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「妄想警察P」第六話

第六話:外科手術は神の手によって行われる。

前回までのあらすじ:
妄想警察によって一部の記憶をディレイトされた、主人公の渋沢は早川等の助けを得て、離島にある妄想銀行に忍び込み、無事に記憶のメモリースティックを取り返す事に成功したのだが・・・

登場人物:
渋沢吾郎:心理学者、作家
早川 :渋沢の知人
万里子 :渋沢行きつけのカフェ店員
真希:看護師
清水教授:渋沢の担当医
大河内教授 
鵜飼医学部長
大阪医師会長:岩田
財前又一:財前五郎の父



渋沢は机の上でライトに照らされている、記憶のメモリースティックを見ながら頭を抱えていた。必死な思いで取り戻したメモリーであったが、どのようにして自らの脳内にインストールすればよいのか?それについての取扱説明書とプロダクトキーが付属されていなかったのである。おまけに365日限定の割引クーポンが何者かによって切り取られていたのだ。完全に袋小路に入ってしまった・・・Uターンして別の道を模索するしか無いか・・・

「お身体の具合いはいかがですか?」
真希は優しく渋沢に声を掛けた。

「だいぶ良くなりましたが、未だ記憶のほうが・・」

「そうですか・・いちど先生にお聞きになってみてはいかがですか?」

「はぁ・・」

真希は渋沢のカルテを見ながら迷っていた。記憶喪失の極秘オペについて、渋沢に話すべきかどうか、ひとり苦しんでいたのであった。

「清水先生」

「なんだね?」

「実は・・渋沢さんの件についてなんですが・・」

「あ〜例のクランケかねぇ」

「あっはい、記憶が未だ戻らないと悩んでいらっしゃる様子だったので・・」

「記憶?余計な事は言ってないだろうね」

「あっはい」

「今はとても大事な時期だ。妙な噂が病院内に流れるとマズイ。くれぐれも注意してくれ給え、いいね」

「あっはい」

「あっそれから、例のクランケだが、来週、再検査の予定を入れておいてくれ」

「分かりました。そうお伝えします」

清水は来月に控えた、第一外科の教授選考選挙のことで、仕事に手がつかなかった。この機会に妄想病院に送り込んだ、子飼いの助教授を教授に押し上げる事によって、医局の人心を集め、院内において自身の足固めを確かなものとしたかったのだ。


 早川は考えを巡らせていた。渋沢さんの記憶が消されたとしたら、あの病院しか他にないはずだ。とすれば、渋沢さんの記憶を再インストールするには・・・・
あの病院に何かが隠されているはずだ・・・・
早川は、渋沢宛にメールを送信した。

「渋沢さんが入院していた病院ついて調べてみます。何かわかるかも知れない・・」



 「東教授の総回診が始まります」といつものように病院内にアナウンスが流れた。

東教授を先頭に財前助教授、医局の助手、婦長等が後に続き、大名行列というよりは、教授の後に付いた、うさぎの糞と言ったほうが、ぜんぜんしっくり来る感じの回診行列であった。何故なら、教授陣の後ろをついて歩いていた助手の柳原が病室の扉のノブに手をぶつけて痛そうにしているのを必死で我慢しているのが、茶の間でテレビを見ている視聴者からまる見えだったからだ。キャストについては、田宮二郎主演の放送分と唐沢寿明主演の放送分とを織り交ぜてお送りしたいと思う。何故なら、両主演俳優共、甲乙付け難く、財前又一役の西田敏行の演技が個人的には印象に残っていて捨て難かったからである。




 いつもの料亭で財前の父、又一と大阪医師会会長の岩田が鵜飼医学部長から現状の教授選の票読みについて話しを聞いていた。

「そんなアホな!今の票読みやったら、五郎くんの負けや!教授になんかなられへん。先生!何とかお智慧を出しておくんなはれ。金やったらナンボでも用意しますさかい!」西田敏行演じる又一はいつものように若干、大袈裟な芝居で少し涙目になって、大阪医師会長の岩田に訴えた。

「鵜飼君、君から聞いてた票読みとはえらい違うやないか」と同期の金子信雄が演じる岩田が詰め寄った。

「そんな事言うんだったら私はこの件から降りるよ」と不満そうに(伊武雅刀演じる鵜飼教授も捨てがたいが今回は田宮二郎主演の放送分で)小沢栄太郎が演じた鵜飼医学部長が吐き捨てるように言った。

「まぁまぁ、そんな事言わんとってください。先生だけが頼りなんですから」と又一は鵜飼に土下座をして、岩田の方を見て言った。

「ねぇ先生」

「何としても財前くんには教授になってもらわんと、わし等としても都合が悪い。鵜飼君!何とか力を貸してくれ。このとうりや」

その時、この会話の一部始終を聞いていた万里子は先日、カフェでのバイトを辞め、大手広告代理店の就職の内定も蹴って、春からこの料亭で芸鼓として働く為、三味線の稽古をしてはいたが、未だ大事なお客の接待は早いと、この店の女将が万里子には仲居の見習いをさせていた。


 「渋沢さん、ここにあるヘッドマウントディスプレイを装着してください」

「あっはい、何の検査ですか?」

「心配はいりませんよ。記憶を回復する為の治療です。リラックスして下さい。数分で終わりますので」と言って、清水は別室のモニタールームのデスクに腰掛けて、渋沢の過去の記憶にチャンネルを合わせた。

渋沢は懐かしそうに自身の過去の映像を見ていた。そして、あの空白の一週間のシーンで映像は途切れた。何者かにディレイトされた場面は数分間、病院内の映像に切り替わっていた。

清水は考えを巡らせていた。自分の手足となって動いてくれる人間がもう一人欲しい・・・
この男を使うか・・・
机の引き出しから取り出した、研修医の記憶のデーターを渋沢のデーターの一部にコピーして上書き保存した。
教授選挙が終わるまで、実験も兼ねて利用してみるか・・
上手くいけば、研究の成果も期待できる・・

「渋沢さん、ヘッドマウントディスプレイを外して頂いても大丈夫ですよ。検査は以上です。お大事になさって下さい」

こうして渋沢は、ヒョンなことから清水教授にコントロールされるかたちで、第一外科の教授選挙に巻き込まれ、票集めに奮闘させられる事となった。東教授の派閥に属し、次第に医局内で頭角を現すようになる。


 一方、早川は病院内に忍び込む為、気の弱そうな助手の柳原に近づき、渋沢の記憶を取り戻すべく、病院の裏側を調べているうちに、渋沢と同様に第一外科の教授選挙に巻き込まれてしまい、仕方がないので、財前教授実現の為、選挙参謀として手腕を発揮することになる。


 又いつもの料亭で教授選挙の会合が行われていた。

「五郎くんと金沢大学の菊川教授との決選投票の票読み、どないな具合ですか?」と又一が口を開いた。

「私の見るところ、今のところ五分だな」と鵜飼がうつむき加減に言った。

「そんな弱気な、金やったらナンボでも用意しまっさかい、言うとくんなはれ、一本でっか二本でっか!」

「まぁそれもそやけど、相手候補の菊川対策を早急になんとかせな、財前くんの勝ちは消えてしまう」
何故かその日の会合では、早川も同席していた。財前が緊急のオペで来れなくなった(実は行き付けの飲み屋の女の部屋にいた)と、電話では申し訳ないので、代わりに出席するようにと財前に、言われて来ていたのだった。

「あっ君!早川君いうたな!」

「あっはい」

「近いうちに金沢へ行ってなぁ、菊川教授と会うてきてくれへんか?」

「はー!???私が!???」

「私がって、君しかおらへんがな」

「何で?」

「何でやあらへんがな!君は五郎くんの医局の研修医やろ!」

「あっはい、取り敢えずそういうことにしとけと財前助教授が・・・」

「細かい事はええから、もっと死物狂いでやらな教授になんかなられへんのやでぇ」

「まぁまぁ、そのへんでやめとき」となだめるように、岩田が割って入った。

「そやかてやなぁ〜」と又一が、ため息を付いた後、鵜飼が早川の方を見て、

「とにかく早いほうが良い、明日の朝一番で金沢に飛んでくれたまえ!」

「ですから何で私が!???」と早川が少しいらだった口調で言った後、鵜飼教授が鋭い視線を早川に向けて、

「この期に及んで君は何を言っているんだね!」

その後、畳み掛けるように岩田が続けた。

「今回の教授選挙がどれ程、重要な選挙か君は分かっとるんか!今回の選挙でもしもや!財前君が負けるような事があったら!今までのわしらの苦労は全て水の泡や!分かるな・・・わしらもこんな事、君に言うのは辛いんや」と岩田が言った後、鵜飼が早川に説得口調で、

「とにかく菊川教授に会って、今回の教授選を辞退する様に説得してきてくれ給え。君だけが頼りなんだよ。分かったね」

「あっはい」と早川は理由もわからずに返事をして、翌朝一番の列車で金沢へ発ったのだが、菊川は、医局の研修医だと言うデタラメな者の言う事を聞くはずはなかった・・・

 そして、教授選考選挙の決選投票が始まった。教授選挙の決選投票の結果は2票差の僅差で財前教授が征した。

財前五郎は、晴れて第一外科の教授となったのであった。メデタシメデタシ。


 「財前教授の総回診が始まります」といつものように病院内にアナウンスが流れた。

何故だかわからないが、財前教授の後に第一外科の医局で頭角を現し、他の医局員から一目置かれる存在となった渋沢、その横に選挙参謀として票取りに駆けずり回った早川、いつもの料亭で三味線の稽古に没頭していた万里子も、総回診の列に加わっていた。この3名については先の選挙での働きが認められ、特別に病院から白衣を格安で譲り受ける事が許されたのであった。


 それから数年後と言いたいところだが、時間の関係で、そんなに待っていられないので、翌月、財前教授は病の為、「ただ無念だ」と里見に言い残しこの世を去った。

「夢見さしてもうて、ありがとな、五郎くん」西田敏行演じる財前又一が涙声で財前教授の遺体にかけられた打ち覆いをめくって語りかけた。

財前教授は枕元に里見助教授宛の遺書を残していた。が、そこに居合わせた早川はポケットから昨日徹夜して書き上げた遺書と財前が書いた遺書とを素早くすり替えた。
財前の遺書は以下の通りだ。

『私の遺体は大河内先生にお願いし病理解剖し、後の癌治療の資料として役立てて欲しい・・』という旨の遺書に早川はこう付け加えた。

『私の解剖手術の前に、渋沢吾郎くんの記憶回復手術を先にやってあげてほしい。渋沢君については先の教授選挙を懸命に戦ってくれた同志でもあるし、私と同じ五郎という名も親近感があると言う訳で、彼の事をくれぐれもよろしくお願いします。甚だ簡単ではありますが、私の遺書とさせて頂きます。ご静聴有難うございました。 
財前五郎』

早川は、大河内教授に渋沢の記憶回復手術をさせる計画を練りにねっていたのだった。なので、里見助教授宛の遺書を強引に自分宛ての遺書に書き換えたのであった。

早川は、大河内教授の方を見て言った。

「大河内先生!財前教授の最後のお願いを聞いてあげて頂けませんか!」

「君がそこまで言うんだったら・・・分かったよ。すぐにオペの準備を」と助手に指示を出した後、病理医学の権威で頑固親父の大河内教授が、オペ室へと消えていった。その後を追って早川も手術着に着替えてオペに立ち会った。

 数時間後、無事に渋沢の脳内に抜き取られた記憶の再インストールが完了した。早川はPCを再起動した後、シャットダウンした。


第六話の終わり


「財前教授の遺書」
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