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温泉旅行恐怖の連続殺人 前編

高瀬 甚太         1  藤堂歯科医院では年に一度、慰安旅行を行うのが慣例になっている。スタッフは全員で十六名。この中には医院外の出入り業者も含まれており、藤堂歯科医院に出入りする薬を扱う問屋の営業マンが、毎年二名参加することになっていた。  この慰安旅行に、なぜか、藤堂歯科医院とはまったく無関係の極楽出版の編集長、井森公平と臨時雇いの江西みどりが含まれていた。  旅行先は国内もあるが海外の時もあった。去年はグアムに出かけている。 旅行をプランする責任者は受付担

    • 殺意のマウスピース

      高瀬 甚太         1  ボクシングファンの江西みどりに誘われて行った西日本ボクシング新人王の決勝戦で、私は、大会に出場していた一人の新人ボクサーと出会った。  そのボクサーは幼いやさしい顔をしていて、とても激しい闘いを強いられるスポーツをやる選手のようには見えず、思わず大丈夫かなと思ったものだ。その少年のことをみどりは、自分の従兄だと言って井森に紹介をした。  少年はその日、屈強なボクサーたちに混じって、フライ級の決勝戦に出場した。相手は、少年よりも年上で、

      • 哀愁のギター弾き夜明けに死す 後編

        高瀬 甚太         4  井森公平の元に、ヒゲの浩太に関する情報がたくさん寄せられていた。その中にはみどりからのものがあり、原野警部から得たものもあった。  編集の仕事を終えるとすでに時刻は午後8時を数分過ぎていた。井森は江西みどりと共に、事務所の中にいた。事務所といってもマンションの一室である。それほど広いわけではない部屋の中で、パートの時間が過ぎたみどりがノートにメモを記していた。  みどりは、今回のヒゲの浩太の事件の一部始終をまとめていた。  「これまでにわか

        • 哀愁のギター弾き夜明けに死す 前編

          高瀬 甚太         1  午後8時を過ぎた大阪心斎橋筋に最近、一つの名物が生まれた。顔半分ヒゲだらけのヒゲの浩太のギター演奏である。心斎橋筋をぶらつく人たちは、ヒゲの浩太を見て思わず心を和ませる。ずんぐりむっくり、お世辞にも恰好いいとは言えないヒゲの浩太が、何ともいえない心に染み入る演奏をするのだ。そのギャップに多くの人は驚きを隠さなかった。  三十を少し超えたぐらいだろうか、ギター演奏のテクニックはプロ顔負けであった。いや、演奏だけではない。ヒゲの浩太の歌声

        温泉旅行恐怖の連続殺人 前編

          クマタカが都心で人を殺した!?

          高瀬 甚太  イソップ寓話の中に、『鷹と矢』という話がある。鷹が獲物の兎を狙おうとして、岩の上から目を凝らして兎を追いかけていた。そこへ物陰に潜んでいた射手が矢を鷹めがけて放った。矢は鷹の心臓に突き刺さり、鷹は倒れた。虫の息の鷹が矢の矢羽根を見ると、鷹の羽で作られた矢羽根だった、というもので、この寓話には、「己を滅ぼすものは己である」といった教訓がある。  私が鷹に興味を抱いたのは、教訓に導かれてのものでは、もちろんない。だが、結果的に、私の関係したこの事件は、皮肉にも教訓

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          崑崙山鳳凰伝説

          高瀬 甚太  鳳凰という伝説の鳥がある。中国最古の類語辞典『爾雅』に嘴は鶏、頸は蛇、背は亀、尾は魚、色は黒と白、赤、青、黄の五色で、高さは六尺程と記され、他の書物にもさまざまな表現で鳳凰の姿形が記されている。一般的には、平等院鳳凰堂屋上の鳳凰像が有名だ。新一万円札にその姿が描かれている。  その伝説の鳳凰を実際に見たという人が現れ、大騒ぎになったことがある。十数年前のことだ。UFOと同類のようなもので、その時も専門家がテレビで解説するなどして話題になった。  好奇心の強い私

          崑崙山鳳凰伝説

          佐渡鬼太鼓の音が海を超えて響き渡る

          高瀬 甚太  五月の大型連休が近づいたが、予定のなかった私は、事務所の中でのんびりと読書三昧で過ごそうと決めていた。しばらく忙しい日が続いていたせいもあって、未読の本が数冊山積みされていた。  多分に活字中毒症的なところのある私は、週に3冊から4冊程度の本を読破する。ジャンルは問わず、幅広い読書を心掛けることを常としていたが、中でも歴史書を好んで通読していた。  今年の連休は、二日と六日を休暇にすれば十連休になる大型連休であった。私もそれをフルに利用するつもりでいた。ところ

          佐渡鬼太鼓の音が海を超えて響き渡る

          怪異に乗っ取られた豪邸

          高瀬 甚太  二〇一六年初頭、年明けの正月気分の抜けきらない一月十日、私の事務所のあるマンションで事件が起きた。  十四階建ての一階、二階部分の部屋が軒並み荒らされ、盗難に遭ったのである。被害に遭ったのはすべて事務所として使用している部屋ばかりで、被害総額は百万円を超えると警察から聞いた。幸い、私はその日、ずっと部屋で仕事をしていたため、被害には遭わなかったが、どのみち入られたとしても金品類など一切部屋にはない。泥棒をがっかりさせたことだろう。  事務所は二階にあり、両隣が

          怪異に乗っ取られた豪邸

          暴君を殺したのは誰だ?

          高瀬 甚太  強風が異常に吹き荒れた日の午後のことである。私はその日、事務所にいて、編集作業を行っていた。編集作業の一番肝心なところは校正だが、私は昔から校正を大の苦手としてきた。退屈極まりないこの仕事が性に合わず、どうにかやり終えたのが夕方近く、すでに薄暮の時間が訪れていた。  昼食を食べ忘れていたことに気付き、空腹を解消しようと商店街に出た。平日ということもあって人通りはさほど多くなく、店を物色しながら歩いていた時のことだ。前方から歩いてきた男に、突然、声をかけられた。

          暴君を殺したのは誰だ?

          妖怪喫茶店であっち向いてホイ!

          高瀬 甚太  突然降り出した雨のために、喫茶店での雨宿りを余儀なくされた。古くて薄暗い、営業しているのかどうかさえ疑わしい、閑散とした喫茶店であった。  「いらっしゃいませ」  七十歳をはるかに超えていると思われる老婆が、腰を二つ折りにして迎えてくれた。  「お店、やっておられますよね」  思わず確認した。客が誰もいないように思ったからだ。  「はい、営業いたしております。どうぞこちらへ」  薄暗い通路を通って奥へ向かった。何とも気味の悪い喫茶店だ。壁に掛けられた妖気に満ち

          妖怪喫茶店であっち向いてホイ!

          恐怖の幽霊坂

          高瀬 甚太  ――井森編集長ですか? 川口慧眼という和尚さんをご存じですよね。その川口和尚が事故に遭って重体で、予断を許さない状況です。あなたに連絡を取ってほしいと頻りに訴えていますので、申し訳ありませんが、こちらの病院へ来ていただけませんでしょうか。  夕方の時間、私はいつものように編集の仕事に没頭していた。その最中にかかって来た電話である。  ――慧眼和尚が事故? 重体?  思いがけない電話に驚いた私は、  ――すぐに行きます。  と答えて、病院名を確認しないうちに、あ

          恐怖の幽霊坂

          霊感老人の競馬術

          高瀬 甚太  十一月半ばの日曜日のことだ。友人に誘われて日本橋のウインズに行った。メインレースを買い、友人と共に近くの居酒屋に寄り、競馬の実況中継をしていたので、生ビールを呑みながら観戦をした。ギャンブルに弱い私は、これまで馬券を買っても当選したことがなく、この日もお金を無駄にしたな、と思いながらテレビに映し出されるレースに注目していた。  スポーツ新聞の競馬欄の予想に従って馬券を購入するのが私の買い方だったが、たまには勘に頼るのもいいだろうと思って、予想紙にはない数字を購

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          伝説の大鎧が夜半に動く

          高瀬 甚太  数年前、取材を受けて知り合った桐野敦という新聞記者がいる。四十代後半の遊軍記者で、時折、暇を見つけては私の事務所にやって来ることがあった。そんな時、桐野はいつも自分が出会った不思議な事件の話をしてくれる。出版企画の参考になればと気遣って話してくれるのだが、未だかつて本にしたことはない。記事にする時はそうでもないのだろうけれど、私に話す時は、興味を持たせようと思って大げさに話すせいか、信憑性に欠ける嫌いがあった。  その桐野が事故に遭って入院したと、同僚の記者か

          伝説の大鎧が夜半に動く

          悪夢を呼ぶたくさんの人格

          高瀬 甚太  「毎晩、悪夢に悩まされて困っています。どうにかなりませんか?」 事務所を訪ねてきた女性に、いきなりそんな質問をぶつけられて、私はのけぞりそうなほどに困惑した。  「申し訳ありませんが、私は医者でも、心理学者でも夢の研究家でもなく、霊媒師でもありません。ただの編集者です。せっかくのご相談ですが――」  慌てて断った。このところ、こうした相談が増えて困っている。これまでいくつかの依頼に仕方なく応えてきた経緯はあるが、決して私一人の力で解決したものではない。私自身は

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          自叙伝の功罪

          高瀬 甚太  晩秋の、コートを必要とするほど寒い日のことだった。編集の追い込みで多忙を極めた午前が過ぎ、ようやく一息ついた午後、事務所に一人の老人がやって来た。山高帽をかぶり、紳士然としたその老人は、事務所のドアを開けると、礼儀正しく腰を二つに折った。部屋の中に誘うと、ゆっくりとした足取りで中に入り、私の勧める椅子に腰を下ろした。  「私の人生を本にしたいのですが――」  老人は、開口一番、そう言った。  「自叙伝の制作ですか?」  と改めて尋ねると、老人は「そうです」と答

          自叙伝の功罪

          「鬼殺し絵巻」異聞

          高瀬 甚太  暮れも押し迫った時期のことだ。師走の慌ただしさとはまるで無関係に、私はのんびりと休日を過ごしていた。九月の初めに中小企業の会社の社長の自叙伝を引き受け、その原稿の作成から印刷・製本に至るまでを一手に引き受けたおかげで、十二月の初めにその金が入り、一時的とはいえ、数年ぶりに金銭の心配をしなくてもいい年の暮れを迎えた。  商店街へ出た私は、年末商戦を繰り広げる商店を横目に見ながら、年中変わりない古本屋を数軒冷やかしながら歩いた。商店街には古本屋が七軒あり、それぞれ

          「鬼殺し絵巻」異聞