崑崙山鳳凰伝説

高瀬 甚太

 鳳凰という伝説の鳥がある。中国最古の類語辞典『爾雅』に嘴は鶏、頸は蛇、背は亀、尾は魚、色は黒と白、赤、青、黄の五色で、高さは六尺程と記され、他の書物にもさまざまな表現で鳳凰の姿形が記されている。一般的には、平等院鳳凰堂屋上の鳳凰像が有名だ。新一万円札にその姿が描かれている。
 その伝説の鳳凰を実際に見たという人が現れ、大騒ぎになったことがある。十数年前のことだ。UFOと同類のようなもので、その時も専門家がテレビで解説するなどして話題になった。
 好奇心の強い私は、当時、鳳凰に関心を持ち、散々調べ尽くして、鳳凰を見たと言う土地を訪ねたことがある。実際に鳳凰を見たという人の話も聞いてみたのだが、確信を持てないまま調査を終了したことがある。
 鳳凰のことなどきれいさっぱり忘れ去っていたのに、最近になって再び、鳳凰の話を持ちかけてきた人物がいる。
 
 徹夜明けの朝方、ソファに転がって眠っていた私が、カーテンの隙間から洩れてくる朝日で目を覚まし、起きようとしたところに電話があった。
 ――今、事務所にいらっしゃいますか。お願いしたいことがあります。お伺いしてもよろしいですか。
 慌ただしく話す男の電話に、「どんなご用ですか?」と問い返す間もなく、男は勝手に、「今からお伺いします」と言って電話を切った。
 その男は、電話を切って間もなく、私の事務所に現れ、
 「鳳凰を捕まえてもらえないか。謝礼ははずむ」
 と、いきなりその言葉を口にした。あまりにも唐突な話に、思わず私は、  「落ち着いてください」と、その男を制したほどだ。
 「何か、勘違いしていませんか。ここは出版社で、私は出版社の編集長です。本を制作する仕事であればお手伝いできますが、探偵のような仕事はしていません」
 はっきり断ったのだが、男はなおも執拗に私に懇願した。
 「あなたが出版社の編集長だということは存じています。十数年前、あなたが鳳凰の調査のために崑崙山に行かれ、発見者に会って話を聞いたことも――」
 十数年前、鳳凰発見騒ぎで世間がひっくり返っていた時期のことだ。私のように崑崙山を訪ね、調査する者もその時期には数多くいたに違いない。それなのに、男はなぜ、今頃になって私を訪ねて来たのか。
 「鳳凰の発見者の山本大二郎は私の友人です。マスコミは、私の友人の山本を鳳凰の発見者として英雄視した癖に、鳳凰が見つからないと、今度は一転して嘘つき呼ばわりをして。彼を地に落としました。そのため友人は精神を病み、しばらく入院していたほどです。そんな山本が、あなたのことだけはよく記憶していました。疑いもなく熱心に山本の話を聞き、山本が発見した場所に出向き、数日間、調査したと聞きました。あの頃、鳳凰に興味を持った人がたくさん山本の元を訪れていますが、あなたのように山本の話を信じて、詳細に亘って話を聞いたり、調査をした人はいなかったと山本が感謝していました。その山本が今、ガンで余命いくばくもない状態です。山本には娘が一人いて、その娘の結婚式までは生きたい、彼は切実にそう願っています。そんな山本を見かねた私が、山本が大切にしていたあなたの名刺を借りて、連絡をさせていただいたのは、鳳凰の生き血を飲ませると不老不死の力を得ると聞いたからです。あなたに鳳凰を捕まえていただいて、鳳凰の血を山本に飲ませ、楽しみにしている娘の結婚式に出席させてやりたい。そう思ってこちらへやって来ました。どうかお願いします。山本のために鳳凰を捕まえてください」
 鳳凰の血を飲むと不老不死の力を得られるというのは単なる伝説にしか過ぎない。たとえ、そうだとしても、存在するかどうかも怪しい伝説の鳥、鳳凰を捕まえることなど至難の業だ。
 「落ち着いてください。確かに私は十数年前、興味を持って山本さんを訪ね、調査をしました。鳳凰の存在を確かめたかったからです。でも、確証を得られないまま、あきらめて帰りました。山本さんのことはよく覚えています。信頼に足る人だと信じていますが、それとこれとは別です。あの時でさえ無理でした。今となってはなおさら鳳凰を見つけるなど無理です。事情はわかりますが、お受けすることはできません」
 鳳凰を捕まえるなど、雲をつかむような話だ。しかも、私は一度も目撃していない。いるのかいないのかさえもわからない。それなのに探し出して、その鳳凰の血を飲ませるなど、無茶な話だ。
男は私の前でガクンと膝を落とし、瞼をハンカチで覆いながら、なおも私に懇願した。
 「お願いします。ぜひともお願い致します。山本に娘の結婚式を見せてやりたいのです」
 常識で考えても無理な話だ。それなのに、この男は、私が鳳凰を見つけ出せると信じているかのような、そんなお願いの仕方をしている。なぜだろう。気になって尋ねてみた。
 「先ほどからお聞きしていると、あなたは私が鳳凰を見つけ出せると信じているように思えます。その根拠を教えていただけませんか」
 男は、瞼を拭っていたハンカチを手に取り、私を見つめて言った。
 「笑わないでくださいね。一昨日、山本が夢のお告げがあったと私に話してくれました。大阪の出版社の編集長が鳳凰を見つけてくれる、夢のお告げがそう言ったと私に話すのです。山本はいい加減なことを言うような男ではありません。私は彼の言葉を信じて、急いでこちらへやって来ました。私も信じています。あなたが鳳凰を捕まえてくれると。あなたにお願いするしかない、そう思っています。どうか、よろしくお願いします」
 夢のお告げか――。私は呆れて声が出なかった。男はなおも言葉を続けた。
 「自分は鳳凰を間違いなく見ている、それなのにマスコミは自分のことを嘘つきだと袋叩きにした。信じてくれたのは井森編集長だけだ。山本はそう言って、井森編集長に会ったらよろしく言ってほしいと私に言いました」
男の切なる願いを聞いて、涙まで見せられて、どうして私が平気でいられよう。
 「立ってください。鳳凰を探し出せる自信などまったくありませんが、それでも良ければ、三日間だけ鳳凰を探し出す努力をします」
 男は、飛び上がらんばかりに私に抱きつくと、大きな声で、
 「ありがとうございます。三日で結構です。見つからなくても文句は言いません。山本もきっと喜ぶと思います」
 と言い、予め用意していたお札の入った封筒を私に手渡し、
 「ほんの手付金で申し訳ありませんが」
 と丁寧に頭を下げた。男にとって山本はよほど大切な友人なのだろう、そう思わせる男の熱心さが私を揺り動かしたことは確かだった。
 男が帰った後、私は十数年前に崑崙山を訪れた記録をパソコンのファイルの中から探し出した。取材や調査内容は、すべてファイルに入れて保存している。崑崙山の記録もすべて一つのファイルに納められていた。
 京都と兵庫の境の山中にある小高い山である。地元の人は崑崙山と呼んでいるが、地図にも資料にもその地名では記載されていない。従って崑崙山という名称で検索しても、出て来ない。また、相当に不便な土地である。JRで最寄駅まで行き、そこからクルマで1時間半、下車した後、1時間歩いてようやく崑崙山のふもとに辿り着く。人家のない寂しい場所である。山本は、崑崙山へ山菜を採りに来て、鳳凰に出会っている。自宅は20キロ離れた小さな集落で、三百人ほどが林業や農業に携わって生活をしている。集落にいる人間の殆どが高齢者で、若い人たちは中学を卒業すると、町の寮に住んで高校に通うか、就職をして集落を出て行く。
 山本もその一人で、中学を卒業してすぐに大阪へ出て、金属工場に勤務し、五十を過ぎた年、父母の介護のために集落へ帰ってきた。
 実直な人物で、嘘や偽りで鳳凰を見たなどと言う人物ではないように思え、十数年前、その地に行き、山本を訪ねた私は、彼に話を聞いた記憶がある。
 「崑崙山の崖を登って、頂上を目指していた時、わしの行く手を邪魔するかのように一羽の鳥が舞い降りた。平等院鳳凰堂屋上の鳳凰像に似た、かつて見たことのない鳥が眼の前にいた。驚きのあまり、わしは足を踏み外しそうになった。大きくて羽のきれいな鳥だった。見た瞬間、鳳凰だとすぐにわかったので写真を写そうと思ったが、カメラを持ってきていなかったことに気付き、臍を噛んだ。鳳凰はしばらくわしの目の前にいたが、やがて、天高く飛んで行った」
 鳳凰を見た瞬間のことを話しながら、山本はあの時、
 「集落には鳳凰を見た者が数人程度いる。わしだけではない」
と言った。だが、そうだとすれば、あの騒動の時、山本以外の誰もそのことに言及しなかった。なぜだろう。そう思い、集落の人間に聞いて回ったが、鳳凰を見たとは、誰も口にしなかった。
 交通費や山での三日間の暮らしを考えると、お金が相当必要になる。どうしたものかと思案したが、男からもらった封筒を確かめると、五〇万円分の札がその中に入っていた。
 翌朝、早朝の電車に乗った私は、乗り換えを二度ほど行い、3時間ほどかかって最寄駅に到着した。
 駅に着くと、男がトヨタプリウスに乗って私を待っていた。寒冷地仕様の4WDである。クルマの後部座席に乗り込むと、男が「よろしくお願いします」と愛想のいい笑顔を浮かべて言った。そういえば、私は男の名前を知っていなかった。尋ねると、男は、
 「鹿島明彦と申します」
 とだけ言って、クルマをスタートさせた。
 山深い土地であった。原生林を思わせる大木が道路のわきに立ち並んでいる。樹木の葉が、昼間なのに道路を暗くしていた。
 「先に集落へ行きます。山本と山本の家族に会っていただき、その後、崑崙山へ向かいます。クルマで行ける場所は限られていますので、その後は歩いていただくことになります」
 鹿島の説明を聞き、頷きながら、彼に言った。
 「前に一度、行っていますので大丈夫です。それはそうと山本さんは病院へ入院しておられるのでは――?」
 「先日まで国立病院へ入院していましたが、病院でも、もう手当の施しようがないのでしょうね。自宅療養ということで家に帰って来ています」
 山また山の奥深い土地に世間から置き去りにされたかのような集落があった。一軒の家の前にクルマを停めると、到着を待ちかねていたのだろう、家の中から若い女性が出てきた。
 ドアを開けてクルマを出た私に近寄り、女性が言った。
 「いらっしゃいませ。遠いところを申し訳ありません」
 「山本の娘の由真です。父親の病気が心配で家に戻ってくれています」
 鹿島が私に山本の娘、由真を紹介すると、由真は再び、私に向かって深く頭を下げた。
 「井森と申します。よろしくお願いします」
 私が挨拶をすると、由真が笑った。
 「十二年前に一度お会いしています。お変わりないですね。驚きました」
 「十二年前?」
 「その時、私、中学生でした。井森さんのことはよく覚えています」
 そう言えば、髪の毛をポニーテールにした可愛い女の子山本の家にいたことを思い出した。
 「結婚されるとお聞きしましたが――」
 「はい、二カ月後の大安吉日に式を挙げることになっています。父は私の花嫁衣裳が見たいと、そればかり申していまして、でも、お医者様には、後一カ月、持つかどうかと言われています。何とか私の結婚式まで生きたい、今ではそれが父の口癖のようになっています」
 後一カ月――。余命を延ばすために鳳凰の生き血を飲む。山本の思いと娘の思い、鹿島の期待が今さらながら熱く伝わってきた。とんでもない仕事を引き受けたものだと、改めて後悔したが、ここまで来るとやるしかない。ともかく見つけ出すことだ、そう思った私は、由真を安心させるかのように大きな声で言い放った。
 「三日間、頑張って鳳凰を探します。鳳凰の存在がはっきりとして、うまく捕らえることが出来れば、お父さんはきっとあなたの結婚式に参加できると思います」
 曖昧な自信しかなかったが、自分を鼓舞するためにも私はそう言うしか術がなかった。
 家の中に入ると、奥まった部屋の中で山本が布団の中で眠っていた。山本の妻と祖母が付っきりで看病している。
 「鹿島さん、山本さんへの挨拶は後にして、山へ出かけましょうか」
 山本の妻と祖母に挨拶をした後、鹿島にそう告げると、鹿島はゆっくり頷いてクルマの方へ向かった。
 
 集落からクルマでしばらく行くと大きな谷川があり、赤い色彩の橋が架かっていた。
 「以前、こちらへ来た時は、こんな立派な橋はなかったような気がするのですが……」
 橋を渡りながら、私の言葉を受けて鹿島が説明した。
 「この橋は五年前に完成しました。こんな僻地になぜ、このような橋がと思われるでしょうが、村人たちにとって崑崙山は生活の糧のような場所になっていましてね。実りの多い崑崙山へ果実の収穫や山菜の収穫を求めて行く人が多いのですが、この橋ができるまでは、ずいぶん遠回りをしないと行くことが出来ませんでした。国に陳情しても作ってくれるわけもなく、頓挫を重ねていましたが、ようやく五年前に完成の運びとなりました。この橋のおかげで村人たちは大助かりです」
 「国が作ったのでなければ、一体、どこがこの橋を?」
 「昆山株式会社と言う中国系の企業がありましてね。一応、日本人が社長で経営していることになっているのですが、バックに中国の大企業が付いていると噂のある会社です。その会社がこの橋を造る資金を全額出資しました」
 「その会社は、この橋を造って、どんな旨みがあるのでしょうかね」
 「これは内緒なのですが、崑崙山には、レアメタルと呼ばれる希少金属が埋蔵されているという噂が以前からありましてね。噂を聞きつけた昆山株式会社が十五年ほど前に秘密裡に調査を行ったことがあります。調査の結果は私どもには知らされていませんが、しばらく時間を置いて、本格的に活動し始めたのが五年前のことで、その活動に合わせて橋の建設も行いました。村の者たちは、崑崙山で希少金属の鉱石を見つけたのではないかと、噂しましたが、橋が出来たことでこちらも助かるものですから、それ以上、深く突っ込むことはしませんでした。でも、何かを見つけたことは確かだと思います。そうでなければ橋を造ったり、崑崙山の土地を県から購入したりしないでしょうから」
 「その会社は崑崙山の土地の大部分を購入しているのですか?」
 「いえ、それはさすがに県も許可しなかったようです。崑崙山というのは面白い山でしてね。東に当たる部分は森林も豊富で、山菜や果実も豊富に実っていますが、西部分は、まるで正反対で、草木もほとんど生えない荒地になっています。その西部分に当たる土地の一部分を崑山という企業が、地震災害の研究という口実で県から買い受けています。もっともこの辺りの土地は値打ちなんかありません。開発すらできない土地ですから。それを買っておまけに橋まで造るのですから、えらく酔狂な会社だと村の者は言っています」
 「それにしても地震災害の研究とは、また、大きく出たものですね」
 「この土地は、昔から地震が多発する特殊な地域でしてね。震度2から3程度の揺れが始終あります。井森さんがいらっしゃってからはまだありませんが、危険地域であることは確かで、県が昆山という企業に土地の購入を許したのも多発する地震の謎を解明したいという狙いもあったようです。しかも、その企業には、多くの地質学者や著名な研究家が参加していますからね。でも、国のプロジェクトならともかく、一企業が地震災害を研究するなんて、ずいぶん酔狂なことだと思いますが――」
 確かにそうだ。この話には裏がありそうだ、と鹿島の話を聞きながら思った。それでもこの時の私は、鹿島の話をそう深刻なものと捉えていなかった。
 「クルマはここまでです。ここから先は編集長お一人で行っていただくことになります。日が暮れるのが午後5時半頃ですから、午後5時にこの場所へお迎えに上がります。それでよろしいですか」
 私が頷くと、それを合図に鹿島はクルマをスタートさせ、元来た道に向かってUターンした。
 一人取り残された私は、人一人がようやく歩くことのできる東側の山道をゆっくり登って行った。傾斜はそれほどでもなく、ややなだらかな山道を木々の間を縫って歩いて行く。意外なことに動物の生息は少ないように思えた。けもの道のような場所がないし、動物の糞などもほとんど見かけない。ただ、鹿島が言っていたように果実の樹木がそこかしこに見られ、柿や栗、ビワなどの木や、山菜の類も数多く見られた。
 山本は、崖を登っていて鳳凰と出会ったと言った。多分、それは西側の地域に違いない。そう思った私は、途中、山頂へ向かう道を避け、磁石を頼りに西側へ向かう道を模索した。
 東から西へ向かう正式なルートは存在しなかった。木々や草木、道なき道を磁石を頼りに進まなければならない。30分も歩いただろうか。鬱蒼とした森の中に光が差し込んでくる。眩しさに目を閉じ、ゆっくりと目を開けると、木々の世界が途絶え、崖が眼の前に広がった。鹿島が言っていた、西側の大部分は荒地になっていると言った言葉が蘇る。草木一本も生えていない岩場の状態が山の西側低地から頂上まで続いていた。
 ロッククライミングをするかのように、足場を確かめながら岩場を登って行くと、途中、軽い震動に足を取られ、慌てた。地震か、そう思って周囲を見渡すがそんなふうでもない。
 山の内部が震動している。そう思った私は、岩場の周囲を見渡した。その時、一瞬、眩い光を浴びて、思わず瞼を覆った。目を開けると、岩場の上部に光り輝くものを見つけた。
 ――鳳凰だ。
 一瞬、そう思った。山本が見たという鳳凰にそれは酷似していた。だが、冷静に観察すると、それは生き物の鳥ではないことがわかった。鳳凰を象った精巧な造形物である。しかし、多くの人は生き物の鳳凰と見違うに違いない、それほどそれは精巧に作られていた。
 鳳凰と見間違うほど精巧な鳥の造形物は、私の姿を見つけると、まるで生き物のように空に舞い上がり、次の瞬間、視界から消えた――。
 鳳凰が立っていた岩場の周囲をくまなく探した。すると、七人の男たちが突如として姿を現し、あっという間に私を取り囲んだ。
 「ここへ何をしにきた」
 取り囲んだ男の一人が私に聞いた。
 「鳳凰を探しに来ただけだ。そして今、見つけた」
 男たちは寡黙な集団だった。物言わず私を見つめていたが、やがて、一人の男が私に近付いてきて、言った。
 「ここは企業の私有地だ。勝手に入ってもらっては困る。すぐに出て行ってほしい」
 穏やかな物言いが、余計に不気味で、私は少したじろぎながら男に言った。
 「あの鳳凰は監視カメラを挿入した監視ロボットだな。きみたちのやっている仕事を探られないよう、十数年前から鳳凰を使って監視してきた。しかし、この村の山本と言う者がそれを見つけ、マスコミに知られてしまった。きみたちは一計を案じ、騒動が沈静化するまで鳳凰を飛ばさなかった。一向に姿を見せない鳳凰に業を煮やしたマスコミは、元々、鳳凰の存在など信じていなかったこともあって、発見者の山本を嘘つき呼ばわりして攻撃した。 ――先ほどから岩場に微妙な震動が響いているが、これは、この岩場の内部を堀って何かを採掘しているのだろう。私は、きみたち企業の秘密を探りに来たスパイではない」
 と断言した後、
 「ただ、十数年前、鳳凰を見た山本という人物は未だに鳳凰の存在を信じている。その山本が現在、ガンで余命いくばくもない状況で、二カ月後に迫った娘の結婚式に出席することを願い、鳳凰の生き血を飲むと不老不死の力を得られると信じて、その山本の友人が私に鳳凰を発見し、生き血を採ってくれるよう依頼してきた。それが、私がこの場所へやって来た理由だ」
 と説明した。
 七人の男たちが、集まって何ごとか相談していた。男たちの雰囲気はただのサラリーマンといった感じではなかった。訓練を受けた軍人のような雰囲気を持っている。そのため私は、私を生かそうか、殺そうか、相談しているのではないかと思い、身体を固くした。
 「ここで見たことや思ったことをすべて忘れると誓えるか?」
 リーダー格の男が近づいてきて言った。近寄ると相当、屈強な体格であることがよりわかった。
 「忘れる、そう約束するが、一つだけ問題がある」
 「何だ、その問題とは?」
 「私は山本と言う男に鳳凰の生き血を飲ませるためにここへやって来た。このままでは帰ることができない。何かいい方法がないだろうか」
 男は、再び仲間を集め、何かを相談し始めた。時刻は午後4時、鹿島が迎えにやって来る時間が近づいていた。
 「どこのガンだ?」
 再び男が近づいてきて問う。
 「大腸ガンの末期と聞いている」
 「どこへも行かないでしばらくここで待っていてくれ」
 そう言うと、男たちはいずこともなく岩場の中へ消えて行った。岩場のどこかに内部に通じる入口があるのだろう、そう思ったが、余計な詮索は止めることにした。そうでなければ私の命が危ない。
 それにしても、私の無理な頼みを、彼らはどう解決してくれるのだろうか。過分な期待をせずに待つことにした。
 やがて男がやって来た。今度はリーダー格の男が単独で私の前に現れた。男は、ビニールの袋に入った人血のような赤いものと、小さな瓶に入った錠剤のようなものを手に持っていた。
 「これはスッポンの生き血で、こちらの錠剤は免疫治療薬の一種だ。この血を鳳凰の血として飲ませてやってくれ。免疫治療薬は、今日から三日間、集中して飲ませてやればいい。少しだけでも余命を延ばせる可能性がある。今日を最後にこの場所には現れないことだ。村の者にも厳しく伝えておいてくれ。そうでないと命の保証はしない」
 男は、私の手にビニール袋と錠剤の入った小瓶を手渡すと慌ただしく去って行った。私は、男の背中を追いかけることなく、その場を去った。鹿島との待ち合わせの時間が迫っていた。
 元来た道を下山すると、鹿島が下で待っていた。私の手にビニール袋の入った生き血があるのを見たときの鹿島の驚きは一様ではなかった。
 「ほ、本当に鳳凰がいたのですか!?」
 「急いで帰って山本さんに飲ませてやってほしい。それとこれは私が天から授かった錠剤だ。これも一緒に集中的に飲ませてほしい。不老不死となるかどうかは別にして、余命が延びる可能性がある」
 鹿島は、大事そうにそれを懐に抱きかかえると、スピードを上げて山道を下って行った。
 振り返ると、崑崙山の全景が見えた。東と西でまったく異なる風景、あの山中で行われている秘密が何であるか、それを知り得る前に私はあきらめた。企業の秘密云々よりも、今の私には、人一人の命の方が大きかった。
 生き血を見た山本の驚きもまた鹿島に負けず劣らずだった。何よりも、鳳凰の存在が嘘でなかったことが山本には嬉しかったのだろう、生き血を飲み干し、錠剤を口にすると、気分の持ちようがそうさせるのか、幾分、顔に赤みが戻ったような気がした。
 
 娘の結婚式に参加できた喜びを、私は山本と鹿島、双方から伝えられ、挙式の写真も送られてきた。花嫁のそばで微笑む山本の笑顔が印象的だった。
 あの日、私は山本と鹿島に伝えた。
 「鳳凰は死んだ」と。
 鳳凰の遺体は血を抜き取って天に捧げた。もう二度と鳳凰は私たちの眼の前に現れない。探してはダメだと。二人とも神妙に頷き、もう探すことはないと約束をした。
 その後、山本と鹿島から季節の便りが何度も届いた。そのたびに私は、やっぱりあの生き血は鳳凰の血だったのではないかと思うことがよくあった。それほど、山本は劇的に健康を取り戻していた。
〈了〉

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