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和歌心日記 8 小野小町

花の色は
うつりにけりな
いたづらに…


「この辺りに電気屋さんはありませんか?」
6月のある雨の日、小野町子は中学校の裏にある神社の参道で、突然ずぶ濡れの青年に話しかけられた。
「え、あ、山を降りればありますけど、あなた傘は?」
「え?ああ、いいんです大丈夫」
少しカタコトのような感じがしたが気のせいか。
「ありがとう」
青年はそう言うと通り過ぎた。

「あの!」
青年は少し下ったところで振り向いた。
「これ」
町子はビニール傘を畳んで青年に向かって投げた。我ながら大胆だ。
青年は上手くキャッチすると、やや驚いたものの、ニコッとした笑顔で
「ありがとう」
と言った。そして、またと言って参道を下っていった。
町子はそれをぼんやりと見送ると、途中で我に帰り足早に山道を登って行った。

「ねぇ、今さ、ちょっとイケメンの青年が参道降りて行ったんだけど、見なかった?」
町子は神社の社務所に入ると姉で巫女をしている絹子に尋ねた。
「いや、見てないよ。今日はまだ一人も参拝客はいなかったはずよ」
「おっかしいなぁ。じゃああれは誰だったんだろうなぁ。イケメンだったなぁ。しかも電気屋なんて」
「何言ってんの、頭でも打った?」
「失礼な、打ってないよ」
「明日からそろそろ試験の問題作らないとならないのよねぇ、嫌だわ」
「仕事でしょ、頑張んな」
「へーい」
私はこの神社の参道を下り切ったとこのそばにある高校の教師をしている。現代文と古文が専門だった。

「あ、それよりもさ、今日朝さ、山のあっち側でなんかボヤ騒ぎがあったらしいのよ。煙がでてたってさっきお父さんから電話があったんだけど、なんか学校で聞いてない?」
「え?聞いてないよ全然。ニュースになってないでしょ」
「そう。じゃぁまぁいいけどさ」
山火事があったらシャレにならないけど、まぁ大丈夫でしょう。
それにしても、あの色男はなんだったのだろう。謎は深まるばかりだった。

翌日、学校ではいよいよ試験の日程が発表され、教え子たちはみなぶーぶー文句を言った。
「文句言わないの。みんなが通った道なんだから。でも、そろそろ受験も見据えて行こうね」
生徒から悲鳴が聞こえてくる。
町子は何気なく窓から校庭を見おろす。
そこに男性が、門で警備員と何やら揉めている。
「なんだ、あいつ、侵入者か?焼き討ちか?」
「何言ってんのよ」
町子は身を乗り出して見る。

するとその揉めていた男性がこちらに手を振っている。よく見ると透明な傘を持っている。
「あ、あいつだ!」
昨日参道から降りてきた怪しいイケメン。
「おお!先生、男か?」
「しかも、結構イケメンじゃない?」
生徒が口々に叫び出す。
「うるさい!ちょっと、ホームルーム進めてて。騒ぐんじゃないよ」
「ひゅーひゅー」
町子は教室を出て門に急いだ。

「昨日はありがとう」
「え、ああ。返さなくて良かったのに」
「そうはいかはい。礼儀だからこの星の」
「え?」
「じゃ」
男は傘を渡すとまた、参道の方に歩いて行く。

「あ、電気屋、あったの?」
男は一度振り向く。
「え?あ、ああ。それらしいのが」
「そう」
男は笑って、歩いていく。

町子は教室に戻った。
「先生ーー!誰ですかー?彼氏??」
「なんで来たの?」
「見せつけに来たの?」
「違う違う、なんでもないってば。はい、明日から一週間は追い込むからね。覚悟しな!」
「げーー」
騒がしいが、それ以上の追求はなかった。牧歌的でいい。

町子は放課後、高校から街に向かい、近くの商店街に行き、電気屋を探して入った。
「あのー」
「はい」
店主が暇そうにしている。
「昨日、イケメンの男性が来ましたか?」
なんとも珍妙な質問だ。
「イケメン?…」
考える風の店主。口に手を当てる。
「あぁ、来たな多分」
「え、何買ったんですか?」
「いや、大きなトランジスタと発電機無いかって言われてね」
「もっと大きな電気屋行かないとないよって言ったんだ」
「なるほど」
「それで、懐中電灯とバッテリーを買っていったよ」
「そうなんですね…ありがとうございます」
「知り合い?外人さんかな?なんかカタコトだったな」
「あ、そう、でしたか。そうなのかも。ありがとうございました」
町子は曖昧に返事をして店を引き上げた。

本当に怪しい。もしかして、宇宙人?まさかね。自分の幼稚な発想に少し幻滅した。
明日休みだし、また神社に行ってみるか。

翌朝新聞を見ると、神社のある山な何か大きな塊が落ちたらしいとの記事があった。
半径20メートルぐらいのクレーターのようなものができていて、周りの木が薙ぎ倒されていたらしい。隕石の可能性があるとのことで、怪我人の有無や、落下物の詳細について警察と自衛隊で捜索に当たるらしい。

まさかね…町子は少し怖くなった。

翌日昼にお菓子を持って町子は山の神社に向かった。参道を登っていく。梅雨の雨と湿度が鬱陶しく、額が汗で濡れた。

「こんにちは」
「あ、イケメン」
参道でやはりイケメンに出会った。
「お参りですか?」
「え?」
イケメンは後ろを振り向いて、何やら気がついたらような顔で
「ああ、そうです。最近この辺りに引っ越して来て、良い神社があったので、お参りに」
「へー、そうなの」
「失礼します」
青年はまた街へ下りていく。やはり怪しい。

「ねえ、イケメン来たでしょ?今日は」
姉に確認する。
「あ、ああ、いたかな。それよりも、朝から警察やら自衛隊やらで大変だったんだよ」
そうだった。宇宙船が出てきたりして…イケメンの顔が思い浮かぶ。そんなわけないか。
「なんか出たの?」
「まだ詳しいことはわからないって」
「ふーん。今日の夕方にはなんかわかるかもね」

「で、何のよう?」
「あ、いや、さ、そのイケメンの人どうだった?なんか怪しくなかった?」
「いや、普通にお参りしてお札とか御守りとか買って行ったよ。最近引っ越して来たんだって」
「へー、話したんだ」
「うん、なんか珍しそうにお札とか御守りとか見てたからね。あとイケメンだったし」
「結局それかよ!」
「あんたも同じでしょ!」
「まぁね」
やはり外国人なのかな。日系人だろうか。またどこかで会うだろうか。

確かに神社の上が騒がしい。テレビ局まで来ているようだ。

「くわばらくわばら」
町子は言いながら参道を下りていった。

その日の夕方、町子は自宅でテレビのニュースを確認した。
確かにクレーターもできていて、何かが落ちてきたのは間違いないようだった。しかし、何も見つかっていないとのことだった。怪我人もいなかった。3日間は捜索が続くという。

手がかりなし、か。今度会ったら聞いてみようかな直接。町子は考えていた。

それから一週間が経った。
結局自衛隊捜索チームは何も見つけられなかったという。隕石が落下したものの、燃え尽きたとの見方だそうだが、石が燃え尽きるものだろうか。納得がいかないが、決定的な証拠が見つからないため、捜索もまもなく打ち切られるということだった。

「ねぇ、何も見つからなかったってさ。つまんないの」
「そうねぇ。そういえば、その後あんたが気になってたイケメンはどうしたのよ」
「あれ以来会えてないなぁ。何してる人なんだろう」
町子は夕ご飯を神社の社務所の奥にある姉一家の母屋で食べて、夜になってから神社のある山を下りた。
その途中にあのイケメンが登ってくるのが見えた。
「あ」
「あ、どうも」
やはりイケメンだ。
「こんな遅くにお参りですか?」
「あ、はい」
「嘘だ、こんな遅くにお参りなんて嘘でしょ?」
「いや、ほんとですよ」
「嘘ですよね。ねぇ、あなた、あの隕石と関係あるんじゃないですか?」
「え?」
「知らないんですか?今散々ニュースになってるじゃない。テレビ見てないの?」
「テレビ?あ、見てません」
「あなた、名前は?」
「名前…名前よ、っていうかどこの国から来たの?日本語がうまくないようだけど」
「??」
矢継ぎ早の質問に理解が追いつかないようだ。
その時、耳をつんざくような高音が町子の頭に鳴り響き、町子は気を失った。

「うう、うぅ」
気がつくと町子は柔らかな布団の上にいた。
「あれ!」
「気がついた?あんたあのイケメンにおぶられて来たのよ。大丈夫?」
「え、あの人は?」
「あんたを届けたらさっさと山を降りていったわよ。良い人だったわよ」
「連絡先聞いた??」
「聞いてないわよ。すぐに行っちゃったし」
まだ少し頭が痛かった。あの音はなんだったのかしら。
「ねぇ、さっきすごい高音のキーンって音しなかった?」
「してないわよ」
「ほんとに?すんごい音だったのよ」
「流石にそんな音したら私たちもわかるわよ。この辺何もないから」
「そう…」
「今夜は泊まって行きなさい。夜も遅いし」
「うん」
仕方なく町子は姉の家に泊まることにした。あんな音がなって、なんであのイケメンは大丈夫なのだろう。ますます怪しい。

よし、来週はあのクレーターに行ってみよう。もう捜索活動も終わるはずだ。

町子は、日曜日になると、ちょっとした登山の装備をして、クレーターに向かった。

クレーターの端にくると、立ち入り禁止のテープが至る所に貼ってあったが、誰も人がいないため入ることが可能だった。
町子は思い切って入ろうとした。

「危ないですよ!」
あの男だ。
「あら、イケメンさん」
「何?どうしたの?そんな怖い顔して」 
「え?そんなことはないですけど」
「見られちゃいけないモノでもあるの?」
町子は挑戦的な瞳で見つめる。
目を伏せるイケメン。
「嘘よ、どうしたのよ。あ、お名前なんて言うの?」
「清和です。高村清和」
「へー、清和ね。固い名前ね」
「よく言われます」
「何よそれ」
「ははは」
高村は声を立てた笑った。
「で、あんた何者なの?最近よくこの辺いるじゃない。このクレーターと何か関係があるの?」
「いえ、全然。たまたまです」
「ふーん、じゃほっといてよ。私は確かめるんだから」
「どうしても?」
「そうよ。うちの神社も近いし怖いじゃない。宇宙人がいたら」
「…そうですね。では、僕も行きましょう」
「え、いいよ」
「いえ、危険ですから」
結局二人で行くことになった。
町子はしめしめと思った。これで何かわかるかもしれない。そう思った。

二人でゆっくりクレーターの中心に行く。既に捜索隊が探した後だ。特に新たな発見はなかった。
中心部に到達した。そこに大きな穴が空いている。まるで宇宙船が一つ入るくらいの穴だった。

「この穴はなにかな?」
「さあ」
「さぁって、わかってるんでしょ?これ宇宙船じゃない?」
「町子さん」
急に真面目な顔になる小野。
「何よ」
「こんな話信じますか?」
「え?なんの話?」
「御伽話です」
「な、何よ。話してみなさいよ」
直感的に聞いてはいけない気がした。でも、いきがかり上聞かないわけにはいかなかった。

高村は語りだした。
「これはずっと前の、今から1000年以上ぐらい前の話です」
町子は息を飲んだ。
高村はその姿を見ながら続ける。
「僕は昔、ここに来たことがあります。どのくらい前だと思います?」
高村は挑戦的な瞳で町子を見つめる。
「どのくらいって、あなたの年齢からして、昔だとしても25年くらい前とか?」
「いいえ、もっとずっと前です」
「は?あなた生まれて無いじゃない」
「私は、そうですね…今何歳でしょうか」
「何よもったいぶって。1,000歳とでも言いたいの?」
高村は笑う。

「あちらのお姉様の神社はいつからあると言われてますか?」
「え、うち?うちは…よく知らないけど歴史は古いわよ。確か、1000年とか1500年とか言われてて…あ、しかもね、どーやら小野小町が生まれた場所だって噂なのよ。まぁどこにでもある話なんだけどさ」
町子は自嘲気味に言った。
「あとほら、私も、町子だから。苗字は小野も含めて曰く付きよ。まぁこの辺りは小野姓も多いしね。そのゆかりでつけたって母から言われたことはあるけど、まんざら無くはない話よ。もしかしたら、小野小町の末裔かもよ」
町子は笑った。

しかし、高村は笑わなかった。
「とても綺麗な人でしたね」
「は?何が?」
「小町さんです。ほんとうはお吉さんと言ってましたが」
「何言ってんの?小野小町?平安時代よ。からかわないでよ」
「無理もありませんね。人の命は短いから」
「あんた何歳よ」
「2762歳と言ったら信じてくれますか?」
「ば、ばっかじゃないの。信じるわけないじゃない。馬鹿にしないでよ」
と言いながら、高村の真剣な目に、冷や汗が流れる。

「私はアンドロメダ星雲にある一つの惑星の衛星PX6400IPBCという星で生まれました。
そして…残念ですが、その星はもうありません。
私は星の寿命が終わる1000年ぐらい前に、他の仲間ともに、次に移住する星を探す使命を帯びて、皆散り散りにそれぞれの宇宙船に乗っていろいろな宇宙の星々へ旅立ちました。

そして、この星に着陸し、あなたの祖先、小野吉子さんに出会ったのです。その頃からあなたのお家の神社はありました。まだ新しかった。一時期私も住まわせてもらっておりました。
ここに着陸した当初は、本当に何もわからなかったので、山の中で途方に暮れていた僕に、なぜか優しく、言葉から生活の仕方までいろいろ教えてくださいました。
本当に懐かしい。その時僕に名前をつけて下さいました」
「何言ってんのよ。そんなの信じられるわけないじゃない。何かあなたやましいことがあるのね、警察に突き出すわよ」
こいつ、何言ってんのかしら。信じられるわけないじゃないそんなこと。馬鹿にしてるのかしら…。

「それでは、その証拠を見せましょうか?」
「え…」
「あなたは他の人と違うから、あの人の子孫だから教えても差し支えない」
「ばっかじゃないの。小野小町なんて本当は存在しないのよ、そういうと神社に箔がつくからそうだったかもって言ってるだけなんだから。それになんでわかるのよ私が子孫だって。私だってわからないのに」

「信じるかどうかはあなた次第ですが、あなたのおへその周りには二つホクロがありますね。そして右の奥歯が虫歯になってもうないはずです。肺と呼ばれる呼吸器系があまり強くなく、おそらく子供の頃は結構寝ていたことが多かったでしょう。眼は良い方で、髪も豊かな家系でしょう。どうですか?」

「な、何言ってんのよ、あんたなんか調べた訳?怖すぎ!」
全て当たっていた。怖いくらいに。

「我々の星では科学が発展しています。いえ、いました。僕の目は既にそれが見えているのです。そして…」
「な、何よ。そんなの信じられるわけないじゃない」
「いまから、見せましょう。これですぐにわかるはずです。でも、これを見たことは絶対に内緒です。約束できますか?」

「で、できるわけないでしょ。警察に言うわ。変な奴が変なモノ隠してるってね」
「残念です」
「残念ね」

「では、ここまでです。やはり理解してもらうには時間がかかる。無理もないことです。1000年前も同じでしたから」
「な、なんなのよ!もう行ってよ!一人で調べるから」
「わかりました」
そう言うと高村はクレーターをスイスイと登っていった。なんだかまるで坂などないような足取りにゾッとした。

しかし、こちらの意地もある。町子はクレーターの中心の穴に降りた。ただ穴には特に何もなく、なんだかツルツルとしたものがハマっていたと思わせるような跡だけがあった。試しに少し掘ってみたが、特に何も出てこなかった。町子は、結局何も得られないままたクレーターを後にした。
クレーターの登りはやはり町子にはきつかった。

その夜。
「ねぇ、お姉ちゃん、うちって本当に小野小町が生まれたの?」
「何よ急に。でも、神社の中に納められている経典には、そう書いてあるらしいよ。しかも何に使うかよくわからない鉄みたいな棒もあるんだって。あんまり錆びてないって話だけど。実は見たことないのよね。今度見てみる?」
「え?見たことないの?よくそれで巫女が、務まるよ。日曜日一緒に見ようよ」
「じゃ一応旦那に聞いとく」
「うん、よろしく。じゃあ帰るわ」
「気をつけてね」
「わかってるって」
町子は空を見た。綺麗な星空だった。肉眼でアンドロメダ銀河は見えない。というよりどこにあるのかわからない。でも、なんとなく今日は星が近く感じられた。

ネットで調べるとアンドロメダ銀河は地球から250万光年離れているらしい。
1000年前にどうやってきたのよ、光の速さで250万年よ。光の10000倍の速さでも250年かかるわよ。

続く。




花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせしまに

(現代語訳)
桜の花の色がすっかり色あせてしまったと同じように、私の容姿もすっかり衰えてしまったなあ。桜に降る長雨を眺め、むなしく恋の思いにふけっている間に。

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