町へ向かう車の中でも、二人は全く口をききません。これもありがちでしょう。

やがて全く知らない場所で車が止まり、新居が見えました。新居といっても、まだ木の骨組だけが立っている状態です。

僕は何となくその木の骨組を見ていたのですが、ふと下の方を見ると、ありえないものが目に入ってきました。

妖精だ!妖精がいる!


木の枠組の下にあたる、のちに廊下を支える柱になるであろう柱が横倒しに組まれていたのですが、その柱の上に、ちょうど柱に沿うような感じで8歳くらいの女の子が寝そべっていたんです!

他人の家の建築現場に少女が入って、しかも柱の上に寝そべるなどということが通常あるでしょうか?「これは、人間の形をした妖精に違いない」と僕は確信しました。しかもその子の顔は非常に可愛かったです。

しかしながら、僕はそのことを父には言いませんでした。父も何も言いません。「ひょっとして、父には見えていないのでは?」そんな疑念が湧くほど、父の態度は平然としたものでした。

その後家に帰り、やがて新居が完成してその家に移り住んで両親はいまだにそこに住んでいるのですが、父とはその時の話をしたことがありません。「女の子なんていなかった」と言われるのを恐れているのかもしれません。

ちなみに、Z会の封筒はやっぱり旧居に送られ、僕が電話で住所変更を告げると転送されてきました。