漫才師、絶壁に死す

高瀬 甚太

 
 深い眠りの中を一人さ迷っていた。午前六時三〇分、目覚めてすぐにテレビのスイッチを入れると、アナウンサーがニュースを読み上げていた。ベッドから体を起こし、いつものように洗面所に向かおうとして、ニュースの音声にふと、足を止めた。
 『人気漫才コンビ「夕焼け小焼け」のボケ役担当で知られる西脇俊二さんが今朝早く、和歌山県白浜町の海岸に打ち上げられているのが見つかりました。警察は自殺の疑いが濃いと発表しています』
 慌てふためいて警察に連絡をした。何かの間違いではないかと思った。
一週間ほど前、私は西脇から電話をもらっている。その時、彼は東京へ向かう途中だと言っていた。
 ――吉岡、俺今、新大阪駅にいるんやけど会われへんか?
 朝一番の電話だったので驚いた。まだ寝床にいた私は、不機嫌な声で突っ放すように言った。
 ――何時やと思っているんや。まだ朝の六時過ぎやないか。こんな朝早く、どないしたんや?
 すると唐突に彼が言った。
 ――金貸してくれへんか。頼むわ。
 彼がギャンブルに嵌って金に追われていることは知っていた。だが、芸人の世界にはそんな奴、ざらにいる。それほど心配することはないと思っていた。
 ――お前、今から東京へ行くんやろ。旅費や宿泊費なら事務所が立て替えて先に払うてくれているやないか。何の金がいるんや。
 ――その金やないんや。借金の支払いの金なんや。今日中に払わんとえらい目に遭わされる。頼むわ。俺にはもう、あんたしかおらへんね。
 悲壮な声を上げる西脇に、寝起きの不機嫌さも手伝って、私は冷たく言い放った。
 ――あかん。わしも金ないんや。用はそれだけか。ほな、電話を切るぞ。
 ――吉岡支配人、頼むわ!
 それが西脇の声を聞いた最期になった。

 天王寺駅から白浜へはJRの特急で二時間程度の距離だ。警察から連絡を受けた私は、その日の午前、西脇が所属する芸能事務所を代表して検死のために白浜警察署に向かった。
 列車から降りると駅の構内で警察署の人間が待っていた。
 「お疲れさまです。木場芸能事務所の吉岡さんですね。白浜警察署の田辺と申します。お迎えに上がりました」
 のんびりした喋り方に拍子抜けした。これから検死に向かう緊迫感など微塵も感じられなかった。パトカーに乗ると、もう一人の警官がハンドルを片手に待っていた。
 後部座席に乗り込むと、パトカーは音もなく出発した。
 「本日はわざわざすみませんね。三段壁で自殺をしたと思われる遺体が白良浜に打ち上げられましてね。三段壁に遺されたバッグの中に入っていた免許証で西脇さんだということがわかりましたので、取り急ぎ、そちらの事務所に連絡をさせていただきました」
 と、運転をしていた警官が私に説明をした。
 「本当に自殺なのでしょうかね。西脇は今、売れ始めている漫才師でしてね。これからという時に自殺をするやなんて信じられへんのですよ」
「いや、まだ、自殺と断定したわけではありません。遺書は残されていませんでしたが、飛び込んだと思われる三段壁に靴や鞄がきちんと並べられていたことや争った跡がなかったことなどから警察内部では自殺の見方を強まっていますが――」
 白浜を代表する観光名所「三段壁」は、高さ5・60メートル、長さ2メートルの切り立った大岸壁で、自殺の名所として知られている。私も以前、何度か行ったことがあるが、めまいがするほど高い岸壁だったことをよく覚えている。自殺者が多いというのも無理からぬ場所で、岸壁の手前に「投身自殺者 海難死没者 供養塔」が建てられている。
 西脇が自殺をしたと警察から聞いた時、俄かには信じ難かった。西脇は物事を深刻に考えるようなタイプではなく、いい加減で何事にも動じない図太い神経を持ち合わせていた。その彼が自殺をした――。
 考えられることは借金しかなかった。多分、ギャンブルで作った借金だろう。闇の高利貸しに金を借りて、追い詰められていたのかも知れない。
 ――借金の支払いの金なんや。今日中に払わんとえらい目に遭わされる。
西脇の言葉が思い出された。
 ――あの時、私が金を持って行ってやれば、西脇は死なずに済んだのだろうか。
 そのことを考えると胸が痛んだ。
 白浜駅から白浜警察署までは約十分あまりの距離だ。近くに空港があり、パンダで有名な「アドベンチャーワールド」がある。
 平成22年に移転し新設された警察署の建物はまだ真新しい。署に着いてすぐに遺体安置所に向かい、西脇であるかどうかの確認をすることになった。二人の警官に付き添われて安置所のドアを開けると、いきなり湿っぽく冷たい空気に襲われ、思わず足がすくんだ。
 白い布で覆われた遺体の傍に立つと、警官が顔を覆っている白い布を捲った。
 土気色の顔にはすでに表情はなかった。まるで蝋で作られた人形のような顔を見て、私は絶句して警官に言った。
 「西脇俊二です。間違いありません」
 享年三十二歳。これからという時になぜ――。そう思うと、自然に涙がこぼれ出た。
 相方の佐藤勇二は、仕事が入っていたため、一緒に来ることができなかったが、今晩、白浜に到着する予定になっていた。二人は決して仲のいいコンビとは言えなかったが、漫才の息はよく合っていた。
 私以上に佐藤はショックだろうなと思った。漫才のコンビは一朝一夕には生まれない。「夕焼け小焼け」の漫才コンビは、突っ込みの佐藤とボケの西脇の絶妙の間と呼吸が受けて人気を博したコンビだ。どちらが欠けても漫才として成立しない。
 性格の違う二人はことあるごとに対立し、舞台の外ではとてもコンビとは思えないほど険悪な仲だった。そのため、二人のコンビ解消が何度も噂されたことがある。
 だが、ほとんどの漫才コンビがそうだった。私生活もべったりといったコンビなどほとんどなく、険悪な関係のコンビも少なくない。「夕焼け小焼け」のコンビもそんな中の一組であるにすぎなかった。
 「西脇さんのご家族の方にご連絡したいのですが」
 警官に聞かれて私は一瞬戸惑った。西脇は未婚で家庭を持っていない。兄弟、両親についても私は何も知っていなかった。事務所に問い合わせても、おそらくわからないだろう。事務所に登録する際、彼は一切を秘匿していた。
 コンビの佐藤でさえも西脇のことはよく知っていないのではないかと思った。西脇と佐藤は事務所へ入ってから事務所が組ませたコンビだ。私生活では交際がないと聞いている。
 「西脇の家族のことについて、私はよくわかっていませんが、もしかしたら今日の夜、こちらへやって来る佐藤というものが知っている可能性があります。そのものに聞いていただけますか? どちらにしても引き取るのは私ども事務所が引き取りますので、検証が済み次第、連絡をいただければお引き取りに上がります」
 と、答えて、私は警察署を辞した。
 警察署を出た私は、大阪の事務所に検死結果の一部始終を報告した。電話の相手は、上司の神山篤志課長だった。
 ――やっぱり西脇でした。間違いありません。残念ですわ、これからという時に。佐藤がここへ来るのを待って一緒に大阪へ帰ることにします。西脇の遺体は、もう少し検証が必要やということなので、検証が済み次第、事務所の方へ連絡してくれと言っておきました。
 ――検証が必要ということは、まだ自殺かどうかわからんということなんやな。
 ――でも、まあ、ほぼ自殺で確定でしょう。遺書は遺されていませんが、靴と鞄が三段壁にきちんと揃えて残されていたと警察が言うてましたから。
 ――やっと人気が軌道に乗り始めたというのに、ほんま、なんちゅうこっちゃ。マスコミに何を聞かれても何にも答えんようにするんやで。いらんこと書かれたらうちの事務所の恥やさかいな。
 神山課長は、捨て台詞のような言葉を吐いて電話を切った。
 タクシーに乗って、西脇が飛び降り自殺をしたという三段壁に向かった。彼の西脇の冥福を祈りたいという気持ちと本当に自殺をしたのかどうか、現場を確認したいという気持ちがあった。
 タクシーに乗り込むと、人の好さそうな運転手が声をかけてきた。
 「お客さん、お一人ですか?」
 「ええ、一人です」
 と、答えると、
 「死んだらあきませんよ」
 と言う。
 「え――」
 運転手の言葉にどう応えていいか戸惑っていると、なおも運転手が言う。
「月に二、三人、自殺者を乗せますんや。死にに来た人はたいてい荷物を持ってません。お客さんも荷物を持ってませんやろ。勘でわかりますんや。三段壁から身投げした人は、海面に落ちて溺れ死ぬんやないんです。突きだした岩に体を激突させて衝突して骨が砕けてそのまま海面に落下して死ぬんです。それはもう無残なもんです。それに私、自分の車に乗った客を死なせたくないんです。本気でそう思って言っているんです」
 苦笑した。自殺者と間違われるなんて、私はよほど深刻な顔をしていたようだ。
 「安心してください。私は死にませんから。それより運転手さんにお聴きしたいことがあるんですが――」
 運転手は少し安堵した表情を見せたが、それでもなお疑心暗鬼な様子で私に尋ねた。
 「何ですか、聞きたいことって」
 「昨日か一昨日、『夕焼け小焼け』の漫才コンビの片割れの西脇という者が三段壁に向かったようなんですけど、運転手さん、乗せてまへんか?」
「『夕焼け小焼け』やったらよう知っています。今、人気の漫才コンビでしょ。その西脇がどうかしたんですか?」
 西脇が自殺をしたことをこの運転手はまだ知っていなかった。車の中でニュースを聞くことなどほとんどないようだ。
 「今朝早く、西脇は遺体で見つかりました。警察の捜査では三段壁から身投げしたということで、私、西脇の所属する事務所の者ですけど、確認のために白浜署へやって来ました。検死を終えて少し時間があったので、西脇がほんまに三段壁で亡くなったのかどうか、確認できればと思って運転手さんの車に乗りましたんや」
 運転手は一つ大きなため息をついた。
 「そうですか、西脇さんが自殺したなんて、俄かには信じられまへんなあ。西脇さんを乗せた者がいるかどうか、運転手仲間に電話をして聞いてみますわ」
 「お願いします」
 気のいい運転手は、携帯電話で仲間の運転手に連絡を取って調べてくれた。このあたりを根城にしている運転手は四名か五名ほどなので、聞いたらすぐにわかるということだった。三段壁の交差点の近くに車を停めてもらい、運転手が電話で確認するのを待った。
 数羽のカモメが空を旋回していた。西脇の死が嘘のようないい天気だった。透き通った青空に白い雲がたなびいて、ここは本当に景色が美しい。
 ――何、ほんまか。わかった。おおきに。
 運転手の上気した声が聞こえてきた。どうやら西脇を乗せた運転手がわかったようだ。
 「運転手さん、西脇を乗せた車、わかったんですか?」
 尋ねると、運転手が二、三回、縦に頭を振った。
 「はい、わかりました。一昨日、『夕焼け小焼け』の西脇によう似た男を 三段壁まで乗せたと言うてます。ただ――」
 「ただ、何ですか?」
 「その時、一人やなかったと言うてます。二人やった、しかも相手は若い女やったと言うてます」
 「二人? 若い女」
 「そうです。そない言うてます」
 「何かの間違いやないやろか」
 「いっぺん、その男に会うてみますか。空港で客待ちしているみたいですから呼んでみますけど」
 「お願いします」
 意外な展開だった。もし、西脇が女連れだったら自殺するのはおかしい。心中したのだったら女の遺体も上がるはずだ。そう思い、事情を知っている運転手がやって来るのを待った。
 十分ほどして別会社のタクシーがやって来た。六十を少し過ぎたぐらいだろうか、白髪が目立つ痩身の男性運転手がその時の状況を説明してくれた。
「あの特徴のある鼻と目はまさしく『夕焼け小焼け』の西脇さんでした。西脇さんを空港で乗せたんですが、どこへ行きますか、と聞いたら、三段壁へ向かってくれと言いました。荷物は小さなバッグが一つあるだけで軽装でしたな。三段壁に向かう途中、34号線の道路脇で若い女を乗せました。西脇さんはその女と待ち合わせをしていたようです。若くてきれいな女の子でしたね」
 運転手の話が本当なら、とても、これから死のうとするものの行動とは思えなかった。
 「下りたのは三段壁のどの辺りですか?」
 「三段壁の土産物店の手前です」
 「西脇と女は車の中でどんな話をしていたか、覚えていませんか」
 「そうですね。声が小さくてあまりよく聞こえませんでしたが、白浜のホテルで一泊して勝浦へ回るような話をしていたと思いますが……」
 ――勝浦。では、西脇は自殺などする気がなかったのだ。それではなぜ、西脇は死んだ。
 「そのことを警察に話されましたか?」
 痩身の運転手は首を横に振って答えた。
 「いえ、聞かれてないので言ってません。私自身、西脇さんが自殺したなんて、知ったのは今が初めてですから」
 警察は現場検証と身元の確認に忙しくて、まだそこまで手が回っていないのかも知れないし、自殺が濃厚ということで、そこまでの捜査をしていない可能性があった。
 「私、この後、再び警察署に行きますので、今の話を警察に報告いたします。その際、あなたの名前をお伝えしますので、警察から連絡があればよろしくお願いします」
 痩身の運転手は快く承諾してくれた。
 それにしても意外だった。もし、自殺でないとしたら、一体誰が――。

 土産物売り場の近くで車を降りた私は、土産物店が並ぶ通りを右に曲がり、三段壁に向かった。展望台から海を眺めていると、先ほどからの疑問が再び脳裏をかすめた。
 ――西脇は女性と三段壁にやって来た。そして亡くなった。
 思わず足がすくんでしまいそうな展望台からの眺めを西脇はどんな思いで眺めたのだろうか。西脇の性格から考えてもやはり自殺とは考えにくい。女性と同行したと聞いて、なおさらそう思った。
 西脇が飛び込んだと思われる三段壁周辺の散歩道を歩いてみた。松やウバメガシ、松葉ギク、ハイビスカスなどさまざまな木々や花が咲いていた。
 潮風に吹かれていたその時、突然、携帯が鳴った。着信を見ると「夕焼け小焼け」の佐藤の名前が記されていた。
 ――吉岡さんですか? 佐藤です。
 ――どうした? もう着いたのか。
 ――予定より早く仕事が終わりましたので早めにそちらへ着けそうです。吉岡さんが見てどうでしたか。本当に西脇でしたか。
 ――ああ、間違いなく西脇だった。
 ――そうですか……。
 力ない声を出して佐藤はそのまま黙ってしまった。
 午前中に東京を出発した佐藤は、午後二時頃には白浜に到着するとのことだった。佐藤の到着まで後三時間程度あった。私は西脇が女と待ち合わせをし、白浜から勝浦へ回ると話していたことを告げるために、再び白浜警察署に電話をした。
 白浜警察署にその旨の連絡をすると、担当の警部は驚きの声を上げた。
――そうですか。流れ着いた遺体の状態を見て、不自然なところが見られなかったため、三段壁からの投身自殺と判断し、特に解剖などの指示はしていませんでした。それは意外でした。女連れだったとは――。早速、その運転手に話を聞いてみます。ありがとうございました。
 自殺者の多い場所でのことだ。遺体の損傷具合や飛び込んだと思われる場所の様子をみて、警察が自殺と判断したのも無理はなかった。実際、私自身も自殺するような人間ではないと思いながらも自殺と信じていた。しかし、もし、西脇が自殺でないとしたら、西脇を殺害したのは一体誰なのか。思い当たるのは、西脇と待ち合わせをし、一緒にタクシーに乗って三段壁まで同行した女しかいない。
 西脇が脇の甘い人間であることは熟知していた。これまでも幾度か女性問題で暴力団に揺すられたことがある。組に関係のある女性と寝て、脅されたのだが、その時は、事務所の渉外担当が話をつけて解決した。所属する人間の大半がお笑い関係だ。そういったことは、頻繁に起きていた。
 今回、同行した若い女が誰なのか。そのことがわかれば事件解決の糸口が見つかるのだが、今のところ、思い当たる人間はいなかった。
 しかし、まだ他殺と決まったわけではない。女と何かあって発作的に飛び込んだのか、それとも女も一緒に飛び込んで、女の遺体が見つかっていないだけなのか。それすらもわかっていない。
 事務所に連絡をして西脇の新しい女を知っている者がいないかどうか神山課長に尋ねた。
 ――そう言えば、西脇に女が出来たと話しておったやつがおったなあ。誰やったかな。ちょっと聞いてみるわ。
 神山課長はそう言って電話を切った。
 西山が殺されるとしたら、一体どんな理由が考えられるだろうか。怨恨はどうだろうか。確かに西脇は人間がいい加減で不真面目なやつだから疎ましく思っている人間は少なくない。だが、殺意を覚えるほどの怨恨を抱いているやつなどそうはいないはずだ。
 女性問題のトラブルはどうだ。待ち合わせをして三段壁に同行した女との間にトラブルはなかったか。だが、二人を乗せた運転手は二人を良好な関係とみていたようだ。そうでなければ翌日、勝浦に行くなどの話は出ないだろう。
 そもそも西脇はどんな人間であったのか。そこから思い出してみようと思った。
 木場芸能事務所は創立八〇年を超える、関西屈指のお笑い専門の老舗事務所で、所属芸人三八二名は、関西はもちろん全国でも芸人の数は一、二を争う。漫才、落語からピン芸、コント、手品に至るまでありとあらゆる芸人が顔を揃え、関西を中心に全国規模で活動し、中にはアイドル並みの人気を誇っている芸人も少なからずいた
 西脇は木場事務所が経営する新人養成所の出身で、佐藤とコンビを結成するまで、数人と入れ替わり立ち代わりコンビを組んだが、どれもうまく行かず、ダメ元で佐藤とコンビを組ませたところ、案に相違して成功し、一躍人気者になった。
 西脇に佐藤とコンビを組ませたのは私で、私自身もその時は成功するなど夢にも思っていなかった。
 西脇は唯我独尊といったところがあり、それが芸風になって売りにしているところもあったが、コンビを組む者の多くが西脇の芸風を生かすためには自分の芸を殺さなければならなくなり、西脇のわがままに耐えられなくて敢えなくコンビ解消を申し出る者が多かった。
 佐藤は西脇より五歳も下で、西脇とは逆に、佐藤は少々気の弱いところがネックになっていて、西脇同様、何人かとコンビを組んだもののうまくいかず、うまくいかないもの同士、組ませたらどうだろうかと苦心の末に発想して西脇とコンビを組ませた経緯がある。
 二人の成功の源は、今でも私は佐藤にあると思っている。西脇の芸風は佐藤がそばにいてこそ発揮でき、佐藤の存在が爆笑を生んだと私は確信していた。
 「夕焼け小焼け」は、今まさに頂上に昇りつめようかという瞬間を迎えていた。その矢先の西脇の死だった。
 ――着信音が鳴った。
 ホテルの喫茶室の中で瞑想に耽っていた私は慌てて電話を取った。神山課長からのものだった。
 ――吉岡か。大変なことがわかったぞ。
 神山課長が慌てた様子で早口に言う。普段、冷静沈着な課長の取り乱した様子に、その時、私は一抹の不安を感じた。
 普段は冷静沈着を旨とする神山課長だが、この時ばかりはひどく狼狽えていた。所属芸人の不祥事に頭が痛いのだろう。声が上ずっていた。
 ――西脇のやつ、女が出来たと聞いていたが二股をかけていたようだ。白浜で待ち合わせをしていたのは、そのうちの一人でみどりという水商売の女じゃないかということだ。西脇のもう一人の相手は美穂というОLで、この女は西脇にずいぶん金をつぎ込んでいたらしい。それなのに西脇が二股をかけていることを知ってずいぶん頭にきていたようだ。うちの事務所の者に聞いたら、その女は一週間ほど前から行方がわからなくなっているらしい。それともう一つ、これもまた大変なことだが、西脇のやつ闇カジノに嵌っていて暴力団が経営する闇金融にかなりの借財があったようだ。こうしてみると、西脇の自殺は女に追い詰められてのものか、借金に追われてのものか、そのどちらかじゃないか。西脇のことを知っている者がそう言っていた。またマスコミに叩かれそうだ。まいったよ。
 放っておくといつまで経っても神山課長の愚痴が止まりそうにない。話を打ち切るようにして言葉を差し挟んだ。
 ――課長、私、もう少しここにいていいですか? 佐藤がやって来るのを待って一緒に帰るつもりでしたが、今の話を聞いてもう少しこちらで調べたいことが出てきました。よろしゅう頼みます。
 神山課長が怒鳴る声を遠くに聞きながら、一方的に電話を切った。それにしても神山課長の話を聞いて、私は、ますます西脇が自殺をしたとは思えなくなった。女と借金、自殺するにはこれ以上ない理由だが、白浜へ来てからの西脇の行動を考えると単純にそうとも言えないものがあった。三段壁でいったい何があったのか、もう一度、それを調べてみたいと思った。
 ――タクシーの運転手は34号線で女を拾って乗せたと言った。白浜で一泊した後、勝浦に行くという二人の話を運転手は聞いている。神山課長の話では、西脇が途中で待ち合わせをした女はみどりという水商売の女だということだったが、一週間前から行方をくらましている、もう一人の女、美穂はどこへ行ったのか。
 考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。だが、どこから手をつけたらいいのか見当もつかない。素人が手に負えるものじゃないということはわかっていたが、それでもことまま放っておくわけにもいかなかった。
 西脇に金を貸してやらなかったこと、新大阪へ行ってやらなかったことが、ずっと尾を引き、私の負い目になっていた。
 西脇と私は立場こそ違え、同じような時期に、私は事務所の社員となり、彼は所属芸人になった。特に気が合うというわけではなかったが、時には一緒に酒を呑んだり、馬鹿話をして過ごすこともあった。だからこそ彼は私に借金を申し込んで来たのだと思う。だが、金使いが荒く、酒やギャンブル、女と、放蕩を繰り返す彼の悪い噂を度々耳にしていたこともあり、金を貸す気にはなれず、あの時、きっぱりと断った。
 晩秋に近い季節だというのに妙に温かく、潮風が肌に心地よかった。本州の最南端に近い場所のせいだろうか、大阪市内とはずいぶん温度差があるように思えた。
 気候とは逆に私の思いは複雑だった。何をどうしていいかわからないまま、タクシーに乗り込み、とりあえず白良浜に向かうことにした。
白良浜は鉛山湾沿岸に位置する砂浜で、石英の砂からなる白い浜辺で知られる危機地方屈指の海水浴場だ。夏場と違って人が少ないだろうと思っていたが、温泉客が浜辺を散歩している姿を多く見かけ、驚かされた。
 浜辺でぼんやり海を眺めていると、勢いよく携帯が鳴った。
 ――佐藤です。今、白浜に着きました。
 時計を見ると午後二時を少し回っていた。指示を求める佐藤に言った。
 ――タクシーへ乗ってそのまま白浜署に向かってくれるか。おまえのことはすでに警察の担当者に伝えている。俺も後から行くさかい。
 電話を切った後、急に空腹を覚え、昼食を取っていないことに気が付いた。午前中から忙しかった。どこかで食事をして警察署に向かおうと思い、白良浜近くの食堂に入った。
 丼とうどんがメインの昔ながらの食堂だった。ホテルで食事をとる人が多いせいか、昼食の時間を過ぎているせいなのか、客は誰もいなかった。老婆が一人できりもりしている。六つほどあるテーブルの一角に腰を下ろし、うどんと親子丼を注文した。近代的なホテルや旅館の立ち並ぶこの町には珍しい古びた食堂だった。老婆が厨房に注文を通すと厨房の中にいた老人がハイヨと返事をした。
 この店を西脇やみどりという女が利用したとは思えなかったが、もののついでだと思い、尋ねてみた。
 「昨日か一昨日、漫才師の『夕焼け小焼け』の相方の一人か、水商売風の若い女がこちらで食事をしませんでしたか?」
 「漫才師の方が来たかどうかわかりませんがね、若い女の人なら一昨日、一人で入って来られましたよ。こんな古びた店ですからね、旅行客はほとんど来ませんし、若い女の人が来るなんてことも滅多にないものですからよく覚えています」
 「その女性は派手な感じでしたか?」
 「いえいえ、大人しそうな女の人でしたよ。服装も地味でね。そうそう、黒縁のメガネをかけていました」
 みどりではないと思い、がっかりした。旅行客の多い町だ。当然、いろんな女性がやって来る。西脇の事件に、何でも都合よく結びつけようとする自分がおかしくなって思わず苦笑した。
 厨房から「上がったよ」と老人の声が聞こえ、老婆は急いで厨房へ取りに行った。
 ずいぶん改装していないのだろう。テーブルも壁も古ぼけたもので、田舎の大衆食堂そのものといった趣だ。
 「お待たせしました」
 老婆がうどんと親子丼をテーブルの上に載せる。うどんも親子丼も大衆食堂の定番メニューそのもので何の飾り気もないものだった。それなのに、何となく郷愁を覚えるのはなぜだろう。箸を割って、いざ食べようとした時、老婆が思い出したように言った。
 「そうそう、その時、女の子がね。食事をしながら私に聞いたんですよ」
 「聞いた? どんなことをですか」
 その女が、果たして西脇の事件に関係があるかどうかわからなかったが、老婆に尋ねた。
 「この近くに神社がありますか? と聞くんでね。阪田神社(歓喜神社)はどうだね、と言ったんだ。阪田神社は夫婦円満、子宝祈願の神社でね、阪田山祭祀遺跡から出た男女の性器のレリーフをご神体にしている神社だよって説明してあげたんだ。すると、その女の子が『私、行ってみます』と言ったのでね、行き方を教えてあげたんだけど、カップルの祈願者は多いけど独身の若い女の子が一人で行くのは珍しくってね、驚いたことを覚えているよ」
 「阪田神社ですか? 夫婦円満、子宝祈願の神社――」
 もし、その女が西脇と待ち合わせをした、みどりであるとしても、水商売の若い女の子が祈願するにはふさわしくないような神社に思えた。だが、何も手がかりのない中で掴んだ唯一の糸口だ。行ってみない手はなかった。
 「その神社への道を教えてもらえますか?」
 老婆に聞くと、老婆はメモの切れ端に丁寧に道のりを書いてくれた。

 白良浜からタクシーを使えば、そう遠い距離ではない。だが、その前に白浜署へ行って佐藤に会う必要があった。佐藤に会ってからでも遅くない。そう思った私はタクシーに乗って白浜署を目指した。
 白浜署に到着すると、すでに佐藤は検死を終えた後だった。署員の話では、佐藤は西脇の遺体を確かめると、その場に泣き崩れてしばらく遺体のそばから離れようとしなかったらしい。相方の死にショックを受けるのは当然のことだが、佐藤がそこまで泣き崩れるとは思ってもみなかった。険悪な仲でコンビ解消を噂されていた二人である。しかし、そこは長年一緒にやって来た漫才コンビだ。私たちの想像の及ばないところで二人は深い絆で結ばれていたのかも知れない。
ショックから立ち直るのを待って佐藤に話しかけた。
「西脇の死に疑問が生じているんや。自殺ではなく他殺の可能性も出てきた。そこで俺はもう少し、西脇の死について調べたいと思っている。課長は怒っていたが、それでは俺の気がすまへん。佐藤はこれからどうする? 俺と一緒に行動するか、それとも大阪へ帰るか?」
 佐藤は、他殺の可能性が出てきたということを示唆しても何の反応もみせなかった。しばらく躊躇した後、泣きはらした目で私に言った。
 「吉岡さん、俺、悪いけど大阪へ帰ります。これからのこともあるし、仕事のこともあるさかいに――」
 「わかった。ほな、気いつけて帰りや。俺も明日の夜までには帰れると思う」
 佐藤と別れようとして、ふと気になって尋ねてみた。
 「佐藤、お前、西脇の愛人の美穂という女とみどりという女を知っているか?」
 佐藤は少し考えた後、私に言った。
 「美穂でしょ。知ってますよ。西脇が三年前から付き合っている銀行に勤めるOLの女の子です。西脇のやつ、その美穂に金をたかっていて、よく呼び出しては金を出させていました。みどりは最近の女だと思います。名前も顔も知りませんわ」
 「その美穂という女だが、黒縁のメガネをかけていなかったか」
 「かけていました。大人しい女でね。西脇なんかに引っかからんかったら、普通の生活ができたのに、ほんまにかわいそうな女の子ですわ」
 その美穂が一週間ほど前から姿を消していることを佐藤には喋らなかった。もしかしたら美穂は、西脇がみどりと白浜で待ち合わせをしていることを知って先回りしたのではないか。ふと、そんな考えが脳裏を過ったからだ。
 大衆食堂の女性客も美穂だと考えたら納得がいく。
 佐藤と別れてタクシーに乗車した。阪田神社へは十分足らずの距離だと運転手が言った。
 神社に到着したものの、美穂が阪田神社を訪れたかどうかを確認するのは難しかった。そのことを調べるつてがどこにもない。神社の関係者に尋ねてもわかるとは思えなかった。
 タクシーの運転手が言った、西脇と34号線の路上で待ち合わせをした女はどう考えても美穂ではなく、みどりのように思えた。ではなぜ、みどりは、西脇と大阪から同行せず、白浜の路上で待ち合わせをしたのか。みどりは西脇より早く白浜へやって来る必要があったのではないか。それは一体なぜか――。
 阪田神社を訪れた女が美穂であるかどうかについて、まったく確証が持てないまま、私はぼんやりと神社の境内に突っ立っていた。
 やがて自分のやっていることに空しさと馬鹿馬鹿しさを覚え、ひとまず大阪へ帰ろうか、そう思って神社を立ち去ろうとした矢先のことだ。旅行客らしい若い女性と出会った。気になって何となく様子を見守っていると、その女性は子宝祈願の札を社務所で買っていた。それを見た時、ふと、私の中でひらめくものがあった。
 ――美穂はこの神社へ子宝祈願に来たのではないか。
 直感でそう思った。
 神山課長に直通の電話を入れた。二度、三度の呼び出し音で神山課長が出た。
 ――吉岡です。課長、大至急、調べていただきたいことがあるのですが。
 言い終わらないうちに神山課長の怒声が飛んできた。
 ――検死が済んで佐藤と会うたらすぐに帰って来いと言うとるやろが。いつまで白浜でウロチョロしとんのや。
 ――課長、すみません。もう少しだけ白浜に置いてください。調べたいことができたんです。実は西脇の死に他殺の線が浮かんで、どうしてもそれを確かめたくて、そのためにはもう少しここにいる必要があります。
 ――西脇が殺された? 自殺やなかったんか。そやけどそんなもん、警察にまかせといたらええやないか。素人のお前に何ができるというわけでもないやろが。
 ――何もでけへんかもしれません。そやけど、このまま放っておくわけにはいかんのです。課長お願いします。そうそうお願いついでに課長にもう一つお願いしたいことがあります。
 ――お願い、お願いって選挙カーやあるまいし、頼まれても何にもせんぞ。それより早う帰って来い。仕事がたまってるんじゃ。
 ――西脇に女が二人いたと言うてたでしょ。両天秤にかけていたって。その二人の女の情報と写真が欲しいんです。写真と情報を大至急、私の携帯にメールで送ってください。お願いします。
 それだけ言って電話を切った。短気な課長は怒り心頭のあまり電話を叩き付けていることだろう。だが、きっと私が依頼したことは守ってくれる。課長はそんな男だ。
 西脇が待ち合わせをしていたのは美穂だったのでは――。ふとそんな気がして、美穂の写真とみどりの写真を送ってくれるよう課長に頼んだ。その写真をタクシーの運転手に見せれば、美穂であったかみどりであったかどうか、はっきりするはずだ。
 みどりの所在と美穂の所在について詳しい情報を得られれば、西脇と同行したのが誰か、さらにはっきりすると思った。

 西脇の事件を担当する白浜署の刑事の名は木下明人と言い、その下に浜中修という刑事がいる。西脇の死は、当初、単なる飛び降り自殺として処理される予定だった。自殺と判断しても何ら不思議はなかった。それほど西脇の死に、他殺を窺わせるような怪しいところはなかった。
 飛び降りた場所にも争った形跡はなく、ギャンブルでこしらえた借財に追われていた。状況からみても西脇の死が自殺と断定するに値する。
 だが、タクシーの運転手の証言で状況ががらりと変わった。
 女と待ち合わせをしていた――。翌日、勝浦へ行く話をしていた――。
 その証言が二人の刑事を動かした。女と心中したのであれば女の死体も同様に上がるはずだが、今のところ、まだ上がっていない。
 木下刑事は、念のために勝浦のホテル数軒に電話をして西脇が予約をしていないか、確かめた。すると「ホテル白浜海浜荘」で、西脇名で二人分、予約をしていることが判明した。
 西脇の名前だけで予約をしていたので、同行者の名前はわからなかったが、タクシーに同乗した女であることは確かだった。
 「夕焼け小焼け」の漫才コンビの相方、佐藤が検死のためにやって来た時、木下は佐藤に西脇の最近の状況について尋ねた。その時、佐藤はこう語った。
 「西脇はギャンブルの借金で始終、暴力団に追い回されていました。闇金からの借金もずいぶんあったと思います。女性関係でもトラブルを抱えていて、仕事どころではない、最近はそんな状態でした。また、度々自殺を口にして、そのたびに私は止めていました。でも、いつかはこうなるんじゃないか、私がそう思っていたのも確かです。『夕焼け小焼け』は西脇の突っ込みで持っている漫才です。彼の死は『夕焼け小焼け』の死につながりますし、私もまた破滅に追いやられます」
 嘆き悲しみながらも佐藤は西脇の死を自殺と信じて疑っていないようだった。そんな佐藤の話を聞いて、木下はよけいに自殺を確信した経緯がある。
タクシー運転手の話を聞いた木下は、念のため大阪府警の原野警部に連絡を取り、西脇の周辺、とりわけ女性関係を洗ってくれるよう依頼した。
 白浜署に異動する前、木下は大阪府警の捜査一課に所属していて、その時の上司が原野警部であった。原野警部は「よお、久しぶりだなあ」とひとしきり懐かしがった後、木下に答えた。
 ――わかった。だが、ニュースで読んだが、『夕焼け小焼け』の西脇は自殺じゃないのか?三段壁から飛び降りたと聞いているが……。
 ――状況は間違いなく自殺を示しています。ただ、少々、不審な点が浮かび上がってきました。そこで再調査の必要を感じ、警部にお願いした次第です。
 木下の説明を聞いた原野警部は木下の依頼を快諾し、早速、西脇の調査に取り掛かった。

 その日の夜遅く、私の元に神山課長から電話がかかって来た。かなり立腹した様子だったが、そのわりに丁寧に調べてくれていたことに驚き感謝した。
 ――二人の女の写真はメールで送っておいた。この間も話したように、やっぱり西脇は二人の女と付き合っていたよ。一人は、宗右衛門町の『クラブ蛍』という店に勤める浅田みどりという女で、もう一人は、西脇に金を貢いでいる銀行員の沢渡美穂という女だ。脇は、沢渡とは三年に亘って付き合っている。女癖の悪い西脇にしては珍しいことだ。西脇は美穂という女にかなりの金を貢がせているようだが、遊びじゃなく真剣に結婚を考えていた節がある。浅田みどりの方は完全に遊びだよ。西脇は美穂とは逆にみどりにたかられていた。それともう一つ、面白いことがわかった。みどりと美穂は二人とも年齢が同じで、面白いことに同じ高校の同級生だった。しかも二人は白浜に近い田辺市の高校を卒業している。どないや。よう調べたやろ。これだけ調べたんやから明日は必ず出勤しろよ。
 ――へえ……。美穂とみどりは同じ高校の同級生やったんですか。二人とも土地の人間やないですか。実家に帰ったついでに白浜で西脇と待ち合わせをしても決しておかしくはありませんよね。
 そう答えながらも、私は驚きを隠せなかった。みどりと美穂がつながるとは夢にも思っていなかったからだ。
 ――この間、美穂が行方をくらましているとお前に言ったが、実際は田舎へ帰ると言って銀行の方へ休暇届を出していることがわかった。実家に連絡したら確かに美穂は帰っていた。法事のついでにゆっくりしているようや。電話をした時は家を出ていて留守だったが、西脇の死には関係ないやろ。みどりの方も三日前から店を休んでいた。こっちの方は行先不明でどこへ行ったかわからへん。
 美穂は白浜から目と鼻の先の田辺に帰っていた。みどりももしかしたら田辺の実家に帰ったのでは――。そう思ったがそのことは神山課長には告げなかった。
 ――わかりました。ありがとうございます。できるだけ早く戻りますのでもう少しだけ待ってください。
 切る間際、神山課長の怒鳴り声が聞こえたような気がしたが、気にせず電話を切った。
 携帯のメールを見た。神山が言ったように二人の女の写真が送られてきていた。
 長い黒髪を束ねた黒縁メガネをかけた方が美穂で茶髪で化粧の濃い方がみどりだった。二人とも不美人ではなかった。むしろ美人の類に入る容姿だ。しかもよく見ると、二人は顔がよく似ていた。どちらも細面で、髪の毛と化粧の違いこそあったが、それさえなければ、一見して判断が付きにくい。
夜が明けるのを待って西脇を乗せたタクシー運転手と大衆食堂の老婆に確認してもらおうと思った。
 白良浜に近いホテルに宿を取った。窓を開けると波の音が聞こえてくる。ドドーンと浜に打ち寄せる波の荒さが気になってすぐに窓を閉めた。
 ――ベッドに入ると西脇の亡骸が思い浮かび、眠ることができなかった。そのうち生前の西脇の姿が思い浮かんでますます眠れなくなった。
 <後編につづく>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?