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雨と宝石の魔法使い 第九話 ある肖像画 前編

冷たい雨が頬に当たる。
倉科徹は傘も挿さずに道端に立っていた。
車が側を通り過ぎ、撥ね上げられた水飛沫が革靴に大量にかかる。

今日という日は、僕にとって最高から最悪に変わった。

***

「結婚して欲しい」
「…」
「駄目?」
「やっと言ってくれたわね。何年かかったのかしら…」
「ああ、8年かな。ごめんね。待たせて」
「もうあなたを諦めようとしていたわ」
「間に合った…幸せになろう」
「ええ。一緒にね」
その日僕らはレストランを出て別れた。明日は親に報告して、上司にも報告しようとしていた。

***

「もしもし?」
「倉科徹さんですか?」
「はい」
「落ち着いて聞いてください」
嫌な予感がした。
「はい」
「柳沼さなえ様が…」
「はい」
「先程乗車されたタクシーにトラックが突っ込んで来て、病院に着いた時にはもう…」
「は?」
「私は文京中央病院の者です」
「馬鹿かおまえ?何言ってんだ?」
「お察しします。病院でお待ちしております。柳沼様のご両親も向かわれています。病院の住所は…」
もう何も聞こえて来なかった。

***

僕は茫然と立ち尽くした。
僕の側を車が通り過ぎ、豪快に水飛沫をかけていく。
嘘だ。俺は夢を見ている。
僕はさなえの携帯を鳴らした。
「この携帯電話は電源が入っていないか、または…」

僕はふらふらと車道に躍り出た。
どこを歩いているかもわからなくなった。
「ギュルルルーー」
ものすごい音がして車が突っ込んで来る。
あ、そうか、これでまた一緒になれるのか、そういうことか。僕は目を瞑った。
突然背中から強い衝撃がぶつかり、僕は吹っ飛んだ。

***

「いてててて」
あれ、ここはどこだ?さっきの道だ。身体は泥だらけだが生きている。おかしいな、さっき車に轢かれたはず。

「馬鹿かお前は」
気がつくととても美しい少女のような女性が傘を挿して僕を見下ろしていた。
「もともと短い命だと言うのに自ら捨てる馬鹿があるか?本当の馬鹿なのか?」
「あ、え?」
身体中が痛い中なんだかめちゃくちゃディスられている。状況がわからない。が、やはり生きているようだ。
「じゃあな。一度はお前を救った。やり直せ。どんなことでもらやり直せる。どうせいつか死ぬだけなのだからな。私とは違う」
「え、あ、あの…」
「なんだ?」
「ありがとうございました」
「ああ、これでも食って元気出せ。じゃあな」
その美少女は僕に真っ赤な林檎を渡すとさっさと歩き去った。僕はしばらくそのまま林檎を握りしめたまま道の端に転がっていた。冷たい雨が身体中に降り注いだ。

***

「もう大丈夫なのか倉科?」
「はい。なんとか。考えても仕方のないことですし」
「無理するなよ。心療内科も紹介できるんだからな」
「はい。ありがとうございます。今のところ大丈夫そうです」
「それからお前のところに一人新人をつけることになったから、面倒見てくれ」
「え?あ、はい」
「めちゃめちゃ美人の女の子だ。偉い方に言われてね。絵には詳しいようだが…手出すなよ」
「流石に…」
僕は引き攣りながら笑った。

席に戻ると既にその新人が座っていた。僕が向かいの席に着くと立ち上がってこちらを見た。
「今日からお世話になります。雨宮露露です。よろしくお願いします」 
「あ、、、」
僕を救ってくれた女の子だった。

「何をボケっとしておる。早く指示を出せ」
「え、いやそんなこと言われても…」
「使えない上司だな。ならば貴様の抱える案件を教えろ。片っ端から片付けてやろう」
「な、何を馬鹿な。新人にできるわけがないだろう」
「そうかな?」
まぁいい。しかし、偉そうな喋り方だ。美人が台無しだ。とりあえず次の展覧会に絵を提供してくれる画商のリストを渡す。
「このリストにある画商から次の展覧会に出す絵を引っ張り出すことが目下の課題だ。まぁ新人のおまえなんかを取り合ってくれるところなんて、そうそうないがな。その容姿を生かしてとにかく足掛かりを作るんだ」
「任せておけ」
雨宮は書類を受け取り、一通り目を通す。

暫くして雨宮は突然立ち上がった。
「行ってくる」
「お、おい!もう目星がついたのか?」
「ああ。心当たりがある」
「ほんとか?無理するな」
「任せておけ」
「ふん、よく言うよ。ではお手並み拝見だ」
倉科は余裕のある表情で雨宮を見た。
「ではな。おまえもいつまでもうじうじしてないで早く切り替えろよ」
「う、うるさいな。まぁいい。なんかあったら連絡しろよ」
「安心しろ。ヘタは打たない」
「生意気な」
雨宮はオフィスを出て行った。

「じゃあ僕も外出してきます」
「はいよ。よろしくね徹ちゃん」
社長が軽くウインクをしてくる。
時間をずらして倉科は雨宮の後をつけた。

続く。


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