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雨と宝石の魔法使い 第三話 神風

「このままでは本国は、きゃ、きゃつらに乗っ取られてしまいまする!」
「騒々しいぞ!」
「はは!しかし、あまりに強いのです。彼らの弓は強く、将も勇敢。海からの上陸をものともしない、このままでは…親方様!」

「むう、困ったことになった。儂の代で武藤は、いやこの国そのものが終わるかもしれん」
武藤資能は考え込んだ。部下たちは心配そうな面持ちで資能を見る。

「いかが致しましょうや、親方様!」
重臣の一人が耐えきれず叫ぶ。
「うむ。少し時をもらうぞ皆のもの。それまでなんとか持ち堪えろ」
「はは!」
部下は苦しい顔で三々五々に散っていく。

「露露殿」
資能は家臣を下がらせてから隣に控えていた美しい娘、露露(ルル)に向き直った。
「なんだ」
「其方の言う通りになってしもうた」
「だから言ったろう。次は大勢で押し寄せると」
「一度は撃退したというのに」
露露は資能を見てニヤリと笑う。

「一回目は小手調べだ。甘いのう。あんなものではないわ。あまりに見通しが甘い。だから貴様は幕府を落とせぬのだ」
「ぐぬぬ…」
資能は黙り込んだ。

***

数週間前。
「蒙古からの軍勢だと?」
「はは!」
「数は少ないのであろう。蹴散らせ」
「それが手強く。皆滅法強いのです」
「不甲斐ない。ならば、儂が出よう」
資能は立ち上がった。

「やめておけ。やられるぞ」 
隣に控えていた露露が資能を諌める。周りの家臣は小娘の露露が資能に大それた口を聞くので皆驚いている。
「な、何を言うか露露!口が過ぎるぞ!」

「なんだ、やるか?」
「い、いや」
資能は急に怯んでしまい、顔も青ざめる。
「そうだ、無駄な力はここで使うな」
「ぐぬぬ…」
資能は再び座り込む。

露露は筑前国に滞在していた。
干ばつ被害が拡大する中、雨を降らせて、その力を国の当主武藤資能(むとう すけよし)に認めさせ、巫女として滞在していたのだった。

一度資能が夜這いに来たが、そこでしこたま痛い目を見せてやった。以降資能は大人しくしている。

しかし、資能が小娘だと思うのも無理はない。露露の見た目は二十歳そこそこの美しい娘である。しかし、実年齢を知る者はいない。喋り方が老人のようであり、いつから生きているのか得体が知れない。

干ばつを助けるために滞在していた露露だったが、その後この地で大きな戦が起こることを予知してしまい、滞在が延びている。あまり長居は良くないのだが…。

「して、お主はどう見る?」 
「偉そうに。教えて欲しいのであろう。どう切り抜けるべきか」
「端的に言えば、そうじゃ」
「素直だな。良い兆候だ。では、奴らが来た海岸に土塁を積めるだけ積め」

「なるほど。その裏に部隊を配置するのじゃな」
「そうだ。そこには薄く広く配置せず、まとまって配置するのだぞ。間違っても一騎打ちなど仕掛けるなよ。皆殺しに合うぞ。相手は言葉もわからぬ輩だ。あっさりと無視され、全員一瞬で殺されるだろう」

「ぐぬぬ…あい、わかった」
「そうじゃ、ヒトは素直が一番じゃ」
「お主はヒトでないのか?」
「さて、どうかな?」
そう言うと露露はニヤリと笑った。

資能はすぐに海岸に土塁を作らせた。昔ながらの一騎打ちは御法度とし、集団で行動するよう指導した。

その甲斐あってか、翌日の襲撃では、蒙古の偵察隊をやり込め、退却させることに成功した。

「いやはや、さすがは露露殿。彼奴らは尻尾を巻いて逃げていきおった。大陸の輩など手ぬるいわ!ははははは」
資能は高笑いした。家臣たちも安堵の表情を得た。

「甘い、甘いのうお主は。だから北条にしてやられるのだ。もっと先を考えんか。知らぬぞどうなってもな」
「な、なにをこの…」
「わしは警告はしてやった。決めるのはお主だ。貴様と、貴様の一族の未来をな」
露露は言い終わると大広間から出て行った。

***

「宿老を集めよ」
資能は宿老を集め、今後の対策を練った。
幸い蒙古の本隊はまだ到着していない。

資能は本隊到着に備え、まずは海岸に出来るだけ長々と土塁を築くことにした。高さと厚さも前回とは比べられない量にした。

更に弓隊を訓練し、技を強化した。木製の盾を作らせ、相手の強力な弓に備えた。また、露露から集団戦法を学び、組織だった戦い方をするように変えた。

果たして、その2週間後、予想通り数万の蒙古軍本隊が襲来した。その数に部下は浮き足だった。

しかし、海岸に永遠と土塁を築いたお陰で、彼らの上陸は困難を極めた。大軍で来ようとも、船での長旅は彼らから力をじりじりと奪い、その点でも資能の軍勢が有利だった。

「弓構え!」
「うてぇー!」
蒙古軍に弓の雨が降る。彼らも屈強ではあるが、こうも予め備えられていると、上陸するのも一苦労、近くの村落を占領するのもままならない。
資能の統率力は高く、次から次へと兵は交代交代で間断なく弓を打ち込んでいく。

しかし、それでもいくつかの蒙古兵部隊が土塁を越え進軍してきた。
資能は、これに対して槍を構え、まとまった小隊を彼らの前に配置し、固まったままそれらの蒙古軍に突撃した。
蒙古軍といえど、一人一人の力では集団戦法には太刀打ちできず、たくさんの蒙古戦士が撃ち取られていった。

ただ、資能がいない部隊は防戦を余儀なくされ、突破されるところもあった。そこでは蒙古軍が奮戦し、残虐に武藤の家臣を斬り捨てていく。

資能は自分のところが片付くと他の隊に加勢に行った。

そうしているうちに暗くなってきた。蒙古軍は思うような戦果をあげられず、一旦退却した。

「よし、我々も一度立て直すぞ!皆のもの退却だ」
資能は号令をかけた。

そして、蒙古軍の大規模な襲撃もそれが最後になるとは、この時は誰も予想だにしなかった。

「露露殿、やはりお主の言った通りとなった。先日は信じないようなことを言ってすまぬ」
「良い良い。貴様の統率力もなかなかのものよ」
「ふん。ありがたき言葉と捉えておこう」

「明日以降も大変だ、早く休んで次に備えよ」
「すまぬがそうさせてもらおう」
「ではな」
そうして露露の元から資能は去って行った。

「さてと、我もそろそろやるとするか」
露露は杖を持ち、白い服に着替え、館を出て行った。

露露は屋敷を出て、海岸に着くと、武藤軍から一隻船を調達した。それに露露は乗り込み、沖合に出た。背後から蒙古軍が停泊している一帯に近づき、月の光が満ちて行くのを見計らった。

***

「お、おい、あの沖に見えるのはなんだ?」
「ん?何も見えんぞ?お主まさか倭国にびびっているのか?」
「いや、そうではない、ただ何か光るものが見えた気がするのだが…」

「目の錯覚だろう。お主の弱気が見知らぬものを呼び寄せるのだ。我らは世界一の蒙古軍ぞ。なんでも蹴散らしてくれるわい」
「あ、ああ」
二人の蒙古兵は半信半疑で再び眠りについた。

それから半刻ほど経った頃、辺りが騒がしくなり、二人は目を覚ました。
「どうしたというのだ?」
「お、おい、み、見ろ!」
「ん?、なんだ、また夢でも見ているのか?」
二人は他の兵士が見ている方向を見た。

「お、おい!なんだあれは」
「そ、そうだ、だから言ったろう!」
「海面に立っているように見える。あれはしかも女だ!、いや、女神か!?」
「わ、わからん…なんだか嫌な予感がする…」

露露は海面に立ち、月の光を利用し、自らを光に包んだ。杖を下から上へ振り上げ、周りの海面を上昇させた。さらに呪文を唱え、上昇した海水を凍らせ大きな氷山を作った。

蒙古軍は、最初は女神が降臨したように感じた。同時に得体の知れない大きさの氷の山がゆっくりと自分達の船団へ近づいてくるように思った。

「女神ではないか、あれは」
「おお、もしや我らに勝利の女神が舞い降りたのか!これは吉兆だぞ!」
一人が声を上げると、他の船の兵士も半信半疑ながら、次々と雄叫びを上げた。

しかし、ゆっくりと近づいてくる氷山を認識したとき、雄叫びは動揺の声に変わった。

暫くして、氷山に一番近い船がバリバリという嫌な音を立てて押し潰され、兵士が氷に激突し海へ沈んだ。次々と船が押し潰され嫌な音が辺りに響き始めた。

それを見て恐怖に駆られた兵士が次々と悲鳴をあげる。しかし、周りの船で身動きが取れず次々と船が押し潰されていく。

「お、おい、あれはまずいのではないか?」
「逃げろー!邪魔だー!どけー!」
「こっちだって逃げてるんだよ、どけー!」
蒙古軍は混乱の海に包まれた。

「ふん、これで終わりか。呆気ない。しかし、もう少しビビらせておくか」
露露は独りごちた。

露露は自らを光に投影し、大きな姿を海に浮かび上がらせた。

「我は海の神。貴様らの所業は神の怒りを買った、さぁこの海に散るが良い」
そう言うと露露は何語ともわからない声を不気味に辺りに響かせた。

氷山から遠くにあった船の兵士たちは浮き足立つ。しかし逃げ場もない。

次第に風がびょうびょうと吹き始め、船が揺れる。
その揺れで何人かの兵士が海に落ちる。更には雨が降り始め、暴風雨となった。蒙古兵たちは視界を奪われ、恐怖に慄く。波も高くなり、蒙古兵は船にしがみ付くので精一杯となった。極め付けは大きな氷山がメリメリと船を押し潰していく。

蒙古軍は戦意を喪失し、逃げ惑う有象無象の群れと化した。

「さぁ立ち去れ、自分たちの国へ帰るのだ」
露露は厳かに言った。

数万いたうち半分以上の船が沈み、蒙古軍の船は散り散りに母国に帰って行った。

「久しぶりに大きな魔力を使ったな。腹も減った。彼奴らはもう一度来ることもあろうが、その時はまた神の風と雨をお見舞いしてやるか」
露露は手のひらに一つサファイアを取り出し、そこに祈りを込めた。

***

「露露殿、起きていらっしゃるか?」
「なんじゃ、女子の部屋に来るなど不躾な」
「すまぬ。急ぎ報告したきことがあるゆえ、半刻後大広間へ」
「わかった」
露露はこの地を離れる支度をして、大広間へ向かった。
露露が大広間に到着すると主要な宿老が皆集まっていた。

「露露殿。朝からすまぬ。重大なことが起こった」
「なんだ蒙古が突撃してきたか?」
「いや。その逆じゃ」
「朝偵察隊を海に送ったところ、彼奴らの姿はなく大破した船が多数あった。生きてる船は全てどこかに消えてしまった」
「ほう」
「これは、退却したのか?またはどこかに移動したのか?理由もわからん」

「ふん、どうだろうな。神風でも吹いたか?」
「いや、実はそうなんじゃ、海岸にある村人が言うには、なんでも昨日遅く光り輝く女神が海に降臨し、大きな氷山を作り出し、それを蒙古軍にくらわせ、加えて急に雨風が強まり殆どの船が大破。散り散りになって彼奴等が帰って行くのを見たと言っておるのだ」

「そうか…奇跡が起きたのかもしれぬ。お主達の奮戦が奏功したのであろう。良かったな」
「ううむ…よく分からん。しかし、危機は去った。しかし、三度彼奴らが押し寄せる可能性はある」
「ほう。資能、少しは頭が回るようになったな」
「ぐぬ、生意気な。しかし、それは貴様が言っていたことであるからな」
「ふん、そうじゃ。お主は運がいい」
露露は手のひらを広げ、大粒のサファイヤを資能に渡した。

「なんだこれは?」
「これは魔法使いの宝石だ。中に我の祈りが込めてある」
「魔法?して?」
「次に蒙古軍が攻めて来たとき、おそらく今回よりもさらに多い軍勢で。どうにもならないと思ったとき、貴様はこれを握って神風よ吹けと三度祈るのだ」

「むう、何だかわからんがあいわかった」
「間違ってもそれを売るなよ。祈りはお前からしか通じんし、売ったらお前の人生は末代まで終わりだ。ただし、それがあれば次の襲来も防げよう」
「う、うむ。あいわかった。ありがとう」
「ふん」
露露はそう言ってニヤリと笑った。

「さて、儂も去る時が来た。達者でな資能」
「何を言う、ずっと居てくれるのではないのか?いや、ずっと居てもらわねば困る。できれば儂の嫁となってくれ露露」
資能は皆の前で露露に求めた。

露露は資能を見た。
「ふん、こうなってしまうのだ。すまぬ資能。俺はお前の気持ちに応えてやることはできぬ。しかし、そのサファイアを俺だと思って身につけておけ。貴様の助けとなろう」
「く…うぅ…そうか…」
資能は涙を流した。
それを見て、露露はニヤリと優しく笑った。

「ではな、資能。皆の者」
「ああ…」
「はは!」
宿老たちは深々と頭を下げた。資能は涙を流しながら露露を見る。露露は振り返えらずに、大広間から出て行った。

露露が立ち去ると、大広間に太陽が差し込み、中を明るく照らし出した。

私は雨と宝石の魔法使い。雨宮露露。
今日も静かに世界を支えている。

***

それから数年後。
「殿!やはり来ましたぞ」
「わかった。宿老を集めよ!!」
「はは!」

「せがれよ、どうする?相手は前回の四倍。二十万」
家督を息子に譲った資能であったが、まだまだ身体は動くため、軍師として横に控えている。
「父上、私にお任せを」
「策はあるのか?」
「い、いや。それは…」
「では今回は儂も出る。老兵とは言え経験に適うものはないぞ」
そばに控える宿老たちも頷いた。

「父上、それはお辞め下さい。流石にそれは」
「しかし、大殿のご経験は必ずや生きますぞ若」
「し、しかし…」
渋々資能の息子は頷いた。

***

「よし、儂が戦の勢いをつけよう。皆の者ついてまいれ!」
資能は勢いよく海岸に躍り出た。資能の部下は前回の戦にも出た強者揃いで、破竹の勢いで蒙古軍を蹴散らした。

しかし、次の軍団が押し寄せたとき、その数は一段目の倍となっていた。流石に資能も勢いを削がれる。相対するなか、資能を狙って遠くから鋭い槍が飛んできた。資能は済んでのところで交わした。はずだったが、肩に当たり、馬から転げ落ちた。

「大殿!」
「うう、こんな槍ごとき、うぅ」
「老体には勝てませぬぞ大殿」
資能がたおれているところに、追っての大群が押し寄せる。
「大殿、しっかりくだされ!このままでは…なんとか立ち上がってくだされ」
「よ、よし」
意識に反して身体が動かない。朦朧とする意識の中、何かを忘れている気がした」
そういえば、あの時露露が言っていた…資能は胸に付けていたサファイアを握りしめた。そして目を閉じ「神風よ吹け、露露、露露」と祈った。

そばで露露がニヤリと笑った。ように思えた。

その瞬間サファイアは砕け散った。資能は目を開けた。蒙古の群れが竜巻に襲われるのを見て、資能は六蔵の懐に抱かれたままニヤリと笑い、気を失った。

しばらくして資能は目を開けた。
生きていたかと安堵した。あたりには自分を支える六蔵がいるだけだった。

「六蔵、ここは一体…」
「はい、大殿の持っていた青い宝石が砕けた瞬間露露様が空に現れて、大きな竜巻を起こして蒙古兵を巻き込んでくれました…更にそれは海に向かって進み、後から来る本隊の方へと勢い増して向かっていきました…」
「そうか…」
宿老の六蔵は泣いていた。それを見て資能は一緒に泣いた。

次第に再び意識は薄れていった。

「約束は果たしたぞ資能」
露露の声が頭にこだましたした気がした。



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