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雨と宝石の魔法使い 第五話 図書泥棒ー前編

その子はいつも12時12分きっかりにこの広場にやってきて、広場の中央にある噴水を見ながらお昼ご飯を食べていた。

東京大学の文学部に入学してから三ヶ月弱。御手洗綱(みたらい こう)は歴史学研究会に所属し、語学はドイツ語で、多くはないが何人か学友ができた。

もともと友達は多くないので、綱にしてはこれで上出来だ。文学部と言っても僕は歴史学、比較文化論に興味があったから、この研究会に入ることも気まぐれではなかった。

研究会は週に二回活動があり、暇でもあった綱はほぼ毎回出席していた。

綱にはこの研究会の他に学校生活のなかでもう一つ楽しみがあった。それは毎回お昼に校内中央の広場で見かける超絶綺麗なあの女の子を見ることだった。

声を掛ける勇気はない綱は、彼女が現れる広場で毎日お昼を食べることにしていた。

***

最初に彼女を見たのは四月の終わりだった気がする。新緑で木々が緑に染まり、風は気持ちよく、外でランチすることもとても気持ちよかったのだ。

何年生なんだろう。恐らく上級生だ。何学部なのだろう。皆目見当がつかない。日本人なのだろうと思うのだけど、目が青い気がする。髪は黒くて長い。今風の格好というよりは無難な格好か、スカートは長い。胸には宝石のネックレスを身につけている。それは青かったり、赤かったり、日によって様々だ。

一度学内の生徒が彼女にナンパをしているところを見かけたことがある。いや、思い出してみれば結構あるかもしれない。

その時の喋り方を遠くから聞き耳を立てていると、お婆さんというか、昔の人というか、そんな話し方で、ちょっと驚いた。ひょっとして2000歳とかだったりして。しょうもない妄想を膨らませる。

彼女は拒絶しないものの、その席を離れてナンパした学生とどこかへ行くことはなかった。

***

もうすぐ梅雨が入りだというのに今日の天気は快晴。僕はいつものように12時に広場に向かった。

彼女はやはり12時12分に広場に現れ、噴水のそばのブロックに座る。

僕は彼女が見える噴水を挟んで反対側の絶妙な位置に陣取りサンドイッチを広げる。

今日も誰かが彼女に話しかけている。彼女は笑顔で受け答え、そして会話が終わる。その誰かは離れていく。いつものパターンだ。内心ホッとしている。誰かになびいてしまったら僕の学校生活の楽しみの半分がなくなってしまう。

しかし、今日はなんだか怒ったような顔をしている。さっきの生徒に何か言われたのだろうか。
彼女は鞄を置いたまま立ち上がり噴水に向かう。

いや、噴水を、通り越し僕が座っている方向に向かっている。どうしたんだろう。誰か知り合いでもいるのだろうか。

彼女は僕のいるブロックの方へズンズン歩いてくる。僕は背後を見てイケメンを探した。恐らくイケメンの友達がいるのだろう。何人かその候補がいた。やはりそうか。当たり前の話だ。人は自然と釣り合う人と群れるものだ。短い人生で嫌と言うほど思い知らされた。だから見つめるだけで充分なのだ。

「おい」
彼女は背後のイケメンに呼びかける。こんなことは滅多にお目にかかれない。僕はワクワクした。

「おまえだよ、そこのニヤついてるお前!」
僕はニヤついてるイケメンを探した。今のところいない。皆真面目というか驚いた顔をしている。こんな美人に呼びかけられたら皆驚くのが普通だ。どんなドラマが始まるのだろう。僕は成り行きを見守った。

彼女は僕の座るブロックの前まで来た。そうか、僕の後ろにいるイケメンだったか。今日は近くで彼女の顔を見れるチャンスが巡ってきた。なんという幸運。今日は何かいい事があるに違いない。

彼女は僕の前で立ち止まると、手を伸ばしてそのイケメンを…
え?
手を伸ばして僕のサンドイッチを咥えたその顎を持ち上げた。

え?え?何を間違っているんだ?夢?

「おい、おまえ、サンドイッチを食べているお前だよこのアンポンタン」

「ふひゃ、ひは、ふぉく、ふぉく?」
「早く飲み込め阿呆が」
僕は頭が真っ白になった。そして細い美しい指で顎を掴まれている自分を想像できなかった。

僕はとりあえずたまごサンドを飲み込んだ。味がしなかった。
「え?なんでしょうか?」
「貴様先月からずーっと儂を見ているな。なんだ?何か文句でもあるのか?スパイか?同業か?答えろ」
「え、何を、い、いや、何もないです。あ、あなたのことを知らないですし、全然。スパイでも同業?でもないです」
「本当か?場合によっては痛い目を見ることになるぞ?一生の傷を負わせることも可能だぞ、早く吐け」

傷?一生の!?

「いや、絶対ありません、見てません、いやちょっと見てました、綺麗なので、つい、すいません。それだけなんです。本当です。あまりに綺麗なもので。赦してください」

周りの学生が少し引きながらも僕を笑っているのがわかる。
しかしこの美人が周りを睨むとみな離れていく。 

「ふん、紛らわしい真似をするな阿呆が」
彼女はそう言うと僕の顎から手を離し、残っていたもう一つのツナサンドを取り上げ、口に入れると自分の場所へ戻って行った。

僕のツナサンドが消失した。恨めしい目で彼女の後ろ姿を追っていると、一度振り向きキッとした目で睨みつけられた。僕は慌てて下を向いた。

あいつはこれから下僕として使えるな。露露はニヤリと笑った。

***

僕はその夜眠れなかった。彼女の指先の感覚が頭から?いや顎から離れない。余計な妄想をしてしまう。あれだけ咎められたというのに、ますます会いたくなった。名前を聞くのを忘れた。いや、あの状況じゃ無理か…。

翌日、僕は性懲りも無く12時に広場に行った。眼鏡をかけて帽子を被ってマスクをして変装した。

やはり12時12分きっかりに彼女はやってきて、いつもの場所に陣取った。周囲を見回している。もしかして僕を警戒しているのか…まさか。変装も完璧だ。

「おい、そこの眼鏡帽子!こっちへ来い!」
大きな声で呼ばれビクリとした。間違いない。バレている。
僕は観念して彼女の元へ向かう。
また周囲が僕を見てヒソヒソ話をしている。

「また貴様か。何だ?」
「あ、いや、ただお昼を食べていただけです」

「ほれ、ほれ、よこせ」
「え?」
「だからサンドイッチだ。あるんだろ今日も」
「え、あ、はい!ありますあります」
「さっさと出せ」
僕は昨日と同じくたまごとツナのサンドイッチと、そしてチキンカツのサンドイッチを彼女に見せた。
「ほお、こっちもうまそうじゃな。よこせ」

僕のお昼は消失した。
「おい、ボケっとしてないで横に座れ」
「え?」
「二度は言わんぞ」 
「は、はい」
僕は慌てて彼女の隣に座った。いいのかな。ビビっているものの、彼女と知り合いのようになれたことは嬉しかった。

「うまいなこのサンドイッチは。どこで買っているのだ?」
「あ、いや8号館の売店です」
「そうか。今度は儂も行こう」
「お前も食っていいぞ。ほら」
「い、いや、もともと俺の…」
「なに!?」 
「い、いえ、ありがとうございます」
絶対におかしい。美人でなければ張り倒しているところだ。実際にはそんなことやったことないけれど。

僕は予期していたのとは違う形で彼女と知り合うことができた。

「それでおまえ、名前は?」
「え、御手洗綱」
「綱か、ふーん。面白くもない」
「いや、そんな言い方は…き、君は?」
「露露(るる)じゃ」
「へー、露露ね。宜しく露露ちゃん」
「痛っ!」
思いっきりデコピンされた。
「露露ちゃんではない、露露様又は露露殿と呼べ」
「え、あ、はい。露露殿」
「よし」
難しい人だ。しかし見れば見るほど見惚れてしまう。

「ところで、何年生なんですか?学部は?」
「ん?儂か?儂は学生ではない。強いて言うなら研究者じゃ」
「あ、どーりで見ないわけですね」
あっさり信じるなんて平和ボケも甚だしい。露露はニヤリと笑った。
「そうじゃ。歴史学者じゃ」
「え!僕は歴史学専攻ですよ!」
「そうか、励めよ」
「は、はい…」

「ところで綱よ。最近図書館の本が盗まれているのを知っておるか?」
「え?いや、知りませんでした」
「ここ数ヶ月で本学の昔からの蔵書が100冊も盗まれているのだ。それも歴史学、考古学、地質学など古いものばかりじゃ。儂はこの犯人を捕まえる。貴様も手伝え。どうせ暇じゃろう」
「え、あ、いや、授業もあるし、僕は弱いですし」
「そんなことわかっておる。儂の指示に従って雑事をすれば良いのじゃ。いいな?」
「はい!
僕は勢いよく返事をした。もはや嫌とは言えなかった。何より露露ちゃんと一緒にいられることに喜びを感じてしまったから。

ドMが確定した。

ではこの後早速図書館にいくぞ。ついて参れ。
「え、もう3限はじまっちゃうよ」 
「3限と儂の依頼とどちらが大事なのじゃ?」
僕は渋々露露ちゃんに従った。

続く。






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