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《司会、入ります!》 第4話


 司会、入ります! 《第4話》


 ブライダルフェアとは、なんぞや。
 ……と訊かれれば、これから結婚や披露宴を検討している、もしくはすでに決まっているカップルへの宣伝および営業ですと答える。
 営業内容は、じつに膨大。パーティー当日の料理の紹介や試食、テーブル装花や空間コーディネートの案内、引出物の紹介。映像や写真関係のアイテム説明と予約。衣装や美容、セレモニーの演出などなど、挙げれば無限に湧いてくるから以下省略。
 ではその中で、司会はなにを「営業」するのか。
 話術、対応力、機転、度胸、状況解析および分析能力、反射神経などの実戦部分以外にも、清潔感や好感などなど、見た目の印象も重要な「商品」として宣伝する。
 ひと言で表すなら、広義の「コミュニケーション力」を紹介する場だ。
 多くの人にとっては人生で一度きりの、財産投資の晴れ舞台。準備に準備を重ねた最大のぶっつけ本番を、誰のマイクに委ねるのか──というわけだ。
「言い方は悪いのですが、賭けってことですか?」
「賭け? はっきり博打って言えば?」
 会社の先輩・在原泉《ありわらいずみ》が、いつにも増してグイグイ切りこむ。松乃美咲《まつのみさき》は無意識にヘソの上を押さえた。
「……お腹が痛くなってきました」
「だったら、お手洗いへ行きなさい」
「……すみません。比喩です」
「比喩じゃなくて、弱音でしょ?」
 プロ司会者・在原泉は、ときに異様に手厳しい。美咲はしゅん……と項垂れた。
「いま、心が折れたわね。ポキッと」
「いえ、折れていません」
「ウソ。聞こえたもの。ボキボキボキッて。背骨やあばらが豪快に折れる音が」
「それはきっと、期待で胸が高鳴る音です」
 ほんと? と訊かれたから、ホントですと意地で返したら、在原がシャープな目元をふっと和らげ、美咲の背をポンと軽く叩いてくれた。
「いいレスポンスよ。その調子。嫌味を言われても笑顔でね」
 はい、と頷いてから、美咲は右奥のコーナーに視線を投じた。
 華厳《けごん》の間《ま》に入って右手、壁に沿って長テーブルが四台と三台、L字型に並んでいる。手前三台が、司会派遣会社スピカのブース。奥の三台は、この夏からホテル・カリブルヌスの新司会事務所として入館を認められた「フローラル」が陣取っている。
 両者の間の一台には、両腕を左右に広げたサイズの大きなモニターがデンッと置かれ、司会者たちのデモンストレーション映像が繰り返し放映されている。他にもアルバム紹介ブースと動画制作ブースなど、華厳の間という宴会場の名にふさわしく、音や視覚の演出関係で賑やかだ。
 いまモニターに映し出されているのは、スピカ唯一の男性司会者だ。彼はスポーツ実況のレギュラーも持っているそうで、なにより言葉のキレがいい。続いて流れた映像は、打って変わって可愛い女性だ。ケーキセレモニーのシーンをピックアップした動画に、うっとりする。
「皆さん、とてもいい声ですね。言葉選びも素敵です」
 なにげなく口にした直後、和らいでいた在原の目尻がピッと吊りあがった。
「そういう言い方は、プロに対して失礼だから。松乃さんがいま言った二点は、基本中の基本だから。基本がなってますねー、じょうずにお箸が持てましたねーって、子供の頭を撫でているのと同じだから」
「……大変失礼いたしました」
 今日の在原は、切れ味が良すぎて困る。
 さて、スピカの敏腕マネージャー・七実《ななみ》チカはといえば、スタッフに付き添われ、なんとフローラルのブースを訪れている。
 華やかなレースのワンピースや、光沢の美しいツーピースを身にまとったフローラルの司会者軍団の中で、チカひとりだけが黒ジャケットに黒パンツ、髪は襟足でひとつにまとめている。
 タンクトップにショートパンツのチカしか知らない美咲の目には、今日のチカは渋くてクールでかっこいい大人の女性だ。……などと言おうものなら、また在原に「大人に対して、大人って言うな」と叱られそうだから、ないしょ。
「チカさん、フローラルの方々となにを話しているんでしょうね」
 言った直後、在原のこめかみに、もりもりっと太い血管が浮いた。……まずい。押さなくてもいいスイッチを押してしまった。
「どうしてこっちが挨拶に行かなきゃならないのよ。向こうが来るべきでしょーが。いつぞやは大変失礼いたしました。合わせる顔もございませんって。合わせる顔がないなら来るなって、言い返してやるけどね」
 司会紹介のフォトブックを各テーブルに並べながら、在原が呪詛《じゅそ》を吐く。今日の在原はいつもよりドレスアップしているため、悪の女王の貫禄だ。
「泉ちゃんの眉間のシワ、あと三十分で消えるといいなぁ」
 その悪の女王を微塵も恐れることなく、のんびりした口調で場を和ませてくれるのは、在原の隣のテーブルでA5サイズのオーダーシートをお札のように数えている福田幸子だ。
 数カ月前に五十歳になったという福田は、司会歴二十年のベテランながら、「チカちゃんと泉ちゃん、このふたりの社員さんたちのおかげで、おばちゃんでも仕事を回してもらえるの」と、じつに謙虚だ。
 若い司会者にはあまり見られない少々ふっくらした体型も、五十歳のママさんならではの安心感を醸しだしていてホッとする。今日初めて会った美咲に対しても、「この仕事を続けていると、将来は芸術的な笑いジワのおばあちゃんになれるわよ」と、独特の感性で和ませてくれた。
 その福田に在原が、申し訳なさそうな視線を送る。
「消えますよ。というか、消します」
「あら、消えるの? 羨ましいわぁ。私なんて、朝ついたマスクのゴムのあとが、夜になってもそのまんまよ」
 あっはっはと大きな口を開けて笑った福田が、在原の背をバンバン叩く。叩かれた在原は苦笑いだ。「もう言いませんー。すみませんでしたー」と、ちょっと甘えるような言い方が母子のようだ。
 髪をガッと勢いよく掻きあげ、ヒールをカツカツ鳴らしてズバズバものを言う在原が可愛く見える。在原が、いかに福田を信頼しているか、よくわかる。
 だから美咲も、励ますつもりで在原に微笑みかけた。
「笑顔でいきましょう、在原さん」
「笑顔の硬い松乃さんに言われてもねぇ」
「うー……」
 福田にはお腹を見せる在原も、美咲には容赦なくガブリと噛みつくワンコらしい。

 フローラルのブースから、チカが戻ってきた。
 そのうしろにいるのは……!
「あら」
 いま始めて美咲に気づいたのか、もしくは、そういう芝居なのか。
 片方の肩で弾んでいるのは、いまどき珍しいお嬢様風の縦ロール……は、おそらくウィッグ。キラキラ素材のパフスリーヴ・セレモニージャケットに、チュールのロングスカート。パールのチョーカーにパールのブレスレット。細くて長い眉は、なにげに昆虫の触角を彷彿とさせる。
 ボソリと「盛りすぎ」と呟いたのは、応戦する気満々の在原だ。福田は「お久しぶりね」と余裕の笑顔。美咲ひとりがカチコチに固まって緊張している。
 ここで会うのは覚悟していた。それでもやはり強烈に意識してしまう。
 美咲の元司会の先生。そして、スピカの元司会者。チカや在原を裏切って、若手を引き連れて独立した人。現在はMC派遣フローラルの社長・五十風サオリ。
 気まずいながらも一礼した。五十風サオリが触覚を……じゃなくて、眉を撥ねあげて美咲を睨む。うんざりした顔のチカを押しのけるようにして美咲の前に立ち、ジロジロと失礼なほど顔を覗きこんでくる。
「あなた、確か……、ああ、松下さんね?」
「……松乃です」
 堂々と挨拶しようと思っていたのに。今日は絶対に顔を合わせるから……避けられないから、プロ司会を目指して勉強中ですと、笑顔で報告しようと決めていたのに。
 名を間違われ、きゅっと心が硬直する。まるでフローラルでレッスンを受けていたときのようだ。「ダメ」「よくない」「いまひとつね」「んー、残念」……つかめたと思ったら振り払われ、できたと喜べば苦笑で肩を竦められ、どれが正しくてなにが違うのか、だんだんわからなくなっていったときのように萎縮する。心も体も竦んでしまう。
 憧れの形も不確かになり、自分が司会を目指していた理由も曖昧になって、なにもかもが不安で、だけど必死で、余裕を無くして、自信のない自分にどんどん心を侵食されて、でもあと少しでデビューだからと、無理して、焦って、必死で笑って……気がついたら、プライベートもボロボロになっていた。
『美咲を見てると、披露宴挙げるのイヤになるよ、俺……────』
 懸命に封印していた彼の言葉が、いきなり脳内でこだました。
 慌てて唇をキュッと噛み、脳内で跳ね回る呪いの言葉を捕まえようとするのだが、あのときの衝撃まで蘇り、気持ちがコントロールできない。
「ああ、そうそう。松乃美佐子さん」
「……美咲です」
 あの悲しくて苦しい過去が、ひたひたと、美咲を侵食する。また空回りしそうになる。足もとが危うくなる。立っているのが怖くなる。
「あー、そうだったそうだった。松乃美咲さんね。思いだしたわ」
 サオリが頷くたび、縦ロールのウィッグがふわんふわんと大きく揺れる。ウィッグにまで笑われていると感じる卑屈な思考が、悲しくなる。
 それでも懸命に笑みを保とうとしている美咲を嘲笑うかのように、サオリが自慢の美声を響かせた。
「うちのオーディション、落ちちゃった子でしょ〜」
 刹那、目の前が真っ暗になった。
 周りのスタッフたちの視線が集中したのが、わかった。在原の顔が強ばった気配も、感じた。
 在原が割って入るより早く、スズメを威嚇するカラスのように、サオリが追撃する。
「うちの基準に満たなかったあなたが、スピカさんではプロになれるの? あらー、よかったわね。オーディションの基準って、会社のレベルによって大きく異な……」
 サオリの二の腕を、チカがガシッとつかんだ。「痛い!」とサオリが大袈裟に目を剥く。そんなサオリを強制的に回れ右させたチカが、早口言で言い捨てる。「ピーチクパーチクうるせぇんだよ!」と。
 サオリがギョッとした目で振り向いたときには、チカは完璧な営業スマイルを浮かべていた。でもその唇から発せられた言葉は、やはり我らがマネージャーだ。「ひな鳥は、さっさと巣に帰れ」
 小声だったから、直径一メートルの範囲内にしか聞こえていない。よって美咲は聞いてしまった。在原と福田も。
 なんという度胸。清々しいほどの反撃。
 我慢できず、美咲はブーッと噴きだした。福田も「ひな鳥かー。うまいこと言うわね。餌が欲しくて、ピーピー鳴いて気を引こうとするのよね。さすがはマネージャー。元スタッフのこと、よくわかってるわね」とコロコロ笑ったものだから、在原まで苦笑いして肩を竦め、チカだけが「なによ」と鼻の頭にシワを寄せているのが可笑しい。
「……七味《しちみ》のくせに」
「七実《ななみ》だっつーの」
 フイッと顔を背けたサオリが、「相変わらずチカさんって、意地悪ですよね」と吐き捨て、フローラルのブースへ戻ろうとする。その背に在原が、意味深なひと言をねじこんだ。「そうさせるのは、あなたの言葉や態度だってこと、まだわからない?」と。
 サオリが足を止め、怒りの形相で振り向く。それに負けない険しさで、在原が言う。
「このカリブルヌスでウエディングの仕事する以上、約束してほしいことがあるの」
 は? とサオリが顔を歪めた。在原が一歩前へ出た……のは、争う声を周囲に聞かれないための防御ではない。この陰鬱なムードに周りを巻きこまないための配慮だ。
「仮にも社長を名乗るなら、ゲストやチカのせいにするようなマイナス発言は、金輪際つつしみなさい」
「は? それ、どういう意味ですか?」
「ゲストの態度は、司会者の態度ひとつで変わる。チカがあなたを虐めているわけじゃない。ゲストがワガママなわけでもない。あなたの攻撃的な態度が誤解を生むの。強い口調が不安を煽るの。そこを直しなさいって、前から何度も……」
「私、もうスピカのメンバーじゃありませんので。命令口調はご遠慮くださーい」
 失礼しまーすと、サオリがフローラルのブースへ戻っていった。
 不穏な会話の事情を訊きたかったけれど、いまはひたすら、この緊張感が恐ろしい。
 和やかで華やかなはずのブライダルフェアが、戦々恐々で開幕した。


  ゲストが次々に司会ブースを訪れる中、なにをどう手伝えばいいのかわからず突っ立っていると、「あなたはまだ接客しなくていいから、まずは館内を見て回りなさい」と、チカから指令を受けた。
 美咲は華厳の間を離れ、賑わいの中を縫うようにして二階の大宴会場へ到着した。真っ暗だ……と思ったら、突如プロジェクション・マッピングが始まって、歓声が上がった。模擬披露宴がスタートしたのだ。
 並んだ円卓の数は十五卓。これからここで披露宴を挙げる予定のカップルたちが、光と音の演出に感嘆しながら司会の声に耳を傾けている。
 余裕の笑顔で司会進行を務めているのは、スピカの看板司会者・東条まどか。流ちょうすぎて感心するしかない進行に酔いしれたあとは、感動冷めやらぬまま同じフロアの館内教会へと移動し、模擬挙式に参列した。
 ここでマイクを握るのは、「私、失敗しませんから」をキャッチフレーズにしている、スピカの看板司会者のひとり、千草姫子《ちぐさひめこ》。レースのスカートが華やかで、声にも気品が感じられる姫子は、教会という神聖な場所に緊張しているカップルたちにフラワーシャワーの協力を促し、ラストには笑い声がさざめくほどリラックスしたムードでまとめてみせた。きっちり的確に進める東条とは異なるタイプだ。
「みんな、すごいな……」
 先輩司会者たちの仕事ぶりに、憧れよりも不安が先立つ。
 こんなにも上手な人たちを見ると、さすがに心配になってくる。果たして自分は、あんなふうにできるのだろうか、と。
 好きだから、やってみたいから。それだけでできる仕事じゃないような気がする。
 フローラルの五十風サオリから見れば、美咲はプロの域に達していない。美咲がいまここにいられるのは、スピカのおかげだ。とても優しくて面倒見のいい人たちが集う会社だから拾ってもらえただけで、本当は…………。
「……───だめ」
 ぶるんっと美咲は頭を振り、雑念を振り払った。マイナス方向に引きずられたら、最初から低めにしか設定されていない自信が、もっと下方修正されてしまう。
「こういうときは、やっぱりチカさんや在原さんたちのエネルギーに触れて、元気を取り戻さなきゃ!」
 よし、と頷いて、美咲は華厳の間の司会ブースへ引き返した。
 ありがたいことに大盛況。長テーブルや円卓は、すべてカップルで埋まっている。
 なにか手伝えることはないか……と美咲も自主的に仕事を探し、オーダーシートを整えたり、来場シートにスタンプラリーの判を押したり、司会者たちのスケジュールチェックを手伝いながら終了時刻まで働いた。おかげでフローラルのブースを気にせずに済んで助かった。
 模擬披露宴と模擬挙式を仕切っていた看板司会者たちは、すでに次の現場へ向かったようで姿はない。いまテーブルについて接客しているメンバーも、「早番・遅番」の交代で入った司会者たちだ。なごみ系の五十歳・福田幸子の姿もない。できればいろいろ仕事の話を聞きたかったけれど、それはまた次回へ持ち越しだ。
 一日フルでブースに入っていたのは、スピカの社員であるチカと在原。そしてまだデビュー前で、オーダーとは無関係な美咲の三人だけ。
 そして閉幕の午後六時。お疲れ様でしたーと、ホテルスタッフが各部屋に終了を告げて回っている。……長い一日が、やっと終わった。楽しくて、緊張して、クタクタで、だけどもっと学びたくて、高揚感が治まらなくて……少々オーバーヒート気味だ。
「お疲れ様、美咲ちゃん。今日は、どうだった?」
 笑顔の戻った在原は、怖くない。しっかり見あげて「はい」と返せば、自然に口調も軽くなる。
「模擬披露宴も模擬挙式も、他にも司会の皆さんの接客を間近で拝見できて、とても勉強になりました」
 ありがとうございました頭を下げると、「半年後のブライダルフェアでは、接客の場に座れるといいわね。司会者として」と嬉しい予告で励まされ、武者震いしつつも大きく頷く。
 本当に、そうありたい。そのための努力なら、きっと楽しいに違いないから。「チカ。このあとオフィスへ戻って、書類の整理がてら一杯やらない?」
 オーダーシートの最終チェックをしているチカの背に、在原が声をかける。お酒好きなチカなら、一も二もなく乗るのだろうと思ったが……。
 なぜかチカが目を見開き、固まった。
 どした? と在原がチカの顔を覗きこみ、オーダーシートをつかんだままの手元に視線を落とし、「え」と短い驚きを漏らした。
「……このオーダー受けたの、誰?」
 チカの問いかけが、戸惑いに揺れる。「なによ、これ……」と呟いた在原が、犯人でも捜すかのように周囲を見回す。
 なにが起きたのかわからないまま、美咲は横からそのオーダーシートを覗きこみ、そして。
 口を開けたまま絶句した。
 心臓が爆発したかと思うほど────驚きすぎて、茫然とする。
 受注の集計を早々に終わらせた五十風サオリが、チュールの裾を無駄にヒラヒラさせながら、スピカのブースへやってきた。その顔には、「してやったり」と書いてある。
「彼女の名前、書いてあげたわよ」
「これ、あんたがやったの? ……サオリ」
 睨みつけるチカに、「あら」とサオリが声を弾ませた。
「七月七日。七夕でしょ? うちは全員、他の仕事が入ってるの。でもスピカさんの松井さんなら、ヒマでしょ?」
「……松乃です」
「うちのテーブルについたお客様に、あちらに立っている新人なら空いてますよーって松田さんを勧めたら、新人でも構わないから、この日にお願いしたいって言われたの。だからオーダーシートに名前を書いてあげたのよ」
「松乃美咲って、サオリ社長がここに……このオーダーシートに書いたくせに、どうしてわざと、違う名前で私を呼ぶんですか? どうして、そんな意地悪ばかり……っ」
「なんてことしてくれたのよ!」
 チカが声を荒らげた。チカは本気で怒っていた。
 そして、悲しんでいた。
 御両家にとって、とても大切な披露宴だからこそ、チカはすごく悲しんでいた。こんな馬鹿げた諍いに巻きこんでしまって……と、表情に悔しさが滲んでいる。
 ────どんな披露宴をお望みですか? カジュアル? 厳《おごそ》か? お料理メイン? それともサプライズ盛りだくさんの、賑やかなパーティー風?
 職場の関係者より、ご友人が多い? それでしたら楽しい雰囲気でいきましょう。司会はこの人がいいですよ。おふたりのイメージする披露宴に、もっとも相応しい司会者です──…。
 スピカのブースでは、今日は終日そんな会話が飛び交っていた。聞いているだけでワクワクして、イメージが膨らんで、いろんな個性をもった司会者が揃っているからこそできるプロデュースなのだと感動しきりの、楽しいブライダルフェアだった。
 御両家にとって最高の披露宴を創りあげるという、ひとつの大きな目標に向かって力を合わせるのがウェディング業界に関わる人間の……私たちの仕事のはずだ。それなのに。
「サオリ。あんた、自分がなにをしたか、わかってる?」
「あら〜、せっかくスピカさんにお仕事を回してあげたのに。そんなふうに言われたら心外だわぁ」
「…………っ」
 チカが歯を食いしばる。握った拳が震えている。元は仲間だったからこそ、もどかしさと腹立たしさが尋常ではないのだ。それが痛いほど伝わってくる。
 言葉を操るプロ同士のはずなのに、肝心の言葉が全然通じない。
「……よく聞け、サオリ。この子は……美咲ちゃんはね、あたしと泉が、これから大事に大切に育てる子なんだから! こんなとこで、あんたの身勝手で潰されて、ホテルを出禁にされるわけにはいかな……」
 チカ! と在原が止めたのは、周りのスタッフがこちらに注目していたから。
 周囲の視線を盾に取り、サオリが……五十風サオリ四十一歳が、勝利を確信して笑う。
「良かれと思ってしてあげたことにケチをつけるなんて、ひどいわぁ。それとも御社の松下さんは司会じゃなくて、雑用で雇われた人だったのかしら?」
 ホホホホホホホホホ、とサオリが笑った。口元に手の甲を添えて。マンガにしか出てこないような「ホ」の羅列のお嬢様笑いをナマで聞いたのは初めてだ。
「やだぁ、てっきりプロだと思ってたわぁ。勘違いしてごめんなさいね、松尾美奈子さん」
「私の名前は、松乃美咲です────ッ!」
 自己紹介で目を吊りあげて怒鳴ったのは、三十年の人生で初めてだ。


   第五話へ続く! https://note.com/jin_kizuki/n/n24ad69399bf4 →


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